学園に入学する前に一度、師匠に聞いた。
師匠が思う強い人物は今どれくらい居るのか、と。
私の声を聞いた師匠は、驚いた表情を見せた後に、口元を柔らかく曲げて笑みを浮かべた。その真意がなんだったのかは、今でもわからない。
『……同世代と、大人たちも含む全世代。どちらが聞きたい?』
『同世代でお願いします』
『ん、わかった。となれば──ステルラが聞きたいのは魔導戦学園に在籍する強者、という認識で問題ないかな?』
言葉足らずな私の問いを補足してくれた上で確認してくれる師匠に感謝を示しつつ、頷く。
『まずは、君たちと同い年から。代表的なのは魔祖十二使徒第五席が一番弟子、ヴォルフガング・バルトロメウス君だね』
第五席と言えば、風魔法。
私は電気だから相性で言えば良くも悪くもなく、戦いを上手に運べば問題なく勝利を収められる筈。
『彼は既に最上級魔法を扱えるし、才能もある。ステルラと違う点があるとすれば──戦いが大好きってところかな』
『殆どの人と外れてるような気が……』
『何度か手合わせしたけれど……彼は強くなる。確実に
そこまで評価するんだ。
少しだけ胸の中で渦巻いた矮小な嫉妬心を抑え込んで、話に耳を傾ける。
『他の面々もいるんだけど、君達の学年だと彼くらいだよ。ステルラに比肩するのは』
『ロアはどうなんですか?』
『気になるかい?』
『ま、まあそれは……気になります』
違う。
最初からロアのことが聞きたかったわけじゃなくて、戦うべき相手の情報は聞いておかなければならないと考えたから師匠に聞いたんだ。だからニヤニヤして見透かさないで下さい、恥ずかしいです。
『乙女だねぇ…………』
『し、仕方ないじゃないですか! もう何年も会ってないんだから気になりますよ、もう!』
昔の私はわんぱくで活発的で悪く言えば阿呆な子供だった。
今の私を見たらロアはどう思うのだろう。ああいう快活さが良い、みたいなことを言っていた記憶もあるし何度か師匠を伝ってロアが私のことをどう思うか聞いてみたけどその時もやはり『元気なステルラ』ってイメージを私に抱いていた。これでロア以来にできた友人にデリカシーのない言動を繰り返して絶縁してそれをいまだに引き摺ってるような女だと思われたら────いや、そう考えてるのは事実だから否定できない。
『やれやれ。相変わらず対人関係はダメダメだな』
『う゛っ……』
『ロアはそんなこと気にする男じゃないだろうに』
『うぐっ!』
胸を押さえて跪く。
それ以上はやめてください。
『そういうところが可愛いんだけどね…………さ、話を戻そうか』
『お、お願いします……』
『ロアの強さは計りきれない部分もある。あくまで私の主観になるけれど────今のバルトロメウス君に負けることはないだろう』
代表格、なんて言っていた存在に負けない。
贔屓目ありで語るにしろ、現在ロアがどれだけ戦えるかを知っているのは師匠だけ。だからこの情報を真として見る他ない。
やっぱり、ロアは凄い。
あんなに辛そうで、あんなに苦しそうで、あんなにキラキラ輝いてて……カッコいい。魔法が殆ど使えないのがハンデにならないなんて、考えられないよ。
『世代一を競うのは君たち三人。恐らく、だけどね』
私とロアと、バルトロメウスくん。
やけに楽しそうな師匠の表情からは何も読み取れないけど、きっと近いうちに戦うことになるのだろう。
『上の学年はどうですか?』
『一個上に世代最強。二つ上に準最強格、そして一番上に──全世代を統合しても最強格と呼べるのが、
全世代の中でも、最強。
それはつまり、師匠達を含んでも……ということだろうか。
『うん。私たちを含んだ中でも十二分に最強格と呼べる逸材だ』
そんな人がいるんだ。
私は師匠の本気を引き出すのもやっとだし、流石に同学年の子達と比べれば強いと言えるけれど────流石に師匠と対等かと言われれば、頷けない。
『……今の私でも、勝てますか?』
『ステルラがその気ならね』
勝てる、と保証はしてくれなかった。
勝ちの目がないとは、言わなかった。その事実に安堵を覚えるのと同時に、負けてしまったらどうしようという妙な緊張感が生まれるが胸の奥に仕舞い込む。
『まあ、特に頭二つ分くらい飛び抜けてるのが彼──テリオス・マグナスくんだけど、彼だけじゃないのがあの世代の凄いところさ』
