妹と親睦を深め、身内判定を無事に頂いた翌日。
二人揃ってリビングでぐうたら寝転んで本を読んでいると、家に喧しいのが飛んできた。
「────ロアー! ロアはいますかー!」
俺の平穏はここまでらしい。
母上は買い物に、父上は仕事をサボって買い物に同行しているために阻む障壁はない。
「何用だ。俺は常々言っているが、割と忙しいんだ。今日は特にやることもないがゆっくりと過ごそうと心に決めていたので帰れ」
「お久しぶりです、ステルラさん」
「あ、久しぶりスズリちゃん……じゃなくて!」
リビングに普通に侵入してきたステルラが俺たちの姿を見て目を見開いた。
「なんで……一日で仲良くなってるの……!?」
「そこかよ」
なんでって言われても俺達兄妹だからな。
互いに悪意も警戒心も持ち合わせていないのだから順当に仲良くなるだろう。
「これが転校生と出会って一日で恋仲に発展するようならば驚愕に値するだろうが……俺達は兄妹だ。仲良くするのは当然だろ」
動くのが面倒くさいのかブラブラ空中で揺らぐスズリ。
俺は魔法を扱えないが代わりにフィジカルを鍛えた。
昔は逞しい筋肉とか男らしい体格に憧れたものだが、それを維持する労力や努力を考えると反吐が出た。今だって努力を続けるのは不愉快極まりない。でも一度手に入れた物を手放すような愚かさは持ち合わせていないが故に必死に頑張っている訳だ。
くそが。
「一人っ子のステルラにはわからんか笑」
「ぐ、ぐぎぎ……!」
そんな歯を食いしばる程悔しいのか……
一人っ子には一人っ子の特権がある。どちらかと言えば羨ましがられるのは一人っ子の方じゃないのだろうか。
「ステルラさんにお兄ちゃんは渡しませんよ」
「え゛ッ!?」
おっ。
ステルラの扱い方は完璧だな。
俺はコイツが朗らかな顔で笑っているのが好きだが、不憫な思いをしてショックを受けている顔も好きだ。
子供が好きな子を虐めるのと同じように俺にも嗜虐心というものが存在している。
あ?
子供の恋愛だと?
うるせーな。
こちとら前世(恐らく)すらロクに愛を叫んだこともねぇんだ、こんくらいが普通だろ。
「ね、お兄ちゃん」
「そうだな。のんびりと縁側で寝れるような将来を約束してくれない限りは」
「…………今と変わんなくない?」
チッ、冷静になったな。
今日の挨拶はこの程度にしておくか。
「で、何用だ。下らん事だったらキレるぞ」
「素に戻るんだ……いや、その、ね?」
後ろで手を組んで、少し恥ずかしそうに頬を染めながらステルラは此方を見てきた。
これがルーチェだったらあざといと煽る所だが、恋は盲目という言葉もある通り俺はステルラに惚れているのでこんな風にいじらしい姿を見せてくるのも中々に効く。
「お兄ちゃん、鼻の下伸びてるよ」
「そういう事もある。長く生きていればな」
「言っちゃおうかな」
「何が欲しい? 俺が与えられるものならなんでもやるぞ」
これ以上妹に余計な事を言わせたらまずい。
この十年間で培った俺のありとあらゆる勘が警笛を鳴らしていた。脳内で激しく響き渡る衝撃は止まる事を知らず、妹に対する危険度を急上昇させるのは当然の成り行きであった。
「えー、うーん…………面白い本ちょうだい?」
「よーしよし、任せておけ。俺(の師匠)は金持ちだからな。その程度造作もないぜ」
「わーい、お兄ちゃんだいすき~」
めっちゃ棒読みで愛を告げられた。
笑顔もないし感情も籠っていないが、現在何かを恥じらった状態のステルラにはそうは見えなかったらしい。
明らかに動揺を隠せないままもごもご口を動かしたステルラはやがて覚悟が決まったのか、キッと瞳を強く輝かせて口を開いた。
「ロア!」
「なんだ」
「わ、私とデートしてください!!」
…………ほう。
俺から誘ったことはあったが、ステルラに誘われるのは初めてだな。
師匠に言われたのかエールライト父に言われたのか、誰かしらに唆された可能性は高いが────嬉しいな。
