もしかしたら少し疲れていたのかもしれないな。
「……ふわぁ」
大きな欠伸をしながら俺は起き上がった。夕飯を済ませて部屋に戻りそのまま横になっていたら眠ってしまったらしい。ぼんやりとする頭が徐々に覚醒していき意識がハッキリしてくる。
「……にい……ちゃん」
「?」
そこで俺は横から聞こえて来た声に目を向ける。いつ来たのかは分からないがトウが眠っていた。姉妹一の元気娘だけど、やっぱりこうやって静かに眠っている姿は可愛らしい。もちろん寝顔が可愛いというのは姉妹全員に共通するんだけどね。
「すぅ……すぅ……」
うさみみフードが着いたパーカーパジャマを着て体を丸めている眠り姫、こうやってじっくり眺めて思うのは本当にうちの姉妹は顔面偏差値が高すぎる。学校ではグレモリー先輩や姫島先輩、同級生で言うならアルジェントさんという人間離れした美少女も居るには居るのだが、やはり俺にとっては妹たちが一番かもしれない……うん、完全に身内贔屓が入っているな。
今更な自分の考えに苦笑していると、トウがゆっくりと目を開けた。目元を擦りながら俺を見つけると、ふにゃっと表情を崩して抱き着いてくる。
「兄ちゃんだぁ♪」
お腹に抱き着いてグリグリと頭を擦りつけてくる仕草が可愛くて思わず頭を撫でる。暫くそうしていたのだが、手を離すと切なそうに見つめてくるので再び撫でると気持ちよさそうに目を細めた。
「兄ちゃんに撫でられるの好きだなぁ」
「言ってくれればいつでもするよ」
「そんな優しい兄ちゃんが私は好き」
「俺もトウが好きだよ」
「うん知ってる……えへへ」
トウは甘えるようにまた抱き着いてくる。そして、少しだけ真剣な声音でこんなことを口にした。
「ねえ兄ちゃん、私たち姉妹が家族になって嬉しかったかな?」
「……え?」
こんな問いかけは今まで一度もなくてビックリした。しかし俺が返す言葉は決まっていた。
「嬉しかったよ。当時は賑やかな暮らしになるのが単純に嬉しかったのもあるけど、今はトウたちと過ごす世界が何よりも好きだ。今更居なくなられたら困るくらいに」
「……そっか……えい!」
「っ!」
可愛い掛け声の後に俺はトウに押し倒された。俺の心臓の鼓動を聞くかのように耳元を当てながらトウは言葉を続ける。
「時々思うの。私は兄ちゃんに出会わなかったらどうなってたのかなって」
「……………」
「大好きな兄ちゃんが居る。姉妹みんなで仲良く暮らせてる……その中心には兄ちゃんが居て、そんな輪の中で暮らしていけることが私は何よりも嬉しいの」
トウの言葉を聞くと俺も思うことがある。みんなが傍に居てくれるからこそ、今俺はこんなにも幸せなのだ。前にも似たようなことを考えたことがあるかもしれないが、今更妹たちに出会えなかった世界のことを考えても仕方ない。俺たちはもう出会ったんだ。出会ったのなら自信を持ってこれからの未来を思い描けばいいんじゃないかって思ってる。
「自分でもどうしてそんなことを思ったのかは分からないよ。でもね、何となく自分の中の何かが叫んでいる気がするの。その幸せを手放すなって、もう心から幸せになってもいいんだよって」
「それは……」
……それは気まぐれなのか、そうしないといけないと思ったのか分からない。ただトウが今にも消えてしまいそうな気がして、俺はそんなトウを力強く抱きしめた。トウは驚いた様子だったが、トウももっと強く抱き着いてきた。
「私は筋力が何故かよく発達して、力加減が出来なくてドアノブを壊したりとかしたよね。でもその度に兄ちゃんは私を慰めてくれた。もしかしたら兄ちゃんを傷つけてしまうかもしれないことに恐れて、触れられなくなっていた私を」
「……そんなこともあったな」
「普通の女の子ならこんな悩みを持たなくてもいい、最初から“こんな力なんてなければいい”って思ったこともあるの。でも、そんな私を変えてくれたのが兄ちゃんだった。怖がることなく、自分の一部として受け入れる切っ掛けをくれたんだよ」
昔、俺はただ自分に出来ることを精一杯やりたいと思ってトウに接し続けていた。義務感とかそういうのではなく、単純に兄として妹を助けたいと思ったから。思えばこうしてトウが抱いていた気持ちを聞いたのは初めてかもしれない。
「今は当然だけど違うの。この力も、エグリゴリにラファエルだってそう。私を構成する力の一部、壊すのではなく守るための力……うん、自信を持って言えるよ。私はこの力を頼りにしてる。もういらないなんて思わない、これからもずっと向き合っていく大切な力なんだって」
