シャインナックルさんが世界をぶっ壊してみるテスト 作:偽馬鹿
目が覚めたら。
自分が自分じゃなかった。
そんな経験ないだろうか。
ないか。
知ってる。
というわけで、今日から他人である。
名前も知らない、赤の他人。
そんな感じである。
目深にかかった金髪に赤みがかった茶色の瞳。
背中に星と翼のマークが入った真っ赤なジャンパー。
黒のインナーとズボン。
手にはドライバーグローブ。
これが今現在の自分の恰好である。
どこかで見覚えのある、しかし思い出せない格好であった。
「しかし……」
呟く。
しかし返事はない。
知っている。
辺りに人影はないのだから。
だが、どうしても愚痴を吐きたくもある。
何故なら周りには何もないのだから。
――ザーっと、大きな雑音。
……訂正。
バケツをひっくり返したように、雨が降り注いでいた。
「……ん?」
暫く歩くと、視界の先に小さな影が。
なんと、こんなところに人が。
そう思って駆け出すと、すぐに人が座り込んでいるのがわかった。
近寄る。
こんなところに座っていたら汚れてしまう。
そう思ったからだ。
「あ、う……」
そしてその人の目前に足を踏み込んだ時に、ぐちゃりと足元が歪んだ。
水たまりかと思い下を見ると、赤い。
血だまりだった。
――しかし。
しかし俺は。
その血だまりを見ても、なんとも思わなかった。
おかしい。
何故なら俺は普通の……普通の何だっただろうか。
思い出せなかった。
しかし今はそれどころではなかった。
今、目の前の人は血だまりに沈んでいる。
助けなければ。
「無駄よ」
「ん……?」
声が聞こえた。
背後からだ。
振り返ると、そこには目深のローブをまとった小柄な人物がいた。
その人物が、無駄だと言う。
何故か。
いや。
わかっていた。
今助けようとした人は、もう死ぬのだ。
間に合わない。
「そう」
「物分かりがいいのね」
小柄な人は、鈴のような声を鳴らして立ち去ろうとする。
しかし、俺はそれを引き留める。
「……何?」
「わたしはもう行くのよ」
「まだ生きてる」
だから、最期の願いを聞こう。
そう言ったのだ。
「ふぅん」
「貴方、傲慢なのね」
そう言って、小柄な人はいなくなってしまった。
文字通りだ。
一瞬で消えてしまった。
しかしだ。
今はこの死にゆく人の声を聞かなければ。
それが、俺にできる手向けだろう。
「何か、言うことはあるか?」
「――ああ、ある」
その人物、少年は、最期の言葉を口にする。
それは弱々しいものでありながら、今降る雨の中でもはっきりと聞こえた。
「――こんな世界、嫌いだ」
「……」
少年を埋葬すると、俺はまた歩き出した。
雨が止む様子はない。
仕方がない。
少年の致命傷は俺が見たことのないものだった。
しかし、わかる。
あれは裂傷だ。
それも、何重にも重なった刃で切り裂かれたものだ。
何故わかるのか。
俺にはわからなかった。
わからないはずなのに、わかった。
意味がわからない
しかし。
今は歩くことにした。
このままでは体温が落ちて動けなくなってしまう。
そう思っていたのだが。
結構限界だったようで。
雨が止むかどうか、といったところで。
俺はその場にぶっ倒れたのであった。
「どうして」
「どうして」
「どうして!」
「どうしてっ!!」
「なんで貴女はそうやって笑っていて!!」
「わたしは……こんなに苦しいの……!?」
顔も知れぬ少女の慟哭。
その絶望は計り知れなかった。
そして、その絶望は。
彼女の目の前の少女に向けられていた。
「……殺す!」
「……」
「おや、目を覚ましたのかい?」
不快な夢を見た。
いや、今のは夢だったのか。
よくわからない。
目の前のお婆さんが言うには。
俺は町の端っこの方で倒れていたらしい。
おかしい。
俺は何もない砂地で倒れていたはずだ。
それなのに何故。
と、考えたところで何の解決にもならないことに気付く。
それよりもお礼。
助けてくれてありがとうございます。
それで今回の話は解決である。
まる。
「……何、やってるの?」
「ん?」
翌日。
俺は助けられたお婆さんの家事手伝いをしていた。
今は家の壁を清掃中だ。
そこに、昨日出会った小柄な人が来たのだ。
意外な再会である。
というかそろそろ名前を教えてほしい。
