「あー……気にしないで。ちょっとマギ不足と寝不足なだけ……」
結梨との邂逅からさらに時間が過ぎた。忙しさで首が回らなくなっていた蒼空だったが、結梨との約束通りまあまあな頻度で会いに行っていたことで生命線であるマギの補給にすら行けていなかったのだ。さらに、回数は減ったが四姉妹へマギの譲渡をしていたのもまた原因の一つだ。
(自分で始めた物語とはいえ、政治がこれほど面倒だったなんて思ってなかった……ああもう全部しっちゃかめっちゃかにしてや……れるわけないよねぇ)
蒼空はイライラしていた。単に寝不足による集中力の欠如はもちろんのこと、少々
「最近学園に居ない方が多いぞ蒼空、少しくらい休めないのか?」
「うーん、まだちょっと難しいかなぁ……でも明日さえ乗り切ればなんとか、というところさ」
明日はいよいよ戦技評議会、今年は結梨が在籍しているので各機関の動きが余計に活発になっている。その対処のための蒼空はさまざまな対策、そしてある計画を遂行するために必要な事項を煮詰めていた事により疲労困憊な今の状況になったのだ。
「なぁ……殺してるのか?」
「うん?…………ああ、もちろんだよ。僕の本質的な敵はヒュージじゃないからね」
「そっか。なんでもない、じゃあ今から一柳隊で集まりがあるんだ。だからじゃあなー!!」
「ごきげんよう」
梅が6割ほど蒼空の計画について知っている。いや、気づいていると言った方が正しい。でも蒼空も梅もお互いに何も干渉していない。梅は蒼空が頑固で何を言っても自分を曲げないことを確信し、蒼空は梅に自分をどうにか出来るほどの力はないと分かっているからだ。だからこそ、2人の歩幅に明確な違いがあるからこそ、2人はただ仲のいい親友であれるのだ。
「止まれない、止まるわけにはいかない。娘まで利用してるんだ……もう全ては手遅れなのだからね」
13話
「始めるよ御前」
「いよいよですか……よろしいのですね?」
「ああ、やっとこの日が来た。この世界を楽園に作り替える日が……」
戦技評議会が終了した翌朝、早朝。蒼空は御前と共に百合ヶ丘を見下ろせる高台で時間を待っていた。
「貴女様が今日まで作り上げてきた全てが、無に帰りますわ」
「今更さ。失って、失って、失い続けて……今日に来たんだから。それにお前も本望だろう?妹とようやく同じになれる。そしてその果てに待っているのは一時の世界平和だ」
「……それはその通りですが」
死した後に強化リリィとして蘇った御前は、凶悪な人格に変貌していたがこの通り普通の人格のように見える。それは暴走している御前に対し蒼空が
「心変わりした、なんて言わせないよ御前。お前は自ら僕に着くことを選んだ。僕の全てを聞いて尚、全てを受け入れて僕の元に来たのだから、死すら共にしてもらう」
「分かっております。私の全ては貴女様のもの、一度死したこの命。2度も3度も変わりませんわ。ですが、分かっておられるでしょう?貴女様にはもう守るべき大切な人が」
「御前」
「…………出過ぎた真似を、申し訳ございません」
「すまないね、少しピリピリしているんだ。良い変化だよ御前。生前の人格が少しずつ浮き出ている。肉体は魂の入れ物でもあるけれど、魂を補完するために肉体は必要不可欠……削れた魂を肉体で補強しているから影響されているんだろう」
「そんなことどうでもいいのです……もう、どうでもいいのですよ」
蒼空が水筒に入れた紅茶を御前に渡した。粗雑ではあるが2人でティータイムを楽しむ姿はまるで最後の晩餐のようにも見える。
「…………時間のようだね」
「ええ、では手筈通りに4姉妹の護衛に向かいます」
「頼むよ」
耳につけたインカムから情報を受け取った2人は、行動を開始する。GEHENAとグランギニョル社が共同開発した実験体の返還要求を国連に提出し終えた、と言う報告だ。
御前は任務のためにこの場を離れ、蒼空はもう一度百合ヶ丘を見下ろした。
「さてと、学園長は退学届を受理してくれたかな……きっとしてないんだろうなぁ、あのお人好しジジィ。そこが彼の美徳ではあるけれど」
「さぁ、始めよう。全人類のリリィ化……『エデン計画』の最終段階を」
