ウタウタイの兄   作:とちおとめ

1 / 22
初めましての人は初めまして久しぶりの方は久しぶりです。

おそらく7から8年前かな。
書いていた作品を記憶を頼りに再び書いてみました。

たぶんある程度は内容が変化するとは思いますが、あまり不幸な描写がないような明るい話にしたいと思います……死者は結構出ると思いますが。




 その時のことは今でも覚えている。

 まだ幼い頃、手の中にあった小さな種を庭に植えたんだ。するとみるみる大きくなって、綺麗な白い蕾が現れた。

 

 突然のことで驚いたが、俺はどこかこの花に懐かしい何かを感じた。幼いという一面を抜きにしてもこんな異常な光景を目撃すれば怖がるだろう、でも俺は不思議とその花に吸い寄せられた。

 

 大きな花の蕾、たぶん物凄く重いんだろうなと漠然とした感想を抱く。よく根元から折れないなとか思ったけど、そんなことよりも俺はその花のことが知りたくてすぐに気にならなくなった。

 

 近づく、何か鼓動のようなものを感じる。

 近づく、何か温かいものが心を覆う。

 近づく、触れたいと願う。

 

 距離が0になり、俺はその蕾に触れた。するとどうしたことか、その蕾はまるで俺が触れるのを待っていたかのように花開く。

 

 一枚、また一枚と花弁が開いていき、現れたのは6人の女の子。

 

「すぅ…すぅ…」

 

 規則正しい呼吸をして眠り続けるその姿に俺は見惚れていた。

 6人とも髪の色も違えば仄かに感じる雰囲気も違う。ただ似ている点があるとすれば顔立ちか、姉妹のようなその6人の美しさは現代において同じ人とは思えないほどに整ったモノだった。

 

 どうして花の中から女の子が、そんな俺の疑問も一人の女の子が目を覚ましたことで吹き飛ぶ。

 

「……? ここは?」

 

 目を覚ましたのは長い銀髪の女の子だ。目元を擦りながら周りを見渡し、俺の姿を確認して視線を固定する。

 

「……あの」

 

 こう言う場合どんな言葉を掛ければいい? その問いかけをしようにも両親は出かけていてこの場に居るのは俺だけだ。助け舟を出せる相手は当然ながら居ない。

 

「君は……」

 

 彼女から聞こえたそれは言葉としてはあまりに短すぎる。けれどもとても綺麗な声色をしていた。思わず彼女の声で歌を聴きたいと思ってしまうくらい、それほどに綺麗な声だった。

 彼女は俺を見つめ、ゆっくりと手を伸ばす。

 

「……っ」

 

 話を戻すが目の前の存在は美しい女の子とはいえ未知の存在だ。それ故に頬を触られれば体が強張る。だけど、体はそんな反応をしても恐怖心は抱かなかった。いや違うな、抱けなかったんだ。

 

「あぁ……どうしてこんな」

 

 その女の子が涙を流していたから。

 

「自分でも分からない。どうして涙が流れるのか……でも、君を見ていると懐かしさが溢れる。愛おしさが溢れるんだ」

 

 そう言って俺は抱きしめられた。

 感じる温もりと柔らかさ、それ以上に感じたのは彼女から伝わる慈しみのようなもの。

 

「ゼロ」

「え?」

「私の名前だ」

「ゼロ…」

 

 ゼロ、そう彼女は名乗った。

 

 そうだ。何度思い返しても俺と彼女たちの時間はここから始まったんだと記憶に刻まれている。

 

 ここから語られるのは何てことはない。このような突拍子のない出会いの果てに家族となり、流れるように彼女たちの兄になった俺の平凡な物語だ。

 

 ただ、俺を取り巻く環境は残念ながら平和とは言いづらいんだなこれが。彼女たちと過ごすことでこの世界の知らない側面を知ることになり、時に巻き込まれたり時に知らぬ間に処理されていたりと、まあそれはこれから語っていけば分かることか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さむっ」

 

 学校帰り、既に夕暮れということもあって肌寒さが目立つ頃合いだ。

 春が終わって少し、今から夏になるという季節ではあるがやはり暗くなってくると冷え込むことは多々ある。

 ポケットに手を突っ込み、家に帰るまでの帰路を歩く。今現在いる場所は帰り道の途中にある公園で、俺は何とも言い難いデジャブのようなものを目の前の光景に感じていた。

 

「何にも出てくんなよ……」

 

 ボソッとそう呟きまあ無理なんだろうなと苦笑する。そんな俺の予感を的中させるかの如く、俺に向けられたであろう男の声が響いた。

 

「こんな時間に人間が独り歩きとは不用心だな。運の無いことだ」

 

 目の前に降り立つコートを着た怪しい男、そんな男の背には黒い翼が生えていた。それはコスプレでもなく正真正銘の本物、男の意思に従うように微妙に動いたりしているので飾りとは到底思えない。

