【本編完結】英雄転生後世成り上がり   作:恒例行事

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第三話

 銀色の髪を後頭部で一房に纏め、椅子に腰掛ける女性。

 開け放たれた窓からは風が靡き清純な空気が部屋を満たし、手に持った本を読み進めるのにはうってつけの気温。

 

 そんな静かで神秘的とも言える部屋に、コンコンコン、と音が響く。

 扉を控えめに叩き入室しても良いかを訊ねるノックに対し、女性は凛とした声で了承を告げる。

 

「や、具合はどうかな」

「テリオスか。怪我は治ったが、見ての通り寝たきりだ。魔力を使い果たしたようだからな」

 

 ため息を吐きつつも、その口調には呆れは無い。

 

 ただただ優しい声色。

 仕方ないのだと、微笑むような音色だった。

 しかしわずかに滲む後悔の念──そこに込められた意味を見過ごせる男では無い。

 

 テリオスも察して、女性────ソフィアの顔を一度見て、顔を逸らした。

 

「…………凄まじい戦いだった」

「……ああ。誇りに思えるくらいに」

 

 共に勝利を誓い合った友が敗れたのにも関わらず、テリオスの表情は穏やかだった。

 

「コイツも自覚していた筈だ。ステルラ・エールライトという少女が突き抜けてしまえば(・・・・・・・・・)、最早打つ手はないと」

「現時点で彼女はテオ(人間)を飛び越えて、(座する者)と並び立った。……いや、下手すればそれ以上に」

 

 互いに意見は共通していた。

 本気で勝ちを狙うのならば、成長の機会など与えずに完膚なきまでに叩きのめせば良かったと。

 

 スポーツマンシップなんて存在しない。

 血で血を洗い尊厳を奪い尽くす凄惨な戦の中ならば、それが正解だった。

 

 しかし、今は違う。

 互いを尊重し互いを認め互いを慈しみ、『命の奪い合い』は『次の世代へと受け継ぐ』儀式となった。それを自覚しているが故に、二人は冷静な戦いへの合理性と感情的な人間の心を天秤にかけ────なんの躊躇いもなく、後者を取る。

 

 それは無論、魔力切れによる疲労に包まれているテオドールも同じであった。

 

 …………しかし。

 誰も彼もが、合理的に、全てを諦める事は不可能。

 仲が良い三人組であっても、一つや二つは相違点が生まれてくるものだ。

 

「…………たわけめ」

 

 ソフィアは、一度大きく溜息にも似た言葉を吐く。

 しかし罵倒に籠められた感情はまるで違う、優しく慈しむような声。

 

「……最後の、チャンスだったんだぞ」

 

 そこには万感の想いが詰まっていた。

 

 この学園で一番になりたい。

 この世代で一番になりたい。

 この時代の一番になりたい。

 

 同世代に怪物が生まれてしまった哀れな人間の、どうしようもない嘆き。

 その渦から拾い上げた当事者としてソフィア・クラークには、テオドール・A・グランへの言い表せない感情がある。訊ねることのできない後悔は幾つも重なり心の底へと追いやられたが、決して消えることはない溝。

 

 諦めさせてしまった女の、小さな懺悔。

 

「テリオスと戦える、最後のチャンスだった……!」

 

 三人の付き合いは長い。

 テオドールとテリオスは入学前から、ソフィアも入学してからずっと付き合いがある。

 

 故に、テリオスは知っている。

 

 テオドールがこの戦いを最後に順位戦から退く事を。

 グラン家という由緒正しき家系を継ぐ人間として、軍部の次期幹部として、すでに定められた道を歩むのが決まっているが故に。表面上はなにも抱えていないように見えるが、その実それなりに繊細な男だ。

 

 だからこそ、二人で誓ったのだ。

 決勝で会おうと。

 

 順位戦に力を入れられる、最後のチャンスだった。

 

 それを理解しているソフィアの嘆きは、テリオスにも伝わる。

 

 ソフィアの中で燻る僅かな後悔も────彼は客観的に理解していてなお、そこに触れようとはしなかった。

 

 なぜなら、二人の強さを知っているから。

 そこを過大評価するつもりも、過小評価するつもりもなかった。

 

 自分が首を突っ込む必要はなく、また、それが悪い方向に流れるとは全く考えない。

 

