【本編完結】英雄転生後世成り上がり   作:恒例行事

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最終章 真・英雄大戦
第一話


 初めは、空腹が抑えきれない自分の感覚に疑問を抱いたところからだった。

 

 貧しい村に生まれ、幼いながらも大人達が苦心していることを理解していた。国が戦争を始めてしまった影響で軒並み食料資源を献上、貴重な労働力として共存していた家畜も物言わぬ肉となって兵士たちの胃袋へと収まっていく。

 

 若い男────父親は戦場へと赴き、残された女子供に衰えた老人だけで冬を凌ぐ。

 

 食料も足らず労力も足らず暖も満足に取れない中生き残り続けるのは至難であり、当然のようにバタバタと人が死んでいった。

 

 頬がこけ、すっかり弱った身体を無理に動かして畑に向かう母を見送りながら、少年は思った。

 

 不幸なんだと。

 それが当たり前だとは、思わなかった。

 涙を流し苦労を慈しみながら日々人生に絶望するなんて────あまりにも、哀しすぎる(・・・・・)

 

 少年は感じた。

 

 これはおかしいことだと。

 

 少年は思った。

 

 これは覆さなければならないと。

 

 少年は考えた。

 

 どうすれば現実を変えられるのかと。

 

 少年は、実行した。

 

 強くなればいいのだと。

 自分達から食糧や家族を奪っていく兵士たちよりも強く。そんな兵士達を盾とし後方より援護をする魔法使いよりも強く。そんな魔法使いを口先だけで思うがままに突き動かす司令官よりも強く。司令官に命令を下す、国の首相よりも強く。

 

 そして────国同士の衝突を終わらせるのならば。

 

 国そのものを、無くせばいい。

 国が一つだけになれば戦争は無くなるのだと。

 

 あまりにも巨大すぎる願いに、愚かにも手を伸ばし続ける。

 

 そうして戦い抜いたその先に、きっと未来がある。

 誰も彼もが健康に充実した日々を送る事が出来る未来が、きっと全ての先にあるのだと信じて。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 緑一色の不思議な光景が眼前に広がっている。

 

 夢心地と言った感覚でもなく、どちらかといえばズキズキと痛み続ける傷のせいで目を覚ましたと言った方が正しい。

 

 むくりと身体を起こしてから、鼻腔を擽る薬品の香りに顔を顰める。

 野生で長く過ごしていた影響か常人よりも優れた嗅覚にとって、この独特の香りは不愉快に分類されるものだ。まあ今更好き嫌いで身悶えるほど幼くはない。努力は嫌いなので否定するけど。

 

 そしてわずかに香る嗅ぎなれた匂い。

 視線をずらせば、俺の寝ていた布団に突っ伏す幼馴染の姿。

 

 身体の状態から察するに……一日か二日ってところか。

 筋肉の衰えとか同じ体勢をとり続けた影響から、大体どれくらいの時間が経過したのかを悟る。

 

 そして地面が土なのから見て取れるのは、ここは急拵えの場所。

 テントか何かで外と区別してるだけの、なんの変哲もない一室だ。

 

 よだれを垂らしてだらしない顔で寝ている幼馴染の頬を突っつきながら、今の状況を考える。

 

 大まかに三つほどか。

 

 一つ目は首都を襲った連中について。

 二つ目は師匠、それにエミーリアさんの生死。

 三つ目は現状がどうなってこれからどうするか。

 

 襲ってきた敵────ほぼ確実に英雄を殺したやつで間違いない。

 正体までは知らなかったが出てきた連中から察するに、死んだ人間を魔力で再現する趣味の悪いやつ。英雄、将軍、聖女、剣聖、傭兵、狩人、その他複数。

 

 “記憶“の中で見た相手は誰一人としていなかったから、英雄の最期の一撃は無事に直撃していたらしいな。それでもなお死んでいなかった辺りが最悪だ。

 

 復活はしないが個の戦闘能力が高く、しかも魔力に物を言わせてゴリ押しを可能とする。魔力は理論上無限供給で、倒すには本体を倒すしかない。前の本体はグラン当主本人だったが、今回は誰なんだ? 

 

 他にも情報は集めないとダメだが、とりあえずこんなもんだろ。

 

「………………ふぁ……」

 

 ステルラがあくびのような何かを呟く。

 瞳は閉じているので寝ていることは確定だろうが、俺の看病でもしてくれてたのか。夢のシチュエーションだな、現実が追い詰められている事実から目を逸らせば。

 

「ステルラ、起きろ」

「ん〜〜…………」

 

 ゆさゆさ揺らすが目を覚さない。

 頬をムニムニしても無反応、それどころか指に頬を擦り付けてくる。動物かな? 