 

「堕天使」

 

 短く目の前の男をそう結論付けた。

 別に俺が中二病とかそう言うものではなく、信じられないことにこの世界にはそう言った異形の存在が居るらしい。それを知ったのは以前にもこの黒い翼を持った男に襲われたことがあるからである。だからこの光景がデジャブだと言ったんだ。

 

「ほう、我らのことを知っているか。珍しいことだ」

「以前襲われたことがあるからな。何だよ暇なのか?」

「暇ではない。貴様のような不穏分子を消すという重大な仕事をしているのだから」

 

 不穏分子、前の男もそう言っていた。別にこんな異形の奴らに比べれば俺はただの人間、普通の一般人というやつなんだが。ただ、俺の家族に関してだけ言えばその限りではないけど。

 

「私を前にして逃げ出さない胆力は立派だが面白くないな。死に際なのだ、泣き喚いて助けを乞えばもしかしたら助かるかもしれんぞ」

 

 そんな光の槍みたいなモノを出されて言われても信じられるかっての。

 俺は人間でやつは堕天使、力の差なんてモノは明白、むしろ戦うことすら烏滸がましいことだろう。だが俺はそんな危機を目の前に恐れてはいなかった。それは別に死ぬことが怖くないとか、頭がイカレてて恐怖を感じないとかそんなことではない。

 

 答えは単純だ――俺は死なないという確信があるから。

 

「……やっぱり、この繋がりは安心できるな」

「? 何を言っている」

 

 俺の呟きに男が聞き返した。

 

「安心できるって言ったんだ」

 

 心に広がる安堵という温もり、それを感じながら俺は笑顔で男に告げてやった。男からすれば俺が何を言っているのか理解は出来ないだろう。これは俺にしか理解できないことだから。

 

「まあいい。死ね!」

 

 男が光の槍を振りかぶる。しかし、その腕が振るわれることはなかった。

 

「……は?」

 

 その気の抜けたような声は男からだ。どうしてそんな声を出したのか、その答えは簡単で、投げようと思っていた槍を投げられなかったからである。一体どうしたのかと男が視線を向けると、そこにあるべきはずの自身の腕がなかった。

 

「ぐああああああああああああああっ!!」

 

 腕がないことを認識し、ようやく痛みが脳に届いたのか絶叫をあげた。

 正直なことを言えば俺もいつそれが起きたのか分からなかったけど、ボトッと音を立てて落ちた男の腕の断面は綺麗に切られている。それこそハムをスライスするかの如く綺麗にだ。

 

「全く、だから学校まで迎えに行こうかと毎回言うんだ」

 

 その声はとても綺麗なモノだった。

 いつの間に居たのか、俺のすぐ傍に降り立った銀髪の美女。目に毒とも言えるような服装……いや、これはもう服じゃなくてただの白い布だ。

 

「流石に学校まで来てもらうのは恥ずかしいだろ」

「何を今更。もっと恥ずかしいことをいくらでもする仲じゃないか」

 

 ニヤッと揶揄うようにそう言う彼女、その美しすぎる美貌もあってとても様になる。

 

「ありがとうゼロ」

「ううん、当然のことをしたまでだよ」

 

 そう、これが俺の恐れていなかった理由だ。銀髪の美女――ゼロは過去の事情により今は俺の妹という立場になる。後5人妹が居るわけだけど、それぞれが個性があって尚且つ恐ろしいくらい強いのだ。俺の中にある何か、それがゼロを含めた妹たちと繋がっているせいか俺に危機が迫ると彼女たちにも伝わる。この繋がりがあるからこそ、俺は自分は死なないと自信を持てるんだ。

 

「……まあ情けないとは思うよ。俺はただの人間だしさ」

「何を言ってるんだ。普通の人間なんだから気にすることじゃない。ああいうのは私たちに任せておけばいいんだよ。君は安心して私たちの傍に居ればいいんだ」

 

 薄紅色の瞳に見つめられ、俺はそうだなと頷いた。俺の反応に満足したのかゼロも微笑み、手に握られた血が付いた剣を振る。ビタッと血が地面に飛んだ。

 

「ふざけるなああああああああっ!? なんだ貴様はああああああああああ!?」

「うるさいな。近所迷惑って言葉知ってる?」

「舐めているのか女! 私を何だと思っている!?」

「うるさいカラスだよ。それ以外に何がある?」

 

 ゼロの性格を知っているからこそ煽りまくってるなと男の方が気の毒になる。逆上した男が残った手に槍を握って突っ込んでくるものの、ゼロの姿が消えたかと思えば……。

 

「死ぬのは君だ。さようなら」

 

 男は脳天から一刀両断され、そのまま死体は残ることなく風に溶けるように消えていった。

 ゼロは最初からそこに何もなかったかのように気にすることなく俺の隣に並び、握っていた剣をどこかに消して微笑むのだった。

 

