2話
「ふっ!!……はぁっ!!」
誰もいないはずの早朝の訓練場に少女の声が木霊する。蒼空である。彼女が学園にいるときは毎日というレベルで訓練場に入り浸っておりこの時間帯は最早彼女専用となっていた。
蒼空の使うチャームは今や型落ちともいわれる第一世代のチャームだ。現在普及しているのは剣形態と銃形態の分離合体機能を備えた第二世代機や、それをさらに強化した第三世代チャーム。蒼空のチャームはその特異性ゆえに分離合体機構をつけることが難しい。さらに蒼空自身の能力上、撃った銃弾が敵ヒュージに当たるより飛行して直接切りつけたほうが早いためだ。
「朝から精が出るな」
「ッ……梅か、ごきげんよう」
「ごきげんよう蒼空。そろそろ朝食だから行くんだぞ」
「うん、ありがとう。たまには君も訓練しなよ」
「あっはは!!嫌だぞ!!」
「あ、うん、そっか」
蒼空の後ろから話しかけてきたのは緑色の髪の二年生、吉村・
蒼空の持っていたチャームが
「相変わらず便利だな。私じゃできないのか?」
「……マギの応用で光の屈折を使って見えないようにしてるだけさ」
「つまりできないんだな!!」
実は違うのだが、ここで変なことを言っても仕方がないと思っている蒼空は適当にごまかしている。
そのまま食堂へと歩きながら二人は会話を始めた。
「昨日の噂の二人以外に一年生で生きがいいのはいたかい?」
「いつもどうり亜羅椰が暴れてたぞ?高等部になったから早速夢結にシュッツエンゲルの契りを申し込みに行ってた」
「あの子らしいねぇ。よりによって夢結のとこなんて、いつの間にか受けにも目覚めちゃってたのかな」
「アイツは好みの奴がいたらどっちでもいけるんだぞ」
「え、こわ」
シュッツエンゲルの契りとは、百合ヶ丘学院の伝統的な制度で、上級生と下級生が義理の姉妹のような契約を結ぶ儀式だ。上級生は
「お、噂をすれば……」
「あっ、昨日の一年生」
食堂に到着し手を洗うために化粧室へ訪れた二人は、ちょうど話していた対象がいることに気づいた。ピンク色の髪の一年生一柳梨璃が、同じく一年生の遠藤亜羅椰に迫られている現場に居合わせてしまった。
「やぁやぁごきげんよう、亜羅椰ちゃん。君も懲りないねぇ?」
「ッ!!ごきげんよう。いやですわ蒼空様、これもまた同じリリィとしてのコミュニケーションですわよ」
蒼空が亜羅椰へと声をかけ、それに気づいた亜羅椰が梨璃から体を離して何でもないように肩をすくめながら返事をした。
「……まあ君が懲りないのは分かってるしそこまで強く言う気はないけども。はぁ、今度相手してあげるから今日は勘弁してあげなよ」
「蒼空様が!?うふふふふ、そういうことなら仕方ありませんわね。それでは梨璃さん、ごき……あら?」
蒼空がやれやれと折衷案を提供し、一旦梨璃の貞操は守られた。亜羅椰が梨璃に挨拶するために振り返るとそこにはもう梨璃はいなかった。
「ああいう生徒、百合ヶ丘には少なくないから気を付けるんだぞ?」
「あ、ありがとうございます」
「梨璃さん!!ご無事でしたかー!?」
「コイツも危ないからダメだぞ?」
「楓ちゃんはそんなことしませんよ。ね!!楓ちゃん?」
「え!?……も、もちろんですわよ!!この楓・J・ヌーベル、全力で女狐から梨璃さんをお守りいたしますわ!!」
「私の目の前にも女狐その2がいるんだぞ……」
いつのまにか梅が梨璃を救出し出入り口で何故かスタンバっていた一年生の楓・J・ヌーベルに引き渡した。
「梅様のレアスキル『縮地』ですか。これは一本取られましたわ。ですが、お相手していただける約束は有効ですわよね?」
「うん、胸を貸してあげる」
「胸を!?私は
刹那、亜羅椰が目を離していなかったはずの蒼空の姿が掻き消えた。