 

 肩を揺らすものの反応はない。

 こうなっては放置するしかないな。確認したいことと考えなければ行けないことは腐るほどあるが、仕方ない。

 

 起こさない程度に頭を撫でる。

 座する者へ片足突っ込んでから魔力で適当に美容を保っているのか、サラサラで触り心地のいい髪だ。いつまでも撫でていられるし、許されるのならば顔を突っ込んで匂いを嗅ぐくらいのことはしたい。

 

 ずぼずぼ髪の毛に指を突っ込む。

 もぐら叩きみたいで楽しいと思った。

 

「…………っ…………」

 

 ……本当に寝てんのか? こいつ。

 今一瞬呼吸のリズムずれてたぞ。

 

 半分くらいは俺のせいかもしれんが、もしかして寝たふりしてやがったな。その上で俺の行動を見過ごして弱みでも握ろうとしたか、愚か者め。 

 

 ため息を吐いてチラリとステルラを見る。

 

「ステルラ。本当はおれ、みんなに隠してる秘密があるんだ」

「えっ」

「やはり起きていたか」

「…………あっ」

 

 一瞬でつれた。

 こいつに腹芸は無理なのだと改めて理解させられた。

 

 口元をゴシゴシ制服で擦って、ステルラは椅子に座り直す。

 

 いや汚ぇよ。

 流石の俺も好きな女の涎は触れたくねぇよ。

 

「お前は本当に残念な女だな」

「なっ、なにおう!」

 

 頬を赤く染めて威嚇してくるが、そういう細かい部分で減点されていることに早く気がついてほしい。でもこいつが完璧な女になったらモテるだろうし、俺以外にステルラの魅力がわかるのはムカつくから一生変わらなくていいぞ。

 俺はハーレムを築くけどお前はだめだ。

 

「まあいい。状況はどうなった?」

「ん〜とね。あの日から三日経ったよ」

「…………そうか」

 

 三日も経ったのか。

 

「うん。……………………師匠、だよね」

「ああ。教えてくれ」

 

 俺の表情から珍しく察したのか、聞きたい言葉を吐いたステルラ。

 

 死んだのか、死んでないのか。

 今の俺にとって大切なのはそれだった。

 俺を庇って死ぬなんて絶対に許さない。死んでも許さない。どこまでも追いかけて謝罪させてやる。

 

「…………まだ(・・)、生きてるよ」

 

 苦虫を噛み潰したような表情で言う。

 

 まだ(・・)────そこに何らかの意味を含んでいるのは明らかであり、死んでないだけで生きているとは言えない状態なのか。魔力に身体を変換して生きながらえているとか、そういうオチじゃないだろうな。

 

「ううん。人の形を保ったまま、まだ生きてる。…………でも……」

 

 歯切れ悪く顔を逸らす。

 死んでないだけマシ、か。

 

 …………安堵するには、まだ早い。

 

「師匠はどこにいる」

「そんなに離れてないテントで治療受けてるけど……」

「連れて行け」

 

 痛むのは左足だけ。

 こんなのは負傷に入らない。バッドコンディションとすら言えない、ちょっと犬に噛まれた程度だ。

 

「だめだよ、治るまで安静にしてなくちゃ」

「いいかステルラ。こんなもの怪我の内に入らん」

「えぇ…………」

 

 布団をどけて、血まみれの包帯に包まれた状態の足を見る。

 力は入るし、神経とかそこら辺は繋がってる。これで動かないようだったら流石にお手上げだったがそう言うわけでもないし、問題はない。

 

「服を寄越せ」

「え────……わ、わああっ!?」

 

 布団の下、俺は下着しか付けていなかった。

 別にそのまま公然猥褻男になって師匠の場所まで行ってもいいんだが、流石に衆目がある場所で肉体美をひけらかす趣味はない。

 

 下着は濡れていなかった。

 これは非常に大事だった。

 

「ろ、ロアのえっち!」

「いや、誰がどう見ても俺は悪くないんだが……」

 

 いいから服くれよ。

 夏が過ぎて秋とはいえまだまだ暑さはなくならず、でも少し肌寒くなってくる頃合いだ。このくらいの季節になると風邪ひきやすいからな(実体験)。

 

 ステルラがあたふた周囲を探すが、どうやら服はないらしい。

 血まみれのホワイトシャツ、血まみれの制服(ズボン)があった。何でそのままにしてんだよ。でも着ないという選択肢は存在しないので、乾いてパリパリ剥がれる血を落としてから着用した。

 

 姿見なんて贅沢なものはないからステルラにどうだと聞いてみたが、そっと目を逸らされた。まあ血塗れだしな、そりゃあ目を逸らしたくもなるだろう。俺だって好きな女が血塗れだったら嫌すぎるよ。