「……それじゃあ、僕は行くよ。先達の意地を見せてあげないとね」

「ああ。…………テリオス」

 

 扉に手をかけて、ソフィアの声がけに応じて動きを止める。

 

「メグナカルトは、強いぞ」

「……知ってるさ。嫌というほどにね」

「だろうな。誰よりもアイツを意識してきたのがお前だ、それを理解してない筈もない。…………因縁、とでも言えばいいのか」

 

 因縁というよりかは、嫌がらせにも似た感覚だったとテリオスは胸中で吐露する。

 英雄と呼ばれたいのに呼ばれない、笑顔にしたい女性は自分以外の男を見て笑い英雄と名付ける。嫌味の一つでも言ってやろうかと不愉快な気分になる自分の矮小さにまた一つ腹が立ち、後腐れない全力を剥き出しにする『英雄』に────気が狂いそうだった。

 

 自分の間違いを認めるのが嫌だ。

 自分の積み上げてきた人生を否定するのは嫌だ。

 自分の価値観や願いを嘘だとは、口が裂けても言いたくない。

 

 そこを割り切れないからこそ、自分は呼ばれないのだと。

 

「…………そうだね」

 

 それでもテリオスは立ち塞がる。

 決して英雄と呼ばれなくても、英雄という形に固執せずとも、英雄に敗れるという末路が待っていたとしても────そこに嘘はない。

 

 なぜなら、その英雄が言ったのだ。

 どれだけ自己否定を繰り返す愚かで矮小な自分に対して、言ったんだ。

 

『どちらが英雄に相応しいか』────世辞でも詫びでもなんだって、テリオスにとっては関係ない。

 誰もが認める英雄(ロア)が、テリオス・マグナスも英雄だと言ってくれたんだ。

 

 その事実だけが彼を現在奮い立たせている正体であり、また、かつての願いとは違った感情であった。

 

『英雄』。

 いまだ彼の胸中で渦巻く感情は複雑で、一言で言い表すことなど到底不可能なくらい沈み込んだ泥沼のように混ざり合っている。

 

 それでも、これまでとは違い。

 テリオスにとってその記号は呪いではなく、希望に変質しつつある。

 

 ロア曰く、英雄なんてクソ喰らえ。

 口は悪いが、そんな意見が出てくるとはまるで考えていなかったテリオスにとっては目から鱗となった。

 誰も彼もが絶賛し賞賛するかつての英雄を否定する、今を生きる英雄。この差異こそが、自らが英雄として呼ばれない理由そのものではないかと。

 

 その理由を、テリオスは知らなければいけないと思った。

 

「『期待を裏切るつもりはない』────……か」

 

 あの意志の強さ。

 どこまでも苛烈な程に輝く瞳が、彼を英雄足らんとしていた。

 

「案外楽しみなんだ。本物(ロア)を目前にした偽物()が、どれだけ足掻けるか」

 

 僕は英雄になりたい。

 ()は英雄になりたい。

 尽きることのない渇望、幼き頃から抱き続けてきた願望。

 

 テオドールは道を変えることを良しとした。

 テリオスは、道を変えることを否定した。

 

 きっと、変えることを良しとしない意固地で頭の硬い愚か者こそが、座する者(ヴァーテクス)という領域に足を踏み入れるのではないか。

 現実を直視せずに夢を見続ける愚か者への、永遠の罰。

 

 自嘲を囀りながら、テリオスは医務室を後にする。

 

 瞳から滲む光は果たして、輝くか。

 諦められない願望を抱き渇いたまま、願いを叶えるために。坩堝の中心にて、二つの対極が混ざり合う瞬間を目指して。

 

 運命の刻は、近い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 # 第三話

 

 

 ステルラが勝った。

 ステルラが覚醒した。

 ステルラが死にかけた。

 ステルラが俺を苦しめる宣言をした。

 ステルラが本当の意味で至ってしまった。

 ステルラを悲しませる事が確定してしまった。

 ステルラに追いつくのが至難の領域になってしまった。

 ステルラが…………

 

「ホラホラ、いつまでもいじけてないでお姫様のお出迎えしたらどうですか」

「いやです。俺は今非常に繊細で硝子同然の心をしているゆえ、これ以上の負荷には耐えられない」

 

 膝を抱えて丸まった俺に対しペチペチビンタをしてくるルナさん。

 もうちょっと、こう……傷心中の男を慰める手法を拘ってくれないかな。それで励まされる男がいる訳ないだろ、もっと甘やかせよ。男は何歳になっても甘えん坊なんだよ。

 

「ステルラさんが負けそうな時のロアくんの慌てっぷりと言ったらもう……」

「やめろ。次それを言ったら舌を引っこ抜く」

「再生するから問題ないですよ」

 

 くそがっ! 