だが、ここで喜びを表情に出すわけにはいかない。
クールに、それでいて大胆に。
「駄目です。お兄ちゃんはあげません」
「妹よ。なぜお前に決定権があるんだ」
ぶいぶい言わすぜ、なんて言いながらスズリはファイティングポーズを取った。
やめとけ。
お前じゃ勝てねぇ。
俺に任せておきな。ジャイアントキリングはお手の物、相手が格上しかいないってのが本当の話だ。
未だに俺の手によって空中に無防備にいるスズリを降ろして、まるで告白でもするかのような姿勢でお辞儀をしながら右手を伸ばしているステルラに近付く。
「いいだろう。言い出しっぺの法則って知ってるか?」
「え? う、うん」
折角地元に戻って来た訳だが、実は俺には問題が一つあった。
夏休みに入って間もなく働く暇もなく師匠に連れられてきたので、(働くつもりは毛頭ないが)学生が働ける簡易的な仕事を見つける事が出来なかった。実家の手伝いは家族の労力として扱われるために金銭が発生せず、俺にとっては得がない損しかしない最悪の働きである。
何処かへ行くには心許ない懐を一回弄って、俺の経済的立場を理解した後に口を開いた。
「お前の奢りだ。俺は金が無い」
「…………最悪だ」
「さいあく……」
なぜか実妹にすら蔑みの瞳を送られた所で、ステルラに言われるがまま連れられて外に出て来た。
俺は面倒くさがりだし甲斐性もない。
甲斐性を与える側であると自覚しているが故に財布は持ち歩かず、俺に好意を持つ女性に全てを託している。
これは俺の価値を明確に理解して、他人からの感情の向き方を正確に把握しているからに他ない。
「む~~…………」
「なんだステルラ。此間は俺が金を出したよな」
「そうだけど……そうじゃないじゃん!」
ぷんすか怒りを露わにする。
等価交換ってヤツだ。何かを得るためには何かを支払わなければならない。俺はステルラとのデートを手に入れる為に金と時間を使用したから、今度はステルラが金と時間を使う番。
別に俺は何処にも行かなくてもいいけどな。
世界にはお家デートとかいう最強の文化も存在するらしいので、今度はそれについて詳しく調べてみようと思う。
「んもう、なんで戦ってる時はあんなに格好いいのに……」
「まるで普段は格好良くないみたいな言い方だな。ん? どうなんだ」
「情けないが勝つかなぁ……」
クソボケが……
誰が情けねぇだと。
俺ほど男としての尊厳を重視し必死に足掻いている奴は居ないと言うのにこの言い草である。
乙女心をわかってよ、なんて女性が文句を言うシチュエーションを偶に見るが、俺から言わせてもらえば男心ってモンをわかってほしいね。
「で、だ。普段の俺が情けなく見えてしまうという幻については目を瞑ろう」
「あ、うん。そういう所なんだけど」
「喧しい奴だな。お前の部屋に蟲放り込むぞ」
「やめてよ! 人が嫌がることしないでよねっ」
お前が言うの?
俺は打ち震えてしまった。
これほどまでに無自覚な悪意を抱えた人間がいるのかと、心の奥底から震え上がった。
恐怖。
これは恐怖だ。
ステルラはどうやら俺にどれだけの痛みを植え付けて滲ませ刻みつけたのかを忘れてしまったようだ。
「あ…………ご、ごめんなさい」
何かに気が付いたのちに顔を青褪めさせ、ステルラは謝罪した。
良かった、これで完全にスルーだったらいくら聖人のような心を持つ俺としても怒りを忘れることが出来なかったかもしれない。いや、これは最早怒りとか生易しい感情ではない。
千年の恋も冷める、なんて言葉が頭の中を過った。
「う……ご、ごめんね。私さ、結局頑張って他の人の嫌がることはしないようにって気を付けてるんだけど、よくわかんなくてさ。それでもちゃんと考えよう、変わろうって思ってるのに、こうやってロアにも嫌われるような、事をさ……」
「こらこら泣くな泣くな」
ぐすぐす言い始めて涙目になったんだが?