「さ、帰ろうか」

「うん」

 

 あっさり? 淡白? この妹たちと過ごしていたらこれくらいどっしり構えてないと生きていけないんだ。

 

「なあゼロ」

「何かな?」

「寒くないの?」

 

 いや、そりゃ聞くよねって話だ。俺でさえ肌寒さを感じるのに、彼女の大事な部分程度しか隠してない服……布を見てしまうともっと寒くなってしまいそうだ。

 

「なんだ。もしかして激しい運動で温めてくれるの?」

「……帰るぞ」

「ふふ、残念だ」

 

 何が残念か。

 しっかし今が夕暮れ時で本当に良かった。何の偶然か人っ子一人居ないから今のゼロの姿を見る奴は居ない。一人居たけどそいつ今消えちゃったしな……。

 そうして特に誰の目にも触れることなく自宅に着いた。

 ゼロと話をしながらで油断していた俺は、全くの予期しない角度からの声に心臓を跳ねさせる。

 

「おかえり兄さん」

「うおっ!?」

 

 奇襲だ敵はどこだ!!

 って冗談は置いておいて、ヌルリと陰から出て来たその子の正体に気づき俺は安心した。良かった、家族だわ。

 

「ビックリしたぞスリイ、頼むから普通に出迎えてくれ」

「ごめんなさい。でも、外で待ってる方が家で待つより早く兄さんに会えるから」

 

 長すぎる紫色の髪から覗くその目は暗く濁っているが、これも妹の一人と思えば可愛いモノだ。

 

「そっか。ありがとなスリイ。でも寒いから家に入ろう」

「うん」

 

 頭を撫でてやるとご満悦と言わんばかりに口元が緩んだ。

 ゼロとスリイを引き連れて帰宅、するとただいまと口にするよりもバタバタと駆けてくる音が。

 

「おかえり兄様!!」

「お~う。ただいまフォウ」

 

 茶色のツインテールを揺らしながら出て来た子、この子もまた妹の一人だ。

 

「ゼロ姉様、ちゃんと消した?」

「もちろんだ。脳天からバッサリとな」

「当然だよね。兄様に危害を加えようとしたんだから」

「少し勿体ない。実験とかに使えるのに」

 

 物騒な話をする妹たちを置いてリビングに向かう。

 トントンとリズムよく包丁の音が聞こえる中、料理中だった女の子が振り返る。

 

「おかえりなさい兄様。今トウとファイブがお風呂に行っていますのでお待ちいただけますか?」

「大丈夫だよ。それにしてもいい匂いだなぁ」

「ビーフシチューです。腕によりを掛けて作りますから期待してくださいね」

 

 そう言って調理を再開した。

 黄色のボブカットを揺らし少し他の妹たちに比べると小柄な体系のこの子はワン、礼儀正しくて料理が上手な子だ。この家の家計はほぼワンが掌握していると言っても過言じゃない、トウも料理が得意でよく作ってくれる。次点でフォウも料理は出来るけどワンとトウには及ばないって悔しがっていたっけ。

 今風呂に行っている二人が出るまで手持無沙汰になったな……俺はソファに座って待つことにした。

 

「ねえ兄さん、やっぱり学校まで迎えに行くべきだと私は思うんだけど」

 

 隣に座ったフォウがそう提案してきたが、女の子に迎えに来てもらうってのはどうなんだ?

 

「“六花”が要らないって言うんだからそれでいいだろう。どんなに離れていても私たちは繋がっている。だから心配がないってのは君自身理解しているはずだけど」

「それはそうだけど……」

「……私のお守りもあるから大丈夫」

 

 スリイが指を指すと俺の鞄に引っ付いている小さい球体関節人形がギギギっと動いた。毎回思うけどこれデザインもそうだけど目が光ったりして怖いんだよな。でも妹からの贈り物だから外すに外せないんだよ。

 

「相変わらず趣味の悪いデザインね……」

「むっ」

 

 フォウの言い草にスリイが不満を露わにした。

 そんな中、ドタドタとまた大きな足音が聞こえてきた。その足音は廊下から聞こえてきて段々と近づいてくる。そして――。

 

「兄ちゃん帰ったの!?」

「お兄様お帰りに!?」

 

 ほぼ裸の二人がリビングに現れたが……君たち、後ろを見た方が。

 俺がそう口にする間もなく、お玉を持ったワンが二人の背後に立ち、脳天目掛けてお玉を思いっきり振り下ろすのだった。

 

「お前たちはちゃんと服を着ろ!!」

 

 コンコンと音が聞こえ二人の悲鳴が木霊する。

 あぁ今日も賑やかだなと、俺は二人の悲鳴を聞きながら思うのだった。




ワンの髪色が分からない。

金髪ではないし銀髪でもない……なので金で書いてみます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。