 誰だって焦るだろ、あんな状況になったらよ! 

 

 俺はステルラに俺以外に負けてほしくない。

 ステルラ・エールライトという少女が俺以外の人間に負けるはずがないと思っているが、それと同時にこれ以上強くならないで欲しいという願望もあり、その上で俺を含めた誰にだって負けないくらい強くなって欲しいと祈っている。

 

 大目標で言えば『ステルラが死なない、傷つかない』が目標だ。

 幼き頃から変わる事のない願い、ステルラ・エールライトという才能溢れる天才少女が戦いの場で命を散らす事が無いように足掻くのが俺の目的。

 だから長期的な目で見るのならば、ステルラが座する者(ヴァーテクス)へと至るのは喜ばしい事だ。なぜなら、命という概念から遠のいていくから。人を越え魔力に身を捧げれば捧げる程、座する者(ヴァーテクス)は超越的な力を得られる。

 

 魔祖の実年齢は五百を越えている。

 未だに座する者(ヴァーテクス)として覚醒したものでもそこまで長い間を生きる存在は、居ない。

 

 ステルラならばそれくらいの領域に辿り着けるだろう。

 

「…………ま、それに関しては問題ないとしてだ」

 

 ルナさんもいるし師匠もいる。

 ルーチェが至るかどうかはわからないが、友人が残れば残る程ステルラにとって豊かな人生になるのは確実だ。俺はアイツに人生を謳歌して欲しいし出来る事なら争いから離れていて欲しいが、生憎前世とも呼べる謎の記憶の持ち主が遺した未解決事件があるゆえにその願いは届かない。

 

 戦力はそれなり以上に整ってきた。

 

 今なら、なんとか出来るかもな。

 

「…………ロ、ロア?」

「……なんだ、ステルラか」

 

 先程激烈な勝利を収めて来たステルラが、観客席までやってきた。

 

「よく勝った。やっぱりお前は強いよ」

「あ、ありがとう。えへへ……」

 

 ふ~~~~ン……

 可愛い奴だ。これで魔法の才能に溢れていて俺を打ちのめした事実さえなければな。

 

「『追いかけて来てよ!』」

「ヴッ」

「『私はここにいる。私は先にいる。私は待ち続けるから!』

「ヴァッ!?」

 

 ルナさんの非常に感情の籠ったモノマネによりステルラはダウンした。

 正直俺が聞いていても少し恥ずかしかったから相当なダメージだろう。感性に関しては一般人と比べても大差ないステルラのことだ、勢いで言葉を吐いたことを後悔してるだろう。

 

 目をぐるぐる回しながら「ひええぇ~!」なんて言いながら俯いてその場に蹲る。

 

「うぅ…………穴があったら入りたい……」

「フフン、トーナメントでは負けましたが実質私の勝利ですね」

 

 胸を張って鼻息荒く宣言しているが、ステルラは恥の上塗りによってダウンしたままである。

 

「そういえばルーチェはどこに行った?」

「ルーチェさんは過去の自分と向き合いに行きました」

「どういうことだよ……」

 

 さっきまで居たのになんで居ないのかと思ったら、なんだろうか。

 ステルラが負ければいいとでも思ってたのか? いや、そういう女じゃないな。どちらかといえば強くなったことに絶望した……違うな。

 

 うーむ、わからん。

 

「そっとしておいて下さい。多分致命傷です」

「そうですか。まあルーチェならそのうち戻ってくるだろ」

 

 さっきから妙にガツンガツン何かをぶつける音が響いてるが、誰もその場所に近寄ろうとしていない。

 変なのには絡まれたくないからな。

 俺も気をつけよう。

 

「……ちょっと、妬けちゃいますね。うりうり」

「う、ううぅ……」

 

 蹲るステルラをペチペチ叩くルナさん。

 

