境界に立つ者 作:鷹茶
がしゃどくろ。埋葬されなかった死者の怨念と骸骨が合わさり生まれるとされる妖怪。
昭和中期に創作された妖怪であり、巨大な一体の骸骨としてイメージされる比較的ポピュラーな妖怪だ。
もしも呪霊として生まれていたとしたら特級仮想怨霊として登録されたことだろう。
だが、目の前で俺たちを逃がさんとしているがしゃどくろは呪骸の一種だ。
故に呼称するならば、特級呪慿集骸とでも名付けるのが妥当だろう。
────まあ、それも全ては、生きて帰れればの話であるが。
◇ ◇
「カ カ カ カ ッ」
がしゃどくろが嗤うと同時、周囲の景色が塗り替わっていく。
整備され、新しい墓石も古い墓石も等しく並び立っていた昼間の墓地から、骨が折り重なり積み上がり、地面が見えない程骨で埋め尽くされた深夜の骨塚に姿を変える。
「領域展開!?」
呪術の最終奥義とも言える領域展開。自身の生得領域を展開し相手を閉じ込める結界術。領域内では術者の能力が向上し、何より術式が必中になる!
対抗手段無しならそのまま詰みもあり得る極めて強力な術だが、そんなものまで使えるのか!? いや驚いている暇など無い。奴がその巨大な腕を振りかぶっている!! 躱さなけれ──真郷が動けていない!
「真郷!玉犬しまえっ!」
半ばタックルするように真郷を抱えたところで、白い天井が落ちてくる。
────轟音。
骨が骨を打つ音だと到底信じられないほどの衝撃だ。直撃は避けたものの砕け散った骨塚の骨が
呪力で守ったため大事はないが余波だけであちらこちらが痛む。ちらりと叩きつけられた地面を見たが、そこには砕け散った骨で出来たクレーターがあった。そして──ぺしゃんこに潰れた玉犬・黒の姿もだ。
式を解くのが間に合わなかったか、特級の圧にやられて動けなかったのは玉犬も同じだった。そして、潰れた玉犬は動けなかった場合の俺たちの姿でもある。
ぞっとしない威力だ。しかし、朗報もある。
おそらくこの領域は術式が付加されていない不完全な領域、ただの生得領域だということだ。
わざわざ直接攻撃を行ってきたのがいい証拠。最低でもこの領域において術式の必中効果はないのだろう。でなければ、領域展開をしてまで術式を使わない理由がない。奴からの攻撃は物理攻撃のみだろう。
ただ問題は、奴を倒さなければここから逃れることが出来ず、およそ十メートル近い大きさの化け物を倒さなければならない、ということだが。
思案は一瞬、肩を真郷にタップされたので真郷を離す。
「……わりぃ、助かった」
「いいさ、玉犬は破壊されてるが大丈夫か?」
「どうにかするさ。そうでなきゃあいつらの元に帰れねぇしな」
虚勢も混じっているが、表情に闘志が見える。この様子なら問題なさそうだ。
しかし敵は格上。あるかわからない勝ち目を模索するしかない相手だ、闘志を燃やしただけで勝てる相手ではない。
そこで、立ち直った真郷が提案する。
「ヒット&アウェイで崩していこうぜ、一撃も食らわないようにやるしかねぇ」
「少しずつでも削っていくしかないか。薙ぎ払いの射線には互いに気を付けよう。思わぬところで潰されかねないからな」
互いに頷き、弾けるように別れた。
がしゃどくろを中心に円を描くように走りながら奴を分析する。弱点となる場所はまず間違いなく頭部だろう、骸骨の時の弱点であったし、呪力もそこが最も濃いからだ。
つまり頭部に奴の核がある。それを潰せば奴を壊せる。が、今の奴は果てしなくでかい。妨害を掻い潜ってその体を駆け上がるのは現実的ではない。
俺が奴の頭部に近付くのではなく、奴の頭部を手の届く場所まで持ってきたいところだが、まずは試しだ。
奴の足元に向かって進路を変える。果たして足元から崩せるか?