『し、師匠達に対等なんて言われる人だけじゃないんですか……?』
どうしよう、少し自信が無くなってきた。
一つ上の世代最強って断言された人も気になるけど、それ以上にそんなに沢山の実力者達が集ってる学園に怖くなってきた。
『そう気に病むこともない。彼らは君たちより三年も研鑽を多く積んでいるのだし、実力が開くのも仕方のないこと。これだけは確かだけど、才能という点で言えばステルラが一番なんだから』
『……そう、かなぁ』
才能。
ロアが褒めてくれた、一番のモノ。
僻むように、それでいて本心から褒め称えてくれた私の一番の長所。才能なんてものに全振りしたせいで人間関係の構築が下手くそなんだけど、そこだけは嫌いだった。
複雑な感情を抱いている私に、師匠は苦笑しながら告げた。
『君たちが最高学年になる頃には、きっとステルラが学園で────いや。私たちも含めた中で、最強になれると信じてるよ』
# 第二話
苦しい。
呼吸は荒く、魔力操作が乱雑になり、僅かな乱れを捕捉されて更に苦しくなる。
身体強化と紫電による超加速に並行し繰り出す攻撃は易々と回避され、本当ならば優位を取らなくちゃいけない選択肢すらも押し負ける。
苦しい。
焔の剣が迫り来る。
紫電の剣で受け止めて、音速を超える速さで奔る電撃を加えているのに、避けられる。私が鍛え上げてきた唯一が通じず、これまでの戦いなら冷静になれた思考が定まらない。
私の絶対的な自信。
唯一の、才能という土台。
魔法の練度も、完成度も、総合力も。
何もかもが格上の相手に完封されるなんて、初めてだ。
「驚いたか?」
話しかけてくる余裕すらあるなんて、どういうことなの。
こっちは捌くのに必死で、思考を纏めることすらままならないっていうのに……!
「そう睨むな。俺はお前より多く研鑽を重ねているんだ、易々と超えられてはたまらんからな」
電撃を身に纏い身体強化で上乗せした超加速と共に、完璧な制御を成した焔の剣を携えて──テオドールさんは語る。
「俺が万年二位なのは事実だ。友人に負け続けた情けない負け犬なのもまた、事実。否定する気はない」
肩を竦めて皮肉げな表情で言う。
納得しているようでしていない、文句はあるけどそれを口にすることはない。
負けた人間として言い訳などするつもりもない、そんな意地とプライドがひしめき合っている。
「二番手なんてのは所詮敗者。頂点を目指したのに獲れなかったのは、運でもなんでもなく──そいつの実力だ」
今は私に追撃するつもりはないらしい。
それを都合よく利用させてもらい息を整えるが、それすらも手のひらで弄ばれている感覚がする。
事実そうなのだろう。
テオドールさんからしてみればこんなのは出来て当然、
「お前は世代で一番になれるかもしれない。ヴォルフガングを越えることも、
かもしれない。
既に、他人から見れば私は格下なんだ。
その通りだ。
ヴォルフガングくんは至った。
自身の殻を突き破り、人としての壁を乗り越えて────私を軽々と追い越していった。
その事実を認識し、暗い感情が胸に灯るのを自覚する。
「だが、それは今日じゃない」
卑下する言葉を噛み締めて、魔力を練り上げる。
そんなのわかってる。今の私ではテオドールさんは愚か、同世代で一番を名乗ることすら出来ない。
胸の奥が、痛む。
「お前は今日、負ける」
それ以上、言わないで。
怒りではない。怒りなんて大層な感情じゃない。逃げることのできない正論に打ちのめされて、ただただ自分が情けない。
でもそれ以上に、その言葉に…………そうだ、と。
納得してしまった、自分が居る。
「メグナカルトとの対戦も果たせず──お前は、負けるんだ」
「────
言葉をかき消すように放った紫電。
不意打ち同然の一撃だったのに、当然のように斬り払われた。
それだけは言って欲しくなかった。
怒りより焦り、これまでに培った私の経験と才能が告げているのだから。
────『テオドール・A・グランは自分より強い』と。
それでも、諦める訳にはいかない。
心折れても諦められない。
思考を戦闘に切り替えるように集中する。
中途半端な点への攻撃が通じないのは理解した。ならば次は面──一点特化ではなく、全体攻撃と並行して放つ!