そう言ってトウは満面の笑みを浮かべた。
そうだな……昔のトウは本当によく泣いていた。でもあれから笑顔が溢れて、今では姉妹の中で一番笑顔が多い子になった。元々愛情表現というか、素直に感情を表に出す子ではあったけど、どんな場面を見ても笑顔の方が圧倒的に多い。
「そんな風に笑ってくれるトウが一番だな。トウに泣き顔は似合わない」
「えへへ、そっか。うん、兄ちゃんや姉ちゃんたち、妹たちが居てくれるならずっと笑顔で居られる。だから兄ちゃん、ずっと傍に居てね?」
その問いかけに俺は力強く頷くのだった。
「……ふぅ、神里六花。特におかしな点はないわね」
「そうですわね。いくら調べても不自然な点は……いえ、あの子たちがそうですけれど」
駒王学園の一角、オカルト研究部の部室でリアスと朱乃が一枚の写真を眺めて頭を悩ませていた。まだ一誠が悪魔に転生する前に一度、そして最近本格的に交戦したスリイとフォウの関係者と思われる男の子。
「学園でも評判は悪くない、むしろ良い方よね」
「ええ、物腰も柔らかいですし仲の良い友人もそれなりに居るようです。……ねえリアス、私たちはまず不確定要素だから危険という考えを外してみるべきじゃないかしら」
「……分かってるわ。土地を任されているから、そんなものは他の人たちからしたらただの押し付けだものね。任されているから答えなさい、答えないのなら敵と見なす……ふふ、大した傲慢な考え方だわ」
人間とは違う悪魔だから、そんなプライドが少しばかりあったのも確かだ。その考えが災いしあの時、スリイからの猛反撃を食らう結果になった。それがたとえ攻撃の意図はなく足止めのつもりだとしても、あちらが攻撃と受け取ってしまったのならこちらに非がある。
「あの紫の髪の子、茶髪の子もだけど言葉に出来ない空恐ろしさを感じたわ。明らかに普通じゃない、むしろあの時イッセーがあんなに強く警告してくれなかったら……私は自分を含めあなたたちを失っていたかもしれない」
「リアス……」
リアスは自身の眷属を大切に考えている、何よりも大切で絶対に守らないといけないと思っている。だからこそ、あれほどに強い力を持った存在を警戒するのだ。
「せめてこちらに敵対の意思が無いことが分かればいいのだけど……」
幸い今日使い魔の目を通して彼女たちと六花が関係者ということが判明した。学園の生徒ではない彼女たちにコンタクトを取るのは難しいかもしれないが、生徒である彼なら話を聞けるかもしれない。そう考えた時、二人しかいないはずのその場に声が響いた。
「ちょうどいいな。ならその話をしようじゃないか」
「え――」
その瞬間、扉が両断されるように斬られた。突然のことに驚いていたリアスと朱乃だが、すぐに警戒態勢を取る。カツカツと足音を立てて入ってきたのは美しい銀髪、薄紅色の瞳に抜群のスタイルを露出の多い服で晒す女性――ゼロだった。
「すまないな。結界が張ってあって普通に入れなさそうだったから斬って入らせてもらったよ」
「斬ったって……」
そんじょそこらの力の持ち主では絶対に破ることのできない結界……それを破ったということは自分たちよりも完全な格上、何よりもゼロの姿は使い魔を通して見ていた。つまり、六花の関係者でありあの時自分たちと戦った二人の関係者ということだ。
「お、いい椅子だな。フワフワだ」
剣を置いて呑気にそんなことを言うゼロ、リアスと朱乃は相変わらず恐れながらも警戒心を解かないが……ある意味でこうして六花の関係者が現れたことは僥倖だった。
「さっきの口振りだと話を聞いていたみたいね?」
「あぁ、単刀直入に言おうか――六花に関わるな」
その瞬間、対面に座っていたリアスは自分の首が体から離れるのを幻視した。ハッとして首元に手を当てるとちゃんと繋がっていて脈を打っている。不安そうにする朱乃の手が肩に置かれ、少しではあるが落ち着きを取り戻した。
「私たちのことを色々と調べたみたいだが、先日スリイとやり合ったんだって?」
「……スリイ?」
「紫の髪で鋏を持ったやつ、あの子は私の妹になる」
「妹……そうだったの」
「言ってしまえば六花以外の女はみんな姉妹になる。ちなみに私が長女な」
「そう……」
聞いていないのに次々と開示されていく情報、困惑しながらもちゃんと記憶していく。