自身に近づく俺に向かってがしゃどくろが地面を慣らすように腕を薙ぎ払ってくる。砂遊びをする子供のような動きだが巨大な奴のそれはとんでもない脅威だ。
薙ぎ払いは地面を擦るように行われていて、腕と地面の間には接地面と僅かな隙間があるが、腕が削岩機のように地面の骨を砕き、隙間には骨の礫が乱舞している。──到底潜り抜けられるような代物ではない、跳ぶしかないか。
一メートル弱ほども厚さがある骨腕を跳躍して躱し、飛来する骨の破片は鱗と呪力で防ぐ。
足場として不安定な骨塚に着地するが、転ぶわけにはいかない。なんとか駆け出し、勢いそのまま地面を踏み切って、奴の脛に大きく振りかぶった右拳を叩きつけた。
────硬い。
立ち止まっての踏ん張りを効かせた一撃ではなかったが、全力疾走の勢いを乗せた本気の一撃だ。だが、こいつには寸毫たりとも効いていない。
硬質な骨に多大な呪力が満ちた奴の体は呆れるほどに頑丈だった。真っ当に削って倒すのは無理だと、痛みを追い出すように右手をヒラヒラさせながら悟る。
工夫をしなくては戦いにもなりはしない、考えろ。だが俺が打開策を思い付くより早く真郷が手を打った。
「やれ、鵺!」
がしゃどくろを挟んで俺の向かいから真郷が叫ぶと同時に、遥か頭上で紫電が弾け、がしゃどくろが手で顔を庇ってよろめいた。
「鵺! 眼球狙いか!」
空に燈色の怪鳥が羽ばたいている。鵺ならば高低差を気にする必要はない。奴の急所まで一直線に飛んでいける。
奴が怯んでいる今が絶好のチャンスだ。瞬間、脳裏に閃いたアイデアと共に奴の足元に駆け戻り、奴の足に平手を叩きつける!
【蛇毒変成】
叩きつけた掌から毒へと変質させた呪力を多量に流し込む。人に使えば数分と待たずに命に関わる劇毒だ。その強力な毒素は骨の髄まで浸透し、組織を溶かして骨をも侵す。
打撃が通用しないならば骨の組織から崩壊させるまでだ。
もっと多くの毒を浸透させたかったが、流石に特級。すぐに立ち直り鵺を追い始め、ついでとばかりに足で地面を踏み鳴らす。
奴の腕を鵺は回避に専念して辛くも躱しているが、振り回される腕に当たれば一撃で鵺が破壊されてしまいかねないし、適当な踏みつけでも巻き込まれれば俺も一巻の終わりだ。
がしゃどくろの足に踏まれないギリギリの位置をキープする。時折骨が飛んでくるのを払って奴の足が止まるのを見計らい、再度足に近付き毒を流し込む。
何度か繰り返し毒を注ぎ込むことは出来たが、毒を流し込んだ箇所から骨が毒々しく変色していることに奴は気づいたのか、先ほどよりも明確に俺を狙ったストンピングを行い、しかも逃げ先に蹴りまで繰り出してきた。
当たれば全身の骨が粉砕しそうな蹴りに当たるわけにはいかない。姿勢を低くし、地面を擦るように蹴りを搔い潜る。
今までは急所を狙える鵺と比較して俺は脅威度が低かったために散発的な踏みつけしかしてこなかったが、異常に気付いたのか牽制以上の攻撃を仕掛けてくるようになっている。
落ちてくる踏みつけをを躱し、繰り出される蹴りを潜り抜けて足の止まる隙に毒を差し込んでいく。ヒット&アウェイを忘れた近接戦だ。
本来ならば逐一離脱したいところだが、鵺の撃墜に集中されて落とされてしまえば奴への有効な手段が減ってしまう。だからこそ奴の狙いを分散させるために、敢えて自身を的にするように着かず離れずの戦い方を強いられていた。
視界に映った限りでは鵺もがしゃどくろを翻弄するように飛び、両腕を掻い潜りながら帯電する翼を叩きつけているように見えた。もしも俺と鵺のどちらかが欠ければ戦局が一気に奴に傾いてしまうだろう。
現状を維持し、俺が足を崩すか、鵺が急所を破壊するかが出来れば奴の打倒に大きく近づく。特級相手に善戦しているが、薄氷上の戦いだ。
奴の攻撃をすべて躱し、こちらの有効打をすべて通す無茶苦茶な綱渡りをこなさなければ戦いにならないというのが事実。それだけの地力の差が俺たちとがしゃどくろの間にはある。だが、格上との戦いは呪術師の常だ。ここまでの差はそうあることではないがこの綱渡りを渡り切らなければ俺たちに
────上空で紫電が弾け、奴の足が止まる。
相当変色した足を見る。あと2、3回毒を打ち込めば足を崩せるだろうか、足を崩せば俺も急所狙いが可能となり打倒の可能性が大きく上がる。
綱渡りの終わりが見えてきた。毒を打ち込むために骨塚を蹴り奴に近付──っ、急激な呪力の高まり!?
