【本編完結】英雄転生後世成り上がり   作:恒例行事

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昨日更新分がございますので、見てない方はお気を付けください。


第五話

 大技同士の衝突によって生まれた衝撃と風が全身を打ち付ける。

 身体強化も何もない、ただの生身でただ速く動いているだけの俺にとっては余波すら無視できるものではない。

 

 あ゛〜〜〜、痛えよ痛えよ響いてるよ骨にさぁ! 

 

 烈風を耐えるために跪くような形を取っているが、依然として構えは解いていない。

 

 別に霞構えじゃなくても使えないことはない。

 でも、俺はどうしてもこれを使いたい。真っ直ぐ正面に構えるのでもなく、上段に構えるのでもなく、下段に構えるのでもなく。

 

 どこまでも一点を目指すような、この構えこそが──俺に一番合ってると思うから。

 

 大地を踏みしめ力一杯に蹴り上げて、空に躍り出る。

 風を掻き分け目を細め、ぶつかり合った魔力の剣跡にて魔力を高め続けるテリオスさんに対して突撃する。

 

 アイリスさんの時に初めて試合で使用し、ソフィアさんの時に多少の柔軟性は見せたものの師匠に授かった紫電迅雷を完全にコントロール出来ている訳じゃない。

 

 寧ろ振り回されていると言った方がいい。

 機嫌を損ねないように自分の身体を痛めつけながら無理矢理使わせてもらってるだけだ。

 

 だから、余計な遠回りはできない。

 

 振りかざした光芒一閃がテリオスさんの掲げる月光剣と衝突する。

 魔力で足場を形成しているわけでもないのに浮遊を容易に行っているあたり、本当に優れた才を持ち磨いてきた怪物だということを実感する。

 

 ステルラですら、至る前は魔力による足場形成に頼っていたのに。

 

 顔を見合わせるような距離感で鍔迫り合い、挑発的で闘志をむき出しにするテリオスさんと一言交わす。

 

「空中じゃ踏ん張りが効かないんじゃないかな?」

「そうでもない。俺はオールマイティな男だからな」

 

 一度大きく押し込み剣を引かせてから、テリオスさんの()を足場に魔力障壁に高速で移動する。

 

 着地の衝撃で脚がめっちゃ痛くなったけどこの際構わない。

 痛みで嘆きたくなる心に蓋をして、空中で静止して待ち受けるテリオスさんに対し再度突撃をする。

 

 現状ヒットアンドアウェイ、当てて移動してを繰り返す他に手札がない。

 

 恐らくまだ読み合いの段階。

 俺の剣筋を直接対峙しても追い詰められない盤面に移動し、対策を立てられずとも癖を少なからず把握した上で本格的な戦闘に移る。

 

 合理的だ。

 俺は勝負を急がなければいけないから攻める以外に手段がなく、向こうは最悪時間稼ぎで構わない。

 嫌になる程合理的で効率的で現実的。なんで俺のような一芸しか務まらない二流にそこまでガチガチにやってしまうのか、テリオスさんの方が圧倒的に上位者なのを忘れたのか? 

 

 言い訳と愚痴を繰り返す思考とは裏腹に戦闘は移り行く。

 障壁をリングロープのように扱っていた俺だが、着地して再度突撃を行おうとした時にテリオスさんの姿が見えないことに気がついた。

 

 まずい。

 全く追えてないのがまずい。

 

 一撃喰らえばアウト、この状況で警戒するべきは──死角からの攻撃。

 

 障壁を足場に、掴んでいるわけでもないから当然滑り落ちるのだが、その前に上へと剣を振る。

 

「────流石だ!」

「速すぎだろうが……!」

 

 俺の勘通り、テリオスさんは俺の上から障壁を駆け堕ちるように落下攻撃を仕掛けてきた。

 こんな不安定な場所じゃあ受け止めきれない。受け流すにも身体が変な方向へ回転してしまうし、かなり状況は苦しいが────この程度ならば! 

