年越しは職場でした。
やっと取れた休みも全部寝てゲームして過ごしてました。
「あ、起きた」
「…………おはよう」
覗き込むようにステルラの顔を見上げて、寝起きに見るには最高の景色だと内心呟く。
どうやら膝枕されてたみたいだ。
そういうのは俺の意識がある時にやって欲しいんだが、面と向かってやるのは恥ずかしいのか知らんが師匠もやろうとしない。コソコソ裏で隠れながらしようとする。
まったく。
「よく眠れた?」
「枕がよかったからな」
「そっか…………えっ」
たまには正面から褒めてから身を起こす。
身体をゆっくりと解しながら、姿勢が固定される魔導車の中から周囲を見渡した。
魔力を動力源に動く画期的な移動手段なのだが、残念な事に俺は扱えない。
一人で乗るなら金を支払って魔力を購入しなくちゃならん。魔力があればこんな面倒くさい手間は省けるのにな~! 持つべきものは魔力を沢山持ってる友人だぜ。
「アンタ魘されてたわよ。どんな夢見てたの?」
「む……」
特に何か夢を見ていたわけではない。
いつも寝てる時に
むしろ見れない時の方が多い。
幼い頃に一気に見てしまった影響かは知らんが、流石に人の一生分の記憶を常に供給され続ければ俺の頭は焼き切れてアボンだ。多分俺はかつての英雄の生まれ変わりだぜ、なんて言い出してる。
今回はただ寝てるだけだったのに魘されてたってことは、睡眠とるだけで魘されてるってことだよな? (二度聞き)
「ふざけやがって……」
「何怒ってんのよ……」
「俺の人生はいつだって厳しさに溢れていると悲観していた」
窓を開いて外を見る。
無論外は灼熱の太陽に晒されて真夏日真っ盛りであるが、魔導車の中は魔導冷房が効いてるのでめちゃくちゃ過ごしやすい。魔力が世界の覇権を握ってる中で一人落第者のおれ、流石に涙を禁じ得ない。
寝る前はまだ山に入ったくらいだったのに気がつけば山を抜け、少し遠い場所に青一面が広がっている。
「あれが海、か…………」
空気に溶け込んだ、こう……なんと言い表すべきだろうか?
独特な香りが鼻を突き抜け、ずっと山で暮らしていた俺にとってはなかなか慣れない感覚だ。
初めて見る筈なのにどこか懐かしいような気持ちが胸に湧き上がるのはなぜなのか。きっと英雄の所為です。あの人の場合バカンスではなく完全に魔物対峙に赴いた時の記憶だからな……
「楽しみだね!」
「アイリスさん」
ニコニコ笑顔で話しかけてくるのは久しぶりに会話をするであろうアイリスさんだった。
「私もホラ、一般家庭出身だから」
「そういえばそうでしたね」
魔導戦学園は所謂
幼い頃から優秀な教師が居て、なおかつ魔法を子供の頃から扱い続け才能を高く保有する者だけが入学できる最高峰と言っていい舞台だ。他にも魔法を扱える学校は存在するが、そのどれもがウチに比べて数段階質が見劣りするらしい。
魔法を使えない俺からすればあまり誇れる内容じゃないが、どうにもそういう風潮があるんだとさ。
「アイリスさんは魔法というより戦いっていうか……」
「ネジは複数外れてますよね」
「アルベルトと同じくらいよ」
「みんな酷くない? 私なんかしちゃった?」
アルベルトと同レベルって言葉は普通に暴言だと思う。
よよよと泣き崩れながらさりげなく俺にもたれかかってきたので、振り払うことも特にせずにそのまま受け入れる。
「……ロアくんって動じないよね」
「慣れてるんで」
「それはそれで結構複雑かな……もっと女の子の気持ちを労わってあげないと!」
えぇ~。
十分報いてる気がするんだが……
「労った結果俺にプラスの作用をするならそうするが、残念なことに身の回りにいる女を労って良い思いをしたことが無い。辛うじてルーチェが飯全般でランクインしてる程度だ」
「フッ…………」
「何勝ち誇った面してるんですか。燃やしますよ」
「負け犬が何言っても意味ないって、言いたくなる気持ちもよくわかるわ」
いつも通り掴み合いに発展した馬鹿二人のせいで多少魔導車が揺れるが、そこはアルベルトが手配しただけあって問題ないようになっている。
こんな密室空間が揺れても大丈夫な設計、ね……
やっぱアイツ金持ちだし貴族だしやる事やってるわ。
「はわ〜……ルーナって見かけによらず情熱的だよね」
