彼と一緒にいる時は、心が安心した。
彼の笑顔が、好きだった。
暖かくて、優しくて........でも。
でも今は、それが全く感じない。むしろ、その逆だった。
私達の目の前に立つその存在は前までの彼とは雰囲気が違った。
その身体からは圧倒的な"殺意"を感じれた。
ろんはユウの顔を見つめ、未だに信じることを拒否している......が、
目前の彼から漂う絶望がそれを一瞬にして消し去った。
「..........アークスを.......私達を裏切って、どういうつもりですか?ユウ。説明しなさい。」
蝉時雨はこれまでに見たことの無い、怒りの表情をあらわにし武器を構える。
しかし、その質問の答えは帰ってこなかった。
蝉時雨が瞬きをした瞬間、ユウとの距離が一気に縮まっていた。帰ってきたのは、無慈悲な攻撃だった。
「........なんで"敵"に教えないといけないんですか?.......親しい関係だったけど、僕は容赦しませんよ。」
その言葉と共に振り下ろされた一撃を蝉時雨は咄嗟に受け止める。
「........"だった".....?貴方はそんな簡単に心を切り替えられる人なんですかッ!」
無理やり押し返す。
ユウは後方に跳び、距離をとる。
そして牽制するように左手から気弾を放つ。
「ッ!!」
こちらへ飛んでくる気弾をソードで一つ一つ、確実に破壊していく。
「........人なんて、いくらでも心を切り替えられますよ。僕のよく知ってる人も最初は仲良くしてくれたけど、最終的には僕らを切り捨てる為に心を切り替えた。」
一瞬だけ、ユウの表情が変わったように見えた。
しかし蝉時雨はそれに気づいてはいなかった。
通信でシエラに連絡を入れる。
「........シエラ。作戦は失敗です。........ユウが、私達を..........裏切りました。この事を、全アークスに連絡してください。」
シエラは通達内容を理解することが出来ず、蝉時雨に聞き返そうとしたが、蝉時雨はすぐに通信を切った。
そんな悠長に待ってはくれないと確信していた。
蝉時雨は背後で崩れているろんに声をかける。
「大丈夫ですか、ろん。アナタは一旦退いてください。」
「..................。」
返事が帰ってこない。
ろんが見せている表情は、今まで見た事ないものだった。
襲いかかる恐怖と、激しい悲しみが混じり合って言葉では表現出来ない。
「..........もう待ちませんよ。」
冷たい声が耳を突き刺す。
その瞬間、蝉時雨とユウの距離は再び縮まっていた。
攻撃を受け止め反撃に出る。
素早く攻撃をいなし、攻撃の波が一瞬だけおさまった時にこちらが攻撃をする。
しかし、それはユウも同じだった。
蝉時雨の攻撃を一つ一つ確実に防ぎ、反撃に出る。
2人のぶつかり合う音、衝撃が周囲に反響する。
目の前で行われている光景にろんは頭が真っ白になっていた。
一緒に笑いあっていた存在が、戦っている。
かつて開催されたアークス戦技大会のような優しいものじゃなかった。
明らかなる"殺意"が溢れている。
気づけば、蝉時雨は自らの枷を2つ外していた。
一瞬でも気を抜けば倒されてしまう。
最後の1つは最終手段として残しておくが、それもすぐに外してしまいそうだ。
大きく振りかぶり、一撃をユウに放つ。
強い衝撃と鼓膜を破壊するような大きな音と共に、その一撃は受け止められた。
(いくら受け止められたとしても、またすぐに攻撃をすれば......)
っと思った矢先、ユウは蝉時雨のソードを受け止めたまま反撃に出た。
ギャリリと金属音のような音を発しながら、蝉時雨の首元に刃が迫る。
(避けきれない.....!枷を......ッ!)
間一髪、最後の枷を外してその攻撃を避けた。
しかしこのまま攻撃の手を緩めてしまったら分が悪い気がする。
ならば───────
蝉時雨は枷を全て外した状態で、ユウに攻撃を仕掛ける。
何度も繰り出される斬撃をユウはいなし、避け、受け止める。
速度は勝っている......このままッ!