 

 上段から振り下ろされた一撃を受け止めて、テリオスさんの剣を伝ってエネルギーを返す。

 無論全部完璧にとはいかないが、俺が最低限の形を整えるために身体を空中で操作するくらいなら支障ない。やや驚いた表情をしたのちに、更に口を食いしばって粒子を零れ落としながら追撃を仕掛けてくる。

 

 自由落下という形を取るのが俺。

 空中で加速しながら落ちれるのがテリオスさん。

 

 どちらが速く、強力なのかは明白だ。

 

「これは受け切れるかい!?」

 

 剣が鈍く光り輝き、俺が最初に放った軌跡と似たような剣筋を描きながら魔力刃を飛ばしてくる。

 

 属性を纏った攻撃じゃないだけマシだ。

 怨嗟を心で告げながら、光芒一閃を二刀流に分離させて対応する。

 ルーチェとの戦い以来使わなかったがこの状況なら活かせる。相手は威力を重視せず、こちらもまた、攻撃を捌くことだけできればイイからだ。

 

 一撃、二撃三撃と繰り出される魔力刃を両手で捌きながら背面へと気を配る。

 

 俺たちがいた場所はそれなりに高いが坩堝の会場を飛び出るほどではない。

 落ちる時にテリオスさんに勢いを投げ渡したとはいえ、自由落下の速度は計算できん。そこまで戦闘中に頭を回せるならば俺はこんなに苦労してないさ。

 

 だから、俺が頼るのは勘。

 

 山暮らしで師匠に投げ飛ばされ、大きく弧を描きながら地面に墜落した際の経験だけだ。

 

「────こなくそっ!!」

 

 未だ迫りくる追撃を致命傷にならない程度に受け止める覚悟をして、二刀流を一刀流に戻し地面へと向き合う。

 

 俺が考えるよりずっと地面に近く、既に手遅れとすら思える距離。

 絶対的に訪れる死の警笛が脳に鳴り響くのを無視して、左肩を犠牲にすることを選択した。

 

 着地後に転がって衝撃を逸らす。

 

 地面が近づく。

 テリオスさんから放たれた追撃によって僅かに勢いを増してしまった俺の落下速度は速く、断頭台に首を並べた囚人の気持ちが僅かにわかった。

 

 死ぬ。

 少しでも間違えたら死ぬ。

 

 心臓が高鳴る。

 動悸が激しくなる。

 荒くなりそうな呼吸を、唾を飲み込むことで抑制して思考を回す。

 

 肩から激突する。

 衝撃が響くが、まだなんとかなる。

 鈍い骨がぶつかる音が聞こえてくるが、それを聴かないように意識を逸らした。

 

 そのまま身体を丸めて回転するように動く。足を伸ばしてはダメだ。足も丸めて、球体同然にならなくては行けない。

 

 転がることでいつかは止まる。

 それまでのダメージをとにかく抜く。

 

 背中が大地と接触する。

 頭部を守るために光芒一閃を手放して、後頭部を抱く。

 

 二度、三度回転したのちに両手を地面について飛び跳ねる。

 勢いは問題なく殺せた。不恰好なことこの上ないが仕方ない、俺には恵まれた身体能力は存在しないのだから。

 

 僅かに視界が回っているが、これもそのうち治る。

 死を目前にして沸いた脳内物質の影響もあるが、身体に痛みはない。

 細部を動かすのに不快感も存在しないし、なんとかなったと言えるだろう。

 

 空からゆっくりと降りてきたテリオスさんは、少しバツの悪い表情をしたのちに、小さく口を開く。

 

「…………対峙することで、実感することがある」

 

 どうやら俺の疲労を利用するつもりはないらしい。

 呼吸を整え冷静になれるからそれはそれで有難いが、温情か? 

 

「君はどうしようもないくらいに普通だ。ああいや、違う。普通ってのはそういう意味じゃなくて、『肉体的に平凡』なんだ」

「そりゃあそうですよ。魔力はカス程しか存在しないから身体強化も使えないし、空を飛ぶ相手に対抗できる飛び道具は殆どない。俺に残されたのは肉体と与えてくれた祝福(これ)だけだ」

「そう、その通りだ。そして君は、そのハンデを背負いながらも格上と言われる相手に勝利を収めてきた」

 

 初戦のヴォルフガング。

 アイツは学年次席で超がつくほどに優秀で、本来ならば俺が逆立ちしたって勝てない相手だった。相手の経験の薄さと戦いを楽しむという点を利用して拾い上げた勝利で、俺は完全初見での戦闘だったから優位に立てた。

 

 次はルーチェ。

 互いに手の内がそれなりに割れた状態ではあったが、インファイトがメイン距離なのが幸いした。手数では押し負けるもののそこばっかりは俺の経験が上を行って、ルーチェもまた、俺相手に正面から攻撃することを選択したから勝てた。

