夏の日差しとは大変辛く厳しいものである。
数年間野外で暮らし文明もクソもない小屋の中で生活した俺だからこそ言える言葉だ。
ジワジワと身を焦がすような熱波、まとわりつくような粘着質な熱気。
これを心地いいと言える人間は世界に存在してない。
「…………冷てー……」
だがしかし。
何事にも例外というものは存在する。
世界は常識と論理の上で成り立っているが、時として感情だけが先を行くような状況は起こりえるのだ。
結論、海冷たくて最高。
外気は蒸されてるのかってくらい暑いんだが、それを破壊して有り余るほどの冷たさ。
熱された身体が冷やされて気持ちいい。
内陸部の田舎に暮らしていたが故、初めての体験だ。
ルーチェの氷にボコボコにされるのとは訳が違う。
ぷかぷか顔だけ出して漂いつつ、じっと空を見つめる。
果たして過去の遺物は本当に現れるのだろうか。
散々走り抜いてきた未来にたどり着いた訳だが、最近になってそういうちょっとした疑念が湧くようになった。
そもそも英雄の記憶すら丸々全部見れた訳じゃないし敵の正体も曖昧なまま。言動から察するにグラン家が関与してるって事は確かだけど、戦争の首魁が死没してから月日が経ってから事件は起きてる。
でもグラン家は存続してる。
つまり子孫たちに罪はなく、そして知るすべもない。
そこら辺を、その……言い方は良くないが、管理したのはエミーリアさんと魔祖だと思う。
事実、統一後国内のゴタゴタはあったらしいからな。
ブクブク息を水中で吐き出して泡立てて気を紛らわしながら、結局今の状態ではどうする事も出来ないと結論付けた。
ちょくちょく新しい記憶を見てはいるのだが…………
いっそのことバラしてしまおうか。
俺の記憶の事、何が起きて死んだのかって事。いや、だがしかし…………悩みどころだな。
「──ロア~! なにしてるのー!」
……うるさい奴が来てしまったので今日の考察はここまで。
頭を切り替えて遊ぶための気分に変える。
こういうのはメリハリが大事なんだ。決して疎かにしてはならない大切な事柄だが、俺には俺の人生がある。気を張り詰めすぎても空回りするんだから少しは気を抜いて生きていきたい。
極力面倒なことはしたく無いし。
──それはそれとして。
「ロアー! こっちこっちー!」
俺を呼ぶステルラの声に応じて振り返る。
海に入るのは初めてだが泳ぐのは初めてじゃない。
師匠の手によって生み出された大量の水に放り込まれて数時間もがき苦しんだおかげで水中でだって自由に動けるぜ。まあ身体強化使えば水を吹き飛ばせるから意味のない技術なんですけどね。
ザバザバ泳いで浜辺まで移動する。
海は波が高く身を攫われてしまえばひとたまりもない、と注意されたが、ぶっちゃけこのメンバーがいる時ならどんなところに流されても助けてもらえる気がするんだよな。空を自由に飛べる人が二人、身体強化で水の上を走れそうな奴が一人、アイリスさんは剣技がうまい。
「──着替え終わったのか」
「えっ、あ、うん」
足が着くくらいの場所からはゆっくり水の中を歩いて、浜辺まで上がりきる。
髪が濡れて邪魔くさい。
適当に掻き上げてだらしなくならない程度に分けておく。
山の中で暮らしていた頃は伸び始めると師匠が切ってくれたが、首都暮らしになってからは師匠の都合が合う時にしかやってもらってない。だから今非常に邪魔くさいことになっているワケだな。
「…………おぉ〜……」
「なんですか、ジロジロと」
いつも通り覇気のない瞳だが、何処か爛々としたような煌めきがあるように見える。
「ふんふん……水も滴るなんとやら、ですね」
「言ってて恥ずかしくならないんですか? それ」
「思ったことを口にするのは大切だってどこかの誰かさんが教えてくれましたから」
まあ……そうだけどさ……
正面からカッコイイとか褒められて素直に全部受け取れるナルシストは多くないぜ。俺は受け取るけど。いや〜カッコよすぎて困っちまうな〜ホント!
