【本編完結】英雄転生後世成り上がり   作:恒例行事

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第五話

 暑い。

 

 太陽はキラキラ輝いていて、夏真っ盛りで蒸し暑い。

 こんな田舎では涼むような場所もないから、子供は暑さに耐えて遊んでいなさいと言わんばかりだ。

 

 パタパタ手で仰ぎながら、木陰を目指して歩く。

 

「…………あついなー」

 

 なんで外に出てきてしまった? 

 やることがないから。

 いや違う。

 

 やることはあるけどやりたくないから逃げてきた。

 

 仕方ないよね。

 やりたくないものはやりたくないしめんどくさい。

 どうでもいい事に時間をかけるのも嫌で、それをしない為ならばこうやって嫌いな外に出てきて暑いと愚痴を溢すのも躊躇わない。

 

 我ながらブレまくっているな、とつくづく思う。

 

 手に持った本が日焼けしないように、鞄の中に入れておく。

 コロコロ口の中で転がせるようなお菓子があればよかったのに。なんで田舎ってこうなんだろう。子供に対して優しさが足りないよね。

 

 朝起きて、寝ぼけ眼を擦りながら二度寝する。

 お昼頃に差し込んできた日光を浴びて起き上がり、遅い朝ごはんを食べて一日を始めるのが理想。

 

 それなのに今はどうだろうか。

 お兄ちゃん(初見)が帰ってくるからと朝から叩き起こされて、特に褒美があるわけでもなく半ば他人のような男の人と親睦を深めさせられる始末。許されていいのだろうか、いや、よくない。

 

 …………でも、わたしのお兄ちゃんだなって納得する人だった。

 たった一つ、されど大きすぎる違いはあってもあの人は兄だ。血の繋がった兄妹って、確信を持って言えます。

 

 出会って一瞬で接近されすぎなのは認めざるを得ない。 

 わたしは懐に潜り込んだら甘え上手に変貌するのだ。

 

 多分お兄ちゃんも同じタイプだし。

 エイリアスさんが言っていた通りだった。

 

 ふー…………

 頭の中で言い訳を沢山してから、木陰に座り込む。

 

 鞄からそっと本を取り出して、題名に注目した。

『統一戦争記』────百年と、少し前に起きた大戦争。

 この大陸が平定されるきっかけになったらしい、大まかな時系列が書いてある。

 

 昔の人が何を考えていたのかなんてわからないけど、少なくとも、この本には事実だけが記されている。

 

 余計な情報なんて必要ない。

 ただ純粋な、答えが記入されてるのがわたしは好きだ。

 そこにわたしが思考を挟む余地もない、誰かが出した答えがあるんだ。

 

 こんなに楽しくて気楽に知識を詰め込めることがあるだろうか。

 

 たぶん、わたしは考えるのが苦手なんだと思う。

 数式を見たら気が狂いそうになるし、自分で何かを求めるって行動が嫌い。

 

 その代わり、無心で何も考えなくても正解が得られる分野がどちらかといえば好きなんだ…………と、思う。

 

 ペラペラ捲って、戦争の時系列とか原因の説とかをスルーして、ある項目で手を止めた。

 

『出自不明の英雄誕生』。

 全くもっておかしな話だ。

 確かに戦争が始まってから二十年近い時が経過してから現れたのだから、住んでた記録とか、そういうのが全部なくなっているのは理解できる。

 

 でも、唐突に現れた達人って存在が周囲に放って置かれる筈がない。

 絶対に背景を探ろうとしていた人がいる筈なのに、そういう人の文献や記録は一切残されてないらしい。

 

 おかしい。

 

 なぜそう思うのか? 