 

 アイリスさんもソフィアさんも、これまで戦ってきた全員が『正面から戦ってくれなかったら』勝つことはなかった。

 

「勝利への執着、とでも言えばいいのか…………君からは尋常じゃない意地を感じるんだ」

意地汚くて(・・・・・)申し訳ない」

「褒めてるのさ。僕も勝ちを望んできたが、それは勝利が前提にあるが故だ」

 

 あー…………

 

「勝って当然、みたいな?」

「……恥ずかしい話だけどね」

 

 頬を掻きながら少しだけ頬を赤に染め、テリオスさんは恥じらいながら笑った。

 

 男の照れ顔とか誰が得するんだよ。

 魔祖は得してるかもしれないな。テリオスさんが胸の内に抱いてた感情を聞かされた反応が気になるぜ。

 

 俺の予想だと、魔祖は想像以上に愛を持って接してる筈だ。

 

「僕はあの(・・)魔祖の息子だ。血は繋がっていないけれど、魔導の開祖とすら謳われる生ける伝説に育てられた。真実が違っていたとしても、世間はこう見るだろう。『魔祖様の息子なんだから、魔法技能に長けている』ってね」

 

 否定はできない。

 如何に色眼鏡を通さないように見たとしても、絶対に先入観に囚われないようにするのは不可能に等しい。

 

 ヴォルフガングも、ルーチェも、テオドールさんだってそうだ。

 生まれた瞬間に立場を手に入れてしまった人々は、生涯その先入観に囚われて生きていく。

 自分自身が気にしないように努めても周囲は気にするし、周囲が気にしなくても自分は気にする。レッテルや評価というのはそういうものだ。

 

「多分、僕の思いはここから生まれた。勘違い、いや、思い込みと言った方が正しいだろうね」

「そうでならなければならないって?」

「その通り。『偉大なる母親に育てられたのだから、相応にならなければいけない』」

 

 目を細めて、何かを思い返しながら言葉を続ける。

 

「…………僕のスタート地点は、きっとここだ」

 

 …………どちらにとっても、辛い話だ。

 

 以前聞いた通り、僅かな擦れ違いからテリオスさんはここまで来た。

 

 来てしまった。

 魔祖が望まない、英雄などという者に固執しながら──テリオスさんは登り詰めたのだ。

 

「悔いはないよ。嫉妬や羨望こそあっても、そこに後悔はない。僕は僕の歩んできた道を、絶対に否定したくない」

「同意したいところですが、俺は後悔ばかりです。あの時師匠に少しでも弱音を吐いていればここまで苦しまなくて済んだんじゃないかって、夢にまで見る程だ」

「でも否定はしないだろ?」

「そりゃまあ」

 

 否定なんてしてたまるか。

 俺の苦しみや嘆きは偽物じゃない。

 本当に辛くて苦しくて涙を流して血反吐を吐きながら、前に歩き続けた憎い努力の日々は嘘じゃないからな。

 

 それをわかっているから、誰しもが後悔を抱きながらも自分を否定しない。

 

「俺は常に口にしている。感謝も文句も垂れ流し、周囲の人間に勘違いなどさせないように努力を続けているんだ。なのにどいつもこいつも余計な口を挟んで変な感情を向けてくるから、俺としてはそれに応えてやろうと奮起しているに過ぎない」

「………僕はさ。君の、そういう所も羨ましいんだ」

「プライドがないだけです。プライドなんざとっくの昔に捨ててきたからな」

 

 ステルラに蹂躙されたあの瞬間から、俺は根本から折れてしまっている。

 折れた場所をとにかく無理やり繋ぎ直しているに過ぎない。

 

「人の言葉に嘘はない。意図的に嘘を吐こうとしているため犯罪者や無関係な人はともかく、自身に親しい人の言葉には耳を傾けておくほうが得だ」

 

 師匠は言葉とは裏腹に面倒な感情を抱えている。

 初めの頃のかつての英雄を見る目がすぐに自己嫌悪に変わる瞬間とかな。

 言葉だけならいくらでも嘘をつけるが話している時の仕草や目線は嘘をつかないものだ。それが善人であればあるほどに。

 

「イ〜イじゃないですか。擦れ違いが悪い方向に進んだのならともかく、テリオスさんの選択肢は間違いばかりだったとは言えないと思いますよ」

「……そうかな」

「ええ。前にも言いましたが……」

 

