ウタウタイの兄   作:とちおとめ

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 ワンが作ってくれた夕飯を食べ終え、少しゆっくりした後風呂へと向かう。それにしても今日の夕飯も色々と大変だった。

 

『兄ちゃんこれどうぞ!』

『兄様これも美味しいよ!』

『お兄様こちらはいかがかしら?』

 

 トウとフォウ、そしてファイブが競い合うようにあ~んをしてくるんだもんな。いや、それ君たちが作った料理じゃないでしょって言う前に、食事中は静かにしろとワンの雷が落ちた。目にも見えない動きで三人を静かにさせたワンは流石としか言いようがない。

 ゼロは自由奔放、トウは常識はあるが少し空回りすることが多い、スリイはあまり物事に興味を示さず静か、フォウも常識人と言えば常識人だがタガが外れると凄い、ファイブは収集癖があるがすぐに飽きたりして大変……うん、ワンが居ないと俺だけじゃ手綱を握り切れる自信がないな。

 

「よっこいしょっと」

 

 脱衣所で服を脱いで風呂場へ。

 体と頭を入念に洗い、いざ湯船へと浸かる。体の芯まで伝わる温もりに思わず吐息が零れる。

 

「いい湯だ」

 

 基本的にうちの風呂の順番は様々だが、家事をしてくれるワンを除いた妹たちが俺より先に入る。よく一緒に入ろうと誘われることもあるが、ある程度自制が効くフォウを除き他の面々と入ったが最後物理的に食われることは確定なので断らせてもらっている。

 

「高校生にしては爛れすぎてるんだよなこの生活」

 

 血の繋がりが無いのもあるが、何より妹たちの体はある意味で特殊だ。力を使えば性欲が溜まりそれを発散する必要が出てくる。最初は戸惑いと事務的な感覚だったが、今となってはちゃんと大切な存在として認識している。世間からどう思われようが、もうこの在り方を俺は変えることはできない。

 もう少し温まるか、そう思っていると脱衣所の扉が開いた。

 

「……あ、兄様ですか?」

「ワンか? すまん今入ってる」

 

 どうやらワンと鉢合わせしたみたいだ。さっきも言ったようにワンは家事を終わらせてから風呂に入るため、こうして遅めに入った俺と時間が被ったりすることがある。

 

「すまん、これから入るならもう出るよ――」

「その必要はないですよ兄様」

「え?」

 

 どういうことだ? 思わず立ち上がろうとした体が動きを止める。今の言葉の真意を聞こうとして口を開こうとしたその時、向こうでシュルシュルと服を脱ぐ音が聞こえる……まさか。

 俺のその予想は的中し、ワンが入ってきた。申し訳ない程度に体の前でタオルを持っているがそれだけだ。上も下も大事な部分は全く隠れておらず、当のワンは全く気にしてないのか俺を見つめて笑みを浮かべている。

 

 

「せっかくですし一緒に入ってしまいましょう」

「……そうだね」

 

 上がりかけていた腰を再び下ろした。

 たぶん俺が風呂に入っている時に来たのは偶然だろうけど、こうして入ってきたのは絶対にワンの意思だ。ゼロに次ぐお姉さんではあるが、こうやってお茶目な面も持っている。というよりも、断ったら断ったで悲しそうにするだろうし、そんな顔を見たくないという気持ちもあったのだ。

 

「兄様、今日のビーフシチューはどうでしたか?」

 

 髪を洗いながらワンがそう聞いてくる。

 

「美味しかったよ。こう言うと捻りがないって思われるかもしれないけど、ワンが作ってくれる料理はどれも絶品だ」

 

 本当に美味しい、そうとしか言いようがないのだ。姉妹の中でもワンは万能というか基本何でもできる子である。もちろん最初は料理も覚束なかったが、近所の書店で料理の本を買って勉強をしたおかげか今のように料理スキルが身に付いたのだ。

 

「兄様にそう言ってもらえることが私にとって一番の幸せです。これからもどうか兄様の為に作らせてください」

「うん、俺の方こそお願いするよ。もうワンのご飯がないと生きていけなさそうだ」

「ふふ、それは流石にオーバーでしょうけど……分かりました。もっと兄様を虜にしてみせましょう」

 

