【本編完結】英雄転生後世成り上がり   作:恒例行事

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第八話

 繭の胎動する空間は灼熱に包まれていた。

 

 エミーリアがその四肢を振るうたびに暴力的な爆炎が撒き散らされ、その余波に当てられて白き怪物が蒸発する。次々現れる群もなんのその、汗の一つもかかずに敵を殲滅し続ける。

 

 既に普通の人間ではまともに呼吸をするのも厳しいだろう環境へと変化させた張本人は、戦いの最中に思考を巡らせていた。

 

(────おかしい)

 

 倒しても倒しても減らず、それどころかどんどん数を増していく。

 無限に存在するのではないのかと思える程に変わらない戦況に対して苛立ちを抱いた──そういう訳ではなく、この程度(・・・・)なのかと疑問を抱いていた。

 

(こんな雑魚がどれだけ群れてもアルスは殺せない。しかもアステルと一緒に居たのなら、余計殺せるわけが無い)

 

 アルスの死因はわからなかった。

 身体から魔力が根こそぎ消えており、肉体はなぜか老化が著しく進んだ状態であった。

 魔力吸収も行えるこの『繭』が何かをやったというのは考えられるが、老化を進める魔法なんて聞いたこともない。ないだけで作れるのかもしれないが……、なんて考えてから頭を横に振った。

 

 アステルの死因は斬撃。

 身体中が傷つけられており、放っておいても出血多量で死を迎えていたのは明らかだったが、トドメとなったのは一振りの斬撃であった。

 

 そしてその一撃は恐らく、アルスの放ったものという答えが出ていた。

 

 アステルと消耗度外視でぶつかりあえば確かにどちらかは死ぬだろうが、それをこんな状況で行うとは到底思えない。

 

(アステルの身を犠牲にしてでも攻撃しなければならない存在が居た)

 

 それはこの白い怪物ではない。

 きっと未だ姿を顕さない新たな敵か、もしくは────この純白の繭だろう。

 

「……駄目だな、通らない」

 

 面で火力を通すのに適しているエミーリアに対し、点に火力を通すのに適しているエイリアスは本体への攻撃を行っていた。

 

 宙に浮かび上がり、周囲をぐるぐると回りながら魔法による攻撃を続けているもののあまり効果は見られない。接触した瞬間に消失する魔法に眉を顰めつつ後退する。

 

 内包する魔力が徐々に高まっている上に生み出す石の数も変わらない。

 無限に出続けるのではないのかという疑念が頭の中に浮かび上がるが、それらの不安を振り払い再度紫電を放つ。

 

 弟子の魔法より洗練された一閃が繭を貫かんと迸る。

 

 木々を薙ぎ払い水を干上がらせ雷速による防御不可の絶対的な魔法なのに、通用しない。

 

(…………無駄だ。これから何かが“生まれる”のを待つしかないか)

 

 現状攻略するのは不可能、幸い周囲で魔法を放つ分にはまだ問題ないので殲滅に参加する。

 魔力制御に秀でている自分達十二使徒でこれなのだから、一般の魔法使いではこの空間に辿り着く事すら難しいだろう。出来れば気が付いて援軍として来てくれると有難いんだが、と溜息を吐いてからエミーリアの隣に降り立った。

 

「駄目そうか」

「ああ。直撃したら即吸収、ダメージが通ってる手応えがない」

 

 だろうな、と呟いた。

 

「物理も効くのか? アレ」

「常人の域を出ない生身の一撃が効くのなら有効打になりうるさ」

 

 それはないだろうけどね。

 ぼんやりと頭の中に浮かんだのは一人の愛弟子。魔法の才能がなく魔力に愛されなかった英雄に憧れる少年。自らが授けた祝福のみを武器に獅子奮迅の戦いを見せる彼ならば、この繭を斬ることが出来るのではないだろうか。

 

 こんな死地に彼を呼べる筈もなく、これは完全に希望的観測────つまりはないものねだりだった。

 

「……癖が移った、か?」

 

 子は親に似ると言うが、まさか師が弟子に影響されるなんて。

 まあロアは色々癖が強いし我が強いし個性あふれる男の子だから、空虚な自分が染められても仕方ないと苦笑する。

 

 ないものねだりは何も得られるものは無いが、気が楽になる。

 常々言っている言葉を思い出し、確かに悪い気分じゃないと思う。

 

「な~にニヤニヤしてんだ」

「ん゛ん゛っ! な、なんのことやら」

 

