意識はしてますがパクリはしてません。よろしくお願いします。
『別れないか』
目の前にいる恋人は、驚きながらもこう言われるのがわかっていたような表情をした。
諦観を意味したであろう微笑み。胸が締め付けられた。それと同時に別れの決心がついてしまった。
『いる場所が違うようになって、お前と過ごしにくくなった。努力はしているが、時間が掛かる。これ以上、お前の大事なものを奪いたくない。ものすごく勝手な理由なのはわかっている。すまない。別れてくれないか』
『本当に、勝手すぎますよ』
『すまない』
そいつはそれ以上俺を責めなかった。
優しく、美しく。年下の高校生とは思えないほど、彼女はあまりに素敵な女性だった。もう少し子どもでいてくれたら。美しさを好いておきながら、そう願ってしまうことが幾度もある。
『俺はこんな風に、こんなどうしようもなく勝手な理由で別れを提案するような、救い難い奴だから、もっといい奴と逢ってくれ。俺がそんな奴になれるまでの時間を、無駄に使わせたくない。もっといい奴とか、お前自身のために使ってくれ』
『……先輩』
『ん?』
『好きです』
『俺もお前が好きだ』
『だから、お終いなんですね』
『ああ』
*
「先輩と一緒にお酒を飲む日が来るなんて、思ってませんでした」
「そうだな。まさか川島が飲兵衛になっていたとは」
「もう。嗜んでるだけですよ」
「そうか」
焼酎を飲みながら、こっそり対面の女性の顔を眺める。
昔から美人系の顔立ちだったが、十年経って更に綺麗になったもんだ。見られる商売をしているというのもあるだろうが、やはり本人の資質は大きいように感じる。
川島瑞樹。地方局アナから人気アイドルという華々しい経歴を持つコイツと、平凡なサラリーマンである俺が、何故アルコール付きで一緒に食事をしているのか。
ことは数時間前に遡る。
「えー、先日も連絡があったように、今日から三か月間、我が社のオフィスを使ってドラマの撮影が行われる。いつもと勝手が違うことがあると思うが、気にせず自分の仕事に集中するように」
以上のようなことが今朝の朝礼で上司から言われた。これでなんとなく事情はわかるだろう。そのドラマのキャストに川島がいたのだ。
ここで会ったのも何かの縁。といった感じで休憩時間に声を掛けた。
川島に声を掛けたのはファンだからということではなく(応援しているのは事実なので否定しきれないが)、単純に知り合いだったからである。
「川島」
「先輩?」
すぐにわかってくれたのは結構嬉しかった。まあ、俺の少し癖のある緋色の髪は特徴的か。
会話がしやすいところまで物理的に距離を縮める。川島は昔と違ってヒールを履いているのに、身長差はほとんど変わっていない。俺の身長が伸びたのだろう。
「お久しぶりです。十年ぶりですよね」
「もうそんなになるか。俺の方は、そんな久しぶりって感じしないんだけどな」
「あら。いつも応援ありがとうございます」
「おう。感謝しろ感謝しろー」
てきとーに返すと笑われた。川島がおかしそうに笑う様子に、どこか安堵する。
久しぶりに会って積もる話がある。適度に話が弾んだが、ここで話しきれることではなかった。もしよければ今度食事でも、と言うと、なんと即日OK。川島だけでなく、川島のプロデューサーも快諾してくれた。
そうして今に至る――というわけだ。
「お互いいい
「いる奴がお前のこと飯に誘うかよ。お前こそどうなんだ」
「いる人は男性とのサシ飲みにホイホイ来ませんよ?」
コイツもサシ飲みという言葉を使うようになったか……。十年とは、意外と大きい。
今更だが、恋人の有無以前に今の状況は如何なもんだろうか。プロデューサーが許可をくれたとはいえだ。
川島にその旨を問いかけると、
「プロデューサー君がOK出してくれたんですもの。心配しないでください。そもそもうちのプロダクションは恋愛自由ですし」
アイドルと言えば恋愛禁止のイメージがあるが、事務所それぞれということか。あの伝説のアイドルだって、現在旦那となった人が好きだと引退前から知られていた。つまりは事務所ごとのスタンスや、アイドル自身のファンへの向き合い方なんだろう。
「成程。お前に相手がいないのは職業の所為ではないんだな」
