ようやく学校に行けるお許しが出たぞ……。
妹たちからすれば可能ならば家に居てほしいということだが、学生である以上勉学を疎かにすることは出来ない。実を言うと許しが出たとは言ったが、これは俺が無理にでも押し通した結果やっと頷いてもらったようなものなのだが。
「よろしく頼むな。アルミサエル」
『(シャキン!』
鞄にキーホルダーのように引っ付いた関節人形が三体とも敬礼するように答えた。前までは一体だったのだが、せめてこれくらいは今後連れて出るようにとのことで三体に増えたのだ。
人間でいうところの顎の部分、そこを触るとくすぐったいのか身を捩る。一体を構っていると残り二体が自分も自分もと暴れるのを見て少し可愛く……は思えないなやっぱり。
「そろそろ学校だからな。動くなよお前ら」
そう言うと再度敬礼をして微動だにしなくなった。こうしていると本当に趣味の悪いだけのただの人形だ。
「おはようさん」
ガラガラと音を立てて教室に入るとみんなの目が俺に集まった。暫く休んでいたせいか物珍しい視線に晒されるも、俺はまあ仕方ないかと思い自分の席へ座る。
「おはよう六花。体調は大丈夫なの?」
いの一番声を掛けてくれたのは藍華だった。俺がもう大丈夫だと告げると、藍華は本当にホッとしたように胸を撫で下ろす。どうやら結構心配を掛けてしまったようだな。
「連絡は取っていたけど、こうして顔を見るのと見れないのでは違うのよ」
「確かにな。心配させて悪かった」
「そう思うのなら何かスイーツでも奢ってほしいわね」
「了解」
それくらいならお安い御用だ。藍華といつになるか分からないがそんな約束をした時、兵藤とアーシアさんが近づいてきた。そしてもう一人、どこか見覚えのある女の子……そうだ。俺に神がどうとかって以前聞いてきた女の子だ。なんでこの子が制服を着ているんだ?
「おっす神里。元気になったみたいだな」
「神里さん、お体は大丈夫ですか?」
どうやら藍華以外の人も心配してくれたみたいだ。
「もう大丈夫だ。ありがとう二人とも」
「はは、いいってことさ。ハーレムの師匠を心配するのは当然だぜ!」
「……なんだそれ」
何だハーレムの師匠って。首を傾げる俺にアーシアさんは苦笑し、藍華は納得したように相槌を打つ。そしてもう一人、件の女の子が口を開いた。
「会うのは二度目になるな。今週転校してきたゼノヴィアだ。よろしく頼む」
「転校生……おっと悪い。神里六花、よろしく」
なるほどゼノヴィアさんね……しかし転校生か。神がどうとか控えめに言ってちょっとおかしな人だけど、まあこうしてクラスメイトになる以上気にしても仕方ないか。
「初対面はあんな感じだったけど、気にしない方がいいよな?」
「そうしてくれると助かる……色々あったからこそ、考えることもあってな」
「ふ~ん?」
疲れたように苦笑するゼノヴィアさんの様子に俺は首を傾げる。兵藤とアーシアさんに視線を向けても苦笑するだけだ。
「……何よ、私だけ除け者?」
そして藍華はどこか気に入らなそうにそっぽを向いた。話に完全に付いていけないのは俺も同じだし、そう言う意味では藍華と似たり寄ったりだろう。ただ悪魔とか堕天使とか、裏の世界のことを藍華が知らないのであればその差は出てくる……か。
「何だよ除け者って。藍華はそんなこと気にするタマじゃないだろ」
そう言うと藍華はまあねと頷きはしたが、やっぱり気に入らなそうにそっぽを向く。とはいえ、今はこうしてうちの妹と知り合いではあるが裏の事情を知らない藍華