 澱んだ空気を払拭するかのように明るい雰囲気が流れる。

 状況は何も好転していないが、二人の心の内に陰りは存在しなかった。

 

 単体で攻撃を繰り返すことに意味がないと判断したのか、白い怪物達は距離を取る。

 射程もパワーもスピードも全て上回る相手により合理的に勝つのならば連携で。連携しても無駄だと言うのならば、自分達以上のスペックを作り出せばいい。

 

 生命を持たない存在だからこそ行える簡単な方法だった。

 

 ぐちゃぐちゃと不愉快な音を奏でながら怪物が混ざり合っていく。

 

 大人の男性が二人並ぶほどの大きさを誇っていたのに対し、十体ほど吸収と融合を繰り返したのちに、刺々しい突起を生やす巨大な異形へと変貌する。

 

「趣味わりー……」

「あの男の趣味が良かった時があるのか?」

「ある訳ないな」

 

 脳内に浮かび上がる災禍の元凶となった死人の顔に苦い顔をしながら、エミーリアは呟いた。

 

「……バシレオス。あんたはこれを救いだと思えるのか」

 

 バシレオス・(アルス)・グラン。

 終戦の時に命を絶った筈の人間が、いまだに現世へと遺物を残し続けている。

 その事実を噛み締めて、断ち切れなかったのは自分達大人の責任だと飲み込んで、再び四肢に焔を纏わせる。

 

「エイリアス。これ(・・)はアタシに任せとけ」

「おや、それならお言葉に甘えるとしようか」

 

 一歩進んだエミーリア、エイリアスは動かない。

 しかし気を緩めたわけではなく、冷静に『次』を観察している。

 

 この巨大な怪物が最後の敵な訳はないと思っているため、片方が直接戦闘を行い片方が周囲の索敵と観察を行う。

 卓越した実力を持ち、互いを信用しているが故にできる戦い方。

 

 そしていざという時援護に入るため────有利に状況を見定めるための一手だったのだが、それは敵の行動によって阻害される。

 

 巨躯の怪物ではなく、白い繭本体から感じる魔力が高まっていく。

 

 明らかに何かしようとしていると判断し、魔力障壁を展開。

 物理的な攻撃・魔法・環境に干渉する何か──それらすべての懸念出来うる可能性を全て含め、ありとあらゆる遮断効果を乗せる。無論余分に取られた魔力は痛いが、初見で直撃するよりはマシだった。

 

「……さて」

 

 鬼がでるか蛇が出るか。

 障壁に包まれる直前に放った炎で上半身が融解した巨躯を無視し、これからが本番だとエミーリアは意気込んだ。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 あくびを噛み殺し、少しだけ睡魔に身を任せる。

 長い野生生活は俺に多大なる不便を招いたが、それと同じくらい特殊な能力を与えた。

 

 死に対する絶対的な勘、夜目が効く、鼻も聞く、聴力もいい、等々有難いようであまり喜べないもの以外にも便利な力を手に入れたのだ。

 

 名付けて『立直睡眠』。

 俺は立ちながら寝るという必殺技を編み出した。

 どうしてこれを身につける必要があったのかは涙無しには語れない辛く厳しい現実があったのだから、とても簡潔に説明すると木の上で寝るために習得した。

 

 太い枝に両足つけて背中に全体重を任せる。

 無論支えてくれるのは己の身体と樹木だけなので、突風が吹けば墜落するし虫は這いずって来るし魔獣が木を揺らしたりするので最初の頃は死ぬ思いをしながら寝ていた。特に魔獣が積極的に餌を求める時期はヤバかったからな。

 

 地上でうたた寝してたら普通に襲い掛かって来たもん。

 

「(寝てるわね)」

「(悪戯するかい?)」

「(……やめとくわ)」

 

 コソコソ後ろの方で話している声が聞こえてくる。

 意識は落としてても音だけは拾うという野生動物顔負けの危機感である。

 

 布団で寝たらそういうのガン無視で爆睡出来るんだけどな。

 

『あ~…………怪我人はいない、補習を受けるようなアホ共も無事に合格。ま、及第点じゃな』

 

 尊大すぎる物言いに驚いて目が開いた。

 

 これが学生に言う言葉か? 

 いや確かにまあ補習受けなくちゃいけないほど勉強を怠っているのが悪いのだが、この学園にそういう生徒がいることに猶更驚く。

 

 本当なら俺なんかが合格できないような超名門なんだぜ? 