「先輩のそういう所、嫌いです」
「でも嫌いじゃないだろ?」
「まあ、そうですけど……」
川島は僅かに頬を赤く染める。なんだか俺まで恥ずかしくなってきた。顔をパタパタと手で扇ぐ。
あー。話題を変えよう。
「そうだ。テレビ、見てるぞ。大活躍だな」
「あ、ありがとうございます。まだまだ若い子には負けませんよ」
ウインクが様になるんだよな、コイツ。
にしても、どうしてコイツは自分より十は歳下の子たちと若さで張り合おうとするんだろうか。大人の魅力とやらで攻める方がいいと思うんだが。若い子と同じ土俵でやろうとしているのは、それはそれでかわいいけど。
ちらりと時間を確認すると、結構いい時間になっていた。思ったよりも話し込んでしまったらしい。思い返せばそれなりの量の酒を飲んでいた。日付が変わるまで残り一時間を切る頃になるわけだ。
「そろそろ出るか」
ジャケットを羽織る前に伝票を取っておく。あまりリーズナブルとは言えないが払えないことはない。幸いにして給料日直後だ。
川島と食事ということで普段はあまり使わない個室居酒屋に来てみたら、意外とするもんだ。個室ということでその分金が掛かっているらしい。
「川島。財布を仕舞え」
「そういうわけにはいきません」
「いくんだよ」
念の為見てみれば案の定だ。奢られて当然と思うタイプよりはマシな気がするが、さてどう折り合いをつけさせようか。
「学生の頃は割り勘だったじゃないですか」
「あの頃はお互い金がなかったからな。今は違う」
「今はお互いお金があるじゃないですか」
お互いの金銭状況が同程度なら割り勘ってか。正直絶対コイツの方が稼いでるんだよなあ。年収、俺の何倍だろう。
男女で食事の際は男が払うべし。なんて思っていないが、なんか、川島にも払ってもらうのはカッコ悪いじゃないか。他人様に価値観を強制する気はない。俺がそう考えるというだけだ。
伝票を渡さないように躱しながら方法を探る。
「じゃあ等価交換だ。お前の今の連絡先教えてくれ」
「連絡先ですか?」
「こんな金額じゃまったく価値が釣り合わないのはわかってるが、川島瑞樹の連絡先なんて、一般人からしたら相当の値打ちもんだ。だから、それでどうだ。気に食わないんだったら、また一緒にどっか行こう。それで少しずつ清算していくっていうので」
酔っ払って変なことを言っている自覚はある。要約すると何を言おうとしているかもわかってしまう。表には出ていないと思うが、かなりパニクっている。
川島もなんかポカンとしている。一気に酔いが醒めた。
「すまん調子乗った。忘れてくれ」
会計に向かおうとすると腕をつかまれた。まだ食い下がる気かコイツは。
「先輩がいいなら、それでお願いします」
「ん」
答えて、足早にレジへ向かった。閉店時間が近付いているので店を出ることを優先する。柔らかく微笑む表情。俺は昔から川島のその顔が苦手だ。少しの間顔を背けたくなるから。
店の外に出てから連絡先を交換した。昔は当然ガラケーだったな、と思い出す。
川島をタクシーに乗せてから、一人駅に向かって歩き出した。
「やっぱ、いい女だなあ」
大物を逃したとは思っていた。二度と遭遇しないだろうとも。だがあれだけの大物になって再び現れた。
勝手な理由で手放した俺が、もう一度と願ってしまってもいいのだろうか。
――――――――――
後日、休みが重なったタイミングでショッピングモールへ出かけることとなった。
新装開店から数か月。ずっと気になっていたものの、人が多いことと友人となかなか休みが合わないことから来れなかったらしい。一人で訪れるという選択肢はなかったのだろうか。まあ、誰かとわいわい買い物がしたかったのだろう。女性はそんなもんだというイメージがある。
「川島、少し休ませてくれ……」
「体力なさすぎですよ、先輩」
「おっさんと現役アイドルの体力を比べるな」
女性の買い物につき合う経験は何度かあるが、どうも疲れてしまう。昔の川島はもう少し配慮してくれた気がするんだがなあ。
まあ、川島が楽しそうにしているならこれもいいか。俺が食らいつけばいいだけだな。でも一旦休ませてくれ。マジで。
川島に連れられてフードコートの椅子でぐったりしていると、いつの間にか一人になっていた。川島どこ行った?