 

 それは、実体験から。

 顔も見合わせたことのない兄が、首都で『英雄』と呼ばれ始めてから数ヶ月。

 何度知らない大人に話しかけられたか、それがどれだけ億劫でどうでもよくて不愉快な事柄だったか。

 

 そりゃあ、わたしは面倒くさがりで才能もなくてやる気もないダメなやつだけど。

 それでも出来の良い(・・・・・)知らない兄と比べられて愉快な気持ちになるかと言われると、そんなハズはない。わたしみたいに適当な奴は、特に何もしてない癖に自尊心が高いって特徴がある。

 

 それをしっかり認識してほしいです。

 

 …………話がずれた。

 

 要は、英雄と異名を付けられたお兄ちゃんの身の回りを探ろうとする人間がこれだけ居るのに、戦争を終結させた実績のある人物を誰も嗅ぎまわらなかった筈がない。

 

 なんで今更、こんな謎に包まれたと公式に明言されてる人について調べているか。

 

 前述した通り、兄の影響だ。

 だって気になるし。

 会ったことも話したこともない兄が『英雄』って呼ばれてる割に、身近の評価は「面倒くさがりなインドア派」とか、「スズリに似てるわ」とか、「ヘタレ坊主」とか、「カッコイイ男の子」とか。

 

 一人惚気みたいなことを言ってきた近所のお姉さん(ステルラさん)は置いといて、兄を知る大人の評価はそんなものだった。

 

 なのに世間では英雄と呼ばれてる。

 気にならない方がおかしいでしょ。

 

「…………む〜」

 

 相対して見てどう感じたか。

 

 確かに器はとんでもなく広そうだった。

 ノリもいいし頭の回転も早い、わたしのおふざけに対して軽快なテンポで乗ってくれたのは高評価間違いなし。グッドだね。

 

 でも女癖も悪そうだった。

 

 ていうかダメ男感が半端じゃなかった。

 あれはだめだ。気軽にわたしのパーソナルスペース(だらけたい欲望)に入り込んでくるし、肯定してくるし、面倒くさいお情けなんてちっとも表に出してこない。

 あんなのが周りに居てずっと肯定してきたらもうやばい。

 兄とは顔も合わせてなくてよかったかもしれない。

 

 …………んんっ。

 総評として、お兄ちゃんは人誑しの才能があるんだと思う。

 あれだけ口ではやりたくないって言っておきながら、いざというときのために備えることは欠かさない。とんでもない執念だし、怖いくらいの危機感を持ち合わせてる。

 

 お母さんはわたしとお兄ちゃんが似てるって言ったけど……

 本当に、そうかな。

 

 いざって時が来ない事だけを祈って、ただただ怠惰に過ごしているわたしと。

 いざって時が来ても後悔しないために、努力を積み重ねているお兄ちゃんは。

 

 似てると、言えるのだろうか。

 

「……やだなー…………」

 

 兄が学び舎に通っていたのは短い間らしく、知り合いと呼べる人は多くないそう。

 これは両親からの話だから信憑性は高いと思う。だから、わたしに対して「○○の妹」って突っかかってくる年上の学生は殆どいない。大人たちの方がやかましい。

 

 先生方はどうかな。

 ただでさえ学び舎を休んでる(・・・・・・・・)わたしのことをどう思ってるんだろう。夏休み云々関係なしに、勉強もしたくない、運動もしたくない、人と話すことも嫌だって我儘をごねるわたしのことを。

 

 …………お兄ちゃんは、干渉してこないかもしれないけど。

 

 英雄なんて呼ばれる人の妹がこんな出来損ないじゃ、嫌だよね。

 

 本を閉じて、考えることをやめた。

 

 わたしらしくない。

 無気力がモットー、やる気を持たず将来の夢もないのがわたし。

 何をやっても上手くいかないセンスの無さが、どうしようもないくらいにこうなることを決定付けたって言い訳したい。

 

 勉強は苦手、運動も苦手、人付き合いも苦手。

 

 誰かに勝ちたいなんて欲求もないし、人の上に立ちたいって向上心もない。

 自分に才能が溢れていればいいとは思うけど、汗をかいてまで努力はしたくない。

 

 それがわたしだ。

 スズリ・メグナカルトはそういう人間なんだ。

 

 そよ風が吹いて、考えることで茹だった頭を冷やしてくれる。

 

 ふ〜〜…………

 別に、わたしが変わる必要は一切ない。

 お父さんもお母さんも、それこそお兄ちゃんだって言ってこない。

 

 だから、わたしが考えることは何もない。

 これまで通り、これまでと変わらずに、ずっと静かに生きていればいい。

 

