境界に立つ者 作:鷹茶
────彼岸花が好きだ。
好きになった理由は、もう覚えていないが。
その赤く花開いた姿を好ましく思うこの気持ちは、初めて見た時から一度も変わることがなかった。
群生した彼岸花で区切られた墓地へと足を踏み入れる。辺りに咲く彼岸花、風雨で削られ、文字が読めなくなった古い墓石。夜中であることも相俟ってこの墓場は実に不気味な雰囲気を漂わせている。
”いかにも”、だ。なんとも”出そう”な雰囲気が出来上がっている。
そうしてそんな場所だからこそ、人々の不安と恐怖は凝集し、呪いはカタチと成って現れる。
「オハナ。オハナ、ハナハナ」
「オハナ、オハナ」
「ハナハナ、ハナハナ、オハナ」
そいつらは供えられた花の前にそれぞれ佇んでいた。肥大化した頭を持つ異様なヒトガタ達が口から垂れ流すのは単純な言葉だ。
頭の大きさに見合わずろくな知能もないのだろう。三級、高く見積もっても二級の呪霊共だ。何ほどのこともなかった。
「花が好きか? だが、ここの花はお前らのためのものじゃない」
「「「ッオハナ! オハナキレイ! オハナ!」」」
声をかけた途端、揃いも揃ってぐりりと体を捻り一斉に俺の方を向き、バタバタと騒がしい動きで俺に飛びかかってくる。
「────【
呪術を発動して俺は呪霊共を迎え撃つ。蛇身躍動により筋肉は密度を増し、拳や頬は鱗に包まれ、犬歯が牙になったことを二股になった長い舌で把握する。
今、鏡を見れば、黒かった髪と瞳が白と赤に色を変え、瞳孔が縦に割れた人外染みた風貌になっていることが確認できるだろう。
蛇人間になる感触はあまり気持ちの良いものじゃないが実用性は確かなものだ。
一番近くにいた呪霊が右手を振りかぶり飛びかかってくる。大振り過ぎて隙だらけもいいところだった。
こちらから距離を詰めて懐に入り込み、胸部に右ストレートを叩き込む。鱗に包まれた拳は胸骨と心臓をもろとも破壊し、呪霊の胸部を凹ませながら吹き飛ばす。吹き飛んだ呪霊が後ろにいた呪霊を巻き込んで倒れた隙に右から向かってきている呪霊に向き直る。
どうやらこちらの呪霊はそのまま突進するつもりのようで止まる気配が無い。正面から受け止めるつもりもないので、墓の柵を足場にして飛び上がり一回転。
真下に来た呪霊の脳天に呪力で強化したかかと落としを振り下ろす。
風船のように膨れた頭蓋を地面に叩きつけ、スイカのように叩き割った。あたりに色々と飛び散って気色悪いが、すぐに消えるので無視する。
先ほど吹き飛ばした呪霊の方を見ると、殴った呪霊は死んだようで既に消えていた。
巻き込まれて倒れた呪霊は仲間がやられたことに恐ろしくなったのか、起き上がりざま俺に背を向けて逃げ出した。
「逃がすかっ!」
逃げる呪霊を"睨み付ける"。すると呪霊はピタリと動きを止めた。
「オハナ!?」
【
にらみつけた対象の動きを封じる拡張術式。目を合わせた方が効果的だし格下でなければ動きを完全に封じるのは難しいが、この程度の呪霊ならば問題なく止められる。
「逃げ回られるのは面倒だ。大人しく祓われろ」
動けない呪霊の
3体目の呪霊を祓い、周囲に他の呪霊がいないか確認してから警戒を解き、消え去った呪霊共に吐き捨てる。
「呪霊ごときが
墓地は呪霊の居場所じゃない。そこにはもう眠っている先客がいるのだから。
静寂を取り戻した墓地を後にする。
術式を解いて、もとの姿に戻りながらポケットからスマホを取り出して電話をかける。
「もしもし伊地知さん? 墓地の呪霊ですけど今、祓い終わりました」
「あぁ、諏訪くん。お疲れ様です。特に怪我などはされてないでしょうか?」
任務の達成報告の度に毎回かけられる労りと怪我の心配はこの2週間で早くも聞き慣れてしまった言葉だ。
「問題なしですね。事前情報通りに三級程度の呪霊でしたから、すみませんが事務手続きの方はよろしくお願いします」
「ええ、もちろんお任せください」