「せーんぱいっ」
「っ!」
首筋に冷たいものが当てられる。お前、またベタなことを……。こういうのは若い子がやるからいいのであって、アラサーがやることじゃないだろ。普通に嫌がらせだわ。川島だからいいけど。
「どうです? 運動部の後輩っぽくやってみました」
「お前放送部の後輩だろ」
俺の首筋に当てられたのは、少し前にまたブームが訪れたタピオカドリンク。もう何度目のブームかね。俺らが学生の頃にも流行ってた気がする。
「先輩も飲みますか?」
「いやいい。どうせ買ってないんだろう?」
「先輩はいらないって言うと思ってましたから。その代わりに、お水です」
「あー、こいつはおありがたい」
フードコートで無料で提供されている水を半分ほど一気に呷った。体に染み渡るなあ。
川島はタピオカをもっきゅもっきゅと食べている……タピオカって食べ物か飲み物かいまいち判別しずらいな。
そういえば、昔はタピオカを飲み込むタイミングが掴めなくて苦戦してたな。
「今はちゃんと食えるか?」
口に含んでいた分をこれ見よがしに飲み込んだ。それからちょっとだけ怒ったように言われる。
「もう、いつの頃の話してるんですか」
「悪い悪い」
美人な大人の女性になっていても、子供っぽい動作が合うのはズルいと思う。俺の扱い方でもあるんだろうか。いつまで経っても俺にとって川島は歳下の女の子なんだよな。
スッと飲み口が向けられる。見れば川島が少しだけいたずらっぽい顔をしていた。
「先輩も飲みますか?」
「じゃあ一口貰う」
タピオカを口に入れられるようにストローを動かしてから咥えて啜った。
煙草の径よりも大きめのストロー。専用感が凄まじいな。他にこの大きさのストロー使うことないだろ。知らんけど。
「どーも」
川島がなんだか悔しそうな顔をしている。悪いな。俺はこんなことで動揺するタイプじゃない。というか29にもなって間接キスぐらいで動揺するはずないだろう。拗らせ童貞でもあるまいし。
「私の分も飲んだんですから、バシバシ買い物付き合ってくださいね?」
「飲ませたのお前だろ」
たった一口でそこまで言うか。徳用チョコ一粒食べたぐらいのもんだろ。いい性格してるな、まったく。
ここまでの行程で何度か使った、モールのパンフレットを見せてくる。パンフレットというか、単なるフロアマップだ。
マップを見ながら行きたい店を指折り数えている。……休憩前より多くないか?