「やる気なさそうに見えるのは否定できません」
いい加減外の熱風がうざくなってきたから窓を閉めて、物理の戦いはルーチェの圧勝で終わったらしいアホ二人を尻目にステルラの横に座り込む。
「楽しみか」
「うんっ」
ニコニコ笑顔で返事をする。
お前はぼっちだった。
俺が居ても居なくても結局ぼっちだった。
そんなお前が友達と海に遊びにいくなんてイベントを楽しみにして、心の底から笑顔で笑えるなんて……………………
「まだまだ世界は捨てたもんじゃないな」
「え? なにが?」
「お前が友人を作った事実に驚き喜びから咽び泣いているだけだ」
「…………う、うん。いいのかな……」
友人ゼロだったお前がやっと友達を作れたんだ。それも女友達。男友達は一人も作るな、頼む。
どうでもいい会話を続けている内に気が付けば魔導車は速度を緩めはじめる。
もう着くのか。
出発して半日と経ってないが、俺の地元に馬車で行くのとはえらい違いがあるな。
「そりゃそうでしょ。天下のグラン家お膝元なんだから交通手段がしっかりしてない筈ないじゃない」
そりゃそうだ。
俺の故郷は田舎もイイトコって事を忘れちゃいけない。
金持ちで尚且つ元々貴族とかそういう次元じゃない階級に位置していた家なんだから、それくらい整えられて当然か。
「昔からある程度整えられている区画は存在しています。統一国になる以前の話、旧四大国時代のインフラと言うべきでしょうか。旧グラン帝国は最も栄えていたと言われていますので、帝国領だったこの地域は特に綺麗なのでしょう」
「街も幾つか通ったし、大陸の端まで来たのに人の手が入り続けてるのは凄いよね」
ステルラの言葉に同意する。
ウチなんて最後の街を抜けてから一日掛かるもんな。道が悪いから。
山脈地帯を迂回していく必要があるので必然的に距離が延び、そして需要も少ないため改善されることはなく今に至る。
唯一の有名人が師匠と俺の父親だし、定期便で連絡する程度で仕事は進んでるらしいからな。
「そういやステルラはまだテレポート出来ないのか」
「あ~……試してないけどどうだろ。感覚とか聞いとけば出来るかも」
感覚でイケるのか……
細かい部分で才能差を痛感させられるな。
「ぶっちゃけ
「あーそうっすか。傷ついたんでルナさんに振舞おうと思っていた料理はステルラの胃に収まる事になります」
「誠に申し訳ございませんでした。愚かなわたくしめに慈悲を与えてください」
フン、俺の勝ちだな。
別に才能でマウント取られるのなんざ日常茶飯事すぎてどうとも思ってないが、それはそれとして正面から改めて言われるとムカつく。完膚なきまでにその分野とは別の場所でボコボコに磨り潰してやらんと気が済まない。
今日もまた一人負かしてしまった。
俺の連勝記録は止まる事を知らんな。
「何を勝ち誇ってるんだか……」
「おお~、みんな慣れてるね」
「呆れてるだけよ」
感心したような顔でうんうんと頷くアイリスさんに対してツッコミを入れるルーチェ。
お前は変わらんな。
この後俺がちょっと煽ればすぐに掌返してツンデレ発動するってところまで読めてるぜ。
「ま、まあ……ロアの事をわかってきたって事じゃないかな。…………たぶん」
「お前マウント取りたいのか中和したいのかハッキリしろよ」
ちょっといじいじ指先を弄りながら小声で呟いたステルラだったが、あまりにも煮え切らない回答に閉口せざるを得ない。ほら見ろ、言われたルーチェすら別に効いてないって感じな表情してるしアイリスさんはポカンとしてるしルナさんはいつも通りだ。
何も変わんねえじゃねぇか。
「……ステルラちゃんって……もしかして、結構残念?」
「逆にどういうイメージだったんですか」
俺のように幼い頃から思い込んでるわけでもなく特に親しみがあるわけでもない人間の評価はちょっと気になるな。
「結構優秀な優等生って感じだったかも」
「そういやルーチェも同じような事言ってたな」
「今はポンコツアホ娘としか思ってないわ」
「あ、あはは…………」
そこでなんとも言えない顔するからお前残念な奴って言われるんだぞ。
そうしてのんびり暇を潰している間に気が付けば魔導車は動きを止め、窓から覗く景色には青に煌めく海とどデカい豪邸が聳え立っていた。