「さすがに冗談きついねぇ?」
「ッ!!これは、少し調子に乗りすぎてしまったようです。申し訳ありません」
「ならよし」
亜羅椰の後ろから蒼空の声が聞こえた。その事実に亜羅椰が気づいたときには、蒼空は左手で彼女の頭を撫でていた。
「そういえば蒼空様、右利きではありませんでしたっけ?」
「んー……ヒュージを倒す
「そんな蒼空様も魅力的ですわ」
「はいはい、ありがとね」
「ああん、いけずですわ」
先ほどの一触即発のような雰囲気はどこへいったのやら、軽口を言い合う二人は姉妹のように見えなくもない。
「蒼空、お腹減ったからはやく朝ごはんたべようよ」
「あ、うん。ごきげんよう亜羅椰ちゃん。まったね~」
戻ってきた梅の一言で蒼空が亜羅椰からすっと離れ化粧室から出て行った。
「え?……え?」
「ちょっと亜羅椰、こんなところで呆けてないで連携強化のために今からレギオンで特訓するわよ」
「珍しく亜羅椰が静か。うれしい」
急すぎる展開についていけず呆けている亜羅椰に、ほかの生徒が一言声をかけそのまま通り過ぎて行った。
「蒼空様の……蒼空様の……」
そしてようやく現実を見始めたのか、亜羅椰はワナワナと震え始め……吠えた。
「蒼空様の女ったらしーーーーーーー!!!!!!!」
◇
朝食を食べ終わった蒼空は、梅と共に学園の庭に寝っ転がっていた。
「いやぁ、一年生の講義が明日からのお陰で僕達も講義がないなんて最高だねぇ」
「そうだなぁ。でも暇だぞ」
「訓練するかい?」
「しない!!」
天才肌の梅は訓練を嫌う。しかし、レギオンと呼ばれる9人1組のチームに所属していない『個性派』と呼ばれるリリィの1人である梅はそれ相応の実力を備えており訓練せずとも実力は百合ヶ丘でも有数だ。
「うーん、でも本当に暇だしねぇ……あっ、ねえ梅。
「おっ?」
空を眺めていた蒼空がふと思い付いたことを口にした。梅は興味を示したように上半身を起こし蒼空を見る。
「もちろんハンデは付けるさ……梅と同じ量のマギしか使わないっていうのはどうかな?」
「面白そう。早速行こう!!」
「ふふ、梅とやるのは久しぶりだから楽しみだね」
2人は体を起こし、服についた葉っぱを振り払うと訓練場に向かって歩き出した。
「さてと、じゃあルールの再確認だ梅。チャームが手から離れたか、『参った』と言った方が負け。そして僕は梅と同等のマギしか使わない。レアスキルの使用はあり」
「分かってるんだぞ!!」
訓練場へと到着した2人は、お互いにチャームを手に取り向かい合っている。2階の観戦席にはこれでもかというほど生徒達が集まっていて、2人の模擬戦の注目度が高いことも窺える。
「亜羅椰ちゃーん、どうせ居るんでしょう?開始のゴングお願いね」
「承りましたわ」
蒼空が適当に声をかけると、観戦席から亜羅椰が飛び降りてきた。
「朝の約束、この模擬戦の後で果たしてあげるよ。一戦やった後だからハンデは十分でしょ」
「まあ、お言葉に甘えてさせていただきますわ蒼空様。では、双方構え!!」
「「ッ」」
亜羅椰がチャームを高く掲げた。
「始めッ!!」
「『縮地』!!」
「やっぱりそう来るよね!!」
亜羅椰がチャームを振り下ろし試合が開始した。梅は早速自信が持つレアスキル『縮地』を使い高速で移動し始めた。
レアスキルとは、リリィが扱うマギを使った能力の発現が著しい物のことをさす。レアスキルは原則1人一種類と言われ、『スキラー数値』という個人のマギ保有量を測定する指標が高い者ほど、能力が高い。特に梅は『縮地』を最高レベルで保持している、実力、才能と共に優秀なリリィであると言えるだろう。
しかし、蒼空はその枠に収まらない。
「『縮地』使ってるのに、
「見えてはないさ!!