 たとえお兄ちゃんが、『英雄』だったとして。

 近所のお姉ちゃんと付き合って、英雄と紫姫なんて呼ばれるベストカップルみたいな存在になっても。

 わたしみたいな石ころは存在感を出さずにひっそりとしていればいいんだ。

 

「…………結局のところ。才能があったんだもん」

 

 そうでも思わなくちゃ、やっていける気がしない。

 

 お兄ちゃんには才能があった。

 勉強が嫌いでも、勉強をする才能が。

 運動が嫌いでも、運動をする才能が。

 努力が嫌いでも、努力をする才能が。

 

 そして────どうしても無くしたくないと思える、大切な何かがあった。

 

 羨ましくなんてない。

 わたしがそんな才能持ってても、絶対に同じ道は歩んでないと断言できる。

 だから、絶対、決して、羨んだりはしないけど。

 

 もぞもぞと首筋で動く感覚がする。

 草の上に直接座り込んで木にもたれ掛かってたから虫が登って来た。

 手で掴んで、潰れないように地面に放り投げる。

 

 虫になりたかったとまでは言わないけど、それくらい考えることもせずに生きていきたかった。

 

 なんでこんなに、色々考えなくちゃいけない立場に生まれてしまったんだろう。

 お兄ちゃんに比べればそれは見劣りするけど、注目と喝采を浴びる人物の身内というのは嫌が応にも比べられる。

 

 他人の視線も何もかも無視できればいいけど、そんな図太いメンタルをしてるなら学び舎で失敗して恥ずかしくて行かなくなる、なんてこともない。

 

 今度は地面に寝っ転がる。

 草の香りが広がって、サラサラと風によって揺れ動く草の音色が心地いい。

 ポケットから虹色の石を取り出して、まじまじと観察した。

 

 綺麗だ。

 いろんな本で調べたけど、この石が載ってる本は何処にもなかった。

 そう、無かったんだ。手広く種類と絵だけが載ってる図鑑にも、詳しい研究者が記した専門書にも、こんな石が存在してるとは書いてなかった。

 

 だから、わたしはこの石を隠した。

 大人が答えを言うより先に、珍しく興味が湧いたこの石を調べたかったから。

 

 興味のないことに時間を使うのは嫌いだ。

 何もやりたいこともない時間は、ひどく退屈。

 でも、興味があることがあれば時間は急に足りなくなる。

 わたしが一心不乱に本を読み漁っている姿を見て両親は何かに安心したようで、ある意味この石に救われたとも言えるかな。

 

 本当はもっと前にやる予定だったんだけど、まだまだ試したいことが多かったからやらなかった最後のテスト。

 これが外れれば、もうわたしの知識じゃ石の正体を知ることが出来ないであろう選択肢。

 

 自然発生した石なら、魔力に反応することもないと思う。

 仮にこれが人造で、何かをトリガーに反応するような石ころだったら。

 

 こんな、何も持ってないようなわたしでも……

 何かの役に、立てるんじゃないかって。

 新たな発見をしたって、褒められるんじゃないかって。

 

 どうにもわたしの事なんて見ようとしない大人達に、ちょっとでも見返せるんじゃないかって。

 

 そう思ってしまったのが、間違いだった。

 

「────……あっ」

 

 両手で包んで、魔力を送り込む。

 お兄ちゃんは魔力が殆どない落ちこぼれ体質で、魔法に関する才能だけは持ってないらしいけど、わたしは少し違った。

 

 わたしは相応の魔力だけは持ってた。

 でもステルラさん程多い訳じゃなくて、でもお兄ちゃんみたいに感知すら難しい程じゃなく。

 ごく一般的、魔法使いを目指すには心許ない程度の魔力だ。

 

 どこからどこまで行っても中途半端でモノ哀しくなるけど、わたしにあるのはこれしかない。

 

 でもやっぱり適当にやってきたツケなのか、虹色の煌びやかな石に罅が入ってしまった。

 魔力の扱い方も特別巧いってわけじゃないし、しょうがないかな。

 でもでも、これで中身が見えればそれはそれでいいかも。

 

