【本編完結】英雄転生後世成り上がり   作:恒例行事

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第十話 口火を切る

 

 視界が明ける。

 

 夕刻も過ぎ、水平線の彼方に沈み行く太陽が眩く光っている。

 全身に叩きつけられるような風に目を細めながら、眼下に広がる赤黒い障壁へと目を向けた。

 

 坩堝を満たしていた障壁とはまるで違う。

 確かに何もかもを遮るであろう見た目だが、とてもじゃないけど綺麗なモノには見えない。どす黒い負のイメージカラーだぜ。

 

「やれそうか!?」

 

 僅かに耳が捉えた怒声、テオドールさんのものだ。

 現在落下中であり風圧が喧しく、周りの確認も十全に出来ない状態だが────他の連中はきっと余裕なんだろう。あ~あ、こういう細かい部分で不自由なのが本当に気に食わない。魔力で瞳を守ればこのくらいどうってことないのにな。

 

「やれます!」

 

 左手に持った魔剣を握り締める。

 

 握り締めた感触にそこまで大きな差は感じない。

 それでもなんというか、どこか不気味な雰囲気を放っている。魔剣という名を与えられているだけあり、これはもう呪いになったんだろう。

 

 狙いを定めて一振り、さあ綺麗に障壁を解除だと行きたい所なんだが……

 

「ステルラ! なんとか俺の眼を守れ」

「あ、うん」

 

 近くにいたステルラに声を張り上げ任せる事にした。

 自分にできない事は他人に頑張ってもらう事で極力無駄をなくす俺の得意技能はここでも役に立ってくれた。

 

 背中に温もりを感じるのと同時に顔に叩きつけられていた風が弱まる。

 心地よく感じる程度のそよ風に変貌したので、ここまで手助けしてもらえれば外すことはない。

 

「大丈夫そう?」

「ああ。それよりなんでお前抱き着いた?」

「えっ……そっちの方がやりやすかったから」

「……そうか」

 

 魔法ってそんな感じなの? お兄さん才能無いからわかんないや。

 

 障壁に接触するまで残り十秒と言ったところか。

 高高度から落下を始めたので、そのエネルギー全部を叩きつければ流石に上手くいくだろう。こういう力のやり場が非常に少ない面倒な状況で全力を出すという事だけは幼い頃から学び続けて来たから身体が覚えている。

 

 ゆえにその感覚に従い。大きく振りかぶった剣のインパクトが一点に集まる様に集中し────よし、行ける。

 

「俺が吹っ飛びそうになったら頼む」

「任せといてよ!」

 

 三、二、一と心の中で唱え、障壁そのものを遮断するように魔剣を叩きつける。

 

 斬る、というより割る。

 俺の予想だと斬ることは不可能だ。

 削った傍から修復する仕様だとぶっちゃけ勝ち目がないんだが、わずか一点だけでもいいから穴があけばいい。粒子の領域でも構わん、それだけ空いてればあとは超越者共に任せられる。

 

 障壁に激突した瞬間、腕を伝って全身に満遍なく衝撃が行渡る。

 空中で逃げ場がないから一瞬で骨が砕け散った感覚が生じ、両腕に亀裂が走って出血した。幸いにも制服で隠れてるから周囲に見られてはいないが、多分ステルラにはバレたな。

 

「ぐ…………!」

 

 歯を噛み締めて痛みを堪え────いや、痛すぎ。

 そりゃそうなるよな、高い所から落ちてその勢いを全部ここに籠めたんだ。そりゃあこうもなる。魔力で強化してる訳でもないし。

 

 幸か不幸か、こういう不十分な状態でもしっかりと力を入れられるくらいには痛みに耐性がある。

 

 ゆえにそのまま押そうとしたのだが……

 

「ちょっとロア! 先に言ってよ!」

「無茶言うな」

 

 かなり圧縮された会話だが、おそらくステルラは『そういう風になるなら事前に言ってくれれば身体強化を付与する』という意味で、俺は『冷静に考えればわかる事だったがこの状況で無茶を言うな』という意味。

 

 これで通じ合うの特別感あっていいだろ? 