「こんなに大勢の前で堂々と告白とはいい身分ですね」

「あうっ」

「こらこら、そこらへんにしておいてくれ。泣いちゃうだろう?」

 

 どこからかテレポートで現れた師匠が蹲ったままのステルラの上に座った。

 ぐえっ、なんて年頃の女が出していい声じゃない音が聞こえてくる。

 

 ざまあないぜ。

 

「これはエイリアスさん。こんにちは」

「こんにちはルーナくん、ステルラ、馬鹿弟子」

「誰が馬鹿弟子だ、若造り妖」

 

 戦いの前だというのに身体を駆け巡る雷に、流石の俺も動揺を隠せない。

 普通はケアしてくれるのが師匠の立ち場じゃないのか。敵に塩を送る、しかも俺より強い上位存在へ塩を送る。こんな非道な行いが許されていいのだろうか。

 

「────ん?」

 

 が、しかし。

 俺が考えているような電撃ではなく、どちらかといえば身体の気怠さや重さが薄くなり調子が良くなった。

 

 どういうことだと視線を送ると、呆れた表情でため息を吐かれた。

 

「全く、いくらなんでも試合の直前にダメージを与えるわけがないだろう」

「師匠ならやりかねないと思いまして」

「君は私のことをなんだと思ってるんだ?」

「虐待趣味のショタコ」

 

 ここから先は口を閉じた。

 これ以上下手なことを言えば死ぬ。

 俺の培ってきた第六感がそう告げている。これは間違いなく死の予兆であった。

 

「美しく聡明なエイリアス様デス」

「良し、よくわかってるな」

「ひどい信頼関係を見ました」

 

 ルナさん、これが真実だ。

 エミーリアさんはこういう事無さそうだな。良くも悪くも師匠は付き合いが長いから俺に染まっているのかもしれない。

 

 昔から生きている上位存在が俺に染まってるの、結構いいな。

 

 そんな風に考えている俺に対し、師匠が若干声色を変えてつぶやいた。

 

「……ロア。君の言う通りだったね」

 

 ステルラのことだろうか。

 まあ、師匠はステルラのことを極一般的な少女と同じと称していた。俺もそこには同意する。

 

 悲しければ泣くし嬉しければ笑うし辛ければ辛い顔をする、そんな普通な少女。

 痛みを隠すのも下手くそで、誰かに気が付いて欲しいと思いながらそんな厚かましいことは自分から言えないと我慢しようとするのがコイツだ。

 

「当たり前だ。俺を誰だと思ってやがる」

 

 人を見る目だけはある。

 自分で信じているのはそこだけだ。

 なぜなら、経験則から推測できるから。俺自身の目に狂いがあっても英雄の記憶が全てを補完してくれる。きっと、ステルラならこうなるだろうという予想。

 

 …………いや、白状する。

 正直な所、ステルラ云々に関しては勘だ。

 俺が憎くて堪らない才能のないロア・メグナカルトとしての勘。

 

 英雄の記憶もクソもない。

 ステルラ・エールライトと生きたのは他でもないロア・メグナカルトだからな。そこに英雄が入り込む余地はない。

 

 ああそうだよ、まったく。

 

 俺は非合理で非論理的な勘と祈りからステルラならばと願っていただけだ。

 

 それを見抜かれたのか知らんが、きっと俺が本心からステルラの勝利を願っていたのが伝わってしまったのだろう。柔らかく微笑んだ後、クスクスと小さく師匠は笑った。

 

「素直じゃないねぇ」

「そういうトコロがいいんですよね」

「ええい黙れ黙れ、俺は次の試合に備えなければならん」

 

 相手はテリオスさんだ。

 簡単にはいかないどころか、負ける可能性の方が高い。

 それも圧倒的にな。座する者(ヴァーテクス)としての真価を発揮してしまえば俺のことなど一捻りだろう。

 

 無理難題に打ち勝たなきゃいけないってのが、辛い所だ。

 

「あー…………あ、あのさっ、ロア」

 

 ガバッと顔を上げて話しかけてくるステルラ。

 師匠も空気を読んで避けたから立ち上がれるはずなのだが、なぜか四つん這いのままである。

 

「どうした?」

「えーっと…………その〜……」

 

 …………? 