 

『儂は今ア~~~~ホかと思う程忙しいからこんなもんで終わるぞ。トーナメント決勝は明日やるからの』

 

 サラッと流して魔祖が降壇する音が聞こえてくる。

 師匠も前会ったときに忙しそうだったし、大人達の策謀策略は裏で蔓延っているらしい。子供たちを巻き込まないように、と苦心してくれるのはとても好感が持てるが、手伝えと言われれば吝かではない。そんくらい信用してくれてもいいのにな。

 

 特になんの遅延も無く予定通りに行われた始業式は終わり、順次教室へと戻っていく。

 

 流石にその頃には完全に覚醒しており、仮眠をとったおかげで眠気もサッパリ消えていた。

 

「おや、目が覚めたのかい?」

「寝てはいたが意識はあった。だから正確に言うなら活動を始めたというのが正しい」

「意識をもったまま寝るってどういう事よ」

 

 どうって…………

 

「野生の中で生きていくには必要な技能だったのさ」

「……たまに奇天烈な事言うの、どうにかしなさい」

たまに(・・・)? ロアはいつも奇天烈な奴だろ」

 

 クソボケアルベルトを一発ビンタで叩いて、あんっと気持ちの悪い声を出したので触れた手をルーチェで拭き取ろうとしたが、意図を見抜かれて情け容赦のない拳が頬に突き刺さった。

 

「汚いわね!」

「お、おれはグーパンなんてしてないのに……」

 

 あまりにも躊躇いの無い一撃に動揺を隠せない。

 罪悪感を煽る為にわざとらしく演技して見せ、ルーチェに暴力ではなく行動で攻撃していく。俺は才能がないから色んな手段に頼らないといけないんだよね。

 

「…………そういう意図で触られたくはないの」

 

 はい、俺の勝ち。

 すこしバツの悪そうな表情で目を逸らすあたりがまだまだ防御力クソザコだと言わざるを得ない。

 

「う~ん、変わらないねぇ」

「ああ。根が優しい癖に捻くれるからこうなる」

「ぶん殴るわよ」

 

 言う前に殴るのは普通じゃないんだが、ルーチェにそこら辺の常識は備わってはいないらしい。俺との生活で少しは改めてくれたかと期待していたのが間違いだったぜ。

 

「やれやれ。ステルラ、回復」

「うんっ」

「なんでいるんだい?」

 

 俺達がわちゃわちゃしてるのを見かねてステルラが近付いていた。

 当然魔獣蔓延る山の中を生き抜いた俺は気配探知にも優れている(魔力はわからない)ので、ある程度の動きなら悟れるというワケだ。

 

「なんでクラスが違うステルラがわざわざここに来たか。それはクラスに友達がいないからだな」

 

 そして俺に回復魔法をかけていたステルラの動きが固まった。

 

 ナチュラルに他人に対してマウントを取ってしまうクソカス性格を保有するステルラが上手く他人に馴染める筈もなく。入学当初からずっと昼休みに俺の教室まで来てるんだから答えは出ていた。

 

「お姫様は友達が居ないんだねぇ」

「こっちに友達何ているのかしら」

「虐めるのはそこらへんまでにしとけ」

 

 あ~~不憫な面してる時のステルラかわいいな~くそったれ。

 

 …………キモ。

 俺は冷静になった。

 あまりにも気持ち悪い感情が堂々と表に顔を出そうとしたのを飲み込んで、表情に出る前に塞き止めたのは俺の強固な覚悟のお陰だ。サンキュー師匠、でも許さないからね。

 

 これが青春か。

 好きな幼馴染とこうやって冗談言い合える学生生活を送れたのは一重に過去の俺が努力を怠らなかったからだな。

 

 努力はクソだが役に立つ、でもこれ以上努力は勘弁。

 

「安心しろステルラ。お前が友達いなくても俺は見捨てないし気にしないから」

「あっ…………べ、別に友達くらい……」

「気にするな。俺がいるじゃないか」

「ロア…………」

 

 上目遣いで俺を見つめてくる。

 ふん、俺がその程度で籠絡されると思ったか? まあ最初から陥落してんだけどさ。 

 

「もう一回ぶん殴ってやろうかしら」

「流石に教室で修羅場生成は控えた方がいいね」

 

 聞こえてんぞお前ら。

 殺意がインストールされた瞳で俺達を睨みつけるルーチェを片手で抑えるアルベルト。しかしその口元は歪んでいるので今もなお他人の感情の揺らぎを推測して面白がっているのだろう。

 

 やっぱこいつ悪の方向に傾いてるよな。

 

「────っと……揺れてる?」

 