咄嗟に両腕を交差して顔を守りながら全力のバック走で後退する。相当なスピードでがしゃどくろから離れていく最中腕の隙間から、奴が膨大な呪力を圧縮し全方位に放出しようとしているのが見えた。なんという呪力量、俺と鵺をまとめて片付ける気か……。
圧縮された呪力が臨界を迎え、奴を中心に呪力が爆発する。逃げ場など無い、骨塚を吹き飛ばしながら高速で迫る呪力の衝撃波を前に俺が出来ることは呪力で守りを固めることだけだ。
瞬間──世界が白に染まる。
………………………………?
「──っ────っ──────?」
耳が、馬鹿になったのか? 自分の声すら、聞き取れない。衝撃波に付随した、爆音のせいか。一時的に、聴覚が、イカれているのか。
おそらく、ひゅうひゅうと、浅い呼吸を繰り返している。耳は聞こえないが、膨らみ、縮む。肺の感覚で、それを理解する。
チカチカと光が飛んでいる視界も、徐々に回復して物が見えるようになってきた。
「くっ、かあぁ……はぁっ──」
意識が飛んだのは一瞬だったのか、奴はまだ衝撃波を出した場所からは動いていないようだ。だが奴を中心にして球状に全てのものが吹き飛ばされている。
範囲にあった骨は残らず砕けたのか最早元の形を想像することもできないだろう。そんな白い荒野を作り出した一撃を受けて無事で済むはずがなかった────
全身が呪力の圧で打ち据えられたせいで痛み、鱗が無い部分は所々鬱血している。運悪く骨片が突き刺さった部分から流れた血のせいでこの白い世界で俺の周りだけが赤く染まっていた。
そして極めつけは左腕だ。ガードで前にしていたからか前腕骨が折れていた。この戦いではもう使い物にならないだろう。
負傷具合の酷さにめまいがする。蛇神躍動と全力の呪力で身を固めた俺でこのざまなら真郷は────
「──真郷っ! そうだ、真郷は? ……真郷は無事か?」
歯を食いしばって立ち上がる。
白一色の地面に黒い高専の制服はよく目立つ、がしゃどくろの向こう。かなり距離が離れていたが真郷はすぐに見つけることが出来た。
──砕けた骨の上、血だまりの中で倒れ伏している友の姿を。
「…………ま、さと」
距離が、ある。だからここから真郷の状態を正確に理解するのは困難だ。
俺よりもがしゃどくろから遠い位置にいる。衝撃波の威力もより減衰している筈だ。
真郷ならば機転も効く。何らかの防御策を講じた可能性は大いにある。
だが、血だまりに倒れ、まるで動かない真郷の姿に俺の心は千々に乱れた────。
「彼方はさぁ、惜しいんだよね」
五条先生がサングラスをズラし、言う。覗かせた六眼は私の何かを見透かしているのか、持ち主に似合わない澄み切った空色の輝きを湛えていた。
「才能も術式も抜群、基礎的な習熟も早い。だけど地味~な成長しか出来てないのはなんでだと思う?」
地味な成長と言うが、私は高専入学以前と比較すれば格段に早く成長している。対等に競い合える相手と現場に出る頻度の増加に実家とは異なる高専の教育ノウハウは確かに効果として現れ、呪力操作に結界術、体術と知識、そしてそもそもの呪力出力までが向上している。
それらの事実を主張しては見たが、五条先生はそれでは不十分だと言いたいらしかった。
「確かに彼方が言うようにそれらも大事な要素だよ。でもさ、そういうのじゃないんだよね。僕が言いたいのは大本の方。呪術の、呪力の、もっと言えば
そんなことを言ってサングラスをかけ直した五条先生は、酷く面倒くさそうに……でもなぁー、と言葉を続けた。
「面倒な
いつかの訓練中、突然明かされたのは自身ですら心当たりのないことだった。
結局その時は要領を得ないままだったが、この土壇場で理解に至る。つまりは
友を傷つけられたことで千切れた俺の心が怒りで一つと成り、濁る。
ドス黒い、粘着質なタールのような憤怒が俺の
