三玖の説得に見事に撃沈した俺は、教室に戻り、まだ帰り支度をしていた百合香を発見し、勢いよく声を掛けた。
「百合香っ!!」
「きゃっ!」
ただ、その行動が百合香を驚かせたのか、可愛らしい悲鳴を上げながら後ろへ二、三歩後ずさらせた。
「百合香!?・・・・・・貴方、百合香に何を・・・・・・」
百合香の悲鳴に気づいた同じく帰る支度をしていた五月が、百合香の元まで急いで駆けつけてきて、俺のことを鋭い眼差しで睨んできた。・・・・・・地味に怖いな。
「大丈夫よ五月。少し驚いただから。・・・・・・でも、出来れば声をかけるなら普通に声をかけてほしかったわ」
「わ、悪い。ちょっと事情があってな・・・・・・」
「そう。五月、少し風太郎くんと話があるから先に帰ってていいわよ?」
「え?ですが・・・・・・」
まるでケダモノでも見るような目つきで俺を見てくる五月。俺のことそんなに嫌いなのかよ・・・・・・。
「大丈夫だから、先に帰ってなさい・・・・・・」
「・・・・・・わかりました」
結局百合香に押し切られたらしく、五月は先に教室を出て行った。あいつといると色々疲れる。
「それで、どうかしたのかしら?屋上には行ってきたの?」
「それが・・・・・・」
毎度のことのように、俺は百合香に屋上での出来事を説明した。説明を聞き終えた百合香は『やっぱりね』と言いながら微笑んだ。毎回思うが、この笑顔は正直目に毒な気がするな・・・・・・。
「三玖は恥ずかしがり屋だから、こうでもしない限り今朝の問いには答えられなかったのよ。それに、溜め込みたく無い性格でもあるから・・・・・・。だから今回、三玖は風太郎くんを呼び出したのだと思うわ。でも、まさか呼び出し場所が屋上とは思わなかったけどね」
「笑い事じゃ無いだろ!?あいつの要求通りに行ってみればいきなり、今朝の解答言われるわ、大したことないって言われるわ散々だったんだからな!?」
「あら?でもそれは風太郎くんがその三玖が言った逸話を知らなかったことがそもそもの原因じゃないかしら?」
ふっと笑う百合香に俺は何か言い返そうとしたが、結果何も思いつかなかった。事実だからな。確かにそうだ、あの時俺がすんなり答えていたらこうはなっていなかった。
「それはそうだが・・・・・・じ、じゃあ百合香は知ってるのかよ!?鼻水にまつわる逸話を!」
「鼻水ね〜?あ、分かるわ!それだと、多分いし・・・・・・」
「待て!言わなくて良い!」
百合香が答えを言いそうになり、俺は咄嗟にそれを止めた。自分で振っておいてなんだが・・・・・・。
確かに百合香に答えを教えてもらうのが一番手っ取り早い。三玖ともすぐに打ち解けられることも容易だろう。だが・・・・・・。
「(それだと俺のプライドが許さん!何よりあいつに”この程度”って言われた事がまじで気にくわん!絶対に誰の力も借りずにあの
「風太郎くん?」
「時間取らせて悪かったな!じゃあな!」
キョトン顔になる百合香を置き去りに、俺は颯爽と図書室へ向かった。もちろん目的は歴史の勉強だ!図書室にある歴史の参考書などを片っ端から集め、ひたすら読みあさった。・・・・・・絶対に三玖よりも歴史知識が上だってことを証明してやる!
その日の俺は三玖への対抗心と闘争心が尋常ではなかったようで、いつも以上に勉強に集中できていた気がした。
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視点 三人称
それから二日後、充分に戦国知識を叩き込んだ風太郎は改めて三玖に再戦を申し込んだのだが、三玖には思いっきり振られて、終いには逃げられる始末になってしまった。それでも諦められなかった風太郎は、運動不足な自身の身体に鞭を打って三玖を追いかける事にした。その時、何故かはわからないが、三玖が【戦国武将しりとり】と言う、しりとりでお互いに戦国武将の名前をラリーし合うと言う簡単なゲームを提案してきた。意味がよく分からなかった風太郎だったが、自分の磨いてきた知識を見せつけるいい機会だと、乗っかる事にしたのだ。
こうして、”学校内を一人の男子学生が一人の女子学生を追いかけながら互いにしりとりをし合う”と言う、何とも珍妙な光景が出来上がった・・・・・・。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・長宗我部元親」
「か、金森長近・・・・・・」
「川尻・・・・・・秀隆・・・・・・」
「くそ・・・・・・片倉小十郎・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」
「上杉景勝・・・・・・ふぅ・・・・・・ふぅ・・・・・・」
「まだかよ!?つ・・・・・・津田信澄・・・・・・」
「し、しつこい・・・・・・三好・・・・・・長慶・・・・・・」
「おい・・・・・・いい加減こっちも限界・・・・・・・・・・・・島津・・・・・・・・・・・・豊久・・・・・・・・・・・・も、もうだめだ・・・・・・・・・・・・」