胸の前で両手を合わせ、練り上げた魔力を爆発させる。
どうせ魔力探知で場所を把握されるだろうけどやらないよりマシだ。視界を遮り、少しでも攻撃の精度を高めるために煙幕を張る。
五秒後に面で広がる電撃を設置し上空へと駆ける。
魔力を足場にし、一秒にも満たない速さで定位置に到着した。
テオドールさんの魔力が感じ取れる場所は今だに煙幕で覆われており目視はできないが、何かを警戒しているのか僅かに魔力が高まっている。
威力を優先した形で最上級魔法での一点突破と、設置した面制圧の電撃による挟撃。
ただの紫電では火力で押し負ける。
最初のぶつかり合いで紫閃震霆ならば勝てることは把握しているので、どうにかこうにか最大火力に賭ける他なかった。
私が探知できているということは、向こうも魔力の探知ができているということ。
二方向からの攻撃が来ることはバレているのだから、その防御をどうにかこうにか突き破れる選択をするしかない。その隙は情けか慰めか、気まぐれで与えられた絶好の機会。
今を逃しては勝ち目がなくなる────私の信じられる
歯を食い縛り、脳を最大限回転させて魔力を編む。
先程までと比べても雲泥の差がある速さで完成した最上級魔法は、間違いなく私の人生の中で一番の輝きを放っていた。余計な感情を一切含まない、本来の私が出し切れる一番の完成度。
僅かに脳裏に浮かんだ全能感を受け入れて、その銘を叫ぶ。
「────紫閃!」
かつて見た、ロアの腕を奪った化け物を葬り去った一撃。
本来なら私達が見れるような速度ではなかった筈の魔法を意図的にゆっくりと放ち、魔導の極みを見せてくれた師匠の姿。
負けたくない。
負けられない。
ロアに、胸を張って報告したい。
そうだ。
ロアに、褒めて欲しいんだ。
だって私は、
……………………。
ふと、違和感が生じた。
これまで目を逸らしてきた事実と言うべきか、私が考えてこなかったこと。
……ロアのために、何?
私は、なんでロアのために勝利を求めたんだっけ。
ロアのために、とは言うけれど……私が勝つことで何がロアの得になるのだろうか。
…………ロアのために、負けたくない?
私が負けても、ロアは許してくれるかもしれない。そもそも怒るようなことはせず、ただ、失望されるかもしれない。
でも、冷静になって考えてみれば。
ルーチェちゃんは幾度となく負けて立ち上がっているけど、ロアが見捨てるようなことは一切ない。それどころかその折れない強さに共感し、距離が縮まっているようにも見える。
ルーナさんもテリオスさんに負けた。
でも、それを責め立てるようなことはしてないし、寧ろ仲良くなっていたような気がする。
アイリスさんはロアに負けた。
その結果を受け止めて、それでもまた戦おうと互いに楽しそうに約束していた。
…………じゃあ、私が負けたら?
戦いの才能なんてものしかない私が負けたら、何が残るのか。
私がロアに負けたら。
いずれ戦うとしたら、私はロアに負けたいの?
だってそれが、ロアの望みだから。
いつか私に勝ってやるって、いつも口ずさんでる言葉だから。
それじゃあ、私は、今を勝っても。
ロアに負けるつもりで、戦うことになるの……?