──真郷は俺の友なのだ。
諏訪家において、私は
蛇神召憑術は御神と繋がる術式だ。それはつまり、生まれた時から絶大なる呪いと祟りの化身である御身を知覚し続ける。そして知覚され続けるということを意味する。
故に、当家では時折赤子が狂い死ぬのだ、文字通り。
御身が危害を加えずとも、むしろ加護を与えんとしたとしても、そもそも存在の格が違いすぎて赤子の精神が勝手に潰れてしまう。
だからこそ、俺が”祭られているのは自身と繋がりある御方か?”と父母に問うまで私に蛇神召憑術が刻まれていることに誰も気づいていなかったくらいだ。
祀られるが如き扱いは遠巻きにされる事と似る。不思議と寂しさを感じることはほとんど無かったが、温かい思い出なんてものはもう記憶の彼方だ。
お前が編入してすぐ馴れ馴れしく距離を詰めてきたことに私がどれだけ驚いたかわからないかもしれない。
早々に意気投合して、馬鹿らしい勝負までしているなど一月前の俺は信じないだろう。
馬鹿に楽しそうに、妹たちが如何に可愛いらしいかと自慢するのを聞いてまたかと教室で呆れることも。
座学で負けた腹いせに、私がプレイしたことの無いスマブラを持って私の部屋に突撃し勝負を仕掛けてきたことも。
五条先生の適当すぎる連絡のせいで集合場所で待ちぼうけを食らったことも。
任務終わりにファミリーレストランでぐだぐだと時間を過ごすことも、もう────
────下らない日々は輝かしい。そして、それを奪われることは呪わしい。
立ち上がった俺を見下ろすがしゃどくろを見上げれば、溢れた殺意が俺に漲る。
『呪い殺す』
それこそが、俺の本質だと。
「【蛇身躍動ォ!!】」
御神との同調を自身の制御出来る限界など放り投げて高める。
手から前腕半ばを覆っていた鱗が、ざらりと肩まで生え揃い、なお侵食するように全身に広がっていく。牙が伸び、顔にもまばらに鱗が生え、ひび割れるように不気味に紅く輝く文様が刻まれていく。
そして瞳は大蛇に命令した時よりも強く、禍々しい深紅の輝きを得る。
俺は
「報イをクれてやル、【
言い伝えを基にする拡張術式、しっぺ返しと呪詛返しの呪法。この手の呪法は御神の得意とするところ、今の俺ならば十全に扱える。
蛇差手腐によって奴の左腕に亀裂が入り、全身の動きが若干だが鈍る。
実力差や負傷度の違いで効果が変化するせいで折るには至らないが知ったことではない。
駆け出す。全身の痛みも、折れた左腕も、変貌していく肉体も、知ったことではない。俺は何よりもこいつを殺さなくてはならない!
全速で迫る俺を迎撃しようとがしゃどくろが慌てて腕を振るっても、鈍った体では俺の影しか捉えられない。
俺は全力の踏み込みで震脚。怒りのままに全開の呪力を、全霊の拳に乗せて
「アあァァァッッ!!」
爆発した怒りが突き動かした肉体と呪力は完全なタイミングで炸裂し、拳の先で
毒に侵された奴の右足が文字通り消し飛び、黒閃を放った俺は呪力の核心を掴んでいた。
【黒閃】呪力と打撃の衝突誤差が0.000001秒以内の場合に発生する空間のひずみ。
黒閃は打撃の威力をおよそ2.5乗にまで跳ね上げ、発生者に呪力の本質の理解と一時的なゾーンを授ける特異現象。
感じる。呪力の本質は呪いの本質。それはすなわち御神の本質だ。
俺は今、生まれてから最も神の視座に近付いている。黒閃を放つ前の俺が放り投げた術式の制御を掴み取ることが出来るほどに!
一呼吸の間に俺は更なる変貌を遂げた。
鱗の浸食は止まり、白い鱗は四肢を余すことなく覆う肌に沿った具足となり、顔の下半分に白い仮面が現れる。牙と梶の葉の文様が赤色で描かれた仮面だ。そして、瞳は完全に蛇神の邪眼へと置き換わり、縦に裂けた瞳孔が深紅に輝いている。
今までにない力がこの身に宿っている。この力で、殺し切って見せる!
