「や、おはようさん」
「アルか。おはよう」
登校する途中で後ろからアルが合流した。
東の方から来たと言っていたし、たしか……グラン地方だったか。
コイツの名前は「アルベルト・A・グラン」。なるほど、そっちの関係か。
かつての英雄の記憶を掘り起こして少し確認するが、流石にグラン公国の貴族とかは覚えてない。
公爵家もあんまり記憶にないな。戦場に出るような立場でもないだろうし、そこは仕方ないか。地道に自分で調べていくしかない。
なんとなくアルの出自を考察しながら、歩みを進めていく。
「聞いた? もう君の幼馴染に異名が付いたらしいよ」
「新入生に付く最速タイム更新らしいな」
「おっ、流石に興味アリって感じ?」
「アイツの情報を漏らすわけにはいかないからな」
これは俺のプライドである。
鋼の強度の心を何度も何度も繰り返し煮詰め湾曲させられた俺のプライドは、不純物が混じりに混じってカオスな内訳になっている。それでも俺の心の半数を占めるのは『ステルラ・エールライト』なのだ。たとえ余計なモノを背負ったとしてもその基準は変わる事はない。
何故か。
それはアイツが俺を負かし過ぎたからだ。
「君は『
「ああ。俺もそうだからな」
「…………ん?」
ステルラがインパクト満載のネタバラシをしてしまったので、もうそこで驚かせる可能性は低い。
だって素手で魔法弾く
「え? 君も?」
「俺とステルラは同じ村出身、アイツは第二席の弟子。最上級魔法を扱える師匠」
「ああ~~……うん、確かにそうだ。それしかないね、逆に何でそう考えなかったんだろ」
俺の魔力量がカスすぎて凄いと思われる事がないのだろうか。
もしそうだとすれば訴訟も辞さない勢いで学園に殴り込みに行く。俺は今でも努力は嫌いだが、それと同じくらい負けっぱなし舐められっぱなしは気に食わないのだ。ルーチェに関してはこう、舐められてるとかそういう話以前に『ステルラに敗北した』という共通点があるので気にしない。
「じゃあ入試で負けたんだ」
「は? 負けてないが??」
お前表出ろ。
出会って数日で既に五回程度表に出ろと言っているが、俺の心の許容量が少なく器が小さい訳ではなくコイツが失礼すぎるだけなのである。
結構
まったく、失礼なヤツだな。
「でも主席じゃ無いんだろ?」
「俺はそもそも主席とか次席とかそういう場所じゃない。おまえなら理解できると思うんだが」
そう言ってからアルは少し考え込むような顔をしてから、引き攣った笑みを向けて来た。
「……マジ?」
「大マジだ」
♯ 第三話
「順位戦組んだわ」
「……早くないか?」
昼休み、アルと飯を食っているとルーチェが弁当持参で乱入してきた。
俺達まあまあ失礼な事を言っているんだが、根が優しいのか見捨てられることはない。ステルラに負けた影響でちょっとだけ歪んでいる部分はあるが、それは俺のコンプレックスと同レベルなので問題ないだろう。俺の努力嫌いとはレベルが違うがな。
「そのためにこの学園に来たんだもの、利用できるものはさっさと使うに限るでしょ」
「合理的だねぇ。僕も一ヵ月くらいしたら始めようかな」
実際、新入生が順位戦を始めるのはそれくらいの時期からになる。
最初の一ヵ月はどうしても首都に初めて来た連中がいたり生活に慣れなかったり、事情がある事が多い。よって一ヵ月経ち落ち着くまでは学園側も干渉する事はないのだ。暗黙の了解としてそうなってるよ、なんて師匠に教えて貰った。