 既に虜になっているんだけどね。

 髪を洗い終え、体も清めたワンが浴槽に向かってくる。普通の家の浴槽よりはそこそこ大きいため、二人は問題なく入れる造りだ。

 

「……ふぅ~。気持ちいいですね」

「だなぁ」

 

 二人してのんびりと湯船に浸かる。無防備に俺の対面に座るワンを眺めてみる。これは他の姉妹にも言えることだが、本当に同じ人間なのかと疑いたくなるほどの美しさだ。確かに家族としての贔屓目はある程度は仕方ないとしても、たぶん俺以外の人間でも同じことを思うはずだ。

 

「兄様? どうかされましたか?」

 

 ジッと見つめていたのを不思議に思ったのかコテンと首を傾げてワンがそう聞いてくる。姉妹の中では一番お姉さんっぽいワンだけど、こういう仕草はやっぱり俺と同じ子どもなんだなと苦笑する。

 

「ワンは綺麗だなって。そう思ったんだ」

「……その、いきなり綺麗って言われるのは恥ずかしいです」

 

 頬を赤くして身を縮みこませるワン、うん綺麗って言ったけど可愛いもありますねこれは。ワンは恥ずかしさを誤魔化すつもりだったのかは分からないが、可愛い掛け声を出して俺に飛び付く。

 

「ちょ!?」

 

 いきなりのことでビックリしたが、しっかりと受け止めることに成功した。ワンは一度俺の顔を見上げた後、背中を俺に向けて体を預けてきた。

 

「私を揶揄った罰です。これくらいはいいですよね?」

 

 舌を出してそう言う様子に俺は頷くことしかできない。だけど……この体勢は非常にマズい。おそらくはワンも気づいているんだろう、揶揄った罰というのは建前でこうしたかったんだろうなぁ。

 

「兄様、固くなってますよ?」

「……そりゃ仕方ないと思う」

 

 いや、誰でもそうなっちゃうでしょ。

 こちとら思春期の高校生だし、いくらワンたちの体を見慣れているとはいえ仕方がないことだ。というよりもワンと一緒に風呂に入ることになった時点である程度こうなる予想はしていた。

 

「もう私たちの後には誰にも入りません。ですから……?」

 

 そこでワンが何かを感じたのか黙り込む。

 

「……分かっている。兄様は明日学校だし負担は掛けさせない」

 

 虚空に語り掛けるワン、すると俺でも感じ取れる空間の揺らめきが見えた気がした。

 

「ガブリエラからです。あまり兄様に負担は掛けるなと」

「あぁ……本当に“あの人”はうちの良心だよな」

 

 

 黒くて大きくて頼りになる存在、それを思い浮かべていたその時唐突に唇を塞がれた。

 

「っ!?」

「あむ……ちゅる……」

 

 啄むようなキスから始まり、徐々に舌を入れてくるワン。唇が離れワンの顔を見た時、彼女の顔は既に情欲に染まっていた。

 

「兄様、お願いします。もう我慢できません」

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 風呂から上がった俺は台所に行き、冷蔵庫から牛乳を出して飲んでいた。少し疲れていたのもあるし喉が渇いていたためだ。風呂に行ったのに何故疲れたか、それはご想像にお任せしよう。

 コップを持ったまま涼もうと庭が見渡せる縁側に向かう。するとその場には既に先客が居た。

 

「ゼロ?」

「? 六花か。何とも情けない妹の声が少し聞こえたけど」

「言わないでくれ」

「まあいいさ。今日はワンに譲ってやる」

 

 ゼロの隣に座って庭に視線を向ける。真っ白で大きな花が月明かりを浴びて輝いている。その様は幻想的であり神秘的だ。

 

「いつも思うけど、本当にどうなってるんだろうなこの花」

 

 こうやって咲いた時から決して枯れない花。嵐が起きても、突風が吹いても、雪が積もっても、真夏の体温に晒されても決して枯れることのない花だ。

 

「詳しくは私でも分からない。けど、この花は私たちと六花を巡り合わせてくれた花……既視感は相変わらずあるけど、思い出せない以上考えても仕方のないことさ」

 