「何してんのよ。不用意に褒めたら調子乗るでしょ」
「調子に乗って叩き落とされるまでがロアくんですからね」
「貴様ら……」
いつの間にかみんな着替え終わっていたらしく、惜しげもなく水着姿を俺に晒していた。
女性が四人いると言うのにキャピキャピした空気感ではないのはなぜだろうか。
たまにデートで行く喫茶店とかめっちゃ甘い空気を漂わせてるカップルとか女性集団とかが居るのに、うちの女性陣はあまりそう言うことがないように思える。
不躾にならん程度の視線を四人に送る。
ルナさんはいつも通り自信満々な仕草だな。
残念ながら俺は女性物の服装に明るくないので、大雑把にしかわからない。赤色が髪色とマッチしてて統一感が表れていて美しいと思う。
ステルラは……絶妙に体を隠してるので見えにくい。
でもあれだな、黄色の水着っぽいな。ルナさんと似た感じでフリルっぽいのが付いている……気がする。口がふにゃふにゃになってる所とかがカワイイね。ああいうの見ると大好きになっちまうよ。もう好きだけど。やかましいわ。
ルーチェは視線を俺には向けないように逸らしてる。
口がちょっと尖ってるから、お前本当はちょっと恥ずかしいだろ。安心しろ、俺も恥ずかしいから。いつも寝ている間に俺の部屋に勝手にお前たちは侵入していたが、寝顔を見られるのもそれなりに恥ずかしかったりする。今お前は俺の恥を味わっている。イイ反応してくれそうだから真剣な眼差しを送りつけて十秒くらい近くで見てやった。大きめの舌打ちをされた。
アイリスさんは……うお…………。
あんまり恥じらいとかがない感じだけど、胸元をアピールするのとかは恥ずいらしい。強調するようなポーズを取った後に照れっと笑いながら後ろを振り向いた。この人こういう所あるよな。クソかわいい。あとやっぱこう…………年上の包容力っていうかさ……ね……。
「あ〜…………アイリスさん優勝で」
「おっしゃ!!」
「ちょっ……と、待ちなさい。もっとよく見て決めて」
「そうですよ! プロポーションを加点するのはずるいと思います!」
それだけじゃねぇんだわ。
プロポーションは確かにこの中で一番良く見えるし、無意識のうちに形成されていった俺の歪んだ性癖(主に師匠のせい)を鋭く突いたのがアイリスさんだったのは認めよう。
「水着のセンス、って話ですよね」
「まあ…………やっぱり可愛さ勝負にしませんか? もしくはロアくんの好感度勝負」
「どう足掻いてもルナさんが勝つことは無くなりましたが……強いていうなら、俺とセンスが少し似てるからですかね」
灰になったルナさんは放置して、アイリスさんの姿を再度見る。
なんていうかな。
俺は綺麗で豪華に着飾ったお姫様も美しく綺麗だと思えるくらいの感受性はあるし女性陣みんなベタ褒めする程度に節操のない人間だ。
ルーチェもルナさんもステルラも、三人とも時間をかけてどれが似合うのかを考えてくれたんだろう。
勿論似合っている。
可愛いさ。正直、俺には勿体ないとすら思う。絶対誰にも渡さないけど。
多分ステルラは自身の好みというより、俺がステルラに抱いていた明るいイメージを想像してその色にしたんだろ。ルーチェは……お前は……黒のビキニってさ……めっちゃ攻めてるんじゃないか……? ルナさんは可愛い。
三人のことは結構理解できてる(と思いたい)から、それなりに予想できていた。
でもこう、アイリスさんは……ちょっと違ったんだよな。
「ま、その理由は三人には言わんが」
「えっ……」
「なんだステルラ。まさか教えてもらえると思ったのか」
俺は確かにステルラに対して歪な独占欲を抱えてはいるが、だからといって全てをお前に教えてもいいと思ってるわけではない。俺にも人生があるしプライバシーがある。人生に関してはほぼ全部お前に捧げてるから、それ以外のちょっとした事くらいは大目に見て欲しいところだぜ。
「秘密だ。アイリスさんとデートする時にでも言うとするよ」
「お、おぉ〜……改めて言われるとドキッとするかも」
ステルラも灰になった。
「……負け、ね」
そう言いながらルーチェは上着を羽織った。
……………………やるじゃん。
ふ〜〜……最初からそうだったら少し危なかったかもしれない。
これは参考までの話で決して俺の話ではないんだが、師匠はスタイルの良さと顔の良さが世界で一番って言えるくらい良い。あの女はそれを理解しつつ、『私がロアにそういう目で見られることはない』っていう意味不明な謎の自信をもってる節があるんだ。
だからあの女は俺に遠慮を全然しなかった。
特に山で修行してた頃はそりゃあキツかった。俺じゃなかったら性癖歪んで今頃狂った人間が一人爆誕してるだろうと確信を抱ける程度には狂わされるところだった。
関係のない話になってしまったかもしれないが、俺の言いたいことはただ一つ。