電話を切る。伊地知さんは呪術師を補助する立場だからか非常に丁寧な言葉遣いでこちらに接してくれる。
だが、こちらは未だ十五歳の一年坊だ。しっかりした大人にへりくだるように接されるのは、嫌。という訳ではないが申し訳ないような気持ちになってしまい、どうにも落ち着かない。
「おつかれサマンサー!」
「落差が、酷い……」
「落差?」
おちゃらけた挨拶をしながら現れたのは、目元を包帯でぐるぐる巻きにした長身の男だ。不審者染みていると何度見ても思う。
正直、公の場で一緒にいるのが恥ずかしい格好なのだ。包帯ではなくサングラスに変えて欲しかった。かなり切実に。
「というか、こんなところで何してるんですか五条先生」
「いや、丁度僕の任務の帰り道だったからさ、可愛い教え子の様子を見に来たのと、ついでにご飯誘おうかな~ってね。まっ、
包帯目隠しの不審な男と一緒にご飯はちょっと遠慮したいが、まあ、聞いてはもらえないだろうな……
この不審者の名前は
2週間程の付き合いになるが、言動が適当すぎて対応に困ることもしばしばな人物だ。
「二級術師が三級呪霊に苦戦するわけにはいかないでしょう」
「七海みたいなこと言うねぇ。でも任務にも慣れたようでなにより、そろそろもうちょっと上の任務もやってもらおうかな」
任務の難度が上がるのは構わないのだが、七海って誰なんだ。知らない人のことを出されてもどう反応したものか困るのだが。
「じゃあご飯行こうか。彼方は何が食べたい? 僕は寿司かなー、よしっ! 寿司食べに行こう、決定っ!」
「……寿司より焼き肉が食べたいのですが?」
「僕の行き付けの旨い寿司屋あるからさ~、ご馳走したげる」
「ああ、寿司は確定なんですね……」
私のぼやきも、聞こえていないかのように流して五条先生はすたすたと寿司屋に向かって歩を進める。
──天上天下唯我独尊
というのは些か過剰な表現だろうか。
だがしかし、質の悪いことに五条先生にはそう振る舞うだけの資格がある。
五条先生は強い。最強の呪術師という評判に偽りはなく、訓練で手合わせをして感じ取れた"格"はまさしく桁違いだ。
私の知る
それを思えばこの程度の適当さはかわいいものとも言えるかもしれない。
(いや、振り回される身としてはたまらない。せめて道連れがいればなぁ……)
軽くため息をついて、前を歩く先生を追いかけた。
寿司屋は行き付けと言うだけあって本当に美味しい店だったことは嬉しかったが、逆になんだか釈然としない思いでもある。焼き肉……。
「あっ、そういえば明日新しい一年生来るから仲良くやるんだよー?」
そういう話は普通食事中にしますよね。解散直後の別れ際に投げるのはルール違反ではないですかね。
◇ ◇
「独り寂しい青春を過ごしている彼方君にグッドニュース! なんと今日から同級生が一人増えまーす! ハイ、拍手!」
「余計なお世話です。いいから早く転入生紹介してください」
翌日。教室に入るやいなやハイテンションな五条先生が拍手を求めてきたが素っ気なく先を催促した。
「良くないなぁ、彼方。同級生だよ? 仲間だよ? これからの青春を共に過ごす相手がすぐその扉の裏にいるんだよ? もっと嬉しそうに歓迎しないと!」
「歓迎してますよ。貴方に振り回される仲間が出来るのでそれはもう」
歓迎のあまり本音がポロっとこぼれるくらいには歓迎している。
呪術師はマイノリティーだ。資質を持った人は数が少ないために同学年がいないという事も仕方ないと思っていたが、そろそろ先生と生徒が一人ずつの教室に寂しさを覚え始めていたのも事実だった。
「うーん、彼方も大分砕けてきたねぇ。ま、いいや。じゃあ入っておいで
五条先生がそう言うと、扉ががららと開き、黒髪の少年が現れた。
少しつり目だが、端正な顔立ちの少年は教壇の前に立つとニカっと破顔した。
「俺の名前は
陽気に片手を挙げて彼は言った。
……禪院、ときたか。呪術御三家の一角であり、呪術師を多数輩出する家系。同級生はその家の出なのだろう。