蒼空の付近からガキィン!!と金属のぶつかり合う音が何度も響く。『縮地』による高速機動から繰り出される一撃は重い。それが何度もラッシュとして繰り広げられているというのに関わらず、蒼空は笑っていて、尚且つ一撃も食らっていない。
「相変わらず、読めない!!」
「少し趣向を変えてみよう」
そう蒼空が言うと、突然己のチャームを
「正気か蒼空!?」
「僕は至って正気さ」
蒼空は両手の平にマギを集中させると、迫り来る大剣の背を指で押し攻撃を逸らした。
「おお!?」
「まだまだっ!!」
マギの節約のために『縮地』を解除した梅が少し距離を取り、チャームを銃へと変形させ蒼空に向かって発砲。無論訓練弾でありリリィである蒼空に衝撃は与えてもダメージを与えることはない。それに梅は、銃撃程度で蒼空が負傷するわけがないというベクトルがおかしい信頼で撃っている。
「やっぱり……」
「うわっ、冗談キツイぞ蒼空」
「銃弾って遅いね」
蒼空はチャームの弾を避けることなく、右腕を伸ばしタイミングを合わせ……
「そこまでですわ!!」
同時に亜羅椰の声で2人が止まる。
「梅様の勝ちですわ」
「むっ、なんでさ亜羅椰ちゃん。まだジャブくらいしかやってないのに」
「蒼空様……敗北条件をお忘れですか?」
「えぇ?……あっ」
「蒼空……変な所バカだからな、私は気づいてたけど」
そう、蒼空は
「はぁ……でも、勝った気がしないぞ……疲れた……」
「梅ならもうちょっとマギ残ってるでしょ?」
「精神的にだぞ。蒼空とやるときは常にヒヤヒヤするし。攻めに回ってこないだけ十分マシだぞ」
「まあ僕が攻撃すると梅やばそうだし」
蒼空は梅と話しながらチャームを拾った。
「次は私が審判をやるぞ。ルールはさっきと同じでいいよな」
「オッケー」
「お願いいたしますわ梅様。蒼空様、私は初めからフェイズトランセンデンスを使いますわ」
「いいねぇ、僕も少し真面目にしようかな」
亜羅椰が蒼空の向かいに立ちチャームを構えた。アステリオンという斧のようなチャームだ。
「訓練場をこわすなよー。じゃあ始め!!」
「『フェイズトランセンデンス』ッ!!」
開始と同時に亜羅椰が上段でチャームを構えて飛び込んできた。蒼空はニヤリと笑うとチャームを横に構えて左手で支えた。
「今の私を正面から受けきるおつもりですか!?」
「もちろん、言ったでしょう?胸を貸してあげるって」
「では遠慮なく!!」
亜羅椰がおもいきりチャームを振り切ると、大きな音を立ててチャーム同士が激突した。
「そんなッ!?お、重い!!」
「もっと腰入れな亜羅椰ちゃん!!僕を誰だと思ってるんだい?」
「くッ、おらあぁぁぁぁぁぁl!!!」
「楽しくなってきた……『熾天使』!!」
亜羅椰が『フェイズトランセンデンス』によって増幅された無限大化のようなマギをさらに込めると、蒼空が少しずつ押され始めた。そこで蒼空はマギを物質化させ翼を作るとチャームをブーストさせ押し返した。
「きゃあっ!?……ふふ、使わせましたわ蒼空様」
「うーん、危なかったよ。でも……こうなったらもう
「あぁ、亜羅椰の奴……ドンマイだぞ。明日動けないだろうなぁ」
「そ、蒼空様……?」
「さあ、踊りな亜羅椰ちゃん!!」
蒼空は翼を用いて飛び上がると、地震の周りに大量のマギスフィアを展開し亜羅椰めがけて放った。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
6枚の翼を広げた蒼空を見ての観客席の歓声、蒼空の笑い声、亜羅椰の悲痛な叫び。阿鼻叫喚のような訓練場は、絶妙に威力を調整していた蒼空の攻撃に壊されることなく亜羅椰のマギ切れによる気絶という形でお開きとなった。
「あっはー、楽しかった!定期的に亜羅椰ちゃんと遊ぼうかな」
「やめてあげろよ蒼空。あの子死ぬぞ?」
「冗談だよー」
話をしながら訓練場を後にする二人を背に目をぐるぐるまわして倒れ伏している亜羅椰は誓った。
(蒼空様に手を出すのは……命がいくつあっても足りませんわ……ガクッ)
「あ、亜羅椰ぁ!?」