 公衆の面前で言うのはあまり好ましくないが、まあいいだろう。

 騒がしくなったらその時はその時。未来の俺がどうにかしてくれるといつも通り放り投げて、以前言葉に込める事すらなかった言葉を吐き出す。

 

「俺はその領域に至れない。人を超えることが出来ない。先の戦いで一歩先に行ったステルラを、生涯追いかけ追いついたとしても────必ず、置いていくことになる」

 

 自覚してない奴がいるのなら自覚させてやる。

 魔祖十二使徒は百年以上生きている。人間の寿命はせいぜい八十歳くらいが長生きと言える領域で、しかも若かりし姿を保ったまま生きていくことなど普通は不可能なのだ。

 

 それを成しているのは、この大地に生まれた人類の中でも一握り。

 文字通り両手で数える程度、と表記するのが正しいだろう。

 

「だから、俺は貴方が羨ましい。別れそのものと訣別できた貴方達が、どうしようもないくらいに……!」

 

 死にたくない。

 死にたくないに決まってる。

 

 アンタは俺に嫉妬していて、それが愚かだって蔑んでいるだろ。

 

 俺だって同じだ。

 

 俺は永遠が欲しい。

 師匠ともステルラともルーチェともアイリスさんとも、俺を産んで育ててくれた両親とも、俺に関わる全ての人と、死って形で迎える訣別なんざゴメンだね。

 

 だが、俺に永遠は訪れない。

 英雄から借りたメッキを貼り付けた俺じゃあ、本当の黄金(永遠)には届かないんだ。

 

 なぜなら、魔力に嫌われているから。

 

「俺の勝利への意志について、言いましたね」

 

 勝ちへの執念。

 死んでも勝ってやるという、俺の中での一番の歪み。

 色々詰め込まれすぎて狂った俺の中で、絶対的な芯として君臨するくせに歪みきっているこの渇望。

 

「勝ちへの渇望が途切れることはない。

 勝ち続けることで俺の生涯が保証される。

 勝ち続けなければ俺の人生は証明されない。

 勝って、勝って勝って勝って勝ち上がって上り詰めた頂に────俺の望みがある」

 

 だから勝つ。

 俺は負けず嫌いだからな。

 そしてまた、勝てる戦いしか挑まない(・・・・・・・・・・・)

 

 俺は最初から最期まで、負けることなんざ考えてない! 

 

「やがて星光に並び立つその刹那に、駆け上がってやるのさ!」

 

 紫電が全身を駆け巡る。

 今の問答で時間は消費したが、幸い戦闘継続に問題はない。

 脳内麻薬がドパドパ排出されて軽い興奮状態にある。ああ、きっとそうだ。

 

 足に力を込めて、筋肉の連動だけで骨が軋んでいるのではないかと錯覚するほどに、力を込めて。

 

 全速力で駆け抜ける。

 紫電と同等────否。

 紫電の速度すら超えた雷速に至り、移動の衝撃で全身が痛む。風圧を受け止めている顔なんか最悪なことになっているが、その痛みを食いしばって耐え抜いた。

 

「速────」

 

 俺の耳に入る言葉。

 テリオスさんが言葉を発するより先に一手差し込んだ。

 

 恐らく身体強化をしていても、紫の残光しか見えなかっただろう。

 

 テリオスさんが見えてないのだから、当然俺も見えてない。

 俺にとっては慣れ親しんだ世界だ。敵の姿が見えないのなんて当たり前で、それをどうにかこうにか補うために培った経験がある。

 

 勘を頼りに、光芒一閃を振り抜いた。

 

 僅かに接触した抵抗感とスムーズに刃を通した感覚。

 本当にごく僅かな間であったが手に感じたそれを、信じる。

 

「────まだだ!」

 

 これじゃ足りない。

 こんなんじゃ、足りてないんだ。

 

 一太刀通した程度じゃ到底敵いやしない。

 全身に刃を通し魔力を消耗させ、極限まで削り切らねば座する者(ヴァーテクス)という上位者に勝ち目はない。

 

 足に力を込めて無理やり軌道を修正する。 

 紫電の生み出した勢いが止まるはずもなく、俺の体は急激な負荷に襲われるだろう。三半規管がぐちゃぐちゃに歪み、視界も音も何もかもが混ざり合った吐き気のする世界。

 

 喉元までこみ上げて来た液体を飲み込んで、歯が砕ける程に噛み締めて、足の損傷など気にも止めずに駆け出す。

 

「本当に、無茶をするッ!!」

 

 身を犠牲に捧げてでも追撃を放ったのに、テリオスさんは正面から受け止めた。

 

 勘弁してくれよ本当になぁ〜〜! 