半日もかからずに大陸の端に到着したのか。
師匠たちのような遠くまで移動できる魔法を扱える人達程では無いが、魔法が使えなくても魔力さえあればここまで便利な生活が出来るようになっている。
なんていうかな。
少しずつ、本当に少しずつではあるが……
かつての英雄が創りたいと願った世界はこうあるべきなのかと、その意思をちゃんと継いでくれたんだなって思える。
報われている、なんてアンタなら言うんだろうな。
「さ、降りますよ。ホラホラ荷物持って持って」
「はいはいわかってます」
降りる前に荷物を持ち上げる。
いつもなら他のメンバーの分を持ったりはしない(魔法による身体強化が使用できるため)のだが、今日は移動手段でもある魔導車の動力を供給してもらったので俺が持つ。別に大したことではないし、多少の対価としてこの程度働くことは許容してやろう。
俺は働きたくないし自堕落に生きて行きたいし他人に恩義を返すのも面倒だと思っているが、貰ったものはちゃんと返してあげないと筋が通らないだろ。
「自分で持つからいいわ」
「気にするな。帰りも四人を頼る事になるんだ」
一人で持とうとしていたルーチェからも大きな荷物を奪って、最終的に四つ分の袋を右手で抱えて左手に俺の荷物を持った。総重量も別にそんな重たくないし、荷物持ち程度で魔力代を精算できるなら安いもんだ。
「おお~、力持ちだ!」
「それしか取り柄がないもんで」
「自虐がすぎる……」
アイリスさんにペシペシ肩あたりの筋肉を叩かれた。
いやでも貴女も似たようなものですよね。
ルーチェは魔法使用しなくても結構筋肉ある方だけど、アイリスさん斬り合いするとき魔法使ってませんよね。身体強化使う事も出来るけどしないタイプ。俺とは違って楽しみたいから使わん狂人。
「ま、女の子の手ではないよね~」
年頃の女性らしさは確かにあまり見られない。
美容用品? 的な商品も首都だと結構豊富らしく、度々ルーチェが使っているのを見た。ステルラは恐る恐る使ってた。ルナさんは…………その……
「アイリスさんらしいじゃないですか。俺は気にしませんよ」
「私も別に気にしてはいないけど……男の子はやっぱりさ、綺麗な方がいいじゃん?」
どうなんだろうか。
アイリスさん見た目綺麗だし特に気にしないと思うが。
「あ、ほんと? それは嬉しいかも」
「俺の前では気にしなくていいです」
俺が気にするのは暴力を振るってきたり強制的に外に連れ出そうとしてきたり俺の自由を破壊しようとする者共の事だ。
出資者とは言え常識の範疇で生きて貰わないと困るし、確かに俺の人生全てを師匠に支えられてはいるがあの人の横暴さに常についていけというのは酷な話ではないだろうか。
「おっ、着いたんだね。長旅ご苦労様だ」
「よう。本日はお招き頂きありがとうございました」
友人関係でこういう風に言うものではないかもしれんが、誘ってくれたのはアルベルトだからな。
「うむうむ、僕に感謝するのだ」
「流石はグラン家ですなぁワハハ」
「なにしてんのよ……」
「汚職政治家ごっこだね」
流石のノリの良さだ、アルベルト。
「僕は将来的に政治とかそういう方面に進むつもりは一切ないけど、一応出来なくもないからね」
「嫌なやつだ……」
「いやぁ名家の生まれで申し訳ない。没落してるんだけどね!」
笑えないギャグすぎるだろ。
グラン家はそもそも戦争が起きた間接的な原因なんだから褒められたもんじゃない筈だが、そこら辺は終戦後に上手い事やってるのだろうか。
「それはそれ。現に今の時代になっても僕らは滅んでないぜ?」
「結果論が過ぎる。間違いではないけどな」
「細かい事は気にしない、それが生きて行く上で一番大切なことだよ」
「アンタに言われると釈然としないわね……」
ルーチェの意見に同意する。
「さ、挨拶はこんなもんでいいね。海に行くのもよし、食事を行うのもよし、バカンスなんだから好きに過ごすと良い。聞きたいことがあったら訪ねてくれ」
「なんだ、一緒に遊ぶんじゃないのか」
「……流石にそこに僕が入るのは悪手すぎるからね」
蹴られるのは好みだけど、なんて言葉を付け足してアルは肩を竦めた。
「それに女性陣にいいようにしてやられてる君を遠くから観察するのも楽しそうだ」
「良い度胸だな。後で表に出ろよ」