しかし、その割には明るい雰囲気を纏っているように感じる。
自分で言うのはなんだが、呪術師は陰気だ。呪い呪われる業界であるからか明るい人間と言うのは珍しいのだが、目の前の少年はその珍しい側の方らしい、実にフレンドリーな笑顔を浮かべている。
「諏訪彼方です。こちらこそよろしくお願いします。禪院君」
そう言うと、禪院君は少し困ったような顔をした。
「あー、禪院じゃなくて真郷って呼んでくれよ。家のやつがいたらわからなくなるだろ?」
多くの呪術師を輩出してる御三家ならではの事情があるらしい。
「ああ、なるほど。では真郷君と」
「タメだろ? 君もいらねーよカナタ。てか敬語も堅いって」
「まだ親しくない相手とはそういう風に話す癖でして」
「じゃあすぐ使わなくなるんだから今崩してもいいじゃんか」
──────────。
「……そうですか。いや、そうか、わかったよ。これでいいか? 真郷」
「イケるじゃん!」
弾けるような笑顔にサムズアップで肯定された。自信満々な顔つきに、この気安さ。本当に珍しい。ここまで押しが強い手合いは一般の中学校にもいなかった。
まあ、これから同じ任務を受ける事にもなるし遠慮し通しでも都合が悪い。
「うんうん、仲良くなれたところで早速訓練しようか、グラウンド行くよー」
五条先生の声がかかる。心なしか普段より声が弾んでいるように感じる。新しい仲間を五条先生も歓迎しているということだろうか?
◇ ◇
高専敷地内のグラウンド。
よく整備された芝生のグラウンドの中央で真郷と対峙する。
「互いを知るならぶつかってみた方がいいでしょ」
ニヤリ。とイヤに腹が立つ笑顔で言った五条先生の立ち会いの元、致命傷などを与えないよう気を付けた上で模擬戦をすることになった。
グラウンドまでの移動の間に聞いたことだが、彼も二級術師であるらしい。同格の相手だ。
ならば下手な出し惜しみは悪手、そのまま押しきられることになりかねない。
「【蛇身躍動】」
身体能力と感覚器を強化できる蛇身躍動は最初から使った方が良いだろう。
髪と瞳から色素が抜け、体の一部が白い鱗に覆われ、犬歯は牙になり、瞳孔が縦に割れる。
「うおっ!? 変身!? ……蛇人間か?」
私の変貌に真郷が驚くが、隙と言えるほどのものはない。真郷もある程度の場慣れはしているようだった。
「蛇人間と言ってもこれは
解説ついでに術式の開示を小出しに行って威力の向上を図る。
真郷はそれに気づいているようだが動じない。
「へぇ、それが諏訪家の【
真郷が言葉を放つと同時に手を合わせ、何らかの掌印を結ぶ。
「来い! 【玉犬】!」
真郷の呼び掛けに答えるように、真郷の影が蠢き、平面であるはずの影が盛り上がり形を成す。
真郷の左右に白と黒の犬が現れた。
これは式神術だろうが、札を用いるのではなく影絵を元にしたものか。
「禪院家相伝の術式、【十種影法術】が相手になるぜ」
式神と共に牙を剥くように、真郷は獰猛に笑った。
2体の式神は手数という面で単純に厄介だ。式神使いは近接が苦手なのがセオリーだが、真郷がそれに当てはまるかはわからない。
2対1か3対1のどちらになるのかで立ち回りが変わってくる。
ただ、蛇身躍動を使用しさらに呪力で強化をしているため、単体戦力としては私が一番強いだろう。
故に、
真郷に向かって一直線に突撃する。右から玉犬・黒、左から玉犬・白が飛びかかってくる。しかも少しタイミングがズラされていて躱しにくい。
────ならば地面すれすれを滑るスライディングで出し抜く。
「なにっ!? ぐっ、おぉ!」
地を這う蛇のようにするりと式神をやり過ごし、飛び上がる勢いで真郷に殴りかかる。
驚きはしたようだが、打ち込んだ拳にはちゃんと反応した。
ガードの上から打ったが、のけ反る程度で吹き飛んではいない。これは近接戦の心得があるな。
あまりぐだぐだしていると、反転した玉犬に噛まれるだろう。もう一撃だけ入れて離脱──っ!?
