「ちっ! 毒が邪魔だな」
『うん! 近づけないよ!』
ラファエルと戦闘するに当たり、厄介なモノがある。それはラファエルの体から噴出する猛毒の霧だ。単に物理的な力同士のぶつかり合いならいくらでもやりようはあるが、空気に溶ける毒となると戦い方は限られてくる。とはいえ、こうして攻めあぐねてどんどん時間が過ぎていくのは避けないといけない。
「ミハイル!」
『うん!!』
ゼロの指示を聞いたミハイルがブレスを放つ。
全てを焼き焦がす威力を持ったブレスだが、やはり毒の霧が壁となってラファエルまで届かない。ラファエルはお返しと言わんばかりに毒を纏わせたブレスを放った。
いくら毒を飛ばせるとはいえ、空を飛ぶミハイルにそれを躱すのは容易だった。こうして考えてみると、空を飛ぶ者と飛べない者で実質ゼロたちにアドバンテージがあるようにも思えるのだが、やはり近づきがたい毒が有効打を徹底的に封じている。
ゼロはフォウたちに向けて大きく声を発した。
「フォウ、リアスにそこの眼鏡も力を抜くなよ! 結界が砕けないようにな!」
ミハイルは大きく迂回するようにラファエルの頭上に飛んだ。ラファエルの不気味な紫の目がミハイルを追う。ミハイルは大きく口を開けて力を込め、そして一気に解き放った。
『いっけええええええ!!』
ブレス、ブレス、ブレス、延々に撃ち続けるブレスの雨だ。一発に力を込めて放つより威力は落ちるものの、質より量だと言わんばかりの雨がラファエルを襲う。その光景はさしずめ流星群のよう、結界の中に万遍なく降り注ぐその攻撃にラファエルは逃げ場を確保できない。
「……ア……ッ」
頭に乗るトウを庇うように足を上げて直撃のみを避ける。だが他の小型化したブレスはラファエルの体を焼き、そして地に付いていた足に当たって大きくバランスを崩した。
「今だ!」
『うん!』
一瞬の隙も見逃さない、ゼロの指示を受けたミハイルは一気に急降下するように加速する。ミハイルは自身の尻尾を鞭のようにしながらラファエルの頭へ叩きつけた。紫の瞳が痛みに揺れ、ここぞと言わんばかりにゼロがラファエルに飛び移る。
背中に飛び乗ったゼロは一気にトウに向かって駆けていく。意識があるのかないのか分からない状態のトウだが、一度眠らせてしまえばこの戦いは終わり……だが、そう上手くは行かないのが主人を守ろうとする使い魔の力だった。
「……っ!」
ラファエルが大きく体を揺らしゼロの体勢が崩れる。人間と比べると遥かに大きな足が横なぎするように振るわれた。ゼロはそれを剣で受け止めるが、当然自分より大きな腕の力に耐えられるわけもなく、ゼロの体はラファエルの背から吹き飛ばされた。
『ゼロ!!』
すかさず飛んできたミハイルの背に受け止められるが、そんな二人を狙うように猛毒のブレスが放たれていた。ミハイルが同じようにブレスを撃って相殺させようとするが咄嗟に放ったため威力は弱い。漏れ出た毒の一部が向かって来た。
「っ!」
せめてあまり吸わないように、そうするかのようにゼロは口を服の布で覆うように防御する。しかし、そんな毒のブレスがゼロに届くことはなかった。
もう少しで着弾するといった瞬間、真紅の魔力がゼロの前を横切りブレスを撃ち抜いた。ゼロが視線を向けた先に居るのはフォウと同じく結界の維持に務めているリアスだ。だが片手が赤く発光しており魔力の名残があることから、どうやら今のはリアスが放った魔法だと結論が出た。
「ラファエルの毒を相殺……いや違うな」
本来魔力同士のぶつかりは衝撃を生む。だがリアスの魔力はそのまま素通りするように綺麗にブレスを打ち消した。そう、感覚としては消すという言い方が正しいのかもしれない。
ゼロが驚いているようにフォウも驚いていた。
「私は滅びの魔力というものを受け継いでいてね。まさかそれがここで役に立つとは思わなかったわ」
「滅び……なるほどね。その下品な乳だけじゃないのね持っているのは」
「さっきから下品ってひどくない!?」
「うっさい! 巨乳はみんな死ぬべきなのよ! アンタ後で殺してやろうか!?」
「理不尽でしょうそれは!!」
「あなたたち集中しなさいよ!!」
……こっちはこっちでまだまだ余裕そうだ。
頼むから喧嘩に発展して結界維持に影響を出すなよと困った顔で彼女たちを見つめるゼロだったが、足を損傷しても尚機敏に動けそうなラファエルの様子に難しい顔をしつつ、小さく溜息を吐いて剣の刃先を自らの腕に当てた。
『ゼロ? もしかして……』
「あぁ……ある程度は我慢するつもりだけど、六花が目を覚ましたら相手してもらわないとな」
そう言って剣で腕に傷を入れる。