「真田・・・・・・・・・・・・幸村・・・・・・・・・・・・私ももう・・・・・・限界・・・・・・・・・・・・」
長い事続いていたしりとりも、二人に体力の限界がきた為、終了となった。疲れ切って動けなくなった二人は、とりあえずと近くのグラウンドのベンチに腰を下ろし、息を落ち着かせた。
「何で・・・・・・そんなに必死になるの?」
「さぁーな?俺にもよくわからん。・・・・・・ほら、これ飲めよ」
「ん?これって・・・・・・」
そう言って風太郎が渡したのは、先ほど自動販売機で買ってきた三玖が大好きな抹茶ソーダだった。
「鼻水は入ってねーぞ?・・・・・・ってな?」
「っ・・・・・・」
「これって、石田三成が大谷吉継の鼻水が入った茶を飲んだって言うエピソードからとったんだろ?」
「・・・・・・正解」
「この逸話を見つけるのに何冊読んだことか・・・・・・」
頭に手を添えながら、今までの苦労を振り返ってる風太郎を尻目に、三玖は静かに抹茶ソーダを口に含んでいた。
「ま、最後はたまたま居合わせた四葉に調べてもらったんだけどな・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・四葉に話したの?私が武将好きだってこと・・・・・・」
抹茶ソーダを飲む手を止め、声音を低くしながら風太郎に問う三玖。
「言ってはいないが、何でだ?他の姉妹には言ってないのか?俺から言わせて貰えばそれは立派な特技だと思うがな?」
「百合香以外には言ってない・・・・・・」
「は?何でだよ?」
「百合香はお姉ちゃんだからと言うこともあるけど・・・・・・百合香ならどんな私でも笑って優しく受け止めてくれるからかな?一花達に言えないのはね?・・・・・・・・・・・・私が五人の中で一番落ちこぼれだからだよ・・・・・・」
「落ちこぼれ?」
抹茶ソーダを横に置き、膝を抱えながらそう自分を戒める三玖の姿は、どこか悲しげだった。風太郎はこの時、まだ自分ははっきりと三玖のことがわかったわけではないと言うことを実感していた。前に風太郎が三玖に対して、『自分の好きなものに自信を持て!』と言ったが、それは見当違いもいいところだった。三玖は”自分の好きなもの”に自信が無いのではなく、”自分自身”に自信が無いのだ。
「あの五人の中であればお前が一番優秀だ。テストの点だって一番良かっただろ?」
「フータローは優しいね」
「ど、どんぐりの背比べには変わらないがな!」
「それでも、私程度に出来る事はみんなにだって出来る。姉妹だもん。でも、私は一花みたいに明るく誰にでも接するだけのコミュニケーションは出来ないし、二乃みたいに家事が出来るわけじゃない。それに四葉が得意な運動もできないし、五月みたいにしっかりしてない・・・・・・」
「・・・・・・」
「それにね?百合香みたいに病弱なのに私たちには辛い顔なんて一切見せずに笑顔でいてくれるような強い気持ちと優しさ、私たちを将来に導いてくれるような安心感も・・・・・・賢さも・・・・・・私にはない・・・・・・」
話すにつれてどんどん表情が暗くなっていく三玖。そんな三玖に風太郎はポケットから取り出したある紙を見せた。
「・・・・・・?この前のテスト結果?」
「これを見て何か気が付かないか?」
「え?・・・・・・・・・・・・あ、私たち五人が正解した問題が一問も被ってない?」
風太郎が取り出した紙は、先日中野家で行ったテストの結果が載った用紙だった。その内容をよく見てみると、平均点こそ20点代なものの、三玖達五つ子の正解している問題が一つも被っていなかったのだ。つまり・・・・・・。
「そうだ!確かに今はまだお前ら五人は赤点候補の問題児だ。だが、俺はここに可能性を見た。・・・・・・三玖、さっき言ったことをもう一度言ってみろ。自分にできることは何て言った?」
「・・・・・・?私にできることはみんなにも出来るって・・・・・・」
「なら、それを裏返して言ってみろ」
「・・・・・・”みんなに出来ることは私にも出来る”?」
首を傾げながら三玖はそう言った。
「そう言うことだ。他の四人にできることは三玖、お前にもできるってことだ!一花も二乃も四葉も五月も・・・・・・そして三玖!お前も含めて五つ子全員が100点を取れる潜在能力を持ってると俺は信じてる!だから・・・・・・言ってやる!お前ら五つ子、そして百合香を全員笑顔で卒業させる!いいな!」
座っている三玖の目の前に仁王立ちし、高々と宣言する風太郎。側から見れば、これはただ自分の理論と屁理屈を言ってるだけに過ぎないのだが、それでも三玖には風太郎の気持ちが伝わったようだった。
「ふふ・・・・・・何それ?屁理屈・・・・・・。五つ子とその姉を過信しすぎ。・・・・・・と言うか、百合香は風太郎が教えなくても卒業はできると思うよ?」
「わ、わかってるわ!」
顔を紅潮させながら叫ぶ風太郎を、笑いながら見る三玖の姿は、どこか清々しいもののように映って見えた。