がくんっ、と足が沈み込み体勢が大きく崩れた。
整備されたグラウンドにそんなぬかるみも穴もあるわけがない。なんだかはわからないがこれは不味い。
正面の真郷が殴りかかってくる。さらに後ろからも玉犬が迫ってきている。
立ち止まれば圧殺されて負ける。──ならば前に突き抜ける。
【蛇睨金縛】
睨み付けられた真郷の動きが不自然に鈍る。実力差がそれほどではないためか動きを止めるまでには至らないが十分だ。
ぬかるみから脱出し、真郷を撥ね飛ばすように駆け抜ける。玉犬が追いかけてくる気配もないので、振り返れば真郷の元で待機してこちらを睨んでいた。仕切り直しだな。
「もう一発、叩き込むつもりだったがなかなかうまくはいかないな」
「予想外はこっちもだって、蛇睨みか? 色々出来そうな良い術式持ってんなー」
「そちらこそ、流石相伝。影絵からの式神召還だけでなく、影自体も術式対象。厄介だ」
先ほどの足を取られた物の正体は十中八九影だろう。十種影法術というだけあって影自体が彼の術式対象。
もう少し手札を切らないと勝つのは難しそうだ。
呪力の消費が大きくなり、長期戦が難しくなるが仕方ない。
変貌によって白くなった髪をぶちりと十本程引き抜く。
「
十本の髪が十体の白蛇へと変化する。
各々の大きさは大振りな蛇程度だが、その体は私の呪力で出来ている。玉犬の足止め程度ならこなして見せるだろう。
「髪を媒介に神使を降ろしたってとこか。芸達者なやつだなっ!」
「達者には遠いんだ、詠唱破棄は勉強中でな」
真郷が式神頼りではないとなれば私一人では手が足りない。
白蛇に玉犬を止めさせ、その間に私が真郷を倒す。
白蛇を伴って玉犬と真郷に向かって走り出すが、真郷もまだ手札があるらしい。
「来い! 【鵺】!」
親指に親指を引っかけ、翼のような形を両手で作り、真郷が叫ぶ。
すると真郷の影から、燈色の羽を持ち、仮面を着けた不気味な巨鳥が姿を現した。
新手の式神、複数同時に出せるのか、だが構わない。近接戦なら私に分がある。一気に間合いを詰めて倒しきる。
飛びかかってくる玉犬達を躱し、白蛇をけしかけて動きを封じる。
鵺は真郷の元を飛び立ち、私の死角を意識して飛び回っている。奇襲目的だろうが、蛇睨金縛への警戒も考慮しての動きだろう。真郷とやりあいながら目の端で動きを把握するのは無理そうだな。
何はともあれ真郷に殴りかかる。真郷を殴り倒せばそれで勝ちだ。
「シィッ」
呼気と共に呪力を込めた右拳を放つ。蛇身躍動と呪力強化による拳を見切るのは不可能だ。肉を打つ水っぽく重たい音が拳に伝わる。
「ぐっ……」
真郷はきちんと呪力で強化したガードで受けた上に後ろに跳ぶことで威力を殺したが、それでも受けた腕には重い衝撃が走ったのだろう。
受けた瞬間に苦悶の表情を浮かべていた。当然追撃を行う。
地を蹴り、開いた間合いを瞬時に詰め、左拳で打つ。先の右のように力を載せた一撃ではなく、速さと崩しを意識したジャブの連撃だ。火力は劣るが、見切りにくさは右拳の比ではない。
ガードの隙間を縫うように当てて追い詰めて行く──が、鵺が死角から突撃を仕掛けてきたために地面にくっつくようにして鵺の攻撃を躱し、両手を地面についてカポエイラのように蹴りを放つ。
だが、しゃがんだ瞬間に真郷が距離を取ったためほとんど当たっていない。
玉犬をやり過ごしたスライディングでこの躱し方は警戒されていたらしい、立ち上がる前に真郷の影が不自然に形を崩し、私の元に延びてくる。