 方向変えるのにすらダメージ負ってんのに簡単に適応するなよ! 俺は文字通り身を削って肉を削ぎ骨が折れてでも突き進んでるのに、そっちだけデメリットなさすぎだろ! 

 

 いい加減にしろよ、本当に────!! 

 

 左、右、右斜めから振り下ろす袈裟斬りに急所を狙う斬撃ではなく細かく傷を入れて魔力をロスらせるために剣を振る。

 その全てを対等に受け止め、テリオスさんは俺に反撃を繰り出してくる。

 

「剣も魔法も何もかも────ふざけんなよ、この超人!」

「君みたいな化け物に言われたくないな!」

「俺はこれしか無かっただけだ、なんでも出来るアンタと一緒にすんな!」

 

 ギラギラ目を輝かせながら鍔迫り合う。

 身体強化を施しているだろうが、接近戦で同じ剣使いならばまだ俺に分がある──と、言いたいところだが。

 

 生憎この超人はなんでも出来るらしい。

 僅かに勝る程度の剣技では、魔法と剣技の重ねがけには届かない。

 

 ニィ、と笑みを深めて。

 テリオスさんは銘を口にする。

 

模倣・剣乱卑陋(ミセス・スパーダ)!!」

 

 ────冗談だろ? 

 解き放たれた斬撃は弧を描き、僅かなズレを伴って同時に襲いかかってくる。

 

 冷静に考えれば、わかることだ。

 テリオスさんは俺より早く、俺よりずっと順位戦に力を入れている。 

 挑戦を受け続け、強者と戦い続け、向上心を忘れずに励み続けた超人。当然のことながら、アイリスさんと戦ったのも一度や二度ではない。

 

 迫りくる死の予感を目前にしながら、まだバレてない前提で切り札を切る。

 

 祝福として右腕に刻まれた紋章が光輝き熱を齎して、俺の腕に魔法を付与する。

 これで戦闘時間が短くなった。

 だが、こうする他なかった。

 

全属性複合魔法(カタストロフ)が使えて、他人の剣技が使えない道理がないだろ!?」

「全くだ、涙が出るくらいに正しいよ!」

 

 右腕に身体強化と紫電によるブーストが付与される。

 これまで俺が解き放ってきた全ての攻撃を上回り、師匠にだって見せたことのない重ね技を土壇場で披露する。

 

「でもなぁ!」

 

 これは、かつての英雄の再現。

 紫電靡かせたかつての英雄、その光の剣技を俺は知っている。魔祖十二使徒しか知らないような奇跡を俺はいま、体現した。

 

他人の模倣で(・・・・・・)、俺が負けるわけないだろうがッッ!!」

 

 アイリスさんの剣を打ち破り、テリオスさんの剣を貫いて、座する者(ヴァーテクス)として覚醒した怪物に袈裟斬りを浴びせる。 

 

 アイリスさんの剣を模倣したことに憤っているわけじゃない。

 他人の剣に頼ったテリオスさんに憤っているわけでもない。

 

 じゃあ俺は何に憤って吠えたのか。

 

 そんなの決まってる。

 

 英雄の模倣で塗り固めた俺が(・・・・・・・・・・・・・)、模倣に人生を捧げた俺が────負けるわけないだろう! 

 

「星縋、閃光────!」

 

 いまだ倒れないその身に対し、トドメの一撃を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────見えた。

 

 テリオス・マグナスは明滅する視界の中で、確実にそれ(・・)を目で捉えた。

 

 ロア・メグナカルトには読み切れない底の深さがある。

 戯けて器を広げようとしないが、確実に隠している刃がある。

 

 アイリス・アクラシアとの戦いで披露した紫電を身に纏い高速移動する魔法と、それを利用した鋭く素早い斬撃。

 そして、ソフィア・クラークとの戦いで魅せた空からの急襲。

 

 それ(・・)に気がついたのは、後者での戦いの時だった。

 

 ソフィアが何重にも広げた莫大な魔力の籠もった魔力障壁に衝突している最中。

 