「────…………なんで、だろ」
それが互いに誓った約束の筈なのに、わからない。
私はロアに負けるために勝ち続けようとしていたのか? 私は、ロアに勝ちたいのか。負けたいのか。それとも、全部に勝ちたいなんて欲望があったのか。
…………わからない。
だって私は────ロアのことが、好きなだけで…………ロアに勝ちたいわけじゃ無くて。
「……わかんないよ…………」
形を成したはずの魔法が、魔力へと巻き戻る。
その隙を見逃してもらえる筈もなく、声が聞こえる。
「些か、集中が欠けすぎだな」
放つことなく霧散した魔力を嘲るように、テオドールさんが目前に迫っていた。
焔すらも途切れたただの剣が、私の胴体を貫く。
技を使う価値もないと思われたのか、鈍くて鋭い痛みだけが脳に響く。じんわりと体外に漏れ出ていく血液が、私の今の空虚さを表すようだった。
初めて受けたと表現してもいい、致命傷になりうる一撃に耐え切れる筈もなく。
魔力の維持もままならなくなった私は、そのまま堕ちていく。
見下すようなテオドールさんの視線が、嫌に痛い。
だって、別に私は、戦いたいわけじゃない。
攻撃が当たれば痛いし、負けることを考えたらこんなにも苦しい。
順位戦も、とりあえず上にいければいいと思ってて。
……どうして順位戦で上位を目指したんだっけ。
なんでこんなに、頑張ってたんだっけ。
抵抗なく地面に身体を打ち付けて、衝撃が身体を貫く。
背中を強打したのか、後頭部に痛みがないのが唯一の救い。こうやって考えることの、妨げにならないから。
痛い。
苦しい。
どうしてこんな目に遭ってるんだろう。私は何がしたかったんだろう。勝つことが目的じゃなかった筈なのに、勝たなくちゃいけないと思い込んでいる理由はなんだろう。
「…………哀れだな、エールライト」
砕けた地面を踏む音と共に、テオドールさんの影が陽を遮る。
見下す瞳には、嘲りすらも存在しない。
そこにあるのはただ純粋なまでの憐れみ──ステルラ・エールライトという、勝負の場において戦う意味に迷う愚か者を見る目。
「才があると煽てられ、言われるがまま歩みを進めた結果────自分自身すらも見失っている。ただ一度壁にぶつかっただけで、お前は折れる」
「………………」
「成長する中で目標が変わることなど珍しくはない。むしろ、幼い頃に抱いた願いをいつまでも想い続けている方が稀だ」
首筋に剣が当てられる。
死にたくはない。
でもどうやって、どうして頑張ってきたのかがわからない。
「お前の器は凡夫だ。魔法の才のみを与えられ、呪いにも近しい世界に身を投じることになった、ただの少女。このトーナメントに出場した何者よりも、お前は普通だ」
……普通。
そうかもしれない。
私は弱くて、世間知らずで、他人のことを思いやるのが一歩遅れた愚か者。
「だから、哀れだ。身近にいたのが鮮烈なまでに光を放つ存在だったが故に、お前は目を眩ました」
鮮烈な光────ロア。
同世代の皆に対し無礼を行う私を、それが無礼だと認識できてない私を見捨てなかった人。口ではあーだこーだ文句を言いながら、決して努力をやめることはしなかったカッコいい男の子。
私がどんなに調子に乗っても、嫌そうな顔をしながら積極的に付き合ってくれた────大好きな君。
「…………終わりにしよう。お前はまだ若い。人生を見つめ直すには、ちょうどいいさ」
剣を振りかぶり、刀身に反射する太陽が視界を焼く。
反射的に目を逸らす。
苦しいのは、もうたくさんだ。
覚悟が浅いって言われれば、そこまで。
皆、どうしてそんなに頑張れるの?
自分の器を認めて、足掻くのをやめれば楽なのに。
どこまで行っても自分を認めないで、もっとやれる筈だと奮い立つ。
この学園の人は皆そうだ。ロアの周りにいる人は、みんなそうなんだ。なんとなく理解できる無理と可能の領域を正面から乗り越えようとする。
そんな強さが私にはない。
なくて、持ち合わせてなくて。
それが普通だった。
周りの誰もが私に追いつこうとしない。勉強も運動も魔法も常に私が一番で、誰も私に勝とうと思ってなかった。
『アイツは特別だから』
『アイツは贔屓されてる』
『アイツは────』
聞き飽きた羨望と嫉妬を見ないフリをして、密かに優越感に浸っていたんだ。
誰一人として私に挑まない。
誰も私に勝てない。
私はすごくて、恵まれていて、それを活かす才能もあったって。
でも、ロアは違った。
テストはいつも私が一番でロアが二番。
運動も私が大差で一番で、その後に他の子が続いた。修行を始める前のロアはポンコツみたいな運動能力だったから、そこだけは仕方ない。
魔法に関してはからっきしで比べるまでもなく、それでもロアは決して諦めない道を選んだ。
どうやっても諦めないロアに少しもやもやして、嫌がらせのように付き纏って、それすらも受け入れてくれたロア。
いつかお前に勝つと言い続け、努力を嫌いだと公言するのに努力して────ねぇ、ロア。
どうして勝つ事に、そんなに必死になれたの?