 

 両腕に灯る淡い光が傷を修復していくのを感じ取る。

 相変わらず気持ちの悪い感覚だがすっかり慣れたものだ。普通の魔法使いに比べて肉体を酷使しすぎているので、この戦いが終わったらゆっくり休ませてやりたいと思う。俺の脳も休みたいと言っている。

 

 ぐ、と力を込める。

 空中という踏ん張りの効かない状態でも、俺が破らなければ全ての作戦が破錠する。

 だからと言ってここで命を投げ捨てる技を撃つわけにもいかず、どうにかこうにか極力消耗しないようにこの硬すぎる壁に穴をあける必要がある訳だ。

 

 押し当て続けても穴が開かない事はわかった。

 ならば方法を変えるのみだ。強固な盾を破壊するのに剣を用いるのならば──……おそらくこれがベスト。

 

「ステルラ! 足場!」

 

 展開された魔力を踏みしめ、ほんの少しだけ態勢を整える。

 

 狙うべきは一点。

 寸分の狂いもなく同じ部位を破壊し続け、ほんのわずかな空白状態を作れればいい。

 内側からの攻撃に対して強力なのは間違いないが、外からの刺激に関してはそれなりの筈だ。そう信じたい。

 

 一息いれて、両手で握り締めた魔剣を振るう。

 

 刹那に幾重もの斬撃を放つ。

 奥義などと呼べる大層なものではないが、剣技だけならばかつての英雄に追いついたと多少は自負しているのだから、この程度出来なければならん。

 

 たとえアイリスさんが天才でも、テオドールさんが剣技で俺を追い抜こうとしても、テリオスさんに負ける事があったとしても────剣技だけは俺が唯一分捕れる領域だ。ここだけは誰にだって譲りたくない。

 

 そんな俺の信念は置いてけぼりに、たった一度の攻防で抜ける訳もなく。

 当たり前だと飲み込んでから再度剣を振り抜く。そこに揺れも乱れもない、ただ一点のみを貫こうと押し続ける。

 

 魔剣が悲鳴にも似た高音を奏でた。

 許容量を大幅に超えているのだろう。

 振りかざせば振りかざす程消滅していく魔力、最早無限に近しいコレにぶつかり続ければやがて限界が来るのは此方。バキ、パキ、と嫌な音が軋み始めるのを認識しつつも手を止めることは無い。

 

 ────ここだ。

 

 これ以上は魔剣が持たない。

 だからこそ、今この瞬間削り続けた一点を完全に穿ちぬく。

 継続して与え続けたダメージは蓄積し、あとは火力を集中させるのみ。

 

 右手に刻まれた祝福が光る。

 ステルラから分けて貰った魔力は十分にあるしアルスとの戦いにも十分備えられた。手早く破壊して乗り込もうじゃないか。

 

 斬撃を解き放つとともに、魔剣が砕け散る。

 

 赤と黒の軌跡を残しバラバラに砕け散った刀身を見送って、背中にくっついてたステルラが魔法を起動した。

 

「跳ぶよ────!」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 視界が開けた時、ルーチェ・エンハンブレの目に映ったのは崩壊した都市だった。

 

 薄暗く、夕刻になるというのに陽の光が差しこまず不気味な空気に包まれた首都。

 完全な暗闇というわけでもなく、気味の悪い明かりが全体を覆っていた。建物の多くは崩れ落ち、かつては中心に聳えていた学園もすっかりその荘厳な見た目を損なっていた。

 

「────っ、とと……すみません、まだ飛べないんですね」

「……悪かったわね」

 

 相方として選ばれた一つ年上の女性──魔祖十二使徒第三席(・・・)、ルーナ・ルッサに悪態混じりの謝罪をする。

 

 宙ぶらりんで情けない格好だが、自分自身の力で飛べないのだから仕方がない。

 空を自由に駆けることは許されていないのだ。

 

 ────足手纏い。

 

 心に翳りが出来るのを感じ取り、それでも構わないと傲岸不遜に態度を改める。

 

