10話
「………んん、またかい」
蒼空が美鈴の仇をとってから数ヶ月が経った。幸いにも一柳隊やアールヴヘイムの面々はあの時の事について深く話していないらしく、何も問題なく蒼空は世界最強の『熾天使』様を続けられていた。どうやら夢結や梅が根回しをしてくれていたらしく、それぞれに貸しを作っている状況である。
「ぐがー…………zzZ」
蒼空が自室のベッドで目を覚ませば、隣では梅が寝息を立てている。最近ではもういつものことになっているが最初は間違いでも犯したのかと蒼空は焦りに焦った。しかしそんなことはなく、ただ蒼空を抱き枕にしているだけと分かったので好きにさせている。
「梅なりに心配してくれてるんだろうね。ちょっと長すぎだけど」
起こさないように梅を彼女のベッドまで届けるといつも通りに訓練場で素振りを行う。しかし、ここでも前とは違う光景が広がっている。
二水がCHARMを持って立っているのだ。
「お願いします!!」
「それじゃあいつでもどうぞ」
「やぁぁぁ!!!!」
二水が突撃して来るのをグラトニーで軽く弾き返す。
「踏み込みも良くなったし度胸も付いたね。スタートラインには立てたようだ」
「まだまだ、足りませんっ!!」
『夢結様を止める時、私は何も出来なかったんです……皆さんは『鷹の目』があるから役に立ってるって言ってくれたんですけど、それだけじゃダメって思ったんです!!だから、私に稽古をお願いします!!』
『君の覚悟、受け取ったよ。いいよ、明日の朝5時に訓練場においで。あとまずはその鼻血止めようか』
「知識タイプの君だからこの言葉を送ろう、考えるな感じろ。さあ……もっと打ってこい!!」
朝のルーティンが少し賑やかになった。数十分ほど打ち合いが続き、二水が力尽きるように倒れた。
「うぅ……限界ですぅ……」
「お疲れ様。これ以上は授業に響くから、また明日ね」
「は、はいぃ……」
お姫様抱っこで二水を部屋まで運ぶと、同室の子が苦笑いしながら出てくる。もう顔馴染みの領域だ。慣れた手つきで二水の格好を整えているのを見て蒼空は部屋を後にする。
「蒼空様、おはようございます」
「やぁ鶴紗ちゃん。良い朝だね」
訓練の後は朝食まで散歩の時間だ。庭に出て適当に足を進めていると猫に囲まれている鶴紗に出会った。これも最近よく見かける光景だ。
「……また、話していいですか」
「いいよ」
鶴紗は世界最強と謳われるリリィが自身と同じブーステッドリリィだという真実を知り蒼空に興味を持った。初対面の印象があまり良くなかったので最初のうちは若干避け気味だったのだが、G.E.H.E.N.Aへの不満や愚痴をこぼしていくうちに懐いていった。蒼空が案外聞き上手だったというのもありすぐに仲良くなった。
「蒼空様はなんでリリィに?」
「おー、聞かれそうで今まで聞かれなかったことだね」
「そうなんですか?」
「ほら、僕って一応世界最強とか言われてるんだけど、それだけ強ければそりゃリリィになるよね、って勝手に思われてるんだよ。そしてそもそも遠巻きから見るばかりで話しかけてこない」
「あぁ……」
簡単に言えば人気者は辛い、ということだ。
「まず前提として、リリィになる前の僕のスキラー数値って22しかないんだよね」
「えっ……それじゃあCHARMの起動も出来ないんじゃ……」
「出来なかったねぇ……幾らマギクリスタルに触ってもびくともしなかったんだからあの時は素直に諦めたよ。で、大人しく実家に帰ったら家族も家も全部無くなってて後ろからヒュージに小突かれて気絶、なぜか生きてて目が覚めたら
「まさか」
「そっ、人工的にスキラー数値を引き上げる人体実験の被験者1号になった。まあ詳しくは言わないけど、まだ一人目を試してる途中なのに研究者の一人が成果が出ないって怒り始めてブーステッドリリィになりましたっと。あ、リリィにすらなれなかったんだからただの改造人間だね」
いやーあの時の研究者の顔は今考えたら傑作だったなー、などと笑っている蒼空だが、鶴紗は何も笑えない。どれだけ強かろうが、どれだけ世界の希望となろうが、人ひとりが人体実験の被害にあっていることは紛れもない事実なのだ。
「ここから先はちょっとグロ注意な話になるけど聞きたい?」
「……お願いします」