蒼空は、朝露の垂れる木々に視線を向け、何かを思い出しながら歯を噛み締め力任せに握りつぶした。
「お別れです美鈴様」
先ほどとは打って変わって悲しげな表情をした蒼空は、突如閃光が迸った百合ヶ丘校舎屋上を一瞥すると、崖から飛び降りた。
◆
「なんですの?この映像は……」
「蒼空……一体どうして」
百合ヶ丘の生徒達は現在、逃亡した人型ヒュージと一柳梨璃の捕獲という任務についていた。しかしありとあらゆるリリィがその足を止めていた。百合ヶ丘だけではない、日本の、いや世界中のリリィが、人間がそれぞれの場所で突如映し出された映像に見入っていた。
『やぁ諸君、僕の名前は天宮蒼空。噂くらいには聞いたことがあるだろう、世界最強のリリィ『熾天使』とも言われているね』
リリィが持つCHARMのマギクリスタル、すべてのテレビ、携帯電話、ラジオなど、世界中のCHARMや電子機器に蒼空の姿が映っていた。あの『熾天使』ならば可能だとリリィ達は納得するが何を伝えようとしているのか、それに注目していた。
『現在日本で発令されている人型ヒュージの捕獲任務、並びに僕が進めている計画について実行に移す前に世界に知ってほしい。それを踏まえて君達人類には、最終的な判断してもらう。
僕の計画に賛同するか、僕を殺すのか、そして……人間とリリィで戦争を始めるのか』
世界中が蒼空の発言の意図を理解できず困惑する。しかし、物騒な内容にリリィは身構え、ただ生きているだけの人間達は今後の未来を心配した。
『まあいきなり堅苦しい話をしても仕方がない。まずはちゃんと自己紹介をしておかないとね。僕、天宮蒼空について事細かく全てを話そう。突拍子もないことを言うことになるけれど証拠は全て僕の手元にある。全てが真実だと思って聞いてほしい。
まず大前提として、僕は強化リリィなんだ。分かりやすく言えば、リリィになる資格のない人間を人体実験によってリリィとして運用するというGEHENAの実験の初の成功事例。それが僕だ』
世界がどよめいた。あの『熾天使』が強化リリィであったこと、強化リリィにも関わらず世界最強と謳われていること。
そして、人体実験で人為的に『熾天使』を作れるのなら、ヒュージはすぐに全滅するのではないかと言う希望を抱いた。
『成功事例とは言っても、失敗作1号だった私は廃棄処分場へと送られ同じく捨てられていた実験体のヒュージと
『……ギャァ』
蒼空は手にしていたグラトニーを体内に格納し、その真の姿を解放させた。あまり気乗りしていないのかグラトニーは小さく返事をするだけでそれ以降は黙ってしまったようだが、蒼空の発言に信憑性を持たせるには十分だった。
『これが僕の経歴さ、そして先日、僕に5人の実の娘が生まれたんだ。そのうちの1人が、人型ヒュージと称される現在の捕獲対象。この子だね』
蒼空の端末により結梨の写真が公開される。どう見ても同年代にしか見えない少女が娘だと言われても意味がわからない者が多い中で、百合ヶ丘のリリィ達だけはその事実に驚愕し、納得してしまった。比べてみるとわかってしまうのだ。
蒼空と結梨は顔立ちが似ている、と。
『次にこれが証拠さ。遺伝子検査で母と子である確率が99、99%を超えている。実際に遺伝子検査を行ったことがある人なら分かるだろうけど、この結果から僕と彼女が母子であることは明確な事実さ。
僕の遺伝子とヒュージの遺伝子を掛け合わせることで生まれた人造リリィ。つまり僕とヒュージの子供だね。下手人はもちろんGEHENAだよ』
命の冒涜だ、それが世界中の共通認識だった。世界各国は生命倫理に関する条約を結んでいる国が多くある。もちろん日本もその一つだが、それを無視しあまつさえ人とヒュージでリリィを作ろうなどと言う発想に寒気すら覚える者が多かった。百合ヶ丘のリリィ達の中では今まで蒼空や結梨と接してきた者達がその酷い惨状に涙を流す者もいるほどだった。
『さて、じゃあ次は僕の本音かな。人間ども、
画面越しでも伝わるような強い殺気が放たれた。熾天使にあるまじき暴言だとしても、ここまでの話を真実として捉えていればその言葉が出るのも当然かも知れなかった。