「お前、遠慮って言葉知ってるか」
「今休憩取ってるじゃないですか」
本当にいい性格になったな、おい。
本気で言っていないのはわかっているから、別に腹が立つことはない。
「変わったな、お前。昔よりなんか、ずうずうしい」
ずうずうしい。遠慮がない。相手を気にしない。悪い言葉のように聞こえるが、そんなもの、人との関係性によっていくらでも変わる。
「今の方がいい」
高校の頃。俺と川島が恋人関係にあった頃は、もっと俺に対する遠慮が強かった。
きっと、今よりも先輩後輩の感覚が強かったことと、交際のきっかけが川島からだったことに由来していたのだろう。
付き合っていく中で徐々に我を出してくれていた。それでも今には及ばない。遠慮があった頃よりも、十年越しの今の方が甘えられている気がする。付き合っていないけど。
「痛っ」
脛を蹴られた。何故だ。ちなみに痛がったのは俺ではなく蹴った方の川島である。実家の方針で急所を極力減らすべく努力をさせられた俺の脛は、それはもう硬くなっている。
ぎりぎり聞こえしまったぐらいの小さな声で文句を言われた。
「先輩のばか……」
「蹴ることないだろ」
「なんで聞こえてるんですか」
「聞かれたくないなら声に出すな」
元アナウンサーで現アイドルなお前の声は通るんだよ。というか、俺がそうそうお前の声を聞き逃すか。
フロアマップをくるりと回し、俺の方に向けてくる。
「先輩はどこか行きたいところありますか?」
少しわがままな今の方がいいと言った俺への意趣返しだろうか。
このモールに来ると決まってから事前にリサーチしていたが、俺が行きたいような店は特になかった。買いたい物もそもそもない。強いて言えば、買い置きの煙草が切れそうなぐらいか。だがそのぐらいコンビニで買える。
「別にないな。川島が行きたいところに行くでいい」
「遠慮しなくてもいいんですよ?」
「ところがどっこい、欠片もしてない」
「それ、今日日聞きませんよ」
「うるさいな」
通じるんだからいいだろ。会社の若い子相手だと通じない言葉もあって気を遣うんだから、同年代と話すときぐらい気を抜かせろ。
川島はカップに残っていたドリンクを飲み干し、お優しい後輩の厚意を無碍にしてしまった俺へ、意気揚々と告げた。
「私が行きたいお店へ連れ回しますから、覚悟してくださいね?」
「はいはい、わかったわかった」
俺は美人が覚悟しろと言う表情が大好きな人間である。惚れている相手なら、尚更。
川島が後半戦で行きたかった店とは、俺を連れて行きたかった店らしかった。アパレルショップ、ファッション雑貨店、小洒落た生活雑貨店で、それはもう生き生きとした表情をしていた。川島自身の買い物よりも、かもしれない。
友人と来れなかったから俺を誘ったというのは事実と異なるのではないか、という無粋な詮索は止めておこう。
無粋ついでに言っておくと、訪れたある店の店員が俺たちを恋人同士だと勘違いして話しかけてきた。容姿を見れば俺と川島は明らかに釣り合っていない。川島が変装していてもだ。だというのに何故勘違いしたのか。俺の左手と川島の右手が何よりの証拠だったことは、長々と語っておきながら完全に余談だろう。
――――――――――
「憧れの先輩とのデートはどうだったの? 瑞樹ちゃん」
「で、デートじゃないわよ。一緒にショッピングモールに行っただけなんだから」
「それをデートって言うんでしょ? 付き合ってないからデートじゃない、とか高校生みたいなこと言ってるんじゃないわよ」
連絡アプリのやりとり内でも当日の会話でも、お互い一度もデートという単語を出していない。一緒に飲んでいた片桐早苗の言葉を否定する材料はこの通りあった。しかし、途中から自然と繋いでいた手の感触を思い出すと途端に否定できなくなる。
「早苗さーん、瑞樹さんから面白そうなこと聞けました?」
「まだ全然聞けてないけど……見て。何かを思い出して一人で赤くなってるわ」
「なんかあったんすか? その先輩と」
「何かあったって程じゃないんだけどね。その、途中から手を繋いでたことを思い出して……」
「うっきゃ~。瑞樹さん、オ・ト・メ☆」