 そうでもしなければ、何も成せない自分がいる。

 だから頭を下げて覚悟を示し、己のアイデンティティすらも投げ打ってこの場に来たのだ。たとえこの命が尽きたとしても役割だけは全うして見せるのだと誓っただろう。

 

 頭を小さく振り思考を入れ替えて、ルーチェは冷静に眼下を観察した。

 

 崩壊した都市を跋扈する白い怪物。

 大地を埋め尽くす軍勢だと話には聞いていたが、首都内部はそうでもないようだ。ぽつぽつと点在する連中は一体なんの意図があるのか、周辺を不気味に徘徊するばかりで空に浮く此方への殺意など一向に見せることはない。

 

「随分鈍いのね」

「……そんなことは無かったと思いますが…………」

 

 ルーチェの呟きにルーナが歯切れ悪く反応する。

 

 第三席を継いで以降、何度も戦場に出た彼女は怪物達を何百何千と撃破した。

 師から受け継いだ紅蓮を用いて幾度となく燃やし尽くし、彼女が前線に立っていた東地方の一部は完全に焼け焦げ不毛の大地と化した。

 

 木々も植物も、果ては山すらも焼き飛ばした。

 それなのにも沸き続ける怪物達に辟易していた程────なのに首都内部は、信じられないほど静かだった。

 

「おかしいですね」

 

 ロアが障壁に穴をあけ、その隙間に捩じ込むように座する者がテレポートを発動。

 それぞれ相方として選ばれたメンバーを抱え所定の座標に移動した、そこまでは完全に作戦通りだ。障壁が想定よりも硬いというトラブルはあったが、それもロアが単独で解決した。

 

 そして想定ならばここで戦闘が各地で発生する────筈だったのだが……

 

「……音がしません。どこからも戦闘音が聞こえない」

 

 坩堝へと飛んでいった二人はともかく、学園周辺に飛んだ上級生三人組とヴォルフガング・ベルナールコンビはド派手にやっていてもおかしくない。特にヴォルフガングとベルナールはわかりやすく大暴れする手筈だったので、そこにルーナは疑問を抱いた。

 

「どこも似たような状況なんじゃないかしら」

「そうだとは思います。……ふむ」

 

 片手をルーチェから離して炎を灯らせる。

 

 魔力に反応するのならこれで気が付かれるかと試したが、眼下の怪物達は動く素振りを見せない。

 

 それならば、と炎を燃え上がらせて──そのまま、地上へと解き放った。

 

 全力で放てば首都丸ごと吹き飛ばすくらい造作もないが、それをすると仲間が全員巻き込まれるのでそうすることはない。紅蓮を司る彼女にとって、全力で戦える環境とは、仲間がいない孤軍奮闘の状況だった。

 今のように仲間達と協力して戦う場合、その力は大きく制限されることになる。

 

 それでも────魔祖十二使徒を継いだのは、伊達や酔狂ではない。

 

 ──ボッッッ!! 

 爆音と共に広がった爆発は大きく、周囲の建造物を吹き飛ばしながら怪物達を飲み込んでいく。

 手加減をしてもそのくらい造作もないのだと誇ることもなく、ルーナはその状況を確認し、改めて違和感を胸に抱いた。

 

(攻撃にすら反応しないとは……)

 

 そのまま焼け付いた大地へと降下していく。

 既に魔力へと変化していった消し炭を見送り、所々が融解した道路へと足をつけた。

 

「……どういうこと?」

「私にもわかりませんが……」

 

(どちらにせよやることは変わらない、か……)

 

 戸惑いを隠さないルーナを見て、ルーチェは結論を出す。

 敵が不可解な動きをしていたとしても、こちらがやることは変わらない。あくまで遊撃であり、囮であり、陽動。本体(?)が眠るであろう坩堝へと移動し全てを終わらせるのはロアとステルラで、自分達は露払いに徹するのみだ。

 

 右足から冷気を噴出させ、ぐつぐつ煮えたぎる道路を静かに鎮圧する。

 