両手に力を込め、その場から飛び退くことで影の落とし穴から逃れた。
足を取られた時にも本来影がない筈の場所で沈んでいたため影を自在に動かせるのではないかと予想していたが、ズバリだったようだ。
しかし、落とし穴から逃れたはいいが、着地の瞬間を狙い、鵺が横から突撃してきていた。タイミングが良すぎる! 避けられない事を察して咄嗟に腕でガードする。
「ぬぅ、しかしこの程度な、ら!?」
衝撃は痛打と言えるほどではない。しかし、受けた腕に痺れを感じる。鵺は帯電しているのか! これでは動きに支障が────真郷の右拳が迫っている!
痺れの少ない左腕で打ち払う。だが、真郷の攻撃は止まらない。さっきのジャブのお返しかは知らないが左と右のコンビネーションを打ち込んでくる。
動きの鈍い右腕では捌ききれない。後退しながら左で受け、捌く。が、鵺がまた突っ込んでくる。
もう鵺の攻撃を受けるわけにはいかない。真郷の拳を受けてでも鵺の突撃を躱す。
受ける拳も打点をずらしてダメージを少しでも減らす。真郷の調子も出てきたのか拳の回転率が上がってきた。数発捌ききれずにボディに入ってしまう。このまま押し切るつもりか、だが、時間が経つほどに私も痺れから回復しつつある。このまま鵺さえやり過ごせば近接で私が押し返すだけだ──!?
玉犬に絡み付き、動きを封じていた白蛇を通して気付く、白蛇が拘束していた玉犬の式が解かれている!
私の左を防ぎながら真郷が片手で形をつくった。
「【大蛇】」
影が盛り上がり白い大蛇が私に牙を剥く。足元からの大口を開けた奇襲! ────躱せないっ!!
◇ ◇
「うーん、今年の一年は豊作だねぇ」
五条悟が教え子二人の戦いを眺めながら一人感想を漏らす。
「二人とも入学時点で既に二級術師らしいな、悟」
五条の後ろから白衣を着た妙齢の女性が現れ、五条の一人言に付け足すように話しかけた。
アイシャドウで塗ったのかと思うほど色濃い隈を持つのが特徴的な茶髪の女性──
「そうだよ。御三家の一角、禪院家の天才と旧家・諏訪家の先祖帰り。どちらも既に二級。正直在学中に二人とも一級術師になれるんじゃないかと思ってるんだよねー」
「それはまた凄いな。まさしく逸材ってこと」
一級術師は呪術界における主力。大半の術師が二級か準一級で頭打ちとなる中、突き抜けた術師に与えられる階級だ。
そんな存在に学生時点でなれる才能は並外れているという他ない。
「しかし、禪院の方はなんとなくわかるんだけど、諏訪の方はよく分からないんだよね。ほら、諏訪家ってもうずいぶん高専とは関わりなかったって話じゃない?」
「そうだね。諏訪家は歴史を見れば御三家よりも古い家系で、昔は結構な協力もしてたけど、途中で術式持ちが少なくなって外に出せる程じゃなくなったって話でね。段々関わりが薄くなっていったんだ」
術式の継承・保持は簡単な事ではない。だからこそ、それを可能とし術師を輩出し続けている御三家が御三家としていられるのだ。
段々と家系と術式が絶え、断絶してしまう術師の家系は少なくない。
「そんな諏訪家が今になって復活したってこと?」
「復活か、確かに復活と言えるのかもしれない。彼方の術式、蛇神召憑術は正しく諏訪家の精髄と言える術式だ。その術式を持つものは
硝子の目が軽くだが見開かれる。それは悟の同期であり、彼をよく知るからこそ抱く驚きだった。
「……そんなになのか?」
「潜在能力なら僕に並ぶ術師になれると思ってるよ。二人ともね」
