『ウオォォオオオオオッ!!』
戀鬼が雄叫びを上げる。
紫、隠岐奈は既に息が荒くなっていた。
「このままじゃ・・・」
「確実に、此方がやられるな・・・」
地上は死者の群れで溢れて来た。戀鬼も最早妖怪の山を遥かに超える程に大きくなり、その度に新たなぶ武器を増やす。
『母上ェ!!親王様!!ご覧くだされ!我等こそが、正に幻想郷の支配者!!スキマ妖怪も、秘神も、全て敵ではない!!我等が新たなる世を創る!!我等がこの狂った世界を────』
道尊は勝ち誇った。笑い声を上げて、勝利が目前である事を告げようとした。
しかそ、そんな余裕は崩れ落ちた。
チリンッとその場に鳴り響く、鈴の音。
『動け・・・動くんだ・・・その鈴の音・・・う、うぐぅ!?』
道尊は異変に気付く。鈴の音が鳴り響いてから、戀鬼の肉体のコントロールが、徐々に奪われて行ったのだ。
霊夢達は、戀鬼の様子が可笑しくなった事に気付いた。その証拠に、先程まで猛威を振るっていた戀鬼は止まり、死者の群れもまるで夢を見ているかのように立ち止まったからだ。
そして霊夢達は、鈴の音が響いた方向を見た。
其処には、一つの大きな鈴を手にした麟が立っていたのだ。
「麟!アンタが止めてくれたのね!」
「お前なら何とかしてくれるって思ってたぜ!なあ麟、話が・・・麟?」
霊夢と魔理沙は異変に気付く。麟は鈴なんて持ち歩かない。そして、その体から発する気配は、明らかに麟の物ではない。
「『親王様。この鈴の音を、お忘れで御座いますか?』」
麟が声を出す。それは、麟の声ではなかった。
「・・・もしかして麟さんは、イタコの技を!?」
「成る程。でも、誰を憑依させたのかしら?」
妖夢と鈴仙は冷静に、麟の違和感が何なのか見抜いた。
そして、戀鬼に向かって、麟に憑依した者は歩き続ける。
『ウゥゥゥゥウウウオオオオオアアアッ!!』
戀鬼が腕を伸ばし、麟を掴む。麟は捕まったまま空中へ上げられた。
「『この鈴は、親王様がお気に入り、そして私にくださった思い出の品物なのです。死して尚、ずっと大事にお持ちしておりました』」
『あお・・・ね?青音・・・か?』
「『私を思い出してくださったのですね!?親王様・・・』」
麟の姿が変化する。それは、四十代前半の女性で、平安時代の日本の女性貴族が着ていた着物を身に付けていた。
そして、戀鬼は麟を掴む手を離し、掌で立つ麟を、麟に憑依した青音を見つめていた。
軈て、青音の前に現れたのは、一人の男。平安時代の帝の服装を身に付けた男性だった。かの男が、桓武天皇により謀反の罪を着せられ、不遇の死を遂げて怨霊となった『早良親王』である。
『忘れるものか・・・忘れられる筈が無い・・・』
早良親王は、青音と向き合った。
青音は、早良親王が無実の罪で死した後、怨霊となった早良親王を鎮める儀式に立ち合い、桓武天皇と共に新たな都(後に平安京と呼ばれる)の誕生を見届けた。そして、青音は早良親王の後を追うように亡くなり、しかしその霊魂は未だに早良親王の事を思い続けた。千年もの時を越えて、漸く二人は再会を果たしたのである。
『数千年・・・それほどまでに、私を・・・』
『はい』
そして、青音は早良親王にある事を伝える。
『親王様。もし親王様と再会出来る日が来れば、是非に伝えて欲しいと帝様が』
『兄が?この私に何を伝えよと?』
早良親王の穏やかな顔が、再び怒りに染まる。眉を寄せて、口調も荒い。
早良親王にとって、兄である桓武天皇は最も憎き存在。そんな相手が、一体自分に何を伝えようとしていたのか。
『『すまなかった弟よ。あれは誤りであった』と』
『っ!?』
早良親王は驚愕した。自分を死に追いやった兄からの伝言が謝罪とは、全く思わなかったからだ。
『帝様はずっと悔やんでおられたのです。親王様を無実の罪で死なせた事を、ずっと悔やんでおられたのです』
『何だそれは・・・・・・今更許してくれだと!?何を勝手な事を!!私に藤原種継を殺した罪を着せて、絶食により無実を訴えたにも関わらず、淡路島へ島流しをした!!そんな兄が今更私に謝罪だと!?ふざけるな!!ふざけるな!!』
早良親王の言葉に、その話を聞いていた霊夢達は何も言えなかった。
特に萃香や紫、隠岐奈は何とも言えない歯痒い気持ちになっていた。早良親王が無実の罪を着せられ、都を呪う様を、この目で見てきたのだから。