『……なーんて、冗談さ。良かったね、普通無理やり人体実験なんかされて憎悪でいっぱいになって頭がおかしくなるってのに、僕は今まで人類最強の守護者だったんだから。世界中のリリィ達、分かっているだろうけど君達がいくら束になっても僕には敵わない。僕に憎悪しか残っていなかったら、とっくの昔にこの星はヒュージの巣窟だっただろう……
百合ヶ丘の上級生達は理解した。美鈴と出会って、学園で楽しそうに過ごしていたあの蒼空の姿を思い出し、今日に至るまでその憎悪を殺していたのだと。ならば今は?美鈴が亡くなってその栓が外れた今の蒼空ならば?そして今、そんな事を世界に向けて発信しているということは……
『先に宣言するよ、GEHENA並びに関係者は、例え末端であろうとも僕の全身全霊を持って殲滅する。逃げようなんて無駄だ、
世界が悟った。GEHENAという組織は本当に壊滅するのだと。
そしてGEHENAと協力体制を取っていたガーデンのリリィ達は戦慄した。ヒュージと戦いの果てに死すのならまだしも、GEHENAに協力しているというだけであの『熾天使』に殺されるかも知れないという事実に震え上がった。
『まあそれは追追でいいや。あとはあれかな、人の娘を人型ヒュージとして認定した日本政府。まあ十中八九GEHENAと協力しているよね、君たちも対象さ。あと、そんな捕獲の任務を容認した国連も同罪だね。おかしいなぁ、
蒼空は演技がかったとぼけた声音で、手元にある日本政府が提出した書類と蒼空が提出した書類の写しをひらひらと遊ばせていた。
蒼空の所属は、厳密には日本ではなくその戦力から超法規的措置として国連の所属になっている。故に戸籍など個人情報は国連で管理されているはずだった。
『あのさぁ、人同士で争っている状況じゃない事くらい世界で共通認識のはずなんだよね。僕だって世界がもう少しまともならこんなことしなくて済んだのにねぇ』
はぁ、とため息をつきながら蒼空は愚痴を溢した。世界中が蒼空の一挙手一投足に注目しており一体何を次に言い出すのか完全にその映像に見入っている。
『僕は考えた。どうすれば世界はもう少し穏やかになるのだろうと。ヒュージを滅ぼす?人類を滅ぼす?確かに、僕には可能だがそれでは意味がない。リリィと人間が仲良く手を取って協力しましょう!!なんて夢物語を本気で叶えようとしている。
10歳の少女が命を対価に世界を守っている。リリィなのだから当然だ?力があるのだから守るべきだろう?うーん、正しい。ノブレスオブリージュ、力ある者は力の責任を負わなければならない。でも、君達
まあ僕たちリリィが戦えるのは武器を作ってくれる人、衣食住を提供してくれる人達のおかげで成り立っているのは理解しているよ。それは無碍にできない、散っていった数多の人類に土下座しても足りないくらいには感謝しているさ。
でもね、そういう小さな小さな積み重ねの果てに、
確かに魅力的すぎる。世界最強が人工物ならばたくさん作れば早くこの地獄が終わる。目先の平和に目を輝かせた者達は歓喜し、その先の未来を想像した者達は絶望した。
『で、世界が平和になりました。じゃあ戦わせるために作った僕たちはもう要りません……どうする?』
世界が沈黙する。すぐに答えが思いつかなかった。いや、本当は気づいている。そんな未来が訪れれば、リリィはもう必要ない。おかしな力を持っている少女達がポツンと取り残される。あまつさえ、蒼空のような力を持つ人造リリィを大量生産してしまったら……いつか憎悪に満ちたそれらが自分達に危害を及ぼすかも知れない。そうなれば、次は人間とリリィの戦争だ。
『前述の通り、人類が生きていくためには人間とリリィがお互いに手を取り合って生きていかなければいけない。その方法だが、実現可能かはさておいてたくさんあるよ。これ以上ヒュージもリリィも生まれないようにこの世界からマギを消し去るとかね。まあそんなことは不可能なので却下だ。
そして僕は、考えに考えた。『熾天使』と呼ばれるようになって2,3年かな。ずっと、ずーーーーーっっっっと考えてきた。そして至った。
ああ、マギはこの星に腐るほどあるんだ。現在生存している全人類を
