トーナメント決勝当日。
大規模な改装工事によって豪華な施設になった坩堝の待機場で、俺は一人椅子に座り込んでいた。
あ~~、ついに来ちまったよこの日が。
俺の人生における目標の第一段階、ステルラ・エールライトに勝利を収めるという大それた目的を達成する日が。
深呼吸深呼吸、慌てない慌てない。
落ち着きこそが大切だ。こういう大切な場面に向かうのであれば猶更慎重に、それでいて豪胆にいかなければならない。きっと俺はこの戦いで幾つもの博打をうち、限りなくゼロに近い可能性を手元に手繰り寄せるために神に祈るようなことまでするんだろう。
それは織り込み済みだぜ。
「ふ~~~…………はぁ……」
「全然割り切れてないじゃんか」
アルがカラカラと笑っている。
しょうがねーだろ、いくら俺でも緊張することはある。
「ここで君が負けたらどうなっちゃうんだろうね?」
「考えたくもない」
負けたらこれ以上努力しなければならん。
最悪新大陸に放り込まれて十年近く修行させられるかもしれん。魔法とは別のパワーアップ方法を手に入れれば楽になるが、そんな都合がいいもん何処にも落ちてないのでそれは叶わないだろう。
いやだ~~!
「これ以上努力したくない。ここで終わりにしてぇ」
「ほう? エールライトに勝てばお前は報われるのか」
なんか来たんですけど。
ニヤニヤ笑うアルベルトと口元をニヒルに歪ませるテオドールさん、そして隣に佇むソフィアさん。
「久しいな、メグナカルト」
「どうも、お久しぶりです。式には呼んでくださいね」
「貴様だけは呼ばんと今決意した」
ソフィアさんに拒絶されたが、テオドールさんは肩を竦めて誘ってやるとアイコンタクトで伝えてくる。流石アルベルトの兄、よくわかってるじゃないか。
「…………テオ。余計なことしなかったか?」
「なにもしてないが」
「……そうか」
イチャイチャするカップルは応援しに来たのか見せつけにきたのかわからない。
「兄上と、えー……義姉上と呼んだ方がいいかな」
「ソフィアは恥ずかしがり屋なんだ。俺と会うまで異性と顔も合わせられないくらいには」
「初心だなぁ」
ぷるぷる震えるソフィアさんに対するグラン兄弟揶揄い合戦に巻き込まれてはしょうがないので距離をとった。
「こんにちは、ロアくん」
「こんにちは、ルナさん」
「私もいるんだけどなー……」
ルナさんとアイリスさんも一緒に入って来た。
この感じだと先にステルラの所に行っていたのだろうか、でもアルだけはずっと俺の部屋に居るんだよな。なんなの?
「ステルラはどんな感じでしたか」
「絶好調って感じでしたね」
「さいあくだ……」
思わず言葉が漏れる位には絶望した。
これでステルラの調子があんまりよくなかったら無難な勝利を納められるというのに。
でもステルラが弱かったらそれはそれで問題なんだよね。何度も繰り返し言うことになるが、俺の目標はあくまでステルラ・エールライトが死なない事なので、非常に悲しい事にアイツが強くなり続ける事を祈っているし願っているし確信している。
俺の出番なんて必要ない位に強くなってくれればな~!
「やっぱ負けっぱなしは嫌だな。一回くらいどんでん返ししてやらんと気が済まない」
「え? ステルラちゃん子供の頃に負けたって言ってたけど」
は?
アイリスさんをじっと見つめる。
『やべっ、やらかした』と言わんばかりの全力の目逸らしを許さずに近付いて顔を思い切り見合わせる。
「誰に」
「ロ、ロアくんに」
俺が子供の頃にステルラに勝っただと……?
思い返してみよう。
出会った日。
当時既に英雄の記憶があったおれは無双できると信じており、勉学で当然高得点をとった。間違えたのは一問だけだったが、ステルラは満点だった。その後の魔法実技はおれは発動できず、ステルラが発動しておれに直撃させた。涙目になった。
明らかにこの日じゃないな。
あとあり得るとすれば…………
?