ドバドバと流れる血はゼロの真っ白な服を汚し、彼女の体を赤く染め上げていくようだ。ゼロは一旦目を閉じ魔力を内側で増幅させ、そして一気に解き放った。
『……ッッッ!!』
真紅の輝きを放つゼロにラファエルは恐れを抱いたのか後退りをする。ラファエルの巨体より遥かに体は小さいのに、今ゼロから感じる魔力の波はラファエルを覆い尽くすほどの力を秘めていた。
「……さて、一気にケリを付けるぞ」
『うん!』
この状態はゼロだけでなく、繋がっているミハイルにも効果が及ぶ。今のこの状態はだだでさえ強い力を更に増幅させるモノではあるが、少しばかり困った副作用がある。まあそこは頼れる兄に付き合ってもらおうとゼロは小さく笑った。
ミハイルが大きく息を吸い込みブレスを放った。そのブレスは今までの比ではなく、遥かに強い威力と速さを伴っていた。ラファエルは同じようにブレスで迎え撃つよりも躱した方がいいと判断したのか大きく体を反らす。
ミハイルのブレスは躱すことが出来たが、すぐに頭上にゼロが剣を構えて落下してくる。
「はあああああああああっ!!」
剣が振るわれる、ならば受け止めればいい……ラファエルは足で防御するが、受け止めた瞬間にその防御に使った足が断ち切られた。不気味な色の液体を放出しながら吹き飛ぶ足。ラファエルは痛みに耐えるように踏ん張りながらも、残された足でゼロへの攻撃に使用するが、それもゼロの剣の一振りで同じように切断された。
半分もの足を失ったことでついにラファエルは体勢を大きく崩す。
「すまないな。だが君の主人を助けるためだ。我慢してくれ」
そのゼロの声にラファエルは小さく頷くような動きをした。たとえ行動を強制されるようにゼロと敵対をしたとしても、その根底にあるのは主人であるトウを守るためだ。故にゼロの言葉にラファエルは頷くような仕草をしたのだ。
ゼロは己の強化状態を解除して大きく跳躍する。
頭を抱えて蹲るトウの肩に、ゼロはようやく触れることが出来た。
「ほら、助けに来たぞ」
ゼロの声にビクッと体を震わせ顔を上げたトウは泣いていた。ゼロは困った奴だなと苦笑して、その震える体を抱きしめるのだった。
「だから言っただろう? 助けてやるって」
「……うん……うん!! ゼロ姉ちゃん……っ! うあああああああっっ!!」
正気を取り戻したトウにラファエルを縛る魔力も解ける。もう大丈夫だと判断したのかフォウは結界を解いた。
「ゼロ姉さま! トウ姉さまも大丈夫?」
「あぁ……結構疲れたな」
「……ごめんねフォウちゃん」
どうやら本当にもう大丈夫そうだ。
「リアス、あの時は助かった」
「ううん、無事なら何よりよ。けど、色々と聞きたいことはあるわ」
「分かってるさ。美味い菓子を用意してもらえるとありがたいな」
「……全くもう。分かったわ。それくらいお安い御用よ」
すっかり友人のようなやり取りをするゼロとリアスにソーナは目を丸くしていた。リアスからそれとなく聞いてはいたが、ここまでの存在とは知らなかった。だからこそソーナの目には少し恐れがあるが、リアスがこうして友好関係を築けているなら安心してもいいかと大きく息を吐く。
「君もありがとな、眼鏡」
「眼鏡ではありませんソーナ・シトリーです」
そこは訂正しないといけない、ソーナは眼鏡をクイっと上げて自己紹介をした。
……暗い夢の中を歩いている。
さっきからずっとだ……終わりのない道を何の当てもなく俺は歩き続けていた。
「……何なんだここは」
夢ならいい加減目が覚めてほしい、そう思っても醒めてくれないこれはもしかして悪夢? 妹たちの誰かが頬でも叩いて起こしてくれないだろうか、そんなことを思っていた時俺とは別に声が聞こえた。
「ここはいわば現実と夢の狭間のような場所ですよ六花君」
「え?」
声のした方へ視線を向けると、そこには今外国に居るはずのアコールさんが居た。相変わらずデカいトランクケースを持っている出で立ちだがどうしてここに。
「私は貴方の知るアコールではありません。更に言えばこの個体の私と貴方は会うことはありません」
「……つまり?」
ごめん、言っている意味が全く理解できないんだが。
無理もないと目の前のアコールさんは笑った。アコールさんが腕を動かすとどこかの光景が現れる。その場所は見たことがないが……どこか廃墟のようにも見えた。
「この夢が醒めた時、あなたはここでの会話を忘れている。だからこそ、ある程度は干渉できるのです」
映像の廃墟、そこに一人の女性が現れた。俺はその女性を見たことがある……ゼロだ。彼女が剣を持って戦っているのは……ワン?