 そんな風に和気藹々とふざけあっていた時だった。

 建物がぐらぐらと根元から揺らいでいるような感覚、大きな衝撃を受けた余波のような揺れだった。

 

 それを感じたのは俺だけではなくクラスのほとんどの人間が感じたらしく、皆が皆怪訝な表情で様子を窺っている。

 

「…………地震ね」

「珍しいなぁ」

 

 呑気に呟くアルと、真剣な表情で何かを考えるルーチェ。

 

「大人達の企みに関係してるのか?」

「……わからない。でも、大規模な魔力が暴れたりとか、そういうのは感じないわ」

 

 ほーう。

 ルーチェは何をやっているのかという具体的なところはともかく何かをやっているって事は把握していたようだ。

 

「そうか。そうなると、十二使徒総出か」

「いや、半分だけだ。新大陸出向組は戻ってきてないから」

「…………お前、こないだ新大陸から……」

 

 俺の言葉を笑い飛ばしてアルは続ける。

 

「十二使徒上位組が軒並み協力してるから、揺れはそれの影響だろうね。僕も全然探知できないけど」

「え、ロア。師匠何してるの?」

「さあな」

 

 策謀を張り巡らせるのは不得意ですと自己申告するステルラを尻目に、俺は思考を重ねていく。

 

 十二使徒が総出になって取り掛かるようなことが現代で発生するとは思えない。

 あの人たちを除いた最強と呼ばれる人間がテリオスさんだし、どんだけすごい性能の魔道具を開発しても抑えられないだろ。

 

 と、なると……可能性が一番高いのはやはり負債か。

 より正確にはグラン帝国の遺した兵器。兵器? あれが兵器なのかは俺にもわからんが、多分そうだ。

 

「…………まあ、いい」

 

 察するに、俺たちを関わらせたくないんだろう。

 多少は噛みつきたい気持ちもあるが、当の本人が姿を現さない。魔祖はいつも通りだったし、俺が首を突っ込んでも特に変わるわけでもない。

 

「少しは信用してほしいもんだ」

「君は根本がお人好しだよね」

「人の本質が悪意である、なんて現実は好きじゃないからな」

 

 俺がお人好しなわけではなく、親密な人間が裏で暗躍してるとわかったらその中身を知りたいと思うのは普通のことだろ。

 

 ましてや俺もそれなり以上に秘密を抱えているし、師匠達はその秘密の当事者。

 現代に残されているかも知れない英雄すら殺してみせた遺物と相対しているかも知れないんだ、そりゃあ気になるし手伝わせてほしい。

 

 ──だってそれ終わらせたら晴れて自由だもん。

 

 そうなんだよな。

 それが解決したらステルラも死なないだろうし、俺ってばマジで自由になれる。人生を賭けて叶えたい夢を叶えられるんだから、俺はここで本気を出すべきなんじゃないか? 

 

 まあ師匠が俺の前に現れないから何も進まないんだけど。

 

「……ステルラ。今日飯食いにくるか?」

「えっ…………な、何が目的?」

 

 俺への警戒を多少高めてステルラが言った。

 こいつはこうやってチャンスを無駄にするんだな、よくわかった。

 

「じゃあいいや」

「あー待って待って! 食べたいな〜ロアのご飯!」

 

 よし、釣れた。

 そしてついでに体が密着しているので柔らかい感触とめちゃくちゃいい匂いがする。普段アピールする事はないくせに、こういう意識してないタイミングでのさりげない接触が俺の心を狂わせる。

 

 惚れた弱み、か……

 

「明日戦うのに一緒にご飯食べるわけ?」

「同じ門を叩いてるんだから問題ない」

 

 これが俺VSテリオスさんだったらそうはならなかったかもしれんが、俺とステルラは同門の幼馴染。どちらが師を継ぐのかは既に決まっているから仲違いする心配もない。

 

「…………ふーん」

「な、何かなルーチェちゃん」

「くたばりなさい」

 

 シンプルにひどい罵倒を受けてステルラは涙目になった。

 

 うなだれたステルラの頭に手を置いて、特に文句を言われないのでそのまま撫でておく。

 俺の唯一の友となった(?)魔獣君は一晩で食材へと成り果てたが、あいつの触り心地は中々悪くなかった。なんかあの時と同じような感覚だな。

 

「……にへへ」

 

 だらしない笑い方してやがる。

 そういう所が好きだから文句はない。

 

「ごちそうさまだ。それじゃあ馬に蹴られる前に僕は帰るとするよ」

「珍しく殊勝だな。拾い食いでもしたのか」

「君は僕の事をなんだと思ってるのかな?」

 