瑞樹の他に、早苗、心など多数の成人済みアイドルが足繫く通う居酒屋は、お酒や食事の充実具合と反比例してアイドル以外の客がいないので佐藤が静かにしていなくても何ら問題はない。
心ははしゃぎ、他の客(アイドル)は微笑ましそうにし、早苗は「えほっ」とむせていた。同い年の女性が高校生どころか中学生のような恋路を歩んでいる姿を目の当たりにしたせいである。
「瑞樹さんは、瑞樹さんを
「ちょっと今のは、強引だったかな」
レイ・ディスタンスの相方が披露した強引なダジャレにもツッコまず、瑞樹は先輩の姿を脳裏に浮かべた。
彼の好きなところはいくらでも挙げられるが、どんな順番でどれだけ言おうか。ほどよくアルコールを入れた脳が回る。
色々言ったところで彼女らは先輩を知らないし、何より(自分で言うかと思うが)先輩は多分私が好きだ。先輩の魅力を存分に語ってみよう。
「言っちゃえば全部好きなんだけど、好きになったのは声が最初ね。暖かくて優しくて、凄く落ち着く声。でもちょっとだけ荒っぽいというか、やんちゃさがあって。校内放送で初めて先輩の声を聞いたときから、ずっと好きなの」
「瑞樹ちゃんは先輩目当てで放送部に入ったってこと?」
「先輩がいなくても入ってたわよ。私、元アナウンサーよ?」
彼目当てで入部したらそのまま放送関係に興味を持った、というのも可能性としては存在するが、事実と反する事柄である。
「最初に好きになったのが声で、次に好きになったのは?」
「背中ね」
「背中、ですか?」
先輩を好きになったプロセスのうち、最初の数個は鮮明に覚えている。好意を自覚する前で、パーツが好きなのだと思っていた頃があったから。恋をしているとわかってからは、好きだと感じる箇所が雪崩のように押し寄せてきたからいちいち覚えていない。
「今はいくらか伸びてたけど、昔は身長小さめだったのよ。ギリギリ170センチないぐらい。でも仕事してる時の後ろ姿とか見たら意外と肩幅しっかりしてるし、背中も広くて、男の人なんだなって。それが身長との、ギャップ萌え? って感じだったわ」
酒の肴にするにも甘すぎる話しぶりで悶絶する大人たちがそこにいたとか。
これが完全に終わった恋の話であればまだ苦さが滲んでいただろう。だがこれは今再び動き出している恋である。故に、榊原里美が食べるパンケーキのような甘さに仕上がってしまった。
「瑞樹さん、もう少しお話しを伺ってもいいですか?」
「嘘だろ美優ちゃん、まだいけんの?」
「? はい。瑞樹さんがとても幸せそうに話されていますから。あ、でも皆さんは……」
甘さで満身創痍&それを誤魔化すために飲みまくったせいでへべれけ状態である。
順番を覚えているのもあと一つ。周囲の反応はあまり予想していなかったものになったが、瑞樹にとってもキリがいいタイミングだった。
「じゃあもう一つだけね。指先がちゃんと整えられてたの。結構しっかりしてる手なんだけど、爪だけは整えられた丸い爪でね。可愛いなって思ったの」
「男への可愛いはアウトよ瑞樹ちゃん!」
可愛いは最強。可愛いの前で人は無力。そこに陥った瑞樹が件の先輩にベタ惚れであることは、誰の目から見ても火を見るよりも明らかだった。
瑞樹と先輩が早く結ばれますように。店内にいた一同、胸焼けしながらそう願った。
――――――――――
「無用心にも程があるぞ、お前」
更に後日。晩飯に誘われたはずが、現在地は川島の住むマンションの一室である。俺が住んでいるアパートと比べてはいけないほどに広い。整頓されていることもあるだろうが、そもそも小綺麗なつくりであるのがわかる。
「あら。芸能界に身を置いているんですから、人を見る目には自信がありますよ。私は先輩のこと信用してますから」
「男を見る目はなさそうだがな」
「そんなこと言ってるとご飯作ってあげませんよ」
「その場合俺は帰るだけなんだが」
この時間をふいにすることが惜しいのは事実だ。だが別に今回しかないわけでもない。
と思っていると、キッチンから一升瓶を出して見せてきた。
「お前、酒はずるいだろ」
しかも俺の好きな酒だ。いつだったか飲んでいる時にポロッと言った気がする。
「どうしますか?」
楽しそうに尋ねるなあ。