 

 若干歯切り悪く、妙に言葉を選んで話そうとしている。

 口を開いたかと思えば、まごつかせて口篭もり再度何かを思案するように視線が右往左往。

 

「何もないなら行くぞ」

「あ〜〜、待って待って! えっとね、その……」

 

 テリオスさんが来る前に会場入りしておきたいからな。

 観客席から飛び込むつもりだが、流石に上級生の前でやるのは無礼だろう。

 

 チラチラ会場へと視線を送る俺を見て意を決したのか、息を大きく吸い込んで深呼吸を行なってから言葉を放つ。

 

「私、待ってるから!!」

 

 やけくそじみた声量で叫ばれた声。

 決勝で待ってる────そう言いたいのだろう。

 その意図はわかる。先ほどから何度も連呼していたから、俺にも十分伝わる。

 

 だが、今その言葉である必要はあっただろうか。

 

「頑張って、とかじゃダメだったのか?」

「え? ………………あっ」

 

 恥の上塗り……

 ルナさんすら煽ることを選択せず、静かに目を逸らした。

 師匠は帽子のつばを深く押さえて顔を隠した。ステルラは涙目になっている。

 

 ここで煽ることを選択してもいいのだが……

 

 せっかく俺のために言ってくれたんだ。

 少しは報いてやらないとな。

 

「待ってろ」

 

 握り拳を差し出す。

 

 あ〜あ、恥ずかしい恥ずかしい。

 こんな若者みたいな行動してよォ〜〜、後からどんだけネタにされるかわかったもんじゃないぞ。アルとか嬉々として弄ってくるだろうし、ルーチェにすら嫉妬されて変なこと言われるかもしれん。

 

「絶対に追い付いてやる」

 

 明言することの無かった、俺の目的。

 迂遠な言い回しをすることはあっても、絶対にそのまま口にすることはなかった俺の真実。

 

「お前が何処に行こうが、絶対に追い付いてやるよ」

 

 だから、安心して駆け抜けろ。

 お前が死ぬことのないように、お前が息絶えることがないように、お前が傷付くことがないように、お前が悲しまないように。

 

 十年越しの告白か。

 我ながらなんとも気持ち悪い事実だが、仕方ない。

 ここまでステルラのことを見続けている癖に一歩引いていた自分の所為だ。常々俺が吐いている言葉だが、『今の俺は常に未来に負債を託して生きている』。

 

 今でも変わることのない俺の生き方。

 

 そのツケが今、回ってきただけだ。 

 

「…………うんっ!」

 

 朗らかに、俺の見慣れた眩しい笑顔と共に握り拳をぶつけ合う。

 女性らしい線が細く若干丸みを帯びた拳だ。

 

 俺もお前も、互いの性差がよくわかるくらいに成長を重ねた。

 

 二度と負けないから。

 あの時お前が放った言葉の意味を、未だに俺は知らない。

 知らないまま知りたいと願いつつ、聞き出すことができてない。

 結局のところ、いつまでも引き摺っている重たい奴ってのは俺のことを指すのかもしれない。

 

 師匠の事も言えないな。

 

 観客席から飛び降りて、会場に着地する。

 ある意味この戦いが最も因縁深いモノになるだろう。

 英雄になりたいと願った男と、英雄になりたくないと言った男。英雄になれる才能を持つ男と、英雄の記憶だけを持つ男。英雄の領域へと至ったが英雄になれない男と、英雄の領域に至らないのに英雄となった男。

 

「…………皮肉なもんだ」

 

 英雄。

 

 偉大なる英雄は、没してなお百年近い時を経ても未だに干渉してくる。 

 きっと本人は、そんな影響力を望んでいないだろうに。そして、そんな英雄本人の気持ちを最も理解している俺も────英雄に染められている。

 

 そういう事にしておこう。

 

 そうじゃなきゃ、この闘争心が説明できない。

 英雄として呼ばれたくないと言いつつも、英雄として認めてくれる他人へ報いたいという願望を。

 

 身体の調子は万全だ。

 魔力の流れも悪くない(・・・・)

 師匠に授かった祝福もしっかりと効果を発揮してる。

 最強と戦うにはやや物足りないが、ロア・メグナカルトとしての全てを発揮するには十分。

 

 ステルラ・エールライトが負けなかった。

 

 ならば、俺に残された道は勝つことのみ。

 

 そうやって、誓ったのだから。

 


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