 

「よし、連れて行け」

「急病人と勘違いされるかも……」

「足に穴空いてるんだし同じようなもんだ」

「怪我のうちに入らないんじゃなかったの!?」

 

 ええい、やかましい奴め。

 ステルラを華麗にスルーして、テントから外に出る。

 夕刻と言ったところか、怒号と悲壮な叫びが轟く野営地は控えめに言って地獄の様相だった。

 

【英雄】の記憶で嫌になるくらい見たが、やはりいいものではない。

 

「……で、どこにいる」

「もー……本当に、大丈夫なんだよね?」

 

 そっと袖を掴むステルラ。

 

「ああ。何も問題はない」

「…………死なない?」

「死ぬわけないだろ」

 

 死のうとしたが死ななかった。

 だからまだ死なない。次の戦いでは死ぬだろう。

 

「……テオドールさんがね、言ってたんだ」

 

 げ。

 

 顔を俯かせ、絞り出すような声色でステルラが言う。

 

「ロアが命を捨てて、何かを撃とうとしてたって」

 

 ぎゅ、と袖を握りしめる。

 血で赤黒く染まったシャツは変色を極め、すでにホワイトとは呼べなくなっている。周りを歩く人がぎょっとした顔で俺たちを見るが、触れない方がいいと思ったのか離れていった。なんだその気遣いは。

 

「…………ね、ロア」

 

 すっかり俺の方が高くなってしまった身長差から、上目遣いで俺を見上げてくる。

 

「教えて欲しいな。ロアの────……」

 

「ロアの、全部を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おやおや、寝坊助ヒーローじゃないか」

「ぶっ飛ばすぞくそ赤毛」

 

 後でみんなの前で話すと約束をして、師匠が治療を受けていると言う場所まで足を運んできた。

 

「はっはっは、師の恩人に対してなんて口の利き方だ! 今なら僕の指先一つで全てを変えられるんだぜ」

「黙りなさい、下種が」

 

 マリアさんの手によって強制的に黙らされたアルベルトが地面に埋没したのを確認しつつ、俺はガラスの向こう側にいる師匠へと目を向けた。

 

 ここだけ病院と遜色ない医療設備に加え、それらに囲まれた中心で力なく横たわる一人の女性。

 美しかった白銀の髪は赤黒の血液に染められ、肩口から胸あたりまで切断された(・・・・・)傷口。左腕は半ばから欠けて失っており、生きているのかと疑わしくなるくらいの状況だった。

 

 胸の上下すら確認できず、正直なところ、俺から見て……死んでいると言われても、納得できるくらいだ。

 

 そんな俺の機敏を察してくれたマリアさんが言葉を紡ぐ。

 

「臨時診療所すら無い状態、避難が完了して間もないくらいにエイリアス様は運ばれてきました。正確には出血多量で気絶した貴方と共に、テオドール・A・グランの手によって」

 

 テオドールさんには感謝してもしきれないくらいだ。

 おかげさまで命を繋ぐことができたし、まだギリギリ取り戻せるかもしれない程度で済んでいる。

 

「当然回復魔法────十二使徒仕込みの魔法を発動したものの、効果を発揮せず。傷口が魔力を吸収しどこかへ運んでいくのを見て、正直なところ…………打つ手なしと判断しました」

 

 そうか。

 師匠は英雄の剣によって傷を負った。

 左腕を回復しなかったのも魔力吸収によって阻害されるからであり、つまり、英雄の剣には魔力を吸収する効果が付与されていた。

 

 性格の悪いやつだ。

 

「お通夜ムードを破壊したのは僕ってワケさ」

「……遺憾ながら、ええ、非常に遺憾ながら、この下種の力を借りることにしたのです」

 

 滅茶苦茶罵倒されてんじゃん……

 マリアさんもそう言う部分あったんですね。いやまあトーナメントの時点でアルベルトに嫌悪を向けてたけど、ここまでとは思わなんだ。

 

 恍惚とした表情を浮かべながら起き上がったアルの顔はベコベコに歪んでいたが、マリアさんがわざわざ治療していた。自分で治すもんだと思っていたが、どうやらそうはしない事情があるみたいだ。

 

「僕の魔法、相死相愛(アリシダ)の効果は覚えているかな?」

「なんとなくは。…………あ?」

 

 アリシダは確か自殺魔法。

 大元が殺せない超越者を殺すために開発されたもので、アルベルトが持つのは死ぬ機能を破棄して安全性をそこそこ引き上げたやつ。確かに、理論上は双方が死ななければ死なないという条件が付くが……

 