 ゼロの口ぶりは気になるけど、本当に気にしていなさそうな様子に少し安心する。俺にとっても妹たちにとってもこの花はよく分からない存在だが、確かに俺たちを巡り合わせてくれた存在でもある。それにこう言っては何だが、こうやって庭に大きく咲いているから守り神みたいな感じにも思ってるんだよね。

 

「六花、少し膝を貸してくれ」

「いいよ」

 

 ゼロが俺の膝を枕にするように横になった。ゼロは男勝りというか気の強さが売りみたいな部分はあるけどこうやって甘えてくることももちろんある。こうなった時、頭を撫でてあげると更に喜んでくれるのだ。

 綺麗な銀の髪を撫でると、サラサラと撫でる側の俺も気持ちいいと感じるほどの質感だ。

 

「君に触れられると安心できるんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「え?」

 

 どこか暗くもあり儚さを持ち合わせたその表情に俺は視線を釘付けにさせられた。俺の漏れた言葉にゼロはどうしたのかと聞いてくる。

 

「私何か変なことを言ったかな?」

「……いや」

 

 気のせい? それとも無意識に出た言葉なのか? 非常に気になるが、今気持ちよさそうに横になっているゼロを見ていると聞こうという気持ちも失せてしまう。何となく、今は俺自身もこうして居たいと思ったからだ。

 

「別にいつだってこうしてあげるけど」

「これでも長女だからな。妹たちの前でこんな姿は見せたくない」

「今日の帰り際の言葉をそっくりそのまま返そうか。何を今更言ってるんだ」

「……ふん、うるさい」

 

 それっきりゼロは庭の方に体を向けてしまい表情は見えなくなったが、こうして頭を撫でていると嬉しそうな感情が伝わってくるかのよう。そんな中、遠くの空に何やら紫色の光の柱が一瞬見えたような気がした……疲れてるのかな? そう思った矢先ゼロが呟く。

 

「スリイか。何か見つけたみたいだ」

「……え? 今スリイ出掛けてるの?」

「あぁ。アイス買うってコンビニまで」

「大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ。道はちゃんと覚えてるし何より、襲われたりしても問題はない」

「いや相手が」

「死ぬんじゃない?」

 

 ……軽く言ってくれるねゼロさん。

 とりあえず、俺はゼロの頭を撫でながら無事に帰って来てくれと願うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……?」

 

 片手にアイスの入った買い物袋を持ちながらスリイは空を見上げた。スリイの視線の先に居るのは黒い翼を羽ばたかせる人外――堕天使だ。

 堕天使はスリイの姿をその目に映し残虐そうに表情を歪める。

 

「女の独り歩きは感心しないぞ。私のような者に見つかってしまうからな」

 

 その男の様子から明らかにスリイを狙っていることが窺える。

 

(夕方に兄さんも襲われて、今度は私か。暇なの? 堕天使って)

 

 決してそうではないだろうが、スリイの特異性が堕天使を引き寄せたと言ってもいいかもしれない。長い髪の内側から覗く瞳は気怠そうで、堕天使に対しスリイが全く警戒はおろか認識さえしてるかどうか怪しいと思わせる。そしてそんなスリイの反応は堕天使からしても予想外のモノだった。

 大凡の力無き人間は堕天使のような超常の存在を目にすると恐れ助けを乞う。それは今まで堕天使が殺してきた人間全てに共通することだった。

 

(なんだこの女は……何故私を恐れない)

 

 理解が出来ない、それに尽きる。

 

「……帰ろう。兄さんの分も買ったし一緒に食べなくちゃ」

 

 スリイはついに堕天使から視線を外した。もうそこに何も居ないと言わんばかりに踵を返し、スリイは愛する兄の待つ家へ足を動かす……さて、別にスリイは堕天使のことを気にしていないわけではない。単純に興味がないため心底どうでもいいと思っている故の行動である。

 このスリイという少女は興味のないモノにはとことん興味がなく見向きもしないが、逆に興味があったりするとその執着度は相当なのが特徴である。

 

「私はチョコ、兄さんはイチゴ、ゼロ姉さんはマンゴー、ワン姉さんはミント、トウ姉さんはバニラ、フォウはミカン、ファイブはグレープ」

 