 ロアの右腕が、光り輝いた。

 その時点でロアが勝ち上がると確信していた部分はある。ソフィアには申し訳ないが、勝ち上がってきてくれとすら願っていたのだから、一つのヒントも見逃さないと注視していた。

 

 右腕が輝いた直後、ソフィアの展開した障壁を打ち破り切り裂いた。

 

 確かに、そこには紫電以外の輝きがあった。

 

 それこそがロア・メグナカルトの切り札。

 身体強化か、それとも剣に威力を込めているのか。詳細はわからなかったが確かに見つけた一つの穴。

 

 自らの身体を信じる男が、自らの身体以外を信じるその瞬間に、テリオスは賭けた。

 

 振りかざされる光芒一閃に対し、魔力をバカみたいに込めた左腕で受け止めて、その衝撃で地面に沈み込む。

 光芒一閃を握りしめ、手のひらから血が滲むことすら気にせずにテリオスは吠える。

 

「──それ(・・)は、わかっていたさ!!」

 

 右腕にもった月光魔導剣を握りしめ、剣を封じたロアに剣を振りかざす。

 受け止められることを想定していなかったのか、顔は伺えないが身動きひとつ取らないロアに勝利を確信する。奥の手は見えていたと、テリオスは自らの眼を褒め称えた。

 

 肩口から大きく切り裂く一撃を放ち、ギリギリでねじ込まれた左腕に剣を掴まれる。

 既に身体強化は使えなかった。ロアが切り札を放ったのと同じように、テリオスもまた、限界に近づいていたから。

 

 しかし。

 テリオスは身体に触れる以前に受け止めたのに対し、ロアは肩に突き刺さった剣をそれ以上深くならないように抑えているだけ。

 

 どちらが有効打を放ったかは一目瞭然であった。

 

「勝つのは、()だ! ロア(英雄)を倒し、英雄に至るのは、俺だ!!」

 

 喉に絡みつく血塊を吐き捨てながら、己を鼓舞する。

 少しずつ、ほんの少しずつ押していく自分の力に、さらに勝利を確信した。

 

 捻り出した僅かな魔力──その全てを右腕に込め、決意を握り締め吠える。

 

「────月光魔導剣(ムーンライト・マグナス)!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 痛い。

 

 全身が痛い。

 激痛と表現することすら烏滸がましいような、言い表すことが不可能なくらいの損傷。

 足は砕けて肩に剣は刺さるし手も出血して骨は砕けたりヒビが入ったりでまともじゃない。いつもこうだ、俺が戦うとい〜〜っつもこう。

 

 ふざけんなよ。

 アンタ超人すぎんだよ。

 なんで対応出来るんだ。かつての英雄の技、完全に再現したと言っても差し支えないんだぞ。

 

 その意味をわかってんのか。

 

 テリオス・マグナスは今この瞬間、かつての英雄の剣技を超えたんだ。

 

 光芒一閃は掴まれたままで、俺はそれに対抗できるほど力が残ってない。

 むしろ向こうは再起したまである。こんなことが許されていいのだろうか、ポンポン壁超えるのやめろよ。師匠だってそこまでイカれた性能はしてないのに。

 

 もう、祝福に刻まれた魔力も殆どない。

 光芒一閃を維持するのも不可能だ。既に紫の粒子となり始めてるから直に消えるだろうし、俺自身の力も尽きかけてる。

 

 才能が欲しかった。

 

 英雄の記憶なんてものより、願い狂うだけで人を超えられる人智を超えた才能を持って。

 他の誰にだって負けないくらいに歪んだ才能を持って生まれていれば、俺はこんな風に屈辱と虚無感に襲われることはなかっただろうに。

 

 才能が欲しい。

 

 俺はいつだって願っている。

 朝起きれば無敵になっていることを祈り、起床と同時に溜息を吐く。そんな毎日が嫌いでうんざりしていても決して変わらない現実と記憶に、無性に苛立ちを募らせた。

 

 才能。

 

 俺は、魔力に愛されたかった。

 そんな才能が、一番欲しかった。

 

 左腕に力を込めて、既に砕けた足で踏ん張って。

 気が狂いそうになる激痛を堪えながら、血塊を飲み込んで叫ぶ。

 

「俺は!!」

 