「私たち姉妹はみんな“そこそこ”戦える力を持っている。だから襲ってくる堕天使やはぐれ悪魔を殺すことはよくあるんだ。六花も堕天使に襲われたことがあって、その流れでこの世界にそう言った人外がいることも知ってる」
「そうだったのね」
その可能性は考えていた。
それならもしかしたら六花は自分たちが悪魔ということも知っていたのか、それを聞くと拍子抜けするほどあっさりとゼロは答えてくれた。
「さて、ここからが本題――私がここに来た意味、そして六花に関わるなという理由になる」
足を組みなおしてゼロは言葉を続けた。
「私たちは別に世界をどうこうしようとか、誰かを殺そうとかそんなことを考えているわけじゃない。ただ六花といつまでも幸せに過ごしていければそれでいいんだ。君たちと敵対するつもりはない……まあスリイのことに関しては目を瞑ってくれとしか言えないけれど」
木場や小猫に関しては小さくない怪我をしたものの、あれは自分の判断ミスだとリアスは受け止めている。ゼロの言葉を聞いて文句を言うつもりは一切なかった。そして、ここまでの話を聞いてリアスはゼロが話す前にここに来た明確な理由を察することが出来た。
「なるほどね、悪魔の私たちが少しでも関わることで神里君の世界に干渉しないよう止めに来た。それが本題かしら?」
「あぁ、理解が早くて助かるよ。ただでさえ“私たちみたいな爆弾”を抱えているんだ。他のことで気を割かせたくはない」
「……優しいのね」
「惚れた男に尽くしたいって思うのは女の性だと思うけど」
「……ふふ、そう」
情愛に厚いグレモリー家の娘だからこそ、ゼロが本当に六花を、そして家族のことを想っていることが伝わってきた。これで実は嘘で、次の瞬間には剣で刺されたりするなら大した役者だが……リアスはゼロの言葉に頷いた。
「分かったわ。こちらから神里君に干渉はしない、もちろんあなたたちにも。その代わり――」
「あぁ、敵対しないし手を出すこともしない。私たちが手を出すのは六花を、私たちの世界を壊そうとするものだけだ」
「それでいいわ……ふぅ」
短い時間だったがゼロとの話は無事に終わった、リアスは小さく溜息を吐いた。ゼロが部室に来た時は思わず殺されるかと思ったほどなのだから。
後ろで話を聞いていた朱乃もとりあえずは安心してもいいと思って笑みを浮かべた。いつも客人に淹れるようにお茶を出す。
「どうぞ」
「お、気が利くな」
そのままグッと飲む。
「あら、毒が入ってるとは思わないのね」
「毒が私の体に効くか」
「……どういう理屈なのよ」
あなた人間よね? そんな言葉は呑み込んでおいた。
「美味しいお茶だな」
「ありがとうございます。嬉しいですわ」
「……??」
ゼロはギョッとするように朱乃を見た。どうしたのかと朱乃が首を傾げていると、ゼロがこんな提案を口にする。
「すまない、ゼロお姉さまって言ってもらえるか?」
「はぁ……ゼロお姉さま?」
「もう少し高飛車な感じで」
「ゼロお姉さま」
「もう少し生意気っぽさを入れて」
「ゼロお姉さま!」
「……なるほど、もういい悪かった」
「どうしたのよ」
「いや……世界には似た顔が三人居ると聞いたことはあるけど、声もそうなんだな。いや、私には同じ声にしか聞こえなかったけど」
うんうんと唸るゼロを見て朱乃は以前に六花に聞かれたことを思い出した。
「そう言えば以前神里君に誰かに声が似ていると言われたことがありますが」
「ファイブという一番下の妹だな。もし機会があれば聞いてみるといい、目を瞑って聞けばどちらか分からなくなりそうだ」
「それは少し楽しみですわね」
そんなこんなで、突然ではあったが話し合いは終わった。ゼロとしては六花の安全を、リアスたちからすれば強大な力を持ったゼロたちが敵対しないことを知ることが出来た。もちろんすぐに信用することは難しいかもしれないが、リアスはゼロが家族のことを語る時の優しい目を信じることにした。
「リアス・グレモリーよ。そう言えば自己紹介をしてなかったわね」
「姫島朱乃です」
「ゼロだ。今後よろしくすることはないかもしれないけど」
その時はその時というやつだ。
部室を出て行くとき、思わずリアスはゼロに聞いた。
「ねえ」
「なんだ?」
「寒くないの?」
「……六花と同じことを聞くな君は」
誰でも聞くわよ、そんなツッコミは言わないことにしたリアスだった。
あくまで姉妹のみんなは六花命なので、敵対しなければ問題はないかなと。