めんど、ではなく。
いや、面倒だからだ。
「……タレイアよ」
「可愛いな」
「ぶっ殺すわよ」
唐突な殺意。
いや、本当の殺意なんてわからないのだが。
タレイアはふん、と鼻を鳴らしてまたいなくなる。
また消えた……と思ったところで、お婆さんから声。
タレイアのことは後回しだ。
今はお婆さんと一緒にお昼ご飯だ。
星晶獣グラティエ。
この島はそういう神様的な奴のおかげで生活できていた。
過去形なのは、今まさに崩壊の危機だからだ。
かつては複数の巫女によって鎮められていたグラティエだが、今は一人の巫女によって鎮められているはずなのだとか。
はず、というのは。
今その巫女が行方不明であるということ。
そして、一月以上も降り続ける雨。
雨は星晶獣グラティエがもたらす恵みのはずであり、島を脅かすものではないはずなのにである。
そう、星晶獣。
つまりこの世界はグランブルーファンタジーの世界、またはそれに類する世界であるということ。
興奮してきた。
とはいえ。
そんなことを知るお婆さんは何者なのか。
聞いてみれば、なんとかつての巫女だったとか。
代を重ねるごとに力を持つ巫女が減っていき、最後の一人は年端もいかない少女であったという。
その少女の名前はタレイア。
お婆さんの娘。
それが数十年前。
「――つまりは、そういうことなのか」
「ええ」
雨の降りしきる中、タレイアは現れた。
どうやらそういうことらしい。
タレイアは数十年前の巫女であり。
今なお巫女としてありつづけているのだろう。
「いいえ? もうやめたわ」
「やめた……?」
「疲れたの」
「もう誰かのために何かをするなんてこりごり」
「わたしだって自分のために何かしたい」
「わたしだって友達が欲しい」
「わたしだって笑ってみたい」
「わたしだって……自由になりたい」
「ただそれだけよ」
その声は。
あまりにも重くて。
俺なんて全く役に立たない気がした。
だがしかし。
俺はこの世界をぶっ壊すのだ。
あの少年は、この世界を嫌いだと言った。
あの少年は、俺にそんな言葉を残した。
だから俺は、そんな少年の言葉をどうにかして実現してやるのだ。
「というわけで、俺はこの世界をぶっ壊すよ」
「ふん……」
タレイアは鼻で笑う。
俺は笑って返す。
イラっとしたのか、タレイアは俺を凝視した。
と思う。
実際のところ見えないのだった。
「いいわ」
「待ってるから」
そう言い残して、タレイアはいなくなった。
また消えたのだ。
どこで待っているというのか。
そう思ったが、答えは単純だった。
というかお婆さんに聞けば一発だった。
そう。
星晶獣グラティエを祭っている祠だ。
「来たのね」
「来たよ」
歩いて数時間。
ついにタレイアの元に辿り着いた。
かなりつらかったが、傘のおかげで大丈夫だった。
いや本当に。
雨は止まない。
この雨は星晶獣グラティエの涙なのだという。
それも悲しみの。
巫女であったお婆さんにはわかるらしい。
「ふん……」
「殺してあげるわ」
とタレイアが言うと同時に、周囲の雨が刃になった。
「っと」
俺はバックステップをしたり、前転したり良い感じのステップを踏むことで回避する。
よくわからないが、攻撃の避け方というのを知っている。
気がする。
「鬱陶しい……!」
「だろうな」
「痛っ」
俺は足元にあった小石を拾い、タレイアにぶつけた。
当然頭とかに当たらないように調節した。
見事におなかに命中した。
「こっ……!?」
「隙あり」
激昂して両手を振り上げたタレイア。
そこを狙っておでこに肘うち。
見事に転ぶタレイア。
恐らく。
タレイアは星晶獣グラティエの力を利用している。
だから星晶獣グラティエは悲しんでいるのだと。
お婆さんはそう言っていた。
そして、そのコントロールをできなくすれば。
タレイアは無力な少女に戻るだろう。
そう言っていた。
「痛、痛い!」
というわけで。
精神を乱してコントロールを放棄させることにした。
所詮子供。
軽くいじってやれば余裕。
いや。
本当は子供じゃないんだったか。
でもまあ。
関係ないのかもしれないが。
「こ……このっ! このぉっ!!」
「えい」
「ひゃめなひゃいょ!!」
口を引っ張ってやる。
普通の女の子だ。
これが星晶獣グラティエの巫女なのか。
本当に?
