俺の前に現れた二人の人物、銀髪のメイドさんと紅い髪の男性についてグレモリー先輩が教えてくれた。男性はグレモリー先輩の兄であり悪魔が住まう冥界を統べる魔王の一人で、メイドさんはそんなお兄さんの嫁さんらしい……すまん、情報量が多すぎるんだが。
どうして俺の前に現れたのか、単純に興味を持ったかららしいがどうして俺に興味をという疑問は尽きない。とりあえずあの人に関しては気にしなくていいとグレモリー先輩が言っていたので気に留めなくてもいいだろう。魔王がどんな存在なのか分からないが、めんどくさいことになりそうな気しかしない。
「……兄さん、何か別のことを考えてる?」
おっと、どうやら考え事をしていることに勘付かれたらしい。俺の右腕を抱きしめるようにしているのはスリイ、彼女は俺の顔を覗き込むように見上げていた。女性は勘が鋭いというが、どうやらそれは嘘ではないらしい。確かにこうして妹とはいえ女の子と二人で出かけている時に別のことを考えるのはマズかったな。
「ごめんな。さて、デートに集中しよう」
「うん。でも……」
「どうした?」
「謝る必要はないよ。どこまで行っても今兄さんを独占しているのは私だから」
ギュッと少しだけ腕に込められる力が強くなった。
基本スリイは昼間は寝ていて夜に行動することが多いのだが、今日は珍しく起きていた。それでちょうど俺が暇しているのを見てスリイがデートに誘ってきたのだ。いつも昼間はパジャマ姿しか見ないのにこうして私服を着込んでいるスリイを見るのは若干新鮮な気分である。
「……?」
「兄さん、こっち」
目の前に怪し気なフードを被った二人組が居た。体のライン的に女性……かなこれは。ただこんな真昼間からその出で立ちは少し異様で、スリイが俺の手を引いて端に寄ったが安心してくれ。こんなの前にしたら誰だって自主的に道を譲る。
「兄さん、あれたぶん裏の人間。目を合わせないで」
「分かった」
この街裏に繋がりのある人物多すぎ問題。
スリイと一緒に件の二人から距離を取って歩く俺たち……だったが、目を向けないでいたつもりがふとあることで向けてしまう。それはある意味でどうしようもないことだった。
「……ゼノヴィア、お腹空いたんだけど」
「我慢しろ。後少しで――」
その声に俺は……いや、スリイも目を丸くしながら視線を向けた。しかも足を止めるというオマケ付きだから向こうの二人もどうしたことかと俺たちを見る。
「……どうも」
「? どうも」
「こんにちは?」
クールな声と可愛らしい声、俺とスリイは二人に妙な視線を向けられながらもお互いに目を見合わせる。
「……スリイ、あれは振り向いちゃうって」
「うん。普段の声のトーンは違うけど、前に試しにってお酒飲んだ時の声に似てる」
「あぁ……」
スリイの言葉を聞いて俺は深く頷いた。
さて、俺たち二人がどうしてこのような会話をしているのか……簡単な話だ。言ってしまえば以前にもあったが姫島先輩と同じ現象だ。フードを被っていて見えづらいが、髪の長い女の子の声がゼロに似ていた。普段の声のトーンとは違うが、それでも凄く似てると思ってしまうくらいにはそっくりだ。
『少し気分が良くなってきたな。味も良いし』
『ふ~ん。ねえゼロ姉ちゃん、試しにこの漫画のキャラの台詞言ってみて!』
『いいだろう。今の私は寛容だからな……えっと何々? “闇に飲まれよ!”でいいのか?』
『普段なら絶対言わないであろう台詞をこうも易々……お酒恐るべし』
いや未成年だから……ゼロたちは年齢不詳だしいいのか? う~ん。っと、そんな風にスリイの言葉で思い出した過去の光景だったが、ハッと我に返って目の前の二人に意識を戻す。相変わらず二人は俺たちを見ているが、特にこうしていても何もないため彼女たちには悪いがそのまま去ることにした。
「スリイ」
「うん」
一緒に歩き出そうとしたが、肩に手を当てられて動きを止められる。俺の肩を掴んだのは青い短い髪の女だ。その女はいきなりこんなことを言いだした。
「こうして出会ったのも何かの縁、君は主……神を信じるかい?」
その問いに俺はあぁと頷いた。
「受験の神様なら信じてるよ」
「……受験?」
首を傾げる彼女を振り払うように俺は歩みを進めた……のだが、スリイがボソッと呟く。