片足が消し飛んだ奴がバランスを崩し後ろへと倒れ込む。巨大な奴が倒れたことで軽く地面が揺れ、足場として不安定になるが関係ない。
すでに俺は奴の肋骨を足場に頭蓋骨の目前へと迫っているからだ。
「 カ!? 」
左腕の破損、右足の消失。そして眼前に現れた俺。碌な傷もつけることが出来なかった筈の俺の反撃に奴は混乱と驚愕から戻ってくることが出来ずにいる。
それが今度こそ致命傷となるのだ。呪力を纏う厚鱗に覆われた右拳ががしゃどくろの左眼窩に納まる不気味な光球を貫いた────。
「 ガ ア ァ ァ ァ ァ ァ ァ !!??」
巨体に見合うような衝撃波染みた叫びに空気がビリビリと響くが、この程度で俺は揺れない。このまま頭蓋の奥にある核目掛けて呪力を解放してやる。
────それは突然だった。
がしゃどくろの断末魔が唐突に止み、顔面から呪力を放出してきたのだ。
「なにっ!?」
顔面に取り憑いていた俺は呪力の放出に直撃して跳ね飛ばされてしまった。
ゼロ距離かつ特級の呪力放出といえども、ほとんど溜めることなく放たれたことと、深度を増した蛇身躍動が発動していたことによりダメージは皆無だがトドメの一撃が不完全だ。
呪力を放つことは出来たが威力不足かつ照準がブレた。あれで奴の核を破壊できたか?
「────ガ ガ ガ ガ ガァ !」
口惜しいことに、奴は健在だ。声と動きに異常が出ているようだが、残った右目が俺を睨みつけている。
この様子では核に傷はついたが破壊には至っていないというところだろう。いずれ不調を起こして自壊するかもしれないがその前に俺を仕留めるつもりなのがよくわかる。
「 ガ ガ ガァ !」
雄叫びとともに奴は地面の骨粉を巻き上げるように右腕を振り上げた。
「目眩ましだとっ!?」
今までこちらの退路を塞ぐくらいしか知性を見せてこなかった奴がここにきて目潰しとは……骨粉が舞って出来た白粉のドームに紛れるように白い右腕が降ってくるのを呪力で感じ取って躱す。
視認性は悪いが呪力さえ感知できれば明らかに呪力の濃い奴自信を見失うことはない。
躱した右腕を殴りつける。ミシミシと骨が軋み、罅が入った。
今の俺の拳ならば確実なダメージを与えることが可能だ。ただ左腕が折れているせいで手数が足りない。両手でラッシュすれば削り切ることも不可能ではなさそうなのだが。
殴ったことに反応したのか俺をひき潰すように右腕が薙ぎ払われるが、右腕に手をついて乗り越えればいい。そう思い、飛び越えようとした瞬間、白い煙の中から突然現れた奴の左手が俺を捕まえていた。
「なっ!?」
煙に乗じた左手に気づくことが出来ず捕まってしまった。馬鹿な、奴の左腕の呪力はまだ骨粉の外にあった──骨粉の外で感じていた呪力が消えている? ブラフかっ!
奴の左腕は俺を掴む直前までほとんど呪力が籠っていなかった。おそらく稼働できるギリギリの出力だ。巻き上げられた骨粉は生得領域内のものだけあって多少の呪力が籠っており、ばらまかれたこのドームは呪力感知に対するチャフ染みた効果を発揮していた。とは言っても奴の出力を完全に隠せるほどではなかったが、出力を落とせるならば話は別だ。
今まで全身に呪力を漲らせていただけに稼働のためにも呪力を抑えて隠すことなど出来ないと考えていたが、出力を最低に落とし、呪力操作で偽の腕まで作って俺を捕まえに来るとは……
「コイツ、今まで半自動制御だったくせに今になって完全に術者が操作してるのかっ!」
おそらく顔面から呪力を放ったあの瞬間からだ。
自信作が壊されかけて焦ってマニュアルにしたのだろう。
しかし不味い、流石に力はがしゃどくろの方が上だ。
煙が晴れ、掴んだ俺を見た奴が、いやがしゃどくろを通した術者がにたりと笑っているのがわかる。
俺を掴む左手に力を込めてくる、このまま握りつぶされてしまえばそれで終わりだ。
ふざけるな! 体に呪力と力を込めて抵抗するが、猶予はない。なにか、なにか手を打たなければ…………
「────【玉犬・渾】」