思いつかないが?
「直接聞くしかないな」
「勝てばいいじゃないですか」
そうそう、勝てばいい。
勝てば──……ん?
あれ、待てよ。
そういやあの時アイツなんて言ったっけ。
なんか大事な事を聞いたような気がするんだが、どうにも思い出せん。誰にも負けないみたいな事を言っていた朧げな記憶があるのにな~。
「今ならロアくんの一番を奪えるのでは」
「それは無理ですね。俺の中でステルラが一番なのは変わらないので」
「ちっ……」
残念だったな。
本人に言う事は絶対に無いが、俺はステルラが死ぬ可能性を失くすためだけに全てを投げ打って生きて来たんだからそこは揺るがんよ。
「やはりお前は面白い。ステルラ・エールライトの覚醒はお前なくして成し得なかっただろう」
「そんなことはない。あいつは天才で、ガキの頃から英才教育を施されて来た魔導の結晶だ。俺が居なくても別の方向性からあの領域に辿り着いています」
ルナさんが至ったように──この言い方をすると語弊が生まれるかもしれないが──ステルラは少女のような精神性を除いて全てが異常である。
一を聞いて十を知り、己の試行錯誤で百を手にする。
そういう類の怪物。
頬に一筋の紅葉を刻み微妙に締まらない空気感を漂わせつつ、一切それらを気にしない豪胆さを見せつけながらテオドールさんが続けた。
「身内贔屓、過大評価、盲信…………エールライトを少し特別視しすぎだ」
「他人からそう見えるのも仕方ない事だと諦めています。俺にとってステルラは希望なんだ」
そうだ、希望だ。
心の奥底ではきっと、ステルラならば俺の助けが無くても全てを丸く収めて解決してくれると願ってる。
だってあいつは天才だから。
英雄の記憶を持って生まれた俺じゃあ太刀打ちできない強大な敵にただ一人立ち向かい、勝てると俺は信じてる。
「希望?」
「ああ。きっとステルラなら大丈夫なんだ」
「……それは、精神性の話か」
「違う。生きるか死ぬか」
そう信じたい。
ステルラが死ぬなんてこと考えたくもない。
突き抜けた星の輝きが手に届かなくなっても、それでも輝き続けてくれる。昔のおれ──かつての英雄の末路を知るまでは、きっと、湖面の月を眺めて哀愁に身を浸らせるだけで満足していた。
なのに知ってしまった。
俺なんかより、それこそステルラよりも強いであろう『英雄』という偉人の末路を。誰にも見送られることもなく、ただただ妄執とすら呼べる悪意に引き摺られて死んでいったことを。
きっとその時点で師匠に告げればよかったんだ。
ロア・メグナカルトという一人の人間の足掻きなんか無視して、徐々に見る内容が増えていた英雄の記憶を利用して大人達全員を巻き込んでおけばよかった。
俺の人生なんか考えずに、それだけを祈っていればよかった。
でもそれは選ばなかった。
理由は何であれ、選ばなかったから今日この時がある。
気づけばステルラだけじゃなく、俺の手に余るくらいたくさんの人に出会った。
その誰もが、負の遺物が目を覚まし再度侵略を再開すれば────その命を散らすことになるのだろう。
「待て、何の話をしている」
だから、俺は英雄の軌跡をなぞった。
ステルラ・エールライトという希望の星が輝きを失わないように、俺が全部終わらせてやると。
「俺は何もかもがハリボテで、借り物で、偽物で、テリオスさんの足元にだって及ばない」
いつの間にか、誰も言葉を発さなくなっていた。
いつもならばこんな雰囲気で真面目に、己の内心を吐露するかのような言葉を紡ぐことはあり得ない。
でも続けてしまった。
きっと、その、なんだ。
多分俺も不安なんだと思う。
だって俺はステルラに勝って、実力を証明しなくちゃいけない。証明して、役に立つのだと知らしめて、初めてスタートラインに立てる。