「くだらない問いかけ。神っていう存在が人を助けることなんてない、やつらがするのは人の不幸を嘲笑うこと」
「なっ!?」
スリイの言葉に信じられないと言わんばかりの目をしている。後ろに控えるゼロ似の声の子も似たような目だ。スリイはもう興味がないと言わんばかりに振り返り、俺の腕を抱いて歩き出した。俺としてもスリイがあそこまで言うとは思っておらずビックリしたが……まあ確かに、神が人を助けることはないというのは同感だ。ま、ただ単に居ても居なくてもどっちでもいいって思ってるだけなんだけどさ。
そのまま歩いていく俺たちの背に声が届く。
「嘆かわしいな。罰当たりなことだよ本当に」
まあ神とかそう言ったものを崇拝する連中からすれば異端なんだろうな。俺には良く分からないけど。
「嘆かわしいな。そんなものに縋るあなたたちが」
間を置かずにスリイのカウンターが放たれた。
思いっきり背中に敵意を感じるんだが……結局彼女たちとの邂逅はそれで終わった。敵意を感じた時スリイが手元に鋏を持っていたから少し怖かったんだ。
「はぁ……にしても何だったんだあれは」
「何のこと?」
……そしてもう忘れてらっしゃる、流石ですよスリイさん。
謎の二人組のことは気になるが、今はスリイとのデートに集中することにしよう。とはいえデートとはいってもスリイが相手だと甘酸っぱいイベントとかはそうそうない。スリイが行く先がゲームショップだったりするからだ。
「これいい」
「コントローラー?」
「うん。前に買ったやつスティックが壊れちゃったから」
結構ガチャガチャと激しく使ってたもんな、パソコンのゲームならキーボードとマウスを使ってるのも見たことあるけど手元が見えない。何をしているのか分からないレベルで手元が動くから画面を見るよりそっちを見る方が楽しかったりする。
(……若気の至りか、少し悪戯したこともあったな)
ゲームに夢中なスリイの……その、何だ。大事な部分を弄るというか、スリイは段々と息が荒くなるけど手元が狂うことはない。まあ結局そんなことをするということはお互いに昂っているわけで、結局ベッドに行くことになるんだけど。
「もういいのか?」
「うん。兄さん、お腹空いた」
「了解。ファミレスにでも行くか」
「あそこ? うん、分かった」
妹たちと出掛けた時によく行くファミレスに入って注文する。お互いにあ~んをしたりしながら主食を済ませ、スリイが美味しそうにデザート食べるのを見つめていると背後に座っている人たちの声が聞こえて来た。
「りっちゃんすぐ彼氏出来て羨ましいなぁ」
「ふふん、まあアタシみたいな美人だと男なんて向こうから寄ってくるからさ」
「自信過剰じゃない? でも、本当にアンタは美人だからその通りなのよね」
何とも言い難い会話の内容に思わず苦笑してしまう。そこまで大きな声でもないから周りの迷惑というわけでもないけど、すぐ後ろに居るものだからその内容がバッチリこちらの耳に届く。
「ねえりっちゃん、いい男の人紹介してよぉ」
「えぇ困っちゃうな。でも何人か候補は居るから教えてあげてもいいわよ」
「……はぁ、天狗になっちゃってまあ」
それにしてもここまで言うくらいならそんなに美人なのかな。そこで俺はスリイを見つめてみる。伸びるのが早いがきちっと手入れされている髪は綺麗だし、顔立ちはモデルなんて目じゃないくらいに整っている。スタイルも抜群だし性格も……性格は一旦置いておこうか。俺にとっては可愛い妹で、大切な家族で、愛する人で……そうだな、どんな存在が居たとしても俺にとってスリイを含めた妹たちが何よりも――。
「兄さん?」
「おわっ!?」
向かいに座っていたはずのスリイがいつの間にか隣に居た。吐息が届くほどの距離、どうやら彼女がここまで近づくのに気づかないくらい考えに没頭していたらしい。
「……なあスリイ、やっぱり何を考えても俺は君たち妹が大切だよ」
「あ……っ!」
肩を抱き寄せて思いっきり抱きしめる。ファミレスの中だろうが知ったことか、俺は周りを気にすることなくスリイの体温を感じていた。
「……ふふ、私も兄さんが大切。大好き、愛してる。ずっと一緒に居たい」