 外側から鑑賞するのは十分行った。

 なら、こう……なんか中身が凄く神秘的だったり、なんか起きてくれることを祈る。

 

 つるつるだけど鋭角があって、少し凹凸がある形状。

 罅が入っても特に見た目の変化は無くて、何か起こる事を期待したけれど何も起きない。 

 そよ風が吹いて、前髪を軽く撫でて行った。

 

 …………ですよねー。

 

 わかってた。

 わかってたし。

 わかってたもん。

 

 所詮そんなもんだって。

 近所の山で拾っただけの石だもん。

 そんな人生を変えるような劇的な出来事、簡単に起きるはずもない。

 

 なにさ。

 ちょっとくらい望んでもいいじゃん。

 そんなに餌を与えられるのを待つのはいけないことですか? 人生そんな覚悟を決めて、なにがなんでも死に物狂いで極めようなんて思える人は多くないんですよ。

 

 たった一つの失敗が心の奥底に植え付けられて、身動き取れなくなるようなわたしも居るんです。

 

「…………あれ?」

 

 そんな風に内心諦めの言葉を重ねていたところで、手に持った石の様子が変化している事に気が付いた。

 

 何度か脈動のような鈍い輝きと共にゆっくりと光を放ってる。

 

 …………もしかして……これ…………

 

 物は試しという事で、コントロールしきれない魔力操作を行って石に直接魔力を注入した。

 

 するとどうだろうか。

 みるみる内に石は輝きを増して、どんどん綺麗な色に変わっていく。

 

 やった。

 やったやったやった! 

 たぶんこれが正解だったんだ! 

 

 これはただの石ころじゃない、魔力で反応する新しい宝石だったんだよ! 

 

 にへら、と喜色で歪む口元を気にもせず、わたしは無我夢中で魔力を流し続ける。

 

 へへっ。

 見たか同年代。

 わたしは勉強は出来ないし運動も出来ないけど、こういう未知の発見が出来た。皆より普通の事は出来ないけど、皆が出来ない特別なことが出来たんだ。

 

 へへ、へへへっ。

 顔も知らなかったお兄ちゃんの事ばっかり聞いて来た大人達は、どうせ掌返して「流石は“英雄殿の妹”だ」とでも言うんだ。

 

 妄想が膨らむね。

 人生案外どうにかなるもんなんだ。

 お兄ちゃんが本格的に修行を始めたのも同じくらいの年齢だったらしいし、わたしの人生これからだってね。

 

 起き上がって、煌びやかな光を放ち続ける宝石を空に掲げた。

 

 これからだ。

 この話をお父さんとお母さんにして、これがぬか喜びじゃないかどうかを確かめて。

 

 きっと、きっと本物だから。

 こんなに綺麗な色なんだから──この喜びはきっと、本物になるはずなんだ。

 

 ピシリと、大きく罅割れが入った。

 

「あっ……や、やばいかも」

 

 魔力流し過ぎた? 

 きょ、許容量とかもしかしてあったのかな。

 でもわたしの魔力ってそんな多くないし、その程度で壊れるとは…………う、うーん。

 

 わ、割れて分割されなければセーフだから。

 

 なんだっけか。

 現物的価値? みたいな奴が下がったら嫌だ。

 

 割れないように優しく腕を動かしてるのに罅割れは深まる一方であり、さっきまで高揚していた気分は急激に冷やされていった。

 

 あ、あう…………

 どうしよう。

 一気に割れるとかならまだしも、徐々に罅割れが広がっていくのはもう手遅れな気もする。

 

 ビシビシと音を立てながら全体にひび割れが浸透した。

 ……あ~あ。

 結局、無駄になっちゃいそうだ。

 

 変に興奮した自分が恥ずかしい。

 そんな特別な事がポンポン起きる訳もないのに、わたしは何を夢見ていたんだろう。

 人生を一気に明るく照らすようなイベントは現実には無い。戦争とか、かつての本には何の変哲もない日常が災禍に変わる瞬間とかが描かれていたりするけれど──たぶん、わたしの人生にはあり得ないことで。

 