「それでも誓った。あの日あいつが紫電に情景を抱いたあの瞬間。
◇
逃げるように控え室から立ち去って、俺は一人坩堝の通路に立ち尽くしている。
なかなかに恥ずかしい告白だった。
何であんなことを口走ってしまったのか、妄想が過ぎると小馬鹿にされても文句は言えんし、寧ろそっちの方が有り難かった。
『……なーんて、冗談ですよ。そんな崇高な理由持ってる人間に見えますか?』
そう言って誤魔化そうとしたんだが、なぜか誰も笑わない。
それどころかルナさんは何か納得したように頷いてくるし、アルベルトも珍しく目を見開いていた。
あ~~~~~あ。
色々やっちまったなぁ。
なんか全部どうでもよくなってきたわ。
結局
抱え込んでいるなんて大袈裟な自覚は無く、単に誰にも渡したくないアドバンテージだと思っていたのに。英雄の記憶があるからおれは這い上がる選択肢を選べて、ただの凡人で終わるであろう人生がこんなにも高みに昇る事となった。
それのどこに不満があるってんだ。
不満だらけさ、くそったれめ。
縁側で日向に座り込み、眩しく輝く太陽に目を絞って、ゆっくり眠る様に暮らす。
おれの願いはそんな姿だったのに気が付けばこんな場所にいるのだ、そこに不満を抱かない筈もない──が。
なってしまったことはしょうがない。
「……ったく」
おれは本当に弱いな。
呆れるくらい弱虫だ。
いつだってそうだった。
これ以上傷つきたくない心を保つため、現実を諦めた振りをして、心の最奥で何かを願ってた。何か起きてくれと祈りながらないものねだりを繰り返し、何も実る事がない自分の才能を憎んだ。
齢5つになる頃には諦観が根付き、あの頃のおれを支えていたのは一重にステルラへの異常な感情だけ。
おれの人生をぐちゃぐちゃに破壊したステルラが、おれに構い続ける。
なんでお前はおれに構い続けるんだと喉元までせりあがった言葉は飲み込んで、お前のような凄い奴がおれ如きを相手にしてくれるのかと混乱する。
「ステルラ・エールライト」
名前を呼ぶだけで胸が高鳴る。
これは恋慕なのか愛情なのか羨望なのか嫉妬なのか、当時のおれじゃあ何一つわからなかった。
今もそうだ。
ただ一つだけ確かなことがあるとすれば────もうおれは、ステルラ無しでは生きていけない。
お前に今更見捨てられたら、おれはその場で抜け殻になるだろうな。
俺がそのままどう生きていくのかは知らんが、多分、面白みのない堕落的な人間が一人誕生するだけ。
「アンタ、控え室でなにやったのよ」
「何もしてない。俺の未熟さが表に出ただけだ」
どうやら俺が出て行ってから着いたようで、ルーチェがわざわざ追いかけて来た。
ふん、と鼻を鳴らしつつ、じっと通路の先を眺め続ける俺の横に並び立つ。
「私も、アンタが何を抱えてるのかは知りたいわ」
「抱えている訳じゃない。ただ、これが無きゃ今の俺は無いってだけで」
「なら教えてくれる?」
「んー…………
今はまだ。
これは俺のどうしようもないエゴ。
「じゃあ明日教えなさい」
「随分急だな。どうした?」
ルーチェがこんなにぐいぐい詰めてくるのは珍しい。
「……いいから」
「俺にも俺の計画がある。ステルラやルナさん、師匠たちに置き土産は用意しておきたい」
「置き土産……?」
聡いルーチェのことだ、具体的な意味はともかく何を言いたいのかは理解してくれるだろう。
「才能溢れる連中に、少しくらい意地悪したいだろ?」
答えを聞かずに歩きはじめる。
これ以上誰かと会話していたら全部喋ってしまいそうだ。平常心を保っていられないくらい次の戦いに高揚しているんだろうし、また、不安を感じている。
ルーチェが追いかけてくる気配はない。
通路には終わりが見えており、後は会場に出るだけ。