「…………燃えたままじゃ、アンタの所為なのが確定するでしょ」

「遠回しすぎませんか? その気遣い」

 

 戦いが終わった後のことを話すルーチェに呆れを示しつつ、ルーナは小さく口元を歪めた。

 

 そうだ。

 やることは変わらない。

 敵に不審な動きこそあっても、こちらがやるべきなのは戦闘なのだ。

 

 ド派手にぶちまけて人型を寄せ付け、可能な限り撃破する。

 

 それが英雄(ロア)に託されたことだから。

 それが想い人(ロア)の為にやりたいことだから。

 

「ツンデレというやつですね。私にもやったってことは、ルーチェさんは私のことが好きということで間違いなさそうです」

「ぶっ飛ばすわよクソ女」

「誰がクソ女ですか! クールぶったコテコテのツンデレのくせに」

 

 睨み合う二人が魔力を高め、やがてそれが各々の魔法へと変換される程になったときに────爆発と閃光が二人を包み込む。

 

 ドッ────ドガガガガガッ!! 

 

 周囲のことなど何も考えていないであろう破壊の炎。

 山河を焼き尽くし地平を打ち砕く爆閃は続け様に幾度となく放たれ、首都そのものが焦土と化しても厭わない。何もかもを焼き尽くすという意志が込められた紅蓮(・・)を解き放った張本人は、静かに姿を現した。

 

 崩壊していない建物の屋上に佇む一人の影。

 

 目も髪も服も、何もかもが真っ白で不気味な物質で構成された人。 

 無表情そのもので立ち尽くし、消え失せたであろう二人に対し右腕を翳し──さらに追撃を放つ。

 

 紅蓮(スカーレット)

 

 炎属性魔法における特異点。

 通常扱われる炎魔法がただ燃やすことに観点を置いたものに対し、この魔法は爆発を織り混ぜることで対象を徹底的に破壊することを目的としている。

 

 かつてのグラン帝国において開発された魔祖の手が入っていない魔法であり、公爵家に代々伝えられてきた一子相伝の魔法だった。

 

『────…………』

 

 無言のまま、無表情のまま、意志があるようには見えない真っ白な人形(ヒトガタ)の右手が煌めく。

 

 刹那、紅蓮が放たれる。

 焔が光り輝き、空間そのものを歪めていると認識するほどに高められた魔力が惜しげもなく、たった二人の人間を消し飛ばすためだけに放たれた。

 

 その煌めきは障壁内部を全て埋め尽くすほどの衝撃と威力。

 

 もしもそれが十全に放たれていれば、きっと障壁内に侵入した人間は形すら残らず蒸発していただろう。それどころか、この首都は二度と人が立ち入ることのできない区域へと変貌していたかもしれない。

 

「────紅蓮(スカーレット)

 

 それは許さないと遮断する声と共に、消し飛ばされた筈の人間から放たれた魔法。

 

 同じ輝き、同じ炎、同じ響き。

 一子相伝の紅蓮を受け継いだ彼女(・・)の一撃は、首都を消し飛ばす紅蓮に対抗して見せた。

 

 衝撃を撒き散らしながら霧散していく魔法を見送って、人形は不気味に見据える。

 

「……そんな気はしてました。きっとそうなんだろうなと、そうなってしまうのだと」

 

 爆発で生まれた煙を振り払い、熱で融解した地面も気にせず踏み出す。

 屋上で佇んだままの人形に視線を向けながら、()魔祖十二使徒第三席────紅月(スカーレット)を冠するルーナ・ルッサは呟く。

 

「お師匠が死んだ。その報告を受けた時点で、こうなることはわかっていましたから」

 

 その瞳に光はない。

 しかし、絶望が宿っているわけでもない。

 

 無表情のまま、ルーナは堂々と立ち塞がる。

 

「貴女は私が滅ぼします。これ以上、誰も殺させません」

 

 かつて自身の愚かさから両親を失った少女は、ありとあらゆる因縁を飲み込み親殺しを決意した。

 