 お兄ちゃんは、そういう星の下にでも生まれた人。

 わたしは違う。

 優秀で、人誑しの才能もあるような兄と比べられながら生きて行く不出来な妹。

 

 それがきっと、わたしだ。

 

 歪みきった虹色の石を地面にそっと置いて、木陰から出る。

 やりたくなんてないけど、結局は努力を重ねる以外にわたしに出来る事はないみたいだ。

 嫌だなぁ……楽したいよ。

 のんびり寝ながら一日を過ごして、お腹がすいたらご飯が用意されてて、たまに家族と団欒する。

 

 頑張るって難しいよ。

 だって、頑張ったところで、報われるとは限らないし────なにより。

 

 頑張った成果を出すための場所に行くことが、わたしにとっては恐怖でしかないんだ。

 

 …………とりあえず。

 とりあえず家に帰って、寝直そう。

 それからやる。提出できるかもわからない課題に手を付けて、一日一問でもいいから進めるんだ。

 

 それくらいなら出来る気がする。

 

 ……暑い。

 夏の暑さがわたしを駄目にしてるのか、それとも、お兄ちゃんにわたしも誑かされたのか。

 少なくとも、これまでのわたしと違って、褒められたいという欲求が前面に出て来たのは確かだった。

 

 そうして、少しだけやる気を出したからなのか。

 わたしらしくない行動を取った罰なのか、いろんな偶然が重なった所為か。

 

 

 ────ドゴンッ! 

 

 

 さっきまでわたしが居た筈の背後から、大きな大きな音がした。

 

 なんでかわからないけど、振り向いてはいけない気がする。

 もしかしてさっきの石が原因で爆発とかしちゃったりして……、そんな悪い予感が脳裏をよぎる。

 

 いやだなぁ…………

 なんでそんな危ない事をしたんだとか、怒られたくないや。

 ただでさえ同年代には悪い印象を持たれてるのに、こんな田舎だからすぐに情報が伝わっていく。今日の夜には「メグナカルトさん家のスズリちゃんがね~」って始まるに違いない。

 

 そういう部分が、どうにもわたしが上手く生きて行けない理由でもある。

 

 見ない訳にもいかないから、溜息を吐いて覚悟を決めて後ろに振り向く。

 爆発っぽい音だったよね。

 だからたぶん、わたしの魔力が原因で石が爆発したんだ。

 これはこれで新しい発見だけど褒められる気はしないかな。

 

「────…………ぁ、えっ」

 

 わたしが傘代わりにしていた木は半ばから圧し折れて、空に浮いてる。

 

 なぜ空に浮いているのか。

 それは、突然その場に現れた白い化け物(・・・・・)が握り締めているから。

 ていうか────武器みたいに構えてて、明らかに……わたしを狙ってる感じがするんだけれども。

 

『────オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッッ!!』

 

 あまりにも声が大きすぎて、鞄を落として耳を塞いだ。

 塞いだ手を越えてガッツリ脳に響いてくる咆哮に足が竦んで、その場に座り込んでしまった。

 

 耳鳴りが激しく頭を揺さぶる間に、白い化け物はわたしに向かって近づいてくる。

 

 何をしてくるかはわからない。

 けど、明らかに友好的じゃないことだけはわかる。

 

 逃げなきゃ。

 とりあえず逃げなくちゃ。

 わたしを害そうって感情がぷんぷん外側に滲み出てるのに、どうしてか、わたしの足は動いてくれない。

 

 震える腕で必死に後退る。

 

 いやだ。

 痛い思いはしたくないし、そもそも、え、なんで? 

 わたしがあの石を壊したから? 