暫くスリイと見つめ合っていると、背後に居た女性たちが立ち上がる音が聞こえた。彼女たちは話をしながら俺とスリイが座る場所を横切る。
「りっちゃん約束だよ?」
「任せなさいって。超絶美人のアタシが紹介するんだから大丈――」
途中で声が途切れた。
なんだと思って俺がそちらに視線を向けると、彼女たち……正確には真ん中に居た女性が俺の腕に抱かれているスリイを見て目を見開いていた。なるほど、この子が自信満々だった女の子か。確かに美人だとは思うけど俺の心には何一つ響かない。あぁスリイという比較対象がそもそも勝負にならないのか。
「……凄い綺麗」
「超絶美人だわ」
「っ……帰るわよ!」
「あ、待ってよりっちゃん!」
「……(ペコリ)」
そのまま彼女たちはファミレスを出て行った。
彼女たちを見ていたスリイは小さく首を傾げていた。
「……どうして私を見てきたの?」
「さあな。勝てないって思ったんじゃない?」
「? ただの人間に私は負けない」
「あはは、そうだな。うん、そうだ」
俺にも声が聞こえていたくらいだしスリイも聞いてておかしくないと思ったけど、どうやら本当にデザートに夢中で気にならなかったみたいだ。不思議そうに見つめてくるスリイが可愛くて頭を撫でた。サラサラとした感触に癖になりそうである。
「兄さん、兄さんに撫でられるの好き。もっと撫でて」
「分かった」
「……♪」
それから暫く、俺はスリイが満足するまで頭を撫で続けるのだった。
「今日は良い日だった。みんなに自慢しないと」
再び腕を組んだスリイがそう言った。
できれば喧嘩にならないように、煽ることがないように注意をしようとした時、鼻がムズムズとして大きなくしゃみが出た。次いで喉に違和感を感じて咳が出る。
「げほっ……こほっ!」
……少し喉がイガイガするか? もしかして風邪?
「兄さん風邪?」
「……いや、どうだろうな。一応咳止めくらいは飲んで寝るよ」
「うん。そうした方がいい。兄さんにはずっと健康で居てもらいたいから」
「そうだな。スリイたちには心配掛けないようにするよ」
「うん♪」
「こほっ! こほっ!」
「トウ、風邪か?」
「あはは、おっかしいな。ちょっと喉の調子が悪いのかなぁ」
リビングでのんびりしていた咳をしたトウにワンが視線を向けた。普通の人間より遥かに丈夫な体を持つ彼女たちだ。風邪なんてものからは縁遠いはずだが、もしかしたらある意味で奇跡のような限りなく低い確率でトウは風邪を引いたのかもしれない。
「……?」
ふと、トウは辺りを見回した。相変わらずの神里家のリビング、ワンが傍に居るだけで特におかしなことはない。だが……トウは何かの違和感を感じるのだった。
「……声?」
分からない、何か幼い子供の声のようなものが聞こえる。
何人もの子供が混ざり合ったような……楽しそうな声、苦しそうな声、悲しそうな声、ありとあらゆる感情を混ぜ込んだような声が僅かに聞こえる。以前見た夢のような何かを想起させるが、幸いにもパニックになるほどではない。
「トウ?」
「あはは、ごめんワン姉ちゃん。ねえ、何か手伝うことはない?」
「そうだな……それじゃあ――」
ワンと共に家事を始めるとその声は聞こえなくなり、気のせいかとトウは家事に集中した。
ワンとトウが二人並んで家事をしているその時、庭に咲いていた花に僅かな変化が起こる。白色の花びらが僅かに青白く輝き、そして真っ赤に染まるように色を変えた。だが、その変化もすぐになくなり元通りの白い花となった。
「……?」
近くで花の水やりをしていたファイブが何かを感じて首を傾げるも、やっぱり気づけるものは何もない。少しだけ強い風が吹き花も揺れる。ファイブが掛けた水が一粒、また一粒と落ちていく。まるで花が泣いているようにも見えたのは考え過ぎだろうか。
「な、なんだよこれ……」
「外に出ていろ! おいリアス! それからそこの眼鏡もだ。精々気を抜いて結界を弱めるなよ! やつの毒が外に漏れださないようにな!!」
『ゼロ! どうするの!?』
「まずは蜘蛛の動きを止める。それからトウを気絶でもさせて止める。安心しろ、殺しはしないさ」
『分かった! 頑張るよ!』
次回、祝福の天使
みたいな次回予告を書いてみる。