私は中澤太郎。大学生だ。これは少し前に経験した少しだけ奇妙な物語だ。
ある夏の日。お盆辺りだっただろうか。あの日の私はとても疲れていた。学業、アルバイト、友人関係…。生きるのが嫌だと感じるほど生きることが嫌になってしまった。死のうと思ってもダメだという理性に負け、結局辞めてしまう。明日が来ないで欲しいと思っても次の日は無慈悲にやってくる。そんな日のことだった。いつも通りの帰り道、いつもよりもアルバイトが長引いてしまい、いつもよりも帰るのが遅くなってしまった。私の住むアパートは川の近くにあり、土手を渡ると近道になる。その日の私は帰るのが遅くなったのもあり、早く帰るため、その土手を渡っていた。夏場だったからか、あたりはまだ少し明るく川が流れているのを確認できた。
「ここに飛び込んだら、楽になれるのかな。」
私は大きな溜息を着きながら、そう呟いた。飛び込もうと近づいても、恐怖心が勝ってあと一歩が踏み出せなかった。はぁと大きく溜息をつき、帰ろうと足を動かす。二、三歩歩いたところで、私は足を止める。土手が二手に別れているのだ。何度かここを通った事があるが、前は一本道だったはずだ。さらによく見ると、別れている方の道には真っ赤な花が咲いていた。後で調べてわかったことだが、そこに咲いていたのは彼岸花、別名、『死人花』とも呼ばれる花だった。普段だったら気味が悪くて、絶対に行かないが、あの日の私は気が滅入っていたからだろうか、興味を惹かれてしまった。何となく、死ねると思ったのだろうか。私は、その道の方向に足の向きを変え、歩いていった。
五分くらいだっただろうか。一人で歩いていくと、目の前に一軒の小さな喫茶店が現れた。屋根に、木の板で手描きだろうか、『狐亭』と看板があった。私は特になにも考えず、その喫茶店の扉を開けた。カランカランと心地よい鈴が店の中に響き渡った。店の中はとても混みあっていた。よく見るとお年寄りから、スーツを着たサラリーマン、私と同じような学生、私よりも若い、少年もいた。私は席が空いて居ないと思ったので立ち去ろうと扉に手をかけた。
「カウンター、一席空いているよ〜。」
後ろから声が聞こえ、振り返るとカウンターから一人の女性、いや少女が私に声をかけていた。その少女をよく見ると、和服とメイド服を足して二で割ったような服を着ていた。確かによく見るとカウンターの奥の一席が空いていた。私はそこへ座った。
「何を飲まれますか?」
私は特に何も考えずカフェオレとその少女に私は注文する。その少女はかしこまりました、と言って戻っていく。さっきは気づかなかったが、その少女に耳が生えているようにみえた。私は気の所為だ、と思い頭を振った。店内を見渡すと店の至る所にたぬきの顔のようなお面があった。カウンターの内側にある棚には瓶に入ったお酒だろうか、何があった。
「お待たせしました。」
ぼーっとして、店内の様子を観察して待っていると、さっきの少女がカフェオレを持ってきてくれる。私は口をつける。普段なら熱いと思うかもしれなかったがその時は熱いと感じなかった。とても美味しい。それだけは鮮明に覚えている。改めてよく見るとその少女以外に店員と思われる人がいない。
「カフェオレ美味しいですね。ところで、あなた以外に店員さんって居ないんですか?」
私はその少女に問いかけた。
「あぁ、ありがとうね。豆にもミルクにもこだわっているし、淹れ方も気を付けているからね。そうだね。つい、この間まですごく暇だったんだけどさ。最近すごく忙しくて。上にも何度か言ってるんだけどさ。中々受け入れてもらえなくてね。」
その少女は頬をポリポリとかきながら応えてくれた。今まで気づかなかったが、改めてよく見るとその少女の瞳の色がそれぞれ違った。オッドアイと言うやつだ。女性に今まで心を惹かれたことがなかったが、この少女に少しだけ心を惹かれてしまった。カフェオレをちびちび飲んでいるといつの間にかその少女は違う客の接客に行ってしまっていた。その少女は忙しそうに動き回っていた。私は申し訳ないと思い、カフェオレを一気に飲み干した。
「お会計お願いします。」
私はその少女にそう言った。はーいとその少女は走ってきた。
「会計はこちらになります。お名前お聞きしてもよろしいですか?」
その少女は一冊の分厚い本を開きながら私にそう聞いた。私は少し面食らった。いきなり名前を聞かれると思わなかったからだ。
「中澤太郎です。」
私な少し疑いながらそう名乗った。
「中澤太郎…えーっと、あぁ、迷い人か。」
私の名前があったのだろう。本のある所で指が止まる。
「迷い人?」
私は疑問に思い、首を傾げた。
「あぁ、関係ないよ。今回のお代無料でいいから。」
「でも…」
「但し、次きた時はきっちりとお代もらうからね。君に次は無いんだから。」
その少女の気迫に思わず頷いてしまう。私は追い出されるように扉を開け、外へでた。そこは見覚えのある、帰るために通っていた土手だった。さっき通った時とは違い、彼岸花の咲いた道はなかった。私は狐につままれたような感じになった。
その後のことはあまり覚えていない。覚えているのは次の日、少しだけ気分が良かったことだけだ。今も学業も、アルバイトも友人関係も決して良いとは言えないが、あのときのように気に病むことがなくなった。また、あの日以来、あの土手へ行っていない。また、あそこへ行けばあのカフェオレが飲める気がするが、同時に彼女が言っていた『君に次は無いんだから。』という言葉が私にあの土手に行かせるという気持ちを無くしているようなきがする。あの小さな喫茶店、『狐亭』に次に行くのはいつになるのだろうか。でも、次に行くのは何十年も先になると直感が、言っている。
読んでくださりありがとうございました。貴方様もいつか、行くことになるかも知れません。