悪魔の誘いだったかもしれない、しかし鶴紗は聞くことを選ぶ。同じブーステッドとしてじゃない、『天宮蒼空』という一人の人間をもっと知りたいとそう思ったのだ。
「僕はブーステッドスキルとして『アルケミートレース』と『ドレイン』を持っている。でも僕のレアスキルは『カリスマ』じゃない、おかしいよね。大気中の負のマギを吸収する『ドレイン』を『カリスマ』で浄化し正のマギにしないとリリィは狂化してしまう」
「じゃあ蒼空様はマギ保有量が少なすぎて狂化しなかった…?」
「いや、狂化はしたよ。でもマギ保有量が少なすぎて普通の狂化より弱いから処分も後回しにされてさ、弱いからって女の子を廃棄施設に放り込むかね普通……」
悲しい目をしながら遠くを見つめる蒼空に、鶴紗は内心同情してしまう。流石に、自分も廃棄施設にポイ捨てされたようなことはなかったからだ。
「でも、そこでこの子と出会った」
「ッ!!」
いつのまにか蒼空の右腕が怪物の口に変わっている。グラトニーだ。
「……『人工ヒュージ搭載型CHARM』、試作機にして失敗作だったこの子は僕が捨てられた廃棄施設でたまたま見つけたんだ。CHARMとしてはナマクラも同然、マギの需要と供給のバランスがおかしくてね。そろそろマギが足りなくなって絶命するところだった」
「CHARMが……死ぬなんて」
「狂化して処分されかけた僕と元々死にかけてたグラトニー、生存という共通目的があった僕たちは最後の希望として契約を行った」
「契約?」
「端的に言えば、右腕をあげるから君の力を僕にくれってね」
「…………え?」
絶句したような表情をした鶴紗。何をどうしたら、リリィにもなっていない普通の少女がその発想に至れたのか、鶴紗は理解ができなかった。
「そりゃまあ狂化してるくらいだし冷静じゃなかったんだよあの時は。でも、結果的に僕とグラトニーは相性が良かった。『ドレイン』は使えなくなったけど、その能力はグラトニーに……って、まあいいか。そんなこんなで運良く強くなった僕はその研究所をぶっ壊して、職員も皆殺しにしてこの百合ヶ丘に編入して来たって感じだね」
「はっ、えっ、ころ………」
「おっと……口が滑ったね。今でこそ『熾天使』なんて呼ばれているけど、後ろ暗いこともあるんだよ。表に出してないだけでね」
「…………何も思わなかったんですか。G.E.H.E.N.Aに対して」
「え?過激派と関係者は見つけ次第皆殺しにするけど」
「……そうですか」
何を当然のことを?みたいな声音で断言されれば鶴紗はこれ以上言うことはできない。
「リリィになる人間は、みんな何かしら抱えてるものだよ。だから……」
「だから……?」
「もっと気楽に行こう。使命とかそういうの全部取っ払った先にあるものを見にいくべきだよ」
「……蒼空様は見たことあるんですか。その先にあるものを」
「先日のあの姿がそうかな」
『堕天使』を使った蒼空の姿は誰がどう見ても純粋な人間だとは思えない。恐怖が支配していたあの空気で、鶴紗は自分が感じていた違和感の正体に気づいた。
「自由、なんですね」
「……自由、自由か。なるほど、それは君の目標にするといい。僕にその言葉は似合わない」
「はぁ……?」
「さて、辛気臭い話をしてしまったけどそろそろ朝食の時間だ。行こうか」
「はい。あぁ、それと蒼空様、夢結様から伝言なんですけど」
「うん?」
メールを使えばいいというのにわざわざ伝言なんて、と思う蒼空だったがまあ夢結だしなぁと勝手に納得している。
「放課後に百由様の工廠に来てくれだそうです。梅様もくる?らしいです」
「分かった。わざわざありがとね。それじゃあごきげんよう」
「はい」
◆
鶴紗からの言伝通り、百由の工廠にやってきた蒼空。なんとなく尋問まがいな詰めかたをされるのは分かっていたが、今まで説明も無しに振り回してきた自覚がある蒼空は無抵抗でいようと心に決めていた。
「ごきげんよう夢結、百由。待たせたね」
「ごきげんよう。私も着いたばかりよ」
「私は結構待ったわ」
部屋に入ると、2人が椅子に座って蒼空を迎え入れた。
「それで、要件はなんだい?」
「……」
「夢結が言わないなら私が言うわよ」
「…………お願い」
そう言うと夢結は顔を俯かせて黙りこくった。
「単刀直入に聞くわ。蒼空、貴女の体っていつから