「君はどうするの?」
「俺は魔法授業をどうにかこうにかやり繰りせねばならないゆえ、暫くは何も出来ない状態が続く」
「あっ……」
やかましいな、俺だって察してるんだ。
魔法授業──簡単に纏めれば、新たな魔法を習得するための課題授業である。習得する魔法は生徒の自由となっているが、一年で何個取るかの規定数をクリアせねばならない。
俺は既に戦闘スタイルが確立されている上、魔法は
「そういえば苦い顔してたよね」
「俺は魔力量が乏しいから基本的な魔法の行使は不可能に近いんだ。俺は根本的に才能が無いからな、二人とも柔軟性に富んでて羨ましい」
嫉妬だ、これは。
ステルラ程で無かったとしても、コイツらは根本的に『才能がある側』の人間。努力もしてきているだろうが、俺に二人と同じくらい前提条件が整っていればもっと飛躍的に強くなり、もっともっと自堕落に過ごす事が可能だった。これを羨まずに何を憎むのか。
「あ゛~、思い出したら腹立ってきた。なんで俺こんなに才能無いんだよ」
「これ冗談とかじゃなく本気で言ってるんだね」
「当たり前だろ。才能があったらもっと別の選択肢取ってるわ」
ハ~~~~。
近所の商店街で買った惣菜詰め合わせ自作弁当を口の中に掻きこんでから、味を噛み締める事も無く水で流し込む。
かつての修行の経験から培った技である。なんで俺こんなどうでもいい技能ばっかり磨かれてるのだろうか、自分で言ってて悲しくなってきた。
「……よく心折れなかったわね」
ルーチェが苦い顔で言う。
俺とは入れ違いに近い形でステルラに触れた
「折れたさ」
俺もそうだ。
何度だって折れた。
俺の心に傷のついてない部位はなく、死を覚悟したあの瞬間にだって折れている。折れて折れて潰されて、それでも諦める事を許さないこの世界の理不尽さと勝手に存在する英雄の記憶を恨んで生きていた。
凡人にステルラ・エールライトは眩し
ゆえに、足掻いた。
「悔しいだろ、負けたままとか。それだけだよ」
「いやぁ、男の子だね! 僕もそんな経験してみたかったな~」
「そんな願望捨てる事をオススメする。いや、激しく推奨する。う~ん、命令する。捨てろ」
「滅茶苦茶引き摺ってるなぁ!」
当たり前だろ。
「で、だ。俺の事はどうでもいいが、ルーチェの対戦相手はどんなヤツなんだ」
級友として気になるので聞くことにする。
学園生活とか久しぶりだし、かつての英雄の記憶と遜色ないモノになってしまった俺の灰色の青春を塗り替えるには今しかないのだ。そういう意味でアルが話しかけてくれたのは非常にありがたかった。絶対に本人に言わないが。
「つまんない奴よ」
「つまらん奴なのか」
「ええ」
心底つまらなそうに言うあたり、本気でどうでもいいと思ってそうだ。
「アル、詳細」
「
「アンタらね……!」
流石の情報収集力だ。
お前が友人で良かった。
「勝てるのか」
「当たり前じゃない。勝てない勝負に挑むのは
お前は俺か。
恐ろしい程に俺と同じような精神性を持つな、この女。
そりゃあステルラに出会ってボコられるわけだ。
「応援には行く。手の内を見るついでにな」
「来なくていいわ」
「何故だ。友達じゃないか」
「……冗談やめてよ」
チョロすぎないか?