 光芒一閃から手を離す。

 霧散する紫の粒子を見送って、テリオスさんがさらに剣に重圧を乗せてきたのを感じとる。

 吹き出す血液と削られる骨、骨を切らせて何もできてない今の現状を認識した上で、絶体絶命であることを理解して、右腕に力を入れた。

 

諦めない(・・・・)!」

 

 俺は、魔力には愛されなかった。

 

 自分の魔力が、ロア・メグナカルトのことを嫌っているのは十分に知っている。

 だからそこに頼ることは最期の瞬間まで無くて、俺自身それはあり得ないと断じている。

 

 それは今も変わらない。

 

 だけどな。

 俺に対して、師匠の魔力(・・・・・)は微笑んでくれた。

 魔法が使えない俺に、少しは操れるように適応してくれてるんだよ。

 

 握り拳の中から紫電が溢れ出す。

 正真正銘師匠の魔力、俺の祝福に宿った残滓。

 本当なら操れない他人の魔力って概念を、俺は根底から覆す。

 

 才能じゃない。

 十年近く師匠の魔力に浸っていた悪影響とすら言っていいだろう。 

 自分の魔力は使えないのに師の魔力は使えるとか、なんか、気持ち悪いだろ? 

 

「────サンキュー師匠! 愛してるぜ!」

 

 テリオスさんの魔力は既に感知できない。

 それはつまり、向こうも搾り出しているだけで限界ギリギリってことだ! 

 

「────紫電雷轟(ヴァイオレット・フォークロア)!!」

 

 決して爆発的な量じゃない。

 掌に収まる程度、俺が食らえば僅かに痺れる程度の搾りカスでしかない。

 

 だがそれは、俺にとってというだけ。

 

 消耗しきった人間一人をダウンさせるのならば、十分すぎる。

 

 雷属性ってのは難易度が高く威力の高い、ハイリスクハイリターンな魔法だからな! 

 

 俺の胴体を剣が別つより先に、俺の拳がテリオスさんの頬に激突する。

 

 頭に直接流れる紫電は効くだろう。

 緩んだ隙を見逃さず、連続して顔に拳を乱打する。

 興奮状態にあるから痛みは無視できる。相手も同じだと判断し、とにかく動かなくなるまで追撃を続ける。

 

 左肩は骨を貫きあわや心臓まで届かんとする程深く突き刺さっている。

 

 ここで意識が戻れば、俺に勝ちの目はなかった。

 

 もう顔を壊せる程力は残ってない。

 せいぜいが骨を砕けるかどうか、打撲として与えられれば良いくらいの威力でしか殴打はできない。

 それでも起き上がることが無いのは、決着がついたからだろうか。

 

 気がつけば馬乗りのような形になって続けていた追撃の手を止めて、乱れ切った呼吸と痛みで歪む視界を何とかして整える。

 

 左肩に刺さっていた剣は粒子となって消滅し血が溢れ出す。

 命が急速に漏れていく感覚に青ざめながら、テリオスさんの様子を伺った。

 

 両手を投げ出し大の字で寝転び、顔は出血で見えないくらいに変形している。

 胸が上下しているから生きているのは確かだ。まあ、この程度で死ぬようならとっくに死んでいる。主に俺が。

 

「は、は、はは……っ、いて、いてで……」

 

 膝が震えて立ち上がれない。

 喉が焼け付くように痛い。まるで老人のような嗄れた声に、我ながら笑ってしまいそうだった。

 

 紫電の影響か、痺れた影響で麻痺しているのか感覚がない右腕を、少しずつ動かす。

 

 今俺はどんな顔をしているのだろうか。

 笑っているのか、泣いているのか、困っているのか、怒っているのか。俺らしくないことに、痛みに苦痛を覚えていることはなかった。

 

「勝っ、だ…………!」

 

 震える右腕を掲げる。

 顔は空を見ることすらできない。

 首が痛くて、左肩が痛すぎて、もう全身激痛で。声を上げることすら辛いけど、どうしてもこれだけは外せない。

 

「勝ち、だ…………!」

 

 痛みを全部飲み込んで、天を仰ぎ見る。

 どこまでも広がる快晴と夏の日差し、蒼すぎる空が視界一面に広がった。

 

「俺の────勝ちだ!!」

 

 万感の想いを込めて、叫ぶ。

 

 勝った。

 勝ちだ。

 俺は、テリオス・マグナスに勝った! 

 

「勝ちだぁ────ッ!!」

 

 


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