百合ヶ丘の熾天使   作:ゼノアplus+

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4話

4話

 

 

「却下よ」

 

「ええ!?なんでさ」

 

 

2人の少女の声が聞こえる。百由と蒼空の2人が百由の工廠で話をしているのだ。

 

 

「私に友達を売れって言ってるのと変わらないでしょ。だめったらだめよ」

 

「……まあ仕方ないか。変なこと言ってすまないね」

 

「グラトニー触らせてくれるなら許してあげてもいいわよ」

 

「おっとと、それだけは勘弁しておくれよ」

 

 

百由は自作のグングニルにマギを込めながら、壁に立てかけてある蒼空のグラトニーを一瞥した。

 

 

「見た目はただの第一世代なのにねぇ…」

 

「いやいや、性能的には第一世代そのものさ。僕がマギでコーティングしてるからすごく見えるだけでね」

 

「マギに直接干渉できる蒼空自身がおかしいものね」

 

「え、今僕をけなす必要なかったよね?」

 

 

あはは、と百由は笑いながら蒼空の問いには答えなかった。

 

 

「ねぇ、蒼空」

 

「うん?」

 

「夢結のこと泣かせたら、許さないから」

 

「君らしくないけど、君らしいね」

 

 

急に百由は真剣な表情になり、グングニルにマギを込めて蒼空へと切先を向けた。蒼空は薄ら笑いを浮かべながら切先と真正面に向き合い、右手で刃を握った。

 

 

「ちょっと、貴女何やって……ッ!?」

 

 

刃は刃だ。蒼空の手のひらは切れて大量の血が流れる。

 

 

「ごめん、約束できない。でも……頑張る。『熾天使』の名に誓うよ」

 

 

蒼空は輝くマギを器用に操り、どうやってか手のひらの傷を治療し、流れた血液を全て消した。

 

 

「……はぁ、頑固なところは、あの頃から2人ともそっくりね」

 

「君には特別迷惑をかけてる自覚はあるよ。口調然り、態度然り……でも」

 

「分かってるわよ。私だって、()()には何も思わなかったワケないし。ただね蒼空、後悔だけはしちゃダメ。貴女は特に溜め込みやすいし……ちゃんと相談しなさい!」

 

「あはは、母親みたいだね百由。うん、ありがとう。じゃあ僕はこれで失礼するよ。ごきげんよう」

 

 

そう言って蒼空は百由の工房を後にした。

 

 

「ありゃダメね……近いうちに絶対なんかやらかすわ」

 

 

 

 

 

 

「おお、やってるね」

 

 

現在、百合ヶ丘へとやってきたヒュージを迎え撃っている生徒を眺めている蒼空は空中で待機している。レストアと聞いて一応警戒体制を取っているのだ。しかも今回の討伐メンバーはレギオンに入っていない個人の寄せ集め。夢結や梅と言ったエース級がいるとは言え連携には期待できない。

 

 

「わぁ、すごいなあのレストア。歴戦個体って言ってもおかしくないね。あれでアルトラ級だったら僕も多少苦戦したんだろうけど……いや、アルトラ級のレストアなんて存在するわけないか。それにしても、どれほどリリィを殺せばああなるのかな」

 

 

レストアとは、戦いの果てに故障したヒュージがアルトラ級が作るヒュージネスト……ヒュージの巣に帰って修復した個体のこと。ネストを作ったアルトラ級は自分から動かないため余計にアルトラ級のレストア個体はあり得ないのだ。

 

 

「おっ?夢結が突っ込んだ……うっわぁ、凄い数のチャーム……ッ!!」

 

 

レストア固体に突き刺さっているチャームに若干引き気味だった蒼空だが、その後すぐに焦り始めた。

 

 

「……本部に通達、ルナティックトランサー持ちのリリィが暴走を始めたため緊急出動をする。おいでグラトニー。『熾天使』」

 

 

マッハ弱の速度で海面まで急降下した蒼空の周囲が大きく波打った。

 

 

「夢結ッ……」

 

「蒼空か!!梨璃が夢結のところに走っていった!!助けてやってくれ!!」

 

「なんだって?分かった」

 

 

蒼空の頭の中で、ピンク髪の明るい一年生の姿が思い出される。

 

 

(あの状態の夢結の危険度を一年生が知るわけないかっ……それにしても、慕われてるね夢結)

 

 

内心、夢結を好いてくれる人物が居たことを嬉しく思う蒼空だがすぐに意識を切り替え梨璃の救出を最優先目標とした。

 

 

「ミサイル?あははっ、近代的だね」

 

 

レストアから放たれたミサイルのような攻撃を笑いながら撃ち落とした蒼空はさらに加速し頭上まで到達した。

 

 

「夢結、文句は後で聞くよ」

 

 

瞬時にマギを練り上げて鎖状にすると夢結を拘束。暴走していても拘束状態であれば動けることはできず、他のリリィに危害を加えることは無い。ヒュージに乗っかっている事が問題だが夢結なら問題ないと判断し次は梨璃の救助だ。

 

 

「そ、蒼空様、夢結様を離してください!!」

 

「へぇ、何故だい?今の夢結は敵味方の判別がつかずシュッツエンゲルの契りを結んだ君でさえ攻撃しかねない。夢結もそれを望んでないよ」

 

 