俺は既にお前の将来が心配になって来た。
チョロくて負けず嫌いって相当アレだぞ、お前……。
「俺はお前を誤解していた。ただの口悪い女かと思っていたが、案外いい所あるじゃないか」
「一度死んできなさい。そうしたらもう一回殺してあげる」
「なんて猟奇的な趣味なんだ……コワ」
俺は椅子に座っていた筈だが、気が付けば地面に寝そべっていた。
最近自分の身体がどうなってるのかわからない、なあアル。
「大体君が悪いと思うよ」
「お前にだけは言われたくないぞ。ルーチェ、俺とアルどっちが駄目だ?」
「どっちもダメに決まってるわ、バカども」
放課後になり、俺は非常に遺憾ながら魔法習得の鍛錬をしていた。
かつての英雄は最低限魔法を扱うに値する力を持っていたから身体を酷使する事で魔力量を増やし、魔法戦士としての選択肢を増やした。
いまの俺は最低限魔法を扱う事すら出来ないので魔力量を増やす事は出来ず、ある意味ズルをして利用可能にした唯一の魔法が武器である。
あ~あ、この落差はなんだ。
努力すれば身に付く程度の才能を与えてくれればよかったのに、とにかく要領が悪い。俺の事を言っているのにどこか他人事に聞こえるかもしれないが、それくらいヤケクソにならないとやってられないのだ。
やらなくていいと思った努力をするのが死ぬほど苦痛だ。
実際に死にかけていたので苦痛の感覚は理解している、よってこれは死ぬほど苦痛という言葉に適している。
証明完了。
「あ゛ぁ゛~……せっかく誰もいないから気を抜けるのに、なんで俺は放課後まで努力しなけりゃならんのだ」
ブツクサいいながら教導本を見て調整する。
魔法を使用する感覚はわからない。あの英雄の記憶では使ってるのはなんとなく感じ取れるのだが、いざ実践となると上手く行かない。どれだけ頑張っても出来ない事は仕方ないのだ。
なお、自宅はそこまで広くないので学校に居残りである。
魔法使用を前提とした補強をされてる個室が幾つもあるので、やはり学習を行うには最適な場所だと再認識した。
「努力はクソ、努力はクソ努力はクソ努力はクソ努力はクソ努力は……」
「やあ馬鹿弟子、今日も元気に頑張ってるみたいだね」
「出たな妖」
俺が何かを言う前に先手を喰らい、口が痺れて動かなくなった。
身体にある程度の耐性は出来たと言えぶっちゃけ耐えれる限界は低いのであんまり役に立たない。クソが。
「なぜ此処に? そう聞きたいのだろう、わかるとも。では説明してあげようじゃないか!」
テンション高いなこの老婆。
俺はやる気もクソもないのに大嫌いな努力をしていて不愉快なのに、横槍を入れてきた妖怪雷ババァはそれはもうご機嫌なモノへと変化した。
「幼馴染みを連れてきたよ」
「やっほーロア! 久しぶりだねぇ~!」
ほ、ほぎゃっ……
俺の抱いていた全ての感情を破壊し尽くし満面の笑みを浮かべる師匠と幼馴染。やはりコイツらは俺にとっての凶星であり呪いであり悲しみである。
「
「会いたかったから来ちゃった!」
めっちゃ恥ずかしい奴だろコレ。
以前『俺とあいつは会うべき舞台が存在する』とか考えてたのが死ぬほど恥ずかしい。
「君は毎度勝てないな」
「うるさいですね……」
天と地ほどの差があるのだから、それは仕方ない。
昔の俺はよく生きる事を諦めなかったと感嘆の意を示さざるを得ない。なんかもう自信が根こそぎ破壊された気分だ。
そんな俺の内心など露知らず、この師弟は楽しそうに話を続けた。
「順位戦見に来てくれたんだよね!」
「そりゃあ見に行かないとな。俺が倒すまで負けるなよ」
「負けないよ! ロアじゃないんだから」
「お前表出ろ」
かっちーん。
流石に天を貫くバベルの塔よりも高く海の底に沈む海底神殿と同じくらい許容量がある俺の心でも許す選択肢を与えなかった。俺は大概お前以外には負けてない……うん、負けて……負けてないと信じたいが、言っていい事と悪い事がある。
俺の友(魔獣)は翌日には胃袋に収まっていたので今は居ないが、ここまでの屈辱を与えられたのは久しぶりだった。
「やる? 順位戦」
「まあ落ち着けステルラ。俺とお前が戦うに値する舞台ってのはそんな突発的に生まれるモノじゃなく、長き因縁にケリをつけるオオトリで行われるモノだろう? いわば卒業前日、そういうタイミングでの勝負が一番望ましいと俺は思うんだ。因縁の大きさって言うのはバカに出来るモノじゃなく、それは人生すらも左右する事があるんだ。迷信じゃなくてな」
「ヘタレ」
「うるせーな妖怪、黙って婚活してろよ」
幾ら魔法で強化されているとは言え、壁が壊れなくても俺の身体は生身なのだ。
壁にめり込むほどの威力で吹き飛ばされたらどうなるかわかるだろ。
「カ、カヒュッ……」
「師匠!?」
「しまった。つい何時もの感じでやってしまった」
全く悪びれずにとぼける師匠。
小走りで駆けよって来たステルラの回復魔法で、痛みが引いて行く。
「くそっ……負けた気分だ」
「君のプライドはどうなってるのだろうね。私も時々気になるよ」
そりゃあボロボロのズタズタよ。
師匠に嫐られ幼馴染に治療され、これを情けなく感じずにどうすると言うのだ。あ~あ、自己治療くらい出来るようになりたいさ俺だって。使えないんだからしょうがないじゃないか。
俺も魔法習得を早めに行っておきたいのだが、それをこの二人に言うのは憚られる。
どうして?