「……そう上手くいくものか」

「簡単ではなかったさ、勿論ね。共有するべき対象を一つ一つしらみ潰しに消していかないと、流石に僕もこんな傷を共有したら死んじゃうからねぇ」

 

 ヒラヒラと手を振るアルに怪我はない。

 

「これには魔祖の力も借りたんだ。残念なことに、この魔法を一番知ってるであろう人は死んだから」

「…………エミーリアさんか」

「うん。魔力反応が消えちゃったからね」

 

 瞠目する。

 エミーリアさんは、死んだのか。

 

 テオドールさんの言葉に加え否定しない師匠。

 あれだけ条件が揃っていればバカでも気がつくだろう。グランのお転婆姫様とやらはエミーリアさんの事を指し、また、アステル・アルスの両名の足止めを行なって死んだのだと。

 

 そうか、グランか。

 ならあの人が昔取っていた行動も、なんであんな場所で出会ったのかも、納得いくものであり。

 

 統一国となってからずっと働き続けたのはつまり────

 

「…………ははっ」

「なんだ」

「すごい顔してるぜ」

 

 余計なお世話だ。

 

 ふざけやがって。

 煮えくり返る腸を強引に押し込む様に手を握り込み、奥歯が不愉快なくらい軋んでいるのを堪える。

 

 失敗した。

 ああ、認めざるを得ない。

 俺は何もかもを間違えて、今この最悪な状況を生み出した。俺が弱くても駄目なやつでも、しっかりと記憶の事を伝えておけばよかったのだ。ロア・メグナカルトなどではなく、【英雄】アルスの記憶を持つ少年として師匠に出会っていればこんなことにはならなかった。

 

 取り返しのつかないミスをしたんだ。

 

「…………どれくらい持つんだ」

「僕の魔力? 大体あと三日ってところだね」

 

 理論上アルベルトが魔力を補充し続ければ切れる事はないが、今は戦時中。満足に魔力供給が出来るとは思えないがゆえの回答だろう。

 

「そうか。…………ありがとう」

「ん、どういたしましてだ」

 

 虚ろな目で天井を見上げる師匠から目を離して、テントの外へと出る。

 

 茜色に染まる空と僅かに紅が混じり始めた木々。

 街とすら呼べないただの山に設置されたこの野営地の喧騒は途絶えることなく、常に誰かが忙しなく駆けている。

 

 後悔しろ。

 懺悔しろ。

 噛み締めろ。

 

 俺が弱かったせいで引き起こされた地獄だ。

 俺だけはわかっていた筈の敵を誰にも伝えなかったから、俺の個人的なプライドなんてものを優先したがゆえに起きたんだ。

 

 俺はおれである必要はない。

 

【英雄】になるんだ。

 誰に請われたわけでもなく、それがこの記憶を持っている人間の役目だろう。

 

「あ、あのさっ、ロア」

 

 無言で耳を傾ける。

 

「ロアはさ、すごいよ。私は子供の頃から何やってもアレだったけど、その……ロアはねっ、出来ない事を出来るようにするのが、本当にすごい」

 

 出来ない事が出来るようになる。

 それ自体は大変喜ばしい事だし克服したという概念は美しいが、そんなものなんの慰めにもならない。現実は何かを克服した程度で変えられる程矮小ではないのだから。

 

「私は、弱い人間だから、その…………怖いモノには立ち向かえないし、嫌いなモノは避けたい。だから私、ロアのこと尊敬してるんだよ?」

 

 違うんだ。

 俺は嫌いなことに勇気を振り絞り立ち向かっている訳じゃない。

 ただ、やらなくちゃいけないと分かっている事が嫌いで、現実は待ってくれない事を知っているからやるだけだ。お前みたいに誰も彼もを救えるような強さが無いから、それ以外のどうでもいい些細な事に目を向けているんだよ。

 

 強くなりたい。

 そうだ、強くなりたかったんだ。

 強くなれば、なんだって出来るから。弱いままでは出来ない事が出来るようになって、こんな惨劇が起きないように対策を立てて。

 

 誰にも負けないくらい、強く……

 

「…………そうは、ならなかった」

 

 強くなれなかった。

 おれは、おれの範疇でしか強くなれなかったんだ。

 

 それが現実なんだ。

 

「ステルラ」

「……うん」

 

 きっとお前は、俺が何に憤っているのかわからないだろう。

 

 この憤りは俺にだけわかればいい。

 俺が、とにかく俺を恨み続ける為に必要な火種だ。

 

「魔祖は今、どこにいる」

 

 すべてに決着をつける。

 

 英雄の因果もおれの人生も何もかも――――俺こそが、【英雄】なんだから。

 

 

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