夢結と梨璃の中間に立つように蒼空は陣取っている。そのため梨璃は夢結に近づく事ができていない。余談だがここまで悠長に会話できているのは蒼空がマギを力場として形成しレストアを完全に固定しているためだ。

 

 

「私が夢結様のシルトだから……です!!」

 

「…………ふぅん」

 

 

【あの……夢結さん、どうしてお姉様のためにそこまでするのですか?お役に立ちたい気持ちは分かりますけど何も無理してまでなんて……お姉様も……】

 

【私が美鈴様のシルトだからよ。それ以外に理由は無いわ】

 

 

「…………見ないで」

 

「ッ、夢結様……!!」

 

「やばっ、無意識で緩めてた……うわっ!?」

 

 

バキンッとマギの鎖での拘束を破った夢結が蒼空を突き飛ばすと、己のチャームを梨璃へと向けた。

 

 

「梨璃ちゃんッ!!」

 

 

間に合う……!!そう思った蒼空がグラトニーを構えた瞬間

 

 

「夢結様ー!!」

 

 

梨璃がマギを込めたチャームを夢結のチャームにぶつけた。すると一瞬光り夢結が正気に戻った。

 

 

「……ウソでしょ。あの子のレアスキル……それは運命的すぎるじゃないか……まさかッ」

 

 

蒼空は想定外の事態にバランスを保つ事を忘れ地上で着地した。そのまま呆然とし思わずグラトニーを落としてしまう。そして考えること数秒、何かに気づいた蒼空は目を見開きヒュージが到来した海を見つめていた。

 

 

そして蒼空が正気に戻った時には、レストア個体は爆散しており戦闘が終わったという事を知った。

 

 

「ああ、なんだ…………夢結はもう、僕が居なくても大丈夫なんだね」

 

 

蒼空の視線の先には、お互いに抱き合い優しい表情を浮かべている梨璃と夢結、そしてそんな2人を笑いながら眺めている多くのリリィの姿があった。蒼空は優しげな、しかし悲しげな表情をした後、真顔になりイヤーカフスに手を添えた。

 

 

「本部へ伝達。ヒュージとの戦闘終了、ヒュージはレストア個体であり多くのリリィのチャームを所持していた。速やかに全てのチャームを回収し身元の確認にあたる……」

 

 

一方的にそう告げると通信を切り意識を切り替えた。

 

 

「……このアステリオンは僕がサイン書いてあげた……こっちの、シャルルマーニュは……私に憧れて第一世代ばっかり使ってた、2つ下の……、この、グラムは………………そっか、頑張ったんだね」

 

 

回収していくチャームの中には、蒼空が関わった事があるリリィの物もあった。

 

 

「おーいたいた。そーらー」

 

「…………梅」

 

「さっきはどうしたー蒼空。らしくもなく夢結に吹き飛ばされたりして、熾天使の名がな、く………ああ」

 

 

合流してきた梅が蒼空にいつも通り話しかけるが、なにやら蒼空の様子がおかしいことに気づく。そしてその背後にあるチャームを見て、何があったのか気づいた。

 

 

「ねぇ……この子、覚えてる?わ、たしに憧れて……チャームに、サイン……書いてほしいって……いつか、わたしといっしょに……たた、かい……」

 

「蒼空、後は私に任せて部屋で休んでろ」

 

「……いやだ」

 

「一人称が崩れてるんだぞ。今の蒼空を他のリリィが見たら幻滅されるぞ?」

 

「…………梅、ひとつ教えてよ」

 

「なんだ?」

 

「この世界で悪いのはさ、ヒュージ?それともリリィに戦いを強いる人間?」

 

「ヒュージだ」

 

「ッ」

 

「組織にいるんだ。こう言うしかないのは蒼空も分かってるだろ?」

 

「…………うん」

 

 

 

蒼空は頷くと、梅は蒼空の背中を摩り一度強く抱きしめた。

 

 

「大丈夫、私は蒼空の味方だぞ」

 

「ダメだよ……梅は皆の味方だ」

 

「皆の味方だから蒼空の味方でもある」

 

「屁理屈じゃん」

 

「屁理屈でも蒼空嬉しいだろ」

 

「……はぁ、梅には敵わないや。ありがと、落ち着いた」

 

 

しばらくしてから蒼空は立ち上がると、いつも通りの笑みを浮かべた。

 

 

「墓地に行ってくる」

 

「いつもは夜に行くのに、珍しいな?」

 

「ちょっとね。じゃあ、また後で」

 

「おう!!」

 

 

ニカっと笑う梅に苦笑しながら蒼空は『熾天使』を展開し羽ばたいていった。

 

 

「…………ありゃそろそろ爆発するなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉様……」

 

 

墓地へとやってきた蒼空は、『川添美鈴』と書かれた石碑の前までやってきた。

 

 

「夢結はもう、お姉様や私が気にかけなくても大丈夫みたいです。シルトが出来てて、お姉様と夢結の関係に似てました。それで……そのシルトの子……もしかしたら貴方と同じ……いえ、確証がないことは言いません。でも、もしそうだとしたら……あの子は……ッ」

 

 

石碑の前で語りかけていた蒼空が何かに気づいた。すぐに指を鳴らし光の反射を操作して姿を隠す。少しして数人の足音が聞こえてくると同じく話し声も聞こえてきた。梨璃と夢結の声だ。

 

 

(私の話はそろそろ飽きましたよね……2人のこと、見守ってあげてください)


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