も〜〜〜〜さ〜〜〜〜子供じゃないんだからさぁ!
泣くのは構わんが人の目がないところで泣いてくれ、そして俺が見ている場所で泣いてくれ。お前が影で泣くことには全く納得してないし、人間は過ちを繰り返しながら学んでいく生物なので反省して変わろうとしてるのだから俺からすればステルラは無罪。
「別に嫌いになったりしないって何度言えばわかる。俺がお前を嫌いになることはない」
ちょっと引くだけで別に嫌わない。
そりゃあステルラも人間だからな。いかなる完璧超人(に見せかけた人間)にも弱点が存在していると明確に理解しているが故に俺の許容範囲はとてつもなく広くなっている。
そうじゃなきゃ幾ら好きな奴の為とはいえあんな努力しないぞ。
「ふー……ステルラ。お前は自分の精神性が幼く未熟だと思っているな」
涙を拭って落ち着いたのか、ややしょぼくれた表情でコクコク頷いた。
「俺も自分が大人だと思うことはない。誰にも気負わせないために強がる事はあるが、本当は弱くて脆くて幼稚な部分が大半を占めている」
頷いた。
オイ、頷いてんじゃねぇ。
何納得してんだよ。そこはもっと否定しろよ。
これから生暖かい目で見られることになるだろうが! ただでさえ最近見抜かれてる感が否めなくてマウントも取りづらくなってるのに、このままではステルラにすら負けてしまう。
「チッ……」
「なんで舌打ちしたの!?」
「俺の未熟さを噛み締めている。反省しろ反省しろ反省しろ反省した。二度と同じ失敗はしない」
えぇ……じゃないが。
俺はお前と違ってあらゆる才能が欠如している(やる気がないとも言う)ので、これくらい強制的に植え付けなければ反映するのに時間がかかるのだ。
「何が言いたいかと言うと、人は大体そんなもんだ。大人に見える人間でも何処か子供らしさを残している。師匠を見ればわかるだろ」
「あぁ〜……うん」
納得するのか……
まああの人対外的には取り繕ってるけど結構スカポンタンだからな。
そこら辺弟子という近い関係にある俺たちにとっては貫通して中身が見えてしまうワケだ。
「確かにお前は無遠慮で配慮に欠け他人のプライドを足で踏みつけ擦り潰しながらコンプレックスの地雷原を走り抜けるようなデリカシーの無さが目立つが、それも他人と関わることで少しずつ改善されてるならいい事だろう」
「ごめんなさい」
ステルラは顔を逸らした。
ケッ、雑魚が。舌戦で俺に勝てるワケねェだろうが!