蝉時雨は一気に距離を縮め、大きくソードをなぎ払う。
この距離でこの攻撃、この速度なら避けることも剣で防ぐ事も出来ない。
.........しかし、ユウはその考えを越えてきた。
蝉時雨の武器を持っている手を下から叩き、攻撃の軌道をズラしたのだ。
まさかの回避方法で蝉時雨は驚いてしまう。
(焦るな....攻撃を仕掛け続けろ!!)
なぎ払った攻撃から更に振り下ろす攻撃へと繋げる。
......が、またしても防がれる。しかも今度は......
「.........シバと同じ、フォトン吸収のバリアですか......!」
「はい。」
激しい衝撃がバリアに吸われていくのが分かった。
急いでこの接触を外さないと........
「蝉さん、僕は覚えてますよ。」
突然、ユウが話をしだした。
「...........?」
その瞬間、展開されたバリアが蝉時雨を包み込んだ。
「なっ.....!?」
「あなたのその枷は自身の力を抑制させるもの......3つ全て外せば本来の爆発的な力を解放できるって。だけどその代わり、身体にかなりの負荷をかけてしまう。..........僕はそれを狙ってました。このバリアは、さっきの衝撃が吸収されています。」
そう言うと、ユウはバリアで捕縛した蝉時雨を天井へ吹き飛ばした。
壁にぶつかると同時に、吸収された衝撃が解放される。
激しい音はマザーシップ全体に響き渡った。
瓦礫と共に、蝉時雨が落ちてくる。
ボロボロな身体になった少女は、ろんの目の前に落下した。
「...........蝉......さん.........。」
ろんは目の前で動かない蝉時雨の身体を起こし、抱き寄せる。
私は何もできなかった。恐怖で身体が動かなかった。
最後まで、何も。
恐怖を殺し、ユウに挑んだこの少女の身体を抱きしめることしか。
「.............。」
ゆっくりと足音をたてながら、ユウがこちらに歩いてくる。
.........次は、私の番なんだろう。
今まで真っ白だった頭が、僅かに思考をする。
ユウがナウシズに訪れた時から始まった、ユウとの交流。
どれも鮮明に覚えていた。この人から漂うフォトンは不思議で、人のフォトンに敏感に反応する私にとっては新鮮なものだった。
お話をするのも......楽しかった。投げかけられる言葉も.......嬉しかった。
........なのに、それも全部........全部.........。
気づけば私は叫んでいた。
内から沸き起こる感情のままに。
「今までの思い出も交わした言葉もその時に感じたことも全部...全部...嘘だったの...!?答えて!!」
その叫びで、ユウの足は止まった。
ただ静かに、ユウは私の目を見つめる。
そして、その口は開かれた。
「..........嘘じゃないよ。ろんや皆と過ごした時間はどれも偽り無しで、僕にとって大切なものだった。........けどこのままだと、何も変わらない。何処にも歩めない。繰り返すだけだ。」
また一瞬、ユウの表情が変わった。
だけどその目からは何かを決めたような、強い意志を感じた。
「だから僕は、この均衡を壊す。世界を、壊す。....ろん、アークスなら....その手に剣を持って、目の前にいる敵に刃を向けろ。」
......強く投げかけられた言葉を受け入れ、私は地面に転がっているソードを手に掴み.......掴み........。
震えていた。
今までエネミーを相手に、震えたことはなかった。
なのに、今は手だけじゃない。身体全体が震えていた。
この剣を握れば、ユウと戦わなくちゃいけない。
この剣を振れば、殺し合いが始まってしまう。
「......あっ........あっ.........。」
視界が何度も揺らぎ、鼓動が速くなるのを感じた。
「...................。」
恐怖に染まりきってしまったろんを見つめた後、ユウは瞼を閉じる。
そしてゆっくりと目を開き、蝉時雨を抱き寄せているろんの横を通り過ぎる。
........が、途中でその足を止めた。
「...........蝉さんはまだ生きてます。.........早くメディカルセンターに連れていかないと死にますが。」
ろんの方へは振り返らずにその言葉を言い残すと、ユウは再びその足を前へ動かした。
私の耳に届いた彼の言葉と足音は..............
................とても、悲しそうだった。