血反吐を吐いて苦しい思いをして、大嫌いな努力を嫌になる程重ねて…………
目を逸らした先は、観客席。
最前列、障壁の手前に来て何かを叫ぶロアの姿が見える。
今まさに敗北を喫する私に対して、障壁を殴りつけるように吠えている。
そんなに必死なロアは、久しぶりに見た。
あの時以来だ。
封印が解かれた怪物から、私を庇ったあの瞬間。
今回は助けてもらえない。これは私の勝負で、ロアの入り込む余地のない戦いだから。
でも、それでいいのかもしれない。
私が負ければロアは戦うのをやめてくれるかも、しれない。もう、傷つくことはないのかもしれない。だって、私のために戦ってくれているんだから。
…………本当に、そうかな。
弱音として浮かんだ私の願望は、それは違うと
だって昔と違って今は────ロアを支える人があんなに居るんだもん。
アイリスさんは、ロアと唯一剣を交えられる人だ。
私の知らないロアを知っていて、彼の苦しみや努力を正確に理解できる唯一。態度で拒もうとするけれど、ロアは優しいからアイリスさんも受け入れている。そんなアイリスさんも、露骨にロアに好意を抱いている。
ルーナさんは、私よりも強くて、ロアの強さを楽しめる人。
立場やそれに付随する責任感も持ち合わせていて私より大人で、ロアがどんな人か理解した上で「惚れた」と明言する強かな人。ロアもそれを否定することなく受け入れている。
ルーチェちゃんは、ロアと同じで同じじゃない。
私がデリカシーのない言動を繰り返し怒らせてしまい、そのままロアに出会って仲良くなった人。互いに努力家で、共通点が多くあって、私なんかよりよっぽど距離が近い子。
師匠は────ロアのことを、大切に思っている一番の人。
ロアもそう思ってるし互いのことを尊重している、パートナーみたいな二人だ。私の方が先に出会った筈なのに、空白の九年で随分と差がついた。
そこまで考えて、気が付いた。
…………なんだ。
私、負けてるじゃん。
ロアの努力を知る人がいる。
ロアの強さを知る人がいる。
ロアの人柄を知る人がいる。
ロアの人生を知る人がいる。
それじゃあ、私はロアの何を知っている?
乾いた笑いが、喉の奥から込み上げた。
ああ、そっか。
私が今のロアを理解できない間に、とっくの昔に────みんなに、置いていかれてた。
私、負けてたんだ。
納得だ。
くだらない女だ。
自分自身の愚かさと、子供のままでいた阿呆さと、大人になろうとしない矮小さに吐き気がする。
ギリ、と。
自然と口に力が入った。
歯が砕け、激痛と共に口内が血液の味で充満する。その痛みが鈍く鮮烈に脳を貫いて、落ち着いた思考を再度沸き立たせる。
嫌だ。
ロアには、私が一番早く出会った。
ロアには、私が一番早く気づいた。
ロアには、私が一番早く近づいた。
嫌だ。
他の誰でもない。
ロアにとっての一番は、私じゃなきゃ嫌だ。
だって、私の世界に色を齎してくれたから。私の人生を楽しくしてくれたから。私の生きる世界にロアがいないなんて、信じられないから。
星の光にだって負けない轟こそが、ロア・メグナカルトだから。
…………私が一番だ。
ロア・メグナカルトの一番は────私だ。
どこまでも駆け抜ける
────ロアの一番は、私じゃなきゃ嫌だ!
「────────
首筋を狙って振るわれる剣を、紫電を纏った右手で受け止める。
腹部からの出血が止まらない。握りしめた指先が皮膚を貫き肉を破り、命が漏れ出ていく感覚と脳から湧き出す高揚感の両方を受け止めて──それでも尚、魔力を練り上げる。
「…………負けたくない」
そうだ。
負けたくないんだ。
二度と誰にも、負けたくない。
勝負だろうがなんだろうが、私は常に一番でありたい。
そうあることでロアは私を見てくれるから、私のことを見続けてくれるから、私のことを追いかけてくれるから!
「負けたく、ない!」
咆哮と共に、紫電を解き放つ。
私の戦闘継続の意思が伝わったのか、テオドールさんは焔の剣を再展開しながら後ろへと跳ぶ。その顔は驚きというより歓喜、まるで私が再起したのを心の底から喜んでいるように見えた。
赤く染まりつつある制服を気にする事なく、痛みを全て無視して立ち上がる。
「…………私は」
負けたくない。
他の誰が負けても、ロアは気にしない。
私が負けたって、ロアは決して気にしないかもしれない。
でも、嫌だ。
他の誰がロアに負けても、私だけはロアにだって負けたくない。
それが、約束だから。
ロア・メグナカルトは────私が先を往く限り、追い続けてくれるから!