そこまで出てしまえば悩む暇なんてなくなって、夢にまで見た舞台へと登る権利を得る。
ここまで来れたのは師匠のお陰だ。
俺達の前に姿を現わさないのは何故なのか。まあ忙しいんだろうが、どこかで見てくれてると嬉しい。
薄暗い通路を抜けると、既に観客席が人で埋め尽くされた会場へと出た。
光の濃淡が激しく僅かに目を細めながら、ゆっくりと歩く。
対面に佇む人影に、待たせてしまったなと呟いた。
「昨日ぶり、ロア」
「ああ。出来れば来ないで欲しかった一日だ」
さ、切り替えていこう。
ウジウジ悩む青少年ロア・メグナカルトは心の奥底に仕舞いこんで、英雄の軌跡を歩き続ける愚か者ロア・メグナカルトが此処にいる。
「デートくらいなら幾らでも付き合ってやるが、こんな戦いは一度切りで願いたい。修行を積むなんてガラでもないし、これ以上努力したくない」
「んふふ、ロアらしいね。でも私、本当にうれしいんだよ?」
胸の前で両手を合わせて、見惚れるような表情で笑いながら続けた。
「ありがとう。私、ロアに出会えてよかった」
「…………ああ。おれもだ」
嬉しいセリフだぜ。
それが戦う直前で、それに加えてバチバチ雷電を漏らす幼馴染から言われた言葉じゃなければな。
それとなく客席を見渡すが、見知った顔ばかりで少し辟易している。
勝たなくちゃならん理由がいくつも背中に増えていき嫌な気分になりつつある。あ、スズリじゃん。家族全員来てるし最悪だよマジで。
負けたら大恥だなぁ。
勝たなくちゃならんなぁ。
「……ステルラ」
「なに?」
「いや、なんだ。お前が昔俺に負けたと言ったらしいな」
「…………」
「俺は勝ったつもりはないが、どこで勝った? 教えろ」
「…………やだ」
先程の笑顔とは裏腹に、少し頬を赤く染めて言った。
「え、えへへー……勝ったら教えてあげるよ?」
「言いやがったな。吐いた唾は飲み込ませないぞ」
祝福を起動して、右手に光芒一閃を握り締める。
俺が一度でもステルラに勝った事実があるらしい。
生憎俺はそれを知らないが、この戦いに勝てば合計二回勝利したことになる。それはもう俺の方が強いと言っても過言ではないのでは?
「加減は一切無し。俺は一番強いお前に勝たねばならん」
「────そっちこそ。躊躇いなんて捨ててよね」
スイッチが切り替わったのか、ステルラの瞳が変色する。
翡翠色から黄金色へと、その位階が一つ上がったことを指し示すかのように。
あー、本気なんだな。
本当の本気で俺はステルラと戦うのだ。
手が震え歯がぶつかりカチカチと情けない音を発するが、それを無理矢理抑えつけて言葉を続けた。
「武者震いだぜ」
自分に言い聞かせる。
気迫で負けて堪るものかよ。
ステルラは超強いが、俺もまた、その超強いに勝つためだけに人生を費やしてきた。俺は大嫌いな努力を無価値なものにする訳にはいかん。
「星の輝きはどこまでも遠くを照らし続ける永遠なるものだ。時に目を灼くような閃光を煌めかせることもある」
「でも追いかけてきてくれる。雷鳴が轟き続ける限り、きっとロアは私の場所まで来てくれる」
ああ、その通りだよくそったれ。
どれだけ苦しくて辛くて泣きたくて辞めたくても、俺は絶対に諦めないと誓ったんだ。
「放っておいたらどっかへ消えちまいそうだからな。心優しい俺は幼馴染を孤独にしないために立ち上がったというワケだ」
「それがあの頃の私にとって──…………いや、違うね」
バチバチと身に纏う蒼雷が色づいて行く。
「今もそう。きっと私がどれだけ強くなっても、遠くへ行っても、ロアだけは私の事を忘れない。そういう確信があるよ」
「忘れたくても忘れない。お前は俺の心に傷を残し過ぎだ」
「そ、それは非常に申し訳なく……」