そんなん俺のチンケなプライドが邪魔してるからに決まってるだろ。
「そうだロア。君の順位戦組んどいたから」
「は?」
聞き逃せない言葉が聞こえて来たのだが、冗談だろうか。
「明日、半日授業終えたら『
「師匠の有難迷惑で俺の涙は枯れそうです」
「感情の抑制は努力したほうがいい。戦いのときは特にね」
おまえの所為だよ。
俺は歯軋りした。
「さ、ステルラ。これ以上邪魔しても悪いし帰るよ」
「え~、もう少し話したい!」
「これから何度だって出来るさ。あの頃と違ってね」
ステルラを引っ張りながら出口へと向かう師匠に二度と来るなと笑顔で手を振り送り返し、溜息を吐きながら教導本を手に取った。
「……ん」
先程まで開いていたページを開こうとして、栞が挟まれている事に気が付く。
こういう事が出来るのはステルラじゃなく師匠だな、あの人回りくどい表現で助けようとするので結構弟子としては苦労するのだ。
挟まれていたページを見れば、そこには魔法の仕組みについて事細かく書かれている場所――まあ俗にいう基本部分だ。
「基礎からやり直せって? ハハッ」
乾いた笑いが出た。
俺に才能が無いのは自他ともに認める事実なので、師匠がこうしろと言うならそういう事なのだろう。だってあの人仮にも才能ナシの俺を育てた教育者だし、かつての大戦を生き抜いた実績もあるし、人生経験も長いからな。
自分で考案した方法よりいい方法を知っている可能性は高いだろう。
基礎、基礎だ。
俺は剣も初歩の初歩から歩いて来た。
魔法が使用できないと最初から諦めて剣のみを極めて来たが、師匠がこの学園に俺を入れた理由を考えればそうではないのかもしれない。
俺に魔法が使える可能性がある。
自分の事は一切信用できない俺だが、師匠の事は信用できる。
ならば仕方ない。
非常に不服で誠に遺憾だが、しょうがないので最初から始める事にしよう。
先ずは自身の中にある極わずかな魔力を感じ取るところから始めようか。こういう地道な手間が一番好きじゃないんだ、進歩がわずかしか見られないから。
やれやれ。
自身の才能の無さに呆れを示しながら、瞳を閉じた。
「どうだった? 久しぶりの幼馴染は」
「やっぱり面と向かって話すのが一番です!」
校舎を出て、二人は街を歩いていた。
有名校の制服を身に纏った少女と、荘厳なローブを身に纏った気品あふれる女性。これほど目を引く案件も無いが、不思議と彼女らの周囲に人の気配はなかった。
「前に見た時は必死そうだったから声掛け諦めましたけど、同じ学校に入れて本当に良かった~」
「彼は本当によくやったよ。当時、私達の頃ですら過激だと批判される修行を行っていたのは否定できないからね」
しみじみと、噛み締めるように女性が話す。
「本当に、よくやったよ」
どれ程の泣き言を吐いても、どれ程の弱音を吐いても。
彼の心魂に刻まれた不屈の闘志は途切れる事はなく、確かに、少しずつ磨かれていく技。
「見せつけてやるんだ。ロア・メグナカルト」
ステルラ・エールライトは確かに天才だ。
だが、その天才の中の天才に追い縋る為に死すらも受け入れ努力を重ねた凡人が追い付けないか。
答えは否だと、エイリアス・ガーベラは思っている。
かつての記憶が、強く訴えかけているから。