「────私は、ステルラ・エールライト!!」
魔力を編み、その一撃に全てを賭けるように収束させる。
防御なんて捨てる。
次善策なんて必要ない。
負けることなど考えない、私の勝利のみを確信した一撃で!
「
脳の細胞一つすらも掌握したような全能感。
腹部に空いていた傷跡から漏れ出すのはいつしか血液から紫電へと変異し、その感触すらも自身の意思で操作できるような感覚を覚える。
自身の身体の全てが魔力になったような、なんでもできるようなこの感覚。
できる。
私には、できる。
なぜなら────積み上げてきた魔法の全てが、私の全てであるのだから!
魔力から蒼雷へ、蒼雷から紫電へ、紫電から極光へ。
眩い輝きを放ち空から地を照らす太陽の如き閃光を制御し、その全てをテオドールさんへと向ける。
「────
その身に掻き集めた
これが私だ。
どこまでも誰よりも何よりも眩い輝きと共に、幾星霜を駆け抜ける星光。
それで良い。
それしかない。
なぜならば、
天から降り注ぐ神罰にすら類似する落雷に、テオドールさんは震えた声で叫ぶ。
「────それが、お前の全てか! エールライトッ!!」
剣に宿る炎が変色する。
紅から白へ、白から──黄金へ。
黄金の焔────ここまで見せてこなかった切り札を切り、豪剣を胸の前に掲げる。
「よくぞ至った!
よくぞ気づいた!
お前は俺を超えた!
俺の後悔を、貫いた!
誇れ、ステルラ・エールライト!!」
振りかざされる剣の圧は先程までと比べても圧倒的。
黄金の揺らめきは全てを埋め尽くす苛烈なほどの輝きを伴い天雷へと立ち向かう。
けれど、私の胸中に不安はなかった。
絶対的な自信。
今の私には、必要だったピースがある。
「────
互いの全力がぶつかり合う。
勝利するのは、より全力が注がれた方。
魔力の全てを費やしてなお拮抗する絶対的な黄金に対し、勝利への渇望を燃やす。
負けない。
負けられない。
星の輝きが、永遠の剣に負けてたまるものか!
「────
轟音と共に、黄金を突き破る私の光。
身体中全ての魔力を使い果たしたような倦怠感を伴いながら、私の叫びに呼応した天雷がテオドールさんへと降り注ぐ。
全身を焼き尽くす雷を避けることもせず、全身を広げ受け止める。
速すぎる世界の中で、テオドールさんは笑っていたような気がした。
閃光と爆発────会場を埋め尽くす魔法は、私にすら目視を許さない。
全て出し切ったが故に抵抗できず、私もまた、壁に全身を打ち付ける事となった。
疲労感が全身を包み込んだ私も肩で息をするのがやっとで、倒れ込んだテオドールさんはピクリとも動かない。
ふう、はあ、と呼吸を整えながら、ゆっくりと立ち上がる。
「…………勝っ、た?」
勝ち。
私の、勝ち。
気がつけば怪我は治療されていて、自分で回復魔法をかけた記憶なんてものは存在していない。
だけど治っている。
不思議な感覚だけど、自分が一つ壁を乗り越えた──そんな気がする。
「……勝った」
実感が沸々と湧き出す。
勝ったんだ。テオドールさんに、あんなに強かった人に、私は意地を通したんだ。
両腕を掲げて、拳を握りしめ、吠える。
「────勝ちだ!」
私の勝ちだ。
他の誰が負けたって、私だけは勝ちを譲らない。
それこそが私が生きる意味。ロア・メグナカルトっていう大好きな男の子に追いかけて欲しいから。
「ロア!!」
いまだ静かな観客席へと叫ぶ。
最前列にまだ立つロアは、安堵したような表情と僅かな絶望感が混じった表情で私を見ていた。
私は酷い女だ。
努力が嫌いな男の子に、更に努力を強いるように生きている。
私は最低な女だ。
才能が無いと嘆く男の子に、自身の才覚を見せつけている。
「追いかけて来てよ!」
よそ見してもいい。
月に寄り道しても、光に魅せられても、虹を見つけ出しても、紫電と寄り添ったって構わない。
でも、私がいる。
ロアの遥か先を往く星の光を、追い続けてくれるのなら。
「私はここにいる。私は先にいる。私は待ち続けるから!」
僅かにぼやける視界が、私の曇りを洗い流してくれた。