こんなぐちゃぐちゃになった感情を持たされた少年の気持ちにもなって欲しいね。
剣をいつものように霞構えに持ち帰る。
こうなっちまえば後は簡単だ。少し息を整えて、幾度も重ねた軌跡を思い出せ。
「────だから、ここまで来たのさ」
俺一人居た所で何も変わらないかもしれない。
そんな弱音は今でも心の中に眠っているし、ふとした拍子に表に出てくることだってある。
日々自堕落な生き様を晒したいと願っているのに英雄の記憶がステルラの末路を示唆してくるし、努力何て嫌いなのに努力しないと強くなれない己の身を呪うことが毎日だ。
俺の心は決して強くない。
もうとっくの昔に壊れてしまった結果、今の俺を形成したにすぎない。
「……
幼馴染に負け続け、心が弱り英雄に縋った少年。
現実から目を逸らし、起きるかもわからない奇跡に全てを賭けた少年。
逸らした先が地獄のような現実だという事に気が付かないまま、こんな所までやってきた愚かな少年。
「狂った全てを取り戻しに、こんな場所までやってきたんだよ!」
お前に勝って、俺の存在を証明してやる。
英雄の軌跡をなぞって、ただの凡人に過ぎない俺が天才共に食らいつき。
俺が世界の悪意に決着をつけてやるのだと!
祝福に刻まれた魔力を全身に行き渡らせる。
自分の魔力は塵程しかないくせに、他人の魔力は操れるという特異な特技を身に着けた俺の数少ない切り札。テリオスさんのような剣も極めた化け物には効果薄だったが、ステルラにも多少は効くだろう。
「勝負だ! 魔祖十二使徒第二席後継────
ステルラの纏う蒼雷が紫電へ、そしてやがて紫を超え────眩い輝きを放つ極光へと。
「受けて立つ! 魔祖十二使徒第二席一番弟子────英雄、ロア・メグナカルト!!」
両手に莫大な極光を握り締め、ステルラの魔力が急激に増幅する。
お前が俺如きに本気を出そうとしている。
幼い頃から俺の事を無自覚に下し続けて来たお前が、俺のような凡人を相手に本気で戦おうとしている。
口元が歪む。
嬉しいのか悲しいのか、もう俺には判断できない。
それでも胸に高鳴る感覚があるのだから、これはきっとそういう事なんだろう。
「
「
同じ師を仰ぐ者同士、初手は一緒だった。
これを通じ合っていると言うのか定かでは無いが、どことなく奇妙な感覚で繋がったのは確かである。
そして、今解き放とうとした、その瞬間だった。
大地を突き破り、純白の奔流がステルラを飲み込む。
汚れなんてどこにもない綺麗で美しいその白は天高く突き抜けて、坩堝を静寂へと追いやった。
「……………………は?」
俺の戸惑いを飲み込んで、白き奔流が徐々に勢いを失っていく。
『────小僧っ! 今すぐそこを離れろ!』
聞いたこともない、魔祖の焦った声。
だが俺はそれどころではなく、目の前から消えたステルラの行方を無意識に探していた。
奔流が止まった。
しかし、そこに幼馴染の姿はない。
剣の構えを解いて、呆然と空を見上げる。
空か。
まさか、死ぬハズがない。
いやそもそもなんだ今の。
二転三転していく思考の中で、唯一信頼している俺の勘が働いた。
『このまま黙っていたら死ぬ』と囁く。
その直感を信じて、一度全ての懸念事項を頭の片隅に置いて目の前のことに注視する。
奔流によって穿たれた大地。
近づくことを躊躇わせる空気感を漂わせたまま、手が伸びてきた。
割れた大地から人影が這い出てくる。
幼い頃に俺とステルラを襲った件の怪物と相似点のある、それでいて怪物などではないしっかりとした人型のそれ。
俺にとっては、誰よりも長い間見続けてきた呪い。
「────…………『英雄』……」
右手に剣を左手に魔法を。
俺の上位互換たるかつての偉大な英雄が、純白の虚像となって牙を剥いた。