悟の言葉には喜びが滲み出ていた。
硝子は知っている。同期の最強が持つ夢、強く、聡い新世代の育成とそれに伴う呪術界の改革を。
それを叶えるための先駆けに真郷と彼方がなるのかもしれないと、硝子は思った。
「そろそろ決着か?」
「そうだねぇ、どっちが勝つと思う?」
何の気なしに悟が言う。硝子は二人に対して詳しくもなくほとんど面識もない。判断する材料をほとんど持っていない。悟も真面目に聞いてるのではなくただ戯れに聞いただけだった。
「……禪院」
「へぇ、なんか理由ある?」
「勘」
よく知る御三家の名前を出しただけともいう、予測でもなんでもない答えだった。
直後、諏訪彼方が式神・大蛇に食いつかれて打ち上げられた。
今まで一進一退で拮抗した戦いを繰り広げていたが、大きく状況が動いた。
これは勘が当たったかと、硝子は打ち上げられた諏訪彼方を見て思った。
だから、硝子と同じく諏訪彼方を見上げた五条が、
「あー、硝子の勘。外れそうだねぇ」
そう、当たり前のように言ったことが、彼女にとっては不思議だった。
◇ ◇
大蛇の口に挟まれながら上空に打ち上げられる。
このまま鵺と連携して勝負を決するつもりか。
確かに、大蛇に噛まれて動けないまま鵺に攻撃されたら勝負ありだろう。
だが、
「私を相手に
大蛇と目を合わせ、
『──現世の名代として命ずる。私を下ろし、伏せよ
大蛇の瞳に映った私の赤目が妖しく輝く。それに合わせて、大蛇の視線が私をはっきりと捉え、怯え竦むのが伝わってきた。
大蛇が私の命令に従い、地上に向かって体を下ろしていく。
「大蛇……?」
指示と異なる行動どころか今や、私の前で頭を伏せる大蛇の姿に真郷は動揺していた。
「──悪いな真郷、私の勝ちだ」
真郷に向かって歩きだす。真郷が身構えようとするがそれは叶わない。
「こいつら、いつの間に!?」
玉犬が影に戻り、自由になっていた白蛇達が音もなく忍び寄り、真郷に絡み付き拘束する。
打ち上げた私に視線を移してる間に、白蛇達は真郷に向かわせていたのだ。
動けない真郷に決定打を入れるために近づいていく。
「──ハイ、そこまで! 勝負ありってことで」
真郷が私の間合いに入った瞬間、五条先生が現れて試合の終わりを告げた。
……五条先生だから不思議ではないが唐突に現れたな。さっきまでグラウンドの外縁で観戦していたはずだが。
五条先生の謎の移動は一旦置き、とりあえず白蛇から呪力を抜いて髪の毛に戻し、蛇神躍動も解除する。
「……っふうぅ」
呪力の消費を実感し大きく息を付く。勝つには勝ったが今の私には大きな負担となる消費量だった。まともに対術師戦をやるのは初めてだが、呪霊戦とはやはり勝手が違う。同格であることもあって真郷は今までの相手で一番の強敵だった。
……五条先生との組み手は敵にすらなれていなかったから例外とする。
「あぁー! くそぉーー!! 勝ったと思ったのに!!」
頭を抱えて真郷が叫ぶ。確かに彼からしたら大蛇による会心の奇襲が成功し、あとは鵺とのコンビネーションで仕留められる算段だっただろう。
必勝の策を決めたと思ったら式神が寝返って作戦が破綻したのだから堪ったものではない。
「いい勝負だったね。互いの実力もわかったと思うけど、どう? 戦った感想は」
「次は負けねー!」
「詠唱省略の必要性を感じました」
髪依白蛇の詠唱省略の習得を急ぎたくなる一戦だった。