 畜生。

 

 俺からの評価を聞き肩を竦めるそういう姿が余計印象を悪くしているのだが、こいつは分かっててやってるので仕方ない。

 

「ふ~ん、こないだの話バラしちゃおっかな」

「俺が悪かった。何が欲しい?」

 

 前言撤回、こいつは畜生どころではない。

 

 畜生を超えた鬼畜である。

 話す事はないだろうとは思いつつ、でもうっかり口を滑らせそうだから止める事しかできない。そして俺がアルを止めるような手段は持ち合わせていないので、最悪な事に何かしらの条件を付けてでも黙らせておくことが最善手だった。

 

 歯軋りしながら露骨な態度を露わにした俺にクスクス笑いながら、アルは鞄を手に取った。

 

「冗談さ。男の友情を壊すつもりはないよ」

「嘘つけ、止めなかったらバラすだろお前」

「ハッハッハ! 僕の事をよくわかってるね、親友」

 

 誰が親友だこのクソ赤毛。

 相変わらず怪しい薄い笑みを浮かべたままアルは教室から出ていく。

 

 今日は授業が無く、クラスメイトも地震が来た時点で半数も残っていなかった。

 だからステルラは俺達のクラスに来れた訳だが……

 

「……ロア? 一体なんの事かな」

「気にする必要はない。くだらない男の約束だ」

 

 流石にこの一撃を知られては俺が不利になる。

 アルの野郎、いつだって場をかき乱して消えていくな。迷惑な奴め。

 

「また変な隠し事じゃないでしょうね」

「この俺が誰かに隠し事をしたことがあったか?」

「隠し事の塊みたいな男よ、アンタは」

 

 ルーチェが呆れている。

 

「……帰る。精々楽しんでおきなさい、ステルラ」

「うん。ルーチェちゃんも一緒にどう?」

「……………………ぶん殴るわよ」

「痛いよ!?」

 

 ポカッと軽く小突いて、ルーチェは帰って行った。

 

 どうやら遠慮させてしまったようだ。

 苦虫を噛み潰したような表情だったが、その気持ちは想像するのは容易い。

 多分俺の事が好きなのに、好きな男が本命の幼馴染とイチャイチャし続けた挙句二人で晩飯食べようとか話してたらそりゃそういう顔もするだろうな。ステルラが目の前でそんな会話したら俺自殺する自信あるわ。

 

「俺達も帰るぞ。買い出し行くが、どうする」

「一緒に行く!」

 

 明日はついに決勝戦。

 俺とステルラの戦いであり、俺のこれまでの集大成をぶつける日。

 それでも尚敵わないのなら、きっと二度と追い縋れることはなくなってしまうだろう。合理的に戦えばいくらでも俺を倒す手段を持ち合わせるステルラがこれからもっと成長したら、天と地ほどの差を見せつけられる。

 

 だから、最初であり最後のチャンス。

 

「ステルラ」

「なに?」

 

 教室で暫く駄弁っていたせいで陽が落ち始め、既に夕暮れと言うべき時刻に差し掛かっていた。

 

 隣を歩く幼馴染の顔は夕日で染まり、朗らかな笑顔がより一層輝いて見える。

 

「負けないからな」

「……うんっ」

 

 ステルラは俺の言葉を聞いて、嬉しそうに答えた。

 

「信じてる。ロアはどこまでも追いかけてきてくれるって」

「…………重いぞ、お前」

「それはロアでしょ~?」

 

 ぐ、ぬ、ぎぎっ……

 

 誰が重い男だお前。

 俺は昼行灯を自称する男だぜ。

 

「吹けば飛ぶってこと?」

「上等だ、俺に喧嘩を売るってことでいいんだな? お前の嫌いな野菜盛り合わせ食わせてやる」

「あ、へうっ……」

 

 はい俺の勝ち。

 ステルラの分際で俺に勝とうなんざ百年早いんだよ。

 

「……えへへ」

「なんだいきなり」

「なんでもなーい」

 

 変な奴だな。

 

 この後は特筆するような出来事も無く、二人で買い出しを行って、二人で料理を作って、二人で食事をとった。

 

 ステルラを家まで送り、誰も居ない家に戻る。

 食器を片付けて、一息つくために飲み物を冷蔵庫から取り出す。

 その際に見えた、数日間で作りすぎてしまった品物が幾つも並んでるのを確認し溜息を吐いた。

 

 師匠が家に来なくなって、一週間が経った。

 

 

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