「こことは違う別の世界、ゼロがワンと戦っている光景になります。他の姉妹を全て殺し、最後のターゲットであるワンを殺すために」
「ど、どうしてゼロがワンを……」
「ゼロの姿を見て何か変だと思いませんか?」
そう言われて俺は改めてゼロの姿をよく見てみると、その異変に気付くことが出来た。彼女の右目だ……右目に花が咲いている。アコールさんに視線を戻すと彼女は頷いた。
「あの世界は絶望で溢れている。その根源とも言えるのがあの花になるのです。薄紅……あぁそうでした。“今の”あなたはこの名前を知らないのでしたね。では分かりやすく説明しましょう。既に彼女、ゼロは死んでいるんです」
「死んでる?」
「花の力によって生きている死体のようなものです。ゼロはあの花に世界を滅ぼすほどの魔力が備わっていることを知り、無理やり抉り出そうとしましたがその結果、花の防衛プログラムが発動しました。防衛プログラムによって生み出されたのは五人の少女、いずれもゼロには及びませんが強力な力を秘めた個体が生まれたのです」
「……待ってくれよ、それじゃあもしかして」
簡単には理解できないが、点と点が繋がるように答えが出た。
「生まれた姉妹たちはそれぞれが花の力を持っている。つまり、世界を滅ぼす力が新たに生まれたということです。ゼロが行った姉妹の虐殺、それは世界の崩壊を阻止するためのものでした」
世界の崩壊を防ぐためとはいえ姉妹を殺す……今のゼロからは想像が出来なかった。映像は変わり廃墟の中に巨大な六人の少女が出現し、それを白いドラゴンがブレスを放って消滅させた……そのドラゴンはたぶんミハイルで、彼は泣いていた。
「これにて世界の崩壊は阻止されました……しかし、それで終わらないのがあの世界。絶望という種は非常に根深く残り続け、次代に生きる何人もの人々を苦しめました……が、そこから先を知る必要はありません。たとえ忘れてしまうのだとしても、ただの人間が見るにはあまりにも残酷すぎる故」
アコールさんのその言葉を最後に映像は消えた。
「世界は常に絶望と隣り合わせです。ですが、このような小さな奇跡が起こるのもまた事実。現に今、あなたと彼女たちは再び出会った。たとえ薄紅との関係だけとしても、その繋がりが今のこの世界に生きるあなたと彼女たちを巡り合わせたのです」
アコールさんが指を指すと、そこには一筋の光が差し込んでいた。
「六花さん、私は思うのです。彼女たちは十分苦しんだ、だからこそもう笑っていいのだと。好きに生きていいのだと思うのです。そこに他者が介在する余地はない、幸せとは全ての生きる人に与えられる権利です。それは決して奪っていいモノではない。運命でさえも、神でさえも、何者にも奪う権利などないのです」
……そう、だな。幸せってのは誰にもなる権利がある。それを奪うことは許されないし、誰にも否定出来ることじゃない。
「その光の向こうで妹たちがあなたを待っています。今回のことはある意味分岐の一つでした。リアス・グレモリーと関係を築けていなければおそらく……いえ、それはもう関係のないことですか。ここでこうして話しても忘れてしまいますし」
「覚えている可能性は?」
「穴の開いていない針に糸を通せますか?」
「なるほど、つまり無理なんですね」
「はい、無理なのです」
結局アコールさんが何を伝えたかったのか明確に理解したわけじゃない、けど……改めてゼロたちのことが知れた。忘れてしまうのだとしても、この邂逅は俺にとって本当に得難いモノだった。
「それじゃあ俺は行くよ」
頭を下げるアコールさんに背を向けて俺は光の中に足を踏み入れた。すると体が何かに引っ張られる感覚を感じて俺の意識は覚醒する。
「……っ!」
目が覚めた……俺の顔を覗き込む六人の女の子によるお出迎えだ。
「兄様!」
「お兄様ああああああああっ!!」
最初にワンとファイブが飛び込んで来た。不思議と倒れる前の倦怠感は一切なく、本当に本調子に戻ったような感じがする。
「兄様良かった……本当に良かったっ!!」
「……兄さん」
スリイとフォウも傍に寄り添ってきた。
そんな中、俺は少し泣いた跡が残るトウに視線を向けた。トウは足を踏み出すのを躊躇していたが、こつんと背中をゼロに押されてそのまま俺の胸元へ。
「兄ちゃん……兄ちゃん! 本当によかったああああああ!!」
まだどうして泣いているのか理解は出来ないが、何となく好きにさせたくなった。トウの頭を撫でていると妹たちみんなが優しく見つめている。……何か大事な夢を見ていた気もするが思い出せない。けどそれでも良かった。この妹たちの笑顔が、彼女たちが傍に居てくれるなら。
「みんな、心配掛けさせちゃったな」
こうなると数日は妹たちの我儘に付き合うことになるかもしれない、大変だぞ俺。そう思った矢先、ゼロがニヤリと笑って背中から俺に抱き着いてきた。
「そうだなぁ、物凄く心配したぞ? それに大変なこともあったし、これは早速可愛がってもらわないと割に合わないな?」
「……自分病み上がりなんすけど」
「ふふ、休憩はやるよ」
……それは別の意味で倒れることになるのでは。
俺はこれからニーゴのイベントを走るからよ……止まるんじゃねえぞ。