蛇身躍動の強化や、そもそもの呪力総量・出力の向上。体術の磨き上げもそうだが、髪依白蛇を奇襲的に用いることが出来たらもっと簡単に勝利を上げることが出来たと思っている。
呪霊相手ならば搦め手は余り意味を持たないが、術師相手ならば搦め手は極めて有効だ。習得すれば効率的な戦いが可能となるだろう。
対呪詛師、ひいては準一級以上の呪霊戦においても大きな力となるはずだ。
「彼方は技術関係の習得で、真郷は近接もっと鍛える感じだね。じゃあ一旦休憩で、休憩したら続きやるからねー」
◇ ◇
「あ"あ"ぁ"ぁ"喉乾いたぁ"ー。カナタァ! 自販機行こうぜ! 場所知らねーけど!」
という真郷の叫びを受けて、自動販売機に向かう道中にどうでもいい話をしていた。
何を飲むか、コーラはペプシ派かコカ・コーラ派か、そもそもコーラより好きな炭酸は何か、もっと言えば炭酸が駄目かどうか……そんななんでもない話を。
唐突に始まったどうでもいい話は、終わる時も唐突で、なんとなくで不意に途切れてしまった。
そうすると、何を話すでもない。気まずいような静けさが私と真郷の間に出来てしまった。
しかし、その静けさは長くは続かなかった。真郷が沈黙の空白を嫌ったのか、話を切り出してきたからだ。
「……カナタはさ、高専に来た理由とかってあるか?」
陽気と元気の塊のような男から出たとは思えないくらいに真摯さを感じさせる、呟くような問いかけだった。
「あるが」
でなければ私は故郷から出てくることはなかっただろう。
「……どんなの?」
「真郷も言うなら教えるよ」
「…………」
言いにくい理由でもないが、一方的に聞かれるのは釈然としない。
数瞬、間を置いてから真郷は話しだした。
「俺にはさ、妹が二人いるんだよ。双子のな」
「……それで?」
話を促したが、もうおおよその事情は察せてしまった。
呪術師の家系では、よくある話とも言えるかもしれない。
「真希と真依。真希は天与呪縛のフィジカルギフテッドで呪力がない。真依は術式はあるものの気質と才能が呪術師としては向かない感じでさ。双子は凶兆、なんて家の連中は噂してやがった」
──呪術師の家系において、呪術師としての才能はその人間の評価の全てだ。
才あるものは持て囃されるが、才無きものは人間扱いされるかも怪しい。
呪術師の家系の、負の側面だ。
「俺は兄貴だからさ、あいつらには幸せでいて欲しい。だから東京の高専に来た。あいつらの逃げ場になれるように、最強の指導を受けるために」
話す真郷の横顔は、優しげな笑みを浮かべていた。そして強い瞳をしていた。射抜くような剣呑なものではなく、包み込むような暖かな瞳だ。
「……………………っ、」
言葉が出なかった。
そうですか、というような相槌の言葉すら紡ぐことが出来なかった。
私の理由は私にとって譲れないものではあるが、彼のような眩いまでの光を放つような理由ではないからだ。
もっと身勝手な、そして憤怒と嫌悪に彩られた呪わしい信仰が動機であるから、真郷の光に焼かれたように、口を開くことが出来なかった。
「──って、んなこと言われても困るよな! わりぃわりぃ。でも話したんだからカナタのも教えろよー」
しんみりとした話をしたことが恥ずかしかったのか、誤魔化すように笑いながら私の理由を聞いてくる。
余りにも強い真郷の善性に言うのは躊躇われるが、聞いたら話すと言った手前言わないわけにはいかなかった。
「……私が高専に来た理由は」
「来た理由は?」
「────呪霊共を根絶やしにすることだ」