溜息を一つついた。
「何か手伝うことはあるか?」
「先輩は座って待っててください」
「はいはい」
ソファに腰掛けて待つだけの時間を過ごしているのは落ち着かなかった。だがそれよりも、この状況自体を見つめ直した方が落ち着かなくなった。
度数は低くてもいい。何か酒を飲ませてくれないだろうか。そうすれば、落ち着かない気持ちの所以を誤魔化せるのに。
後から知ったことだが、このシチュエーションを作り出した川島の側も、緊張しながら過ごしていたらしい。
食事を終え、作ってもらったつまみと共に飲み交わす。手土産で持ってきたスーパーの安酒と、俺へのエサとなった酒。どちらもそれほど度数が高くないので一向に酔えない。
自分の体質を恨みつつ、義を欠く言い訳が出来ないだけだと前向きに捉えることにした。
始めは対面にいたはずの川島が、いつの間にか隣で俺にもたれている。
「先輩……」
「眠いならベッドで寝ろ。俺は帰るから」
「ムードって知ってます?」
「やり口があざといんだよ」
何度か一緒に飲んでるんだ。酒量は知ってる。まだ酔っ払うほど飲んでないだろう。
流石西の女と言ったところか。コイツも酒強いんだよな。
「先輩、明日お仕事は?」
「運よくホワイト企業に就職できたからな。完全週休二日制だ」
今日はプレミアムではない金曜日。愛読している、仕事×お酒なマンガの更新日なので、俺にとっては毎週金曜がプレミアムである。
尋ねられたので、視線で尋ね返して見る。お前は?
「私も明日は仕事が午後からなんです。だから、よければ泊まっていきませんか?」
「泊まらない。良いわけあるか馬鹿」
含むところなく異性相手に泊まりを提案する奴じゃない。あのな、順序ってものがあるだろう。順序なんてものを重視してしまうあたり、家の奴らからの影響を受けていると感じる。
服の二の腕あたりをギュッと掴まれる。体が軽く右に傾いた。
「考えなしには言ってません」
わかってる。
「なんでそんなに俺のこと好きなんだ?」
勝手な理由で別れを告げた俺のことを、最後まで好きでいてくれて、再会してからもまた好きになってくれて。尋ねずにはいられなかった。
「だって、仕方ないじゃないですか。嫌い合って別れたのでも、気持ちが冷めて別れたのでもないんですから。先輩にばっかり都合のいい理由だったけど、それでも、とても優しかった。十年越しに逢っても、先輩は全然変わっていなくて。私が好きになった時と同じ。ううん。ちょっとおじさんになった今の方が好きです」
おじさんは余計だ。
川島の言葉が少し切れた隙に、身体の正面を川島に向ける。
「先輩のことが好きです。私と付き合ってくれませんか?」
昔と一言一句違わぬ言葉だった。俺は少し変えて返した。
「俺?」
「はい」
川島の手を取った。ここからは昔と違う。
「俺は結構どうしようもない奴だけど、今度は努力する。もう二度と手放さない。だから、結婚を前提に、俺と付き合ってくれないか?」
柔らかく微笑まれる。俺の顔が赤くなってしまうので、いつもはまじまじと見れない表情。
「先に申し込んだのは私ですよ?」
「結婚を引き合いに出したのは俺が先だ」
「もう」
取っている手が一瞬クンと引かれた。
手を引いて顔を近づける。川島の瞳が閉じられた。
十年ぶり二度目の交際は、ほんのりアルコールが香るキスから始まった。
・主人公
ついぞ出なかった名前:村上忠
実は広島の実家で土建屋をやっているとか。16も歳が離れた妹がいるそうですよ?
・川島瑞樹
美しくて、何でも出来て、だけど気さくでノリのいい素敵な女性(東山奈央さんのブログより)として書けたかな?
川島さんはいい女すぎて振られてそう。恋人には甘えちゃってほしい。この妄想と願望で書いてみた。
喋っている相手が年長者なので一度も「わかるわ」言えてないのは許して。
・甘さでむせる&胸焼け
書きながら「うわ甘っ」って引いてた。深夜テンションじゃないと書けない。(丑三つ時)
・泊まっていきませんか?
真偽不明。妄想にお任せします
・(ちょっとメタいけど)投稿日
川島瑞樹28ちゃい最終日。とーやまんもう29になるの? まだ25、6ぐらいだと思ってた