「グラティエっ!」
「おっと」
いじめ過ぎた。
攻撃が来たのでバックステップで避ける。
本当に当たらない。
まるで無敵みたいだ。
ここで、バサリとタレイアのローブが脱げる。
美少女。
その一言に尽きる。
年齢の関係だろうか。
髪の色は白。
ボブカット。
捻じれた羊のような角。
そして、まるで乾いた血のような濁った赤い瞳。
「この……このっ!」
「グラティエぇっ!!」
まるで、いや実際癇癪を起した子供。
それが強大な力を振るってくる。
刃になる雨。
それがずっと降り続く。
星晶獣グラティエの能力は水である。
水を媒介にして様々なことができる。
遠見、予知。
そういった、見る力があるという。
それなのに俺の行動を見切れないのは何故か。
何か理由でもあるのか。
まあ、理由は何でもよかった。
今タレイアを止めることができればいい。
そして、星晶獣グラティエをぶっ飛ばす。
それであの少年の世界はぶっ壊れるのだ。
「グラティエ!!!」
タレイアが大きく声を張り上げる。
すると、周りの雨が集まり、形を作り上げる。
それは人だった。
いや。
人に見えただけだ。
単純に人の形をしているだけで。
その実態はまるで違った。
まるで能面のような顔。
まるで水そのもののような肌。
まるでイカやタコのような触手でできた手足。
そして。
なんとなくだが。
俺の力の一端が見えた気がする。
よくわからないが。
よくわからない。
よくわからないのによくわかる。
それは闇だ。
闇の炎だ。
力だ。
力。
そう。
俺の力だ。
それと同時に、身体から風が湧いてくる。
これも力だ。
そう。
これも俺の力だ。
力を込めて。
俺の力を込めて。
目の前の星晶獣を目掛けて。
俺は力を開放する。
「―――――喰らいな!」
「……何?」
タレイアは不貞腐れている様子でこちらを見る。
何故だろうか。
彼女を縛っていた星晶獣グラティエは俺が殴り飛ばした。
最早彼女を縛る者は誰もいないのに。
「だから、何?」
「何でもない」
「はぁ……?」
心底呆れているような声と表情。
その様子に痺れもしないし喜びもしないが。
しかし。
あの少年の世界をぶっ壊すことができた。
それが少し嬉しくて。
そんなわけで、俺は旅に出ることにした。
何がそんなわけで、なのかはわからないが。
ただなんとなくだ。
俺はなんとなく旅に出たくなったのだ。
そして。
そんな自由気ままな旅に、タレイアは付いてくるという。
何故か。
いや、本当に何故なのか。
……まあいいか。
俺はそう思考を切って歩き始めた。
まだ見ぬ世界へ。
俺は、俺たちは歩き始めるのだ。