 あの石に、なにか秘密があったの。

 

 そんなの、どの本にだって書いてなかったのに。

 

 後退るわたしの何倍もの背丈の化け物は、簡単にわたしに追いついた。

 見下ろして武器のように構えた木を振りかぶって、そこまで見て、わたしはここで死ぬんだと理解した。

 

 あ、殺す気だ。

 なんの躊躇いも無く、普通に殺す気。

 …………痛そうだなぁ。

 でも、これくらい得体の知れない化け物なら一思いに殺してくれそうかな。

 

 死ぬのは嫌だから生きていたけど、いっそのこと、一息で殺されるのなら──それはそれでいいのかも。

 

 目を瞑って、高鳴る心臓の音が脳に響いてるのを感じる。

 

 死ぬ。

 死ぬんだ、わたし。

 

 原因もわからず、なにも出来ず、なんてことないただの出来損ないが一人死ぬ。

 

 この年にしては大人びてるってたまに言ってくる人がいたけど、そんなのどうでもよかった。

 わたしは、他の子と同じくらいの才能があればよかったのに。

 お兄ちゃんと比べて見劣りしない、なんて贅沢は言わない。

 

 勉強が苦しくなくて、努力する気になって、運動も楽しくできて。

 

 そんな風に生まれたかった。

 そうすれば────……こんな卑屈な性格に、ならなくて済んだかな。

 

 次に生まれる時は、もっと才能溢れるカッコいい男の子にでも生まれ変わりたい。

 

 勉強も出来て。

 運動も出来て。

 人前で話す事も出来て、失敗と恥を恐れることがないくらい勇気がある人間に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 疾風が駆け抜けた。

 

 頬を撫で、髪を梳き、僅かな刺激が肌に突き刺さる。

 不思議と空に浮くような浮遊感が身体中を包んだかと思えば、まるで高速で飛び跳ねたかのような急激な加重を感じた。当然の事ながら、わたしの身体はごく一般的な子供とまったく差がないので、あんな化け物に殴られたら一撃で死んじゃうと思う。

 

 ……あれっ。

 …………いたく、ない? 

 

「大丈夫っ!?」

 

 …………ステルラさん? 

 

 恐る恐る目を開くと、心配そうにわたしの顔を覗き込んでいた。

 

「スズリちゃん、怪我してない?」

「……はい、ですけど…………」

 

 もうなにがなんだか……

 疲労困憊、唐突に現れた死の現実を受け入れようとしていたら命を救われていたみたいだ。

 

 ていうか、抱えられてる。

 ステルラさんに、俗にいう「お姫様だっこ」と呼べる格好で抱きかかえられています。

 お、お父さんにもされたことないのに……(お父さんは非力なので腰を壊してしまうためしたことがない)。

 

「あ、それよりあの化け物はっ」

「大丈夫だよ、今は空飛んでるから(・・・・・・・)

 

 えっ。

 

 首だけ動かして下を見ると、確かに空に飛んでいる。

 それこそわたしが傘代わりにしていた木よりも、あの化け物の一振りでは届かないような高さに。

 

「うわっ、わわわっ」

「あはは、慣れてるし大丈夫だよ」

 

 空を飛ぶのに慣れてるってなんですかね。

 普通の魔法使いも空は飛べないんですよ。

 わたし達を見失ったのか、白い化け物は周囲をキョロキョロと探っている。

 

 そしてそんな化け物に対して、ただ一人。

 正面から歩いて行く人影が見えた。

 

 わたしと同じく白髪で、わたしと同じくやる気のない瞳をしていて、わたしと同じ血を持った人で、わたしが一生かかっても追いつけないくらい魅力的な人。

 

「ロアー! スズリちゃんは無事だよー!」

 

 こっちの姿を確認してから、お兄ちゃんは右手を振ってきた。

 

 後は任せろ、なんて言わんばかりのポーズ。

 

 そして掲げた右腕に光が集まって、いつのまにか一振りの剣が握られている。

 剣をぐっと握り締めて、お兄ちゃんに対して威嚇をする化け物に対して構えた。

 

「……大丈夫かな」

 

 わたしはお兄ちゃんの強さを知らない。

 英雄と呼ばれていること以外、お兄ちゃんが魔法を使えないと言う事実しか知らない。

 

 だから、少しだけ不安になったけど……

 

「安心していいよ、スズリちゃん」

 

 一寸の曇りもない瞳でわたしの事を見詰めてくる。

 わたしは親しみやすくてダメ男って感じがするお兄ちゃんしか知らないけれど、たぶんステルラさんは違う。

 ステルラさんはお兄ちゃんがどれだけ凄くてどれだけ強いのかを知ってるんだ。

 

「ロアは、とんでもなく強いから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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