 ……この女、本当にもう堕天使の存在を認知していないようだ。

 ゆっくりと猫背のように踵を返していくその姿に怒りを覚えるのは堕天使だ。何故恐れない、何故たかが人間に無視されなければならないのか、一般の人間を遥かに超えた超常の存在である堕天使としてプライドが許さなかった。

 堕天使はその手に光の槍を生成し、真っ直ぐにスリイの頭を目掛けて投擲する。

 そのまま進めばスリイの頭を貫通し辺り一帯を真っ赤な血で染め上げることだろう。だがそうはならなかった。スリイが少し上半身を逸らしたことで、光の槍はスリイに当たることなく地面に突き刺さった。

 

「なっ!?」

 

 まさか避けられるとは思っておらず驚いた堕天使だったが、スリイはそんな反応すらも気にすることなくそのまま歩いていく。ブチっと堕天使の中で何かが切れた。

 

「この女風情があああ!? 私を舐めるのもいい加減にしろおおおおおおお!!」

 

 新しい槍を生成して今度はスリイの進む先に立ち塞がった。流石に目の前に立たれればスリイの意識は堕天使へと向く。スリイの視線を受けながら堕天使は大きく叫ぶように言葉を発する――その言葉がスリイの怒りの引き金を引くとも知らずに。

 

「人間風情が舐めた真似をしてくれるな! いいだろう女、ならば貴様の目の前で貴様の大切な存在を殺してやる。惨たらしく、バラバラに引き裂いてやる! その上で貴様も殺してやる。もう許しを乞うても楽には殺さんぞ!!」

 

 変なプライドを気にするがあまりに出た大人気の無い言葉、だがその言葉はスリイの意識を引っ張り上げ閉じられていた怒りの感情を呼び起こす。

 

(……殺す? 私の大切な存在を……兄さんを? 誰が殺す……こいつが? ……殺す)

 

 スリイにとって兄は何よりも大切な存在だ。それこそ他の姉妹の誰よりも大切、だからこそ冗談であっても兄に害を及ぼすなどという愚かな言葉を聞き逃すことはできない。

 気怠そうだった目は確かな意思を宿し、真っ直ぐに堕天使を見つめた。

 

(……何だ?)

 

 そしてその変化は堕天使自体も感じていた。先ほどまで感じなかった明確な殺意、それをスリイの目を通してダイレクトに感じているのだ。マズい、本能で堕天使はそう悟った。故に直感に従い堕天使は羽を羽ばたかせてこの場から離脱することにした――しかし。

 

「……なあああ!?」

 

 ある程度飛び上がった段階で地上に叩き落された。

 何が起きた、何がこの身に起きたのか、それを確かめる中堕天使は自分の羽が綺麗に手折られている事実に気づいた。

 

「な、何が起こっている!?」

 

 自身の身に起きた異変に頭がパニックになる……チャキンチャキンと音が聞こえる。音が聞こえる方に目を向ければスリイが特徴的な形と大きさをした鋏を持っていた。

 

「気が変わった。実験道具になってもらう」

 

 その言葉の意味を堕天使は理解することが出来ない。

 スリイは買い物袋を大切そうに抱えながら歌い始めた。

 

“弾きたもうれ、弾きたもうれ、第三の歌――古ノ傀儡”

 

 その歌声はとても綺麗だった。思わず聞き惚れ命の危険を忘れさせてしまうほど、だがすぐに異変は訪れた。何かが生まれる、それは多数の影。堕天使を取り巻くように、決して逃がさないと言わんばかりに現れる無数の傀儡たち。

 

“彼岸を望みし、轟魔の力、輪廻を拒む破戒の兵団”

 

 堕天使の心に諦めが生まれる。

 どうして自分はこんなものに手を出した、何故、どこで間違えたのか。

 

“理性と秩序の宿業を灰燼に返さん”

 

 傀儡の兵団はスリイの意思の元に集う。

 その数は数えきれず、皆に意思が宿っているのか紫の目が輝く。

 

“侵せ、アルミサエル”

 

 今ここに、堕天使の運命は確定した。




6000文字超えて少し反省、次回からはもう少し短くします。

PS、意外と覚えてくれている方が多くて驚いています。
   とてもありがたいです。

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