まだまだ甘いな。
俺の身の回りの奴は口で負けたら手を出す野蛮な蛮族しかいないが、ステルラはよっぽど俺が適当なことを言った場合にしか反撃をしてこない。
師匠のように手当たり次第電撃を撒き散らす妖怪とは訳が違う。
そのまま真っ直ぐ成長して欲しいものだ。
主に俺を養ってくれる正統派な女性として。
「よし、ここまではいいな。話を戻すぞ」
いつの間にか脱線した話を元に戻す。
俺が聞きたかったのはステルラがヘラるようなことでもなく貶めるようなことでもなく、純粋な疑問に対しての回答を求めていた。
「デート、お前はそう言ったな」
「うん!」
よし、元気がいいな。
「この田舎にデートするような場所があるのか?」
子供の頃しか暮らしていなかったとはいえ、両親がどこかへ出かけてるような記憶はない。
日帰りで帰れるような観光地は近辺にないのは知ってるし、ちょっと遠出しようにも山に囲まれているために気軽に出ていくのもあまり得策ではない。一週間程度の滞在を計画して首都や他の地に赴くならともかく、この村に年若い男女が出かけて楽しい施設は存在しないはずだ。
ステルラはゆっくりと瞳を閉じて、自信あり気に腕を組んだ。
「────ありません!」
「そうか。じゃあ俺は家に帰るから」
「ちょっと待って! せめて話を聞いてください!」
計画性ゼロである。
俺ですらステルラと出かける時は事前にリサーチしたというのに、コイツはそういうところもダメらしい。
「なんだ。手短に頼むぞ、スズリが待ってるからな」
「ぐ、グギギ……!! 今なら誰からの妨害も入らないと思って、村の中を散歩してゆっくり二人きりになりたかったんですぅ!」
女が出していい声じゃないが素直でよろしい。
スズリの存在を忘れていたみたいだが、お前は知ってただろ。伏兵になり得る性格なのもわかってただろうに……あ、無理か。コイツコミュ障だもんな笑。
多分スズリとまともに友好を築いてる感じでもない。
さっきも俺には敬語が外れていたが、ステルラには敬語だった。身内判定を貰ったというのもあるが、あのくらいの年齢ならば敬語じゃなくタメ口なのがデフォルトだろう。
故にステルラは仲良しな近所のお姉さんではなく、普通に近所にいる女性判定だ。
「そうか。そういう意図があるなら別にいいぞ」
「えっ……いいの?」
「俺もお前と並んで歩くのは嫌いじゃない」
スズリ云々は置いといて。
別にステルラに誘われたらよっぽど嫌じゃない限り付き合うつもりだ。
その意図を説明するのは癪なので絶対に伝えないが、ステルラなら伝わらんだろうと判断した。
言葉通りの意味で解釈してくれると助かるぜ。
ほっと胸を撫で下ろし、安堵した表情でステルラは俺の横に並んできた。
「ロアがいない間にちょっと変わった所もあるんだよ?」
「お前がどういう風に過ごしてきたのかも知りたい所だ。一人寂しく泣いた公園とかあるんじゃないのか?」
「無いからね、そんなの。……泣くときは部屋で泣いたもん」
悲しい奴だ…………
多分エールライト父にはバレてるんだろうな。
だから俺に対してああいう風に励ますようなコメントを寄越してきた。
自分の娘が実は空気の読めないデリカシーが欠如した女の子で周りから敬遠されていてそれを本人も気にしてるとか親からすれば結構辛いだろ。どうすることも出来ないのは両方わかっているが故に、ステルラから頼ってくるのを待っていた。
でもステルラは頼れなかった。
両親のことは好いているが故に、自分のことで心配をかけさせたくなかった。
全てを見透かしたわけではないが大方そういう流れだろ。
先程まで暗い顔をしていたが、今は晴れた表情をしている。
「俺の立場がいうのもおかしな話だが。エスコート頼むぜ、お姫様」
「任せといてよ、私の王子さま? ……な、なーんちゃって、あははは」
「今度ルーチェに言っとくわ」
「絶対ダメだから。言ったら許さないからね」
暇だ。
折角仲良くなれそうなお兄ちゃんだったのに、彼女(まだ彼女ではない)に連れて行かれてしまった。趣味や性格も似たようなもので、確かにあのお兄ちゃんがいたのなら私に対しての放任主義も理解できなくも無い。
もっと一緒にいてくれないかな。
「ぶ〜〜…………」
一人で本を読むのはつまらない。
学び舎も別に楽しい授業じゃないし、体を動かすのも面倒くさい。
私には
興味が無いことに時間を費やすのが難しい。
「は〜…………」
ゴロゴロベッドで転がって、やることもないから寝ようと思ったのに眠気が来なくて、むくりと起き上がる。
釈然としないけど外に出よう。
机の中に隠していた、拾った