紅蓮(スカーレット)は、人殺しの魔法ではないのだと────証明して見せましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、爆炎に巻き込まれたかに見えたルーチェは更に北の地点で息を吐いていた。

 

 閃光が煌めくその刹那、人智を超えた反応でルーナに投げ飛ばされた。

 彼女の目が捉えられたのはそこまでだったが、小さい身なりでも自分なんかよりよっぽど強いから心配するだけ無駄だ。現に今、近寄りたくないくらい高まった魔力が二つ衝突している。

 

 ────もし、お母様が死んでいたら……

 

 エミーリアだけではなく、ローラ・エンハンブレも死んでいたとしたら。

 

 そこまで考えてルーチェは思考を切り替える。

 たらればに過ぎない話で現実では起きてないこと。考えてもしょうがないことだが、もしもそうなっていたらとゾッとする。

 

 少数の犠牲でここまで抵抗を成し得ているのは超越者たちの力があってこそで、その力が敵に回った場合どれだけ不利になることかをあらためて実感した。

 

 空中で身体強化を掛けることで無傷だった彼女は瓦礫から身を起こす。

 崩れた建物に突っ込み更に粉々に打ち砕いてしまったが、後で復興するから許してほしいと内心愚痴を吐き、周囲を見渡した。

 

「──見計らったように湧くじゃない」

 

 ぐちゃぐちゃと、不愉快な音を立てて沸いてくる怪物。

 その敵意は全て自分に向けられており、殺してやると明確な殺意となって降りかかっている。

 

 その全てを受け止めて、ルーチェは瞠目した。

 

 力は与えられた。

 誰かからの借り物でいい気になるのなんて、無様なだけだ。

 それでも、そんな無様な姿を晒してでも成し遂げたいことがある。

 

 そう言い続けた男。

 傍目から見れば才能があるようにしか見えないのに、その実誰よりも才能がない。磨き上げられた剣技はそれしか無いが故に高められたもので、それすらも借り物でハリボテだと自嘲する情けないやつ。

 

 一度戦闘を始めれば、絶対に負けてたまるかと闘志を燃やしてくるやつ。

 

 ────あんたも、こんな気持ちだったの? 

 

 己の身に刻まれた祝福が呼び覚まされ、冷気が滲み出る。

 それは世界全てを包み込むような極寒の魔法、魔祖十二使徒と呼ばれる程に高められた究極を受け継いだもの。欲しくてしょうがなかった魔法が、この手で自由自在に扱える。

 

 決して、ルーチェ・エンハンブレの才能ではない。

 

 それなのに、どこか高揚してしまう。

 それが情けなくて、悔しくて、嬉しい。

 感情がぐちゃぐちゃに乱れていることを自覚しながら、ルーチェは自嘲した。

 

「今の私は──…………強いの」

 

 この身に刻まれた祝福に誓う。

 負けることなど許さない。これ以上敗北を重ねてなるものか。

 こんな、人間を殺すためだけに生まれてきた悪意の塊なんかに! 

 

 冷気と共に魔法が発動する。

 

 水を極めた男の祝福と、氷を極めた女の祝福────その両方を授かったからこそ放てる唯一。

 

 本来の彼女では到底到達できない領域。

 

 水が凍りつき氷と混ざり合って、白く煌めく美しい冷気となって周囲へ伝播していく。道路も瓦礫も怪物も、空気すらも凍り付かせる息吹は瞬く間に広がり──やがて、術者も凍り付かせるであろう諸刃の刃となる。

 

 身震いと共に白い吐息を吐き出して、ルーチェは薄く笑みを浮かべた。

 

絶対零度(フロストバイト)────こんな空気か……」

 

 薄氷と蔑まれた己はもういない。

 

 才能がなくたって構わない。

 この身が凍りついても止まるつもりはない。

 与えられた才能を裏切らないように、戦い続けてやる。

 

「……思ってたより、いいもんじゃないのね」

 

 息苦しさが鼻腔を満たし、突き刺すような痛みが肺を刺激する冷気の中で、静かに呟いた。

 

 

 

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