世界が震え上がった。何を言っているんだ、そんなことは不可能だ、そうして何が変わるのか?人の数だけ疑問が飛び交い、蒼空の言葉の続きを固唾を飲んで見守った。
『そのための方法はすでに確立してある。現に、僕の同志として計画を共にする、
日本のリリィ達がその事実に思わずCHARMを取りこぼしそうになった。じゃあ自分達はもう戦わなくていいのか、傷つくことも、仲間が死んでいくことももうみる必要はないのか。
『熾天使』の甘美な言葉に、リリィ達の心が傾き始めた。
『老若男女、年齢問わず全ての人類にマギを適応させる。そこで人類は公平というスタート地点に立つことができる。全人類のリリィ化、これが僕の創造する楽園……『エデン計画』だ』
スケールの大きすぎるその計画は『熾天使』による実行可能であるという確かな証言を元に、今ここに宣言された。これがもし何の脈絡もなく無断に実行されていたら、阿鼻叫喚の地獄が世界中で巻き起こっていたかも知れない。しかし、事前にこうして計画の概要と根拠、証拠、確かな手法を提示してしまえば、人類に一考の余地を与えることができる。
『どうかエデン計画に賛同してくれることを願っているよ。無理強いはしない、拒否する者にはリリィ化をしないと約束しよう』
そして全ての者が納得するとは考えていない。フォローの余地を残しておくことで反対者の厳しい声も多少は鳴りを潜めることができる。ただ、今後圧倒的にリリィが増えるだろう未来に、リリィではない者が居たとしてその者がどうなるか……想像できないほど人類も馬鹿じゃなかった。
『この計画を実行するにあたって目下の問題点だけれど、ヒュージの存在だ。例え計画を実行し人類が皆戦う力を手に入れたとしても、戦闘訓練もしていない者は何の役にも立たない。それに武器の供給も間に合わないしね。だから、99%以上の人類諸君の賛同が得られたのなら、僕が責任を持って全ヒュージの殲滅を迅速に行うことを約束するよ。
気づいているかい?この映像が流れている間、一切のヒュージの進行が確認されていないだろう?この映像は録画だけれど、今僕は僕にできる最大限を以て日本から世界のヒュージに圧力をかけその行動を制限しているはずだ。だから今日はおそらくヒュージの被害は出ないだろうね』
この発言に人間は驚愕と歓喜に震え、様々な場所で歓声が上がった。
しかしリリィ達は違う。実際にヒュージと戦っているからわかる。蒼空の発言がとんでもなく馬鹿げているが、もしかしたらあの『熾天使』ならば可能なのかも知れない。そう思わせる実力を今日に至るまで蒼空は世界に見せつけていた。
わかりやすく言えば、「もう蒼空だけで事足りるのではないか?」という事だ。
『残念だが、あまり時間は長くない。だから今日中に諸君らには自分の行動を決めていただきたい。世界各国にいる僕の同志達を表舞台に出させよう。どうか、僕の新たな同志となる事を願っているよ。この映像は本日中繰り返し配信される手筈になっている。視聴を中止することもできるので諸君らの検討を期待している。
以上』
映像が終了し、世界中で緊張の糸が解けた。そして世界は選択を迫られる、人間か、リリィか。
だが蒼空は言っていない真実もまた隠されていた。賢い者だけが気づくことのできる最大の急所。この計画に反対し抵抗する事は不可能である。何故ならばたった1人で世界を滅ぼせるであろう『熾天使』とその同志である2万人のリリィ。暗に示された膨大な武力の前に抵抗は無意味であり、同志たり得ぬ者の未来は存在し得ない。
提案とは名ばかりの、蒼空による世界征服。
蒼空が望む世界を作るための茶番でしかない今の映像や今後引き起こされる光景は、後の世に人体実験の果てに精神疾患を起こした1人のバケモノによる世紀の大事件として歴史に残る。
【堕天使事件】
いつかの未来にそう呼称される事件の幕が開けた。人類の天敵となるのは、同じ人類か、ヒュージか、それとも天宮蒼空たった1人なのか。
「結梨、もう大丈夫。お母さんが迎えにきたよ」
しかしそれはいつかの話。世界を震撼させているその最中、当の本人は放棄された廃校に佇む2人の少女を見下ろしていた。マギに輝く翼を目一杯広げ、愛する4人の娘と共に、もう1人の家族へと優しく微笑みかけたのだった。