一度でもそういうボディラインを目に焼き付けてしまったら、服を着ていようが着ていなかろうがえっちに見えることがあるってことだ。
「ふ〜〜〜〜〜…………ルーチェ、流石だ」
「は? 何が?」
「ロアくんってたまにわけわかんなくなるよね」
俺も男だからな。
ぶっちゃけ甲乙付け難いから全員纏めてデートしてやるって威張り散らしてもいいが、それだとせっかく選んでもらった意味がないし、何よりもだ。
今回選ばれなかった誰かが同じようなことをもう一回やってくれるかもしれないだろ。
これは悪魔の作戦だな。
次は選ばれたいから自信があって得意なことで一番を決めようとして、さらに研鑽を積んで俺の目の前で披露してくれる。失敗した料理とかでも別に食うし、そんなんで嫌いになったりしないし。
「やれやれ、俺の頭はいつも冴え渡っているな」
「どういう情緒してんのよ」
呆れながら俺にツッコミを入れるルーチェ。
上着のポケットに手を突っ込みつつ、上着は前が全開なので普通に水着が見えているし、戦闘方法が格闘だから引き締まった肉体がよく見える。俺は目がいいからな。
俺の視線に気が付いたのか、ルーチェはそっと身体を捩って隠した。
「あざといな……」
「あざといね……」
「あざといですね……」
「うっさいわね!」
ぎゅむ、とルナさんの頭を掴んだままルーチェは海に飛び込んでいった。
身体強化してるから結構遠目に飛んでいったんだが、まあルナさんだし大丈夫だろ。遠くから叫び声が聞こえてくるけど多分大丈夫だ。
「あはは、それじゃあ私たちも遊ぼっか!」
「そうっすね。問題があるとすれば、俺たちは一般的な海での遊び方を知らないということだけです」
俺、田舎生まれ山育ち。
ステルラ、田舎生まれ田舎育ち。
アイリスさん、田舎生まれ田舎育ち。
ここにいる全員が首都魔導学園に入って初めて都会というものを経験しているため、誰一人として海での定石を知らん訳だな。
「…………後でお肉焼くって言ってたよ!」
「よし、理解しました。魚獲れば一石二鳥っすね」
「ちょっと違う気がするけど合ってる気がする……」
ククク、任せて欲しい。
確かに俺は魔法技術も魔力もゴミカス程しか存在しておらず、みんなの様にいつでもどこでも生きていけるような環境生成は出来ない。
だが俺には十年近い野生の経験がある。
何も嬉しくないし誇れない。俺は野蛮人か?
「師匠のせいで強制的に身につける羽目になった泳ぎを見せつける時が来たな……!」
「ロアもなんだかんだ楽しみにしてたんだね」
「はしゃぎ倒すぜ、今日ばっかりは」
俺を好いてくれてる女性四人と男が俺だけのバカンスでテンション上がらない奴はいない。
「楽しめる時は楽しむ。今日この日の思い出が、お前の中に残り続けて欲しいからな」
俺はお前を置いて死ぬ。
俺はお前より先に死ぬ。
俺はお前を看取ることができない。
俺はお前の死に際に立ち会うことができない。
「アイリスさんも一緒に。今日を最高の一日にしましょう」
「────……あ〜、なるほどね」
苦笑いを浮かべつつ、アイリスさんは俺の手を取った。
「ちょっと、羨ましいかも」
「……異性に囲まれる俺が?」
「違う違う! ステルラちゃんがね」
──すごく、愛されてるなって。
俺から手を離してアイリスさんはステルラの手を取り、そのまま駆け出した。
「も〜〜、この幸せ者めっ!」
「わあああ────っ!!」
ざっぱーん!
と、大きな音を立てながらステルラは海に投げ飛ばされた。
身体強化を使用した人間投げなので俺が食らったら確実にダメージを喰らうだろうが、あいつは魔法を使えるからノーダメージ。
「────行こ? ロアくんっ」
「……仰せのままに、お姫さま」
「そんな畏まらなくてもいいけど…………照れるかも」
傷だらけの手で顔を覆い隠して、少し赤みがかった耳がどんな感情を抱いているかを如実に表している。
「今日は俺が一番強い日だ。普段マウント取られてる分泳ぎで全て見せつけてやる……!」
「さっきまでいた筈のかっこいいロアくんはどこに……?」
この後泳ぎ対決をしたが、身体強化に身を任せているルナさんに敗北しステルラにぶっちぎられてルーチェには魔法を行使してないにも関わらず同格の泳ぎを見せつけられた。
最後に戦ったアイリスさんがあんまり泳ぎ得意じゃなかったのが救いだった。
勝てたとは一言も言っていない。
途中まで優勢だったのに魔法で一気に逆転されたので、やはりこの世界は魔力がなければ人権すら与えられない厳しい世の中なのだと痛感する羽目になった。
水着だけはある程度悩んで決めたんですけど、イラストを人数分依頼出来るほどの余力が無かったので皆さんの想像に任せます。ハイネックビキニとかフレアビキニとかで検索履歴が埋まって人にみせられない状態になりました^p^