『私は決して許さぬ!!許すものか!!』
怨念と怒りを込めた言葉を放つ早良親王。
『オオオオオォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!』
戀鬼が咆哮を上げる。幻想郷の大地を震わせ、天から雷を落とし、幻想郷各地を噴火させる。
しかし、麟は、麟に憑依した青音は怯まない。
『ならば親王様!この国を、民を滅ぼす事が、貴男様の望む事なのですか?貴男様はこの国を愛している筈です!』
『・・・青音』
『・・・親王様。私と共に新たなる世へ参りましょう。此れからはずっと二人。青音はもう、一時も、親王様のお側を離れませぬ。例え親王様に何があろうと、青音が側に居ます。ずっと・・・ずっと・・・』
『ずっと二人・・・青音と共に・・・』
早良親王の顔が、穏やかな表情に変わっていく。もうその顔には、恨みは全く宿っていない。それが分かる程に、穏やかな表情になっていたのだ。
そして、戀鬼もその場で膝を着き、その目から涙を流し始めた。戀鬼もまた、早良親王の恨みが無くなって動かなくなろうとしていた。
しかし、此処で邪魔が入る。
『なりませぬ!なりませぬぞ親王様!親王様と共にあるのは、この道尊でありまする!我が母上の怨念と共に───』
『空気読めよこの馬鹿!』
しかし、早良親王の横に現れた道尊に、麟が掴み掛かる。
『ええい離せぇ!親王様!親王様!』
『・・・もう良い。私は、もうこの世に恨みは無い』
『なっ!?』
『ぐあっ!』
早良親王の言葉を聞いた道尊は、麟をその場に投げ飛ばした後に、早良親王に問い掛ける。
『何を仰います!?あの時の恨みをお忘れですか!?』
『忘れはしない。忘れはせぬが、もう私にはどうでも良い事なのだ』
『愚かな事を、愚かな事を申されてはなりませぬ!は、母上!』
道尊は宝玉を取り出した。すると、宝玉から一人の女性が姿を現す。紫色髪を持つ、霊夢や麟そっくりな女性だ。
『母上は同じ事を申されませぬな!?あの時の恨みを、父上と母上を失った、あの時の恨みを!!』
『・・・恨みつらみは消えないわ。でも良いのよ。この幻想郷を見て、もうあの時のような世界では無くなってるって理解出来たわ』
『馬鹿な・・・・・・母上!!親王様!!お二人揃って愚かな事を申されてはなりませぬ!!さあ、我と共に、この幻想郷を征し、外の世界をも我等の力で征するのです!』
『だから余計な事すんなぁ!!』
『邪魔じゃあ!』
『があっ!!』
麟が道尊の背中に飛び乗り、彼の首を絞める。しかし、道尊は麟の腕を掴んで再び戀鬼の掌の上に投げ飛ばした。麟は道尊に投げ飛ばされ、背中から掌に叩き付けられる。
『親王様!!母上!!さあ!!』
『我が心は、青音と共に・・・』
『道尊・・・貴男には、恨みに囚われず、幸せに生きて欲しかった・・・』
しかし、道尊の望まぬ答えが帰ってきた。
『親王様?母上?ま、まさか・・・我を裏切るおつもりですか!?』
道尊は二人に寄り添おうとする。しかし、二人の体をすり抜けてしまう。
『親王様!!母上!!』
道尊の言葉に聞く耳持たず、青音の元に歩み寄る早良親王。そして、二代目博麗の巫女である霊亜は、麟の元へ歩み寄る。
『道尊を楽にして上げて・・・あの子をあの道に進ませたのは私の罪・・・貴女達の手で、彼を・・・恨みから解放して欲しい・・・』
『分かりました』
『・・・ありがとう』
そして、霊亜の身体が光に包まれていく。
『・・・幻想郷よ。私を解放し、青音と会わせてくれて、感謝する』
『感謝致します・・・親王様、さあ・・・』
『共に居よう。青音・・・』
そして、早良親王と青音はお互いに抱き締め合い、霊亜と同じく光に包まれていく。
そして、戀鬼はその体が光り、無数の黄色い光の粒子となって、周囲に光の粒子を撒き散らしていく。
気絶した道尊が地面にゆっくりと仰向けに降り立ち、麟も気を失いながらもゆっくりと地面に降り立った。
「霊亜・・・親王様、青音さん・・・」
「三人とも、安らかにな」
紫と隠岐奈は、成仏する三つの魂にそう告げた。
戀鬼の体から漏れた光の粒子は幻想郷中に降り注ぎ、地面に落ちたそれは、季節を無視した様々な花を咲かせるのだった。
次回、長い後日談の最終回となります。その後、漸く花映塚編になります。