「この学園に来る前から。正確にいえば僕がリリィとなったその時から、かな」
「美鈴様はその事を知っていたの?」
「もちろん」
「ッ」
「どうして……私たちには何も相談してくれなかったの?」
迷いのない回答に夢結は唇を噛み締め、百由も少し不安げな表情でさらに問う。
「何も変わらないからね。不用意に僕の事情に巻き込むのも良くないし、なにより……」
「なにより?」
「美鈴様だけが
「「蒼空……」」
蒼空は一瞬、昔の口調と表情で語るとすぐにいつもの顔に戻った。2人は今の言葉が蒼空にとって1番の本音であると理解してしまった。
「聞きたいことはそれだけかい?だったら僕は戻るよ、二水ちゃんの訓練メニューを考えてあげないといけないからね」
「待って!!」
背を向けて去ろうとする蒼空を止めたのは、今にも泣きそうな表情の夢結だった。
「私達じゃ……貴女を救えないの……?」
「無理だよ。僕はとっくの昔に救ってもらった。今はもう救う側だからね」
「……そう」
「泣かないでくれよ夢結。君から心配されるのは嬉しいけれど、君が一番心配すべきはシルトだろう?次からちゃんと相談するから」
「ええ、でもあまり期待しないでおくことにするわ。蒼空は嘘つきだから」
「あれ、そんな昔の話今持ち出すのかい!?夢結のケーキ食べたのは本当に悪かったと思ってるよぉ」
「もう気にしてないわ。聞きたいことは聞けたし私は行くわ。梨璃に呼ばれているの。ごきげんよう」
「うん、ごきげんよう」
まだ険しい表情の百由そっちのけで昔話を始めかけた蒼空と夢結だが、夢結が用事があるのですぐ去って行った。残された蒼空も退出しようとしたが、百由に止められた。
「本当に嘘つきよね蒼空」
「百由にはわかる?でも夢結には本当に申し訳ないと思ってるよ」
「理事長に蒼空の事を聞きに行ったけど、なんて答えたと思う?」
「『全て承知の上だ』かな?」
「そうよ」
百由はため息を吐きながら目頭を押さえた。
「私にくらい本当のことを話してもいいと思わない?」
「思うよ。いつだって世話になった皆んなには本当のことを話したい、でも内容が内容だ。そのリスクを君達に背負わせるわけにはいかないんだよ」
「美鈴様には背負わせてよかったということ?」
「……そうとも言えるし違うとも言える。まあ最近迷惑をかけっぱなしだし少しは話すよ。アールヴヘイムには少し話したけど、僕は夢結に隠し事がある。それも本人が知れば絶望に咽び泣くくらいの、ね」
「それほどの事なの?」
「美鈴様が死んだ日の真実。あれ別に優しいほうだよ?」
「ッッッ!!!!」
蒼空の衝撃発言に思わずティーカップを取りこぼした百由。蒼空が気を利かせて中身ごと机に魔法で戻したが、あまりの衝撃に言葉が出ないようだ。
「だから夢結には精神的な成長が必要だった。少なくとも感情の昂りでルナティックトランサーが発動しない程度にはね。どうしようかと悩んでいたけれど、まさかシュッツエンゲルの契りを交わしているとは夢にも思わなかったからさ。梨璃ちゃんが夢結を支えてくれるならもう僕が手を差し伸べる必要もなさそうで良かったよ。まだ弱いけど、いつ真実を知っても梨璃ちゃんがいる。それだけで夢結が救われるんだよ。本当に救いを求めているのは夢結の方なのだから」
「……傲慢よ」
「傲慢さ。傲慢になれるくらい、力を得た。得てしまったんだよ」
「ノブレスオブリージュってことね。じゃあその責任を果たしてもらいましょうか。これなに?」
百由がモニターを操作し、曇りガラスが透過されたことで中身のダインスレイフが姿を現した。
「夢結のダインスレイフ。美鈴様が破損した自身の得物の代わりとするために少し細工した事でバグが発生した欠陥品さ。ちなみに美鈴様が死に至る傷を負った9割以上の原因だね」
「……そういうこと」
「まさかヒュージに影響を及ぼすとは思ってなかったよ。CHARMが負のマギを循環させれるのも予想外だったけれど、そもそもあのギガント級がネストに戻れるとも考え付かなかった。それでもまあ、本当に小さなバグだよ。リリィ1人分の、どうしようもなく小さな……ね」
それからダインスレイフについて蒼空の見解を述べると、蒼空は部屋を後にした。
「だからこそ、美鈴様の不始末は僕が解消しないといけないんだ。