「グルルゥァアアッ!!」
吠え声とともに放たれた爪が俺を掴む左腕の亀裂が入った部分を削りへし折った。
そいつは俺の知る玉犬と違い、狼ではなく人狼めいたフォルムをしていた。
破壊された玉犬・黒を腹の内に抱えるかのように腹側が黒く、背中側が白いそいつは玉犬達の融合体なのだろう。
そう、玉犬がいるということは────
「カナタは、殺らせねぇ……」
「っっ、真郷っ!」
血だまりに座り込むようにしながらも掌印を組み、友はこちらを向いていた。
「──ブチかませっ! カナタァ!!」
左手の拘束から解放された瞬間、折れた奴の左腕の中指を握る。デカいが掴めないことはないサイズだ。
「折られた左手が使い物にならなくて困ってたんだ。お前のを使わせてもらおう」
前腕の半ばから先、俺の身の丈を超える骨棍棒だ。頑丈で呪力の通りも良い、一撃で殺されかねなかった脅威の一品だ。
これなら少々の小細工ではどうにもならないだろう。
「──いい、加減っ。死ィっねぇぇぇぇぇぇ!!」
腹の底から吐き出した殺意を乗せた渾身のフルスイングが右腕の防御もろとも、がしゃどくろの頭蓋骨を完膚なきまでに粉砕した────。
◇ ◇
がしゃどくろが破壊されたことで生得領域が解かれ、薄気味悪い夜の骨塚から元の整備された墓地へと戻ってくる。
「真郷っ!」
生得領域が解けたことですぐ近くに現れた真郷に近寄り無事を確かめる。
「無事か? 生きてるよな? 傷は大丈夫なのか!?」
「大丈夫だ、元気とは言えねーけど……大蛇に守ってもらった。というか見慣れない姿だからわからなかったけどお前もボロボロじゃねーか。腕折れてるし、カナタのが重症じゃないのか?」
「俺?」
存外元気そうな真郷に驚きながらも胸を撫で下ろしたが、自身の様子を確認すれば左腕の骨折から全身の打撲に切り傷だらけ。流している血の量も打億痕も明らかに俺の方が多かった。
「……救急車呼ぶか」
「……カナタのスマホは無事?」
ヒビだらけのディスプレイに潰れてスマートさが増したスマホを真郷が摘まんでパタパタと振る。
真郷よりも重症の俺のスマホも言うまでもなく、
「実際にポケットのビスケットを叩いたらこうなるな」
「人がいるところまで行こう」
「四の五の言ってられないな」
思わぬ強敵との激戦を制したが最後は締まらないものだ。
呪詛師の出現も警戒したが、周囲の呪力は残穢を残してきれいに晴れてしまってる。あれほどの呪骸を使うだけあってなにかしらの縛りでも設けているのか、結局呪詛師が現れることはなかった。
そして血だらけの重傷者二名は通りかかったおばあさんを大層驚かせてしまったものの、無事病院に運ばれることとなった。
◇ ◇
「うっそだろぉ? がしゃどくろ壊すとかマジかよぉ!? 一年坊だろ!? あっりえねぇんだけどぉ!?」
死闘を繰り広げた墓地を一望できる丘の上で一人の男が信じられないとばかりに悪態をついていた。
黒地に白のストライプが入ったスーツを身に付け、ポマードでオールバックにセットした髪をぐしゃぐしゃと掻き毟って台無しにしてしまっている。
フォーマルに整った服装の成人男性が顔を怒りで真っ赤にしながら悪態を喚き散らす姿は実に見苦しかった。
「あ"ぁ"ーー、禪院の
かつての戦争において雑な処理をされた死者の山の中で呪物と化していた頭蓋骨をベースに、総勢二百七十二の遺骸と九十九もの呪霊をもとに造り上げた男の傑作である呪骸は目的を果たせず返り討ちに終わった。
いくら禪院と諏訪の天才たちとは言え未だ若造。高専の一年坊程度なら殺せて当然、少なくとも禪院の奥の手で相打ちが関の山だという試算は見事に御破算となった。
「あーあー、夢が遠退くなぁ。いい加減叶えたかったってのに足踏みとかないわぁ」
一頻り喚いて落ち着いたのか、男は脇に止めた黒塗りの車に、肩を落としてとぼとぼと乗り込んだ。
運転席に座った男がキーを回すと低く唸りを上げてエンジンが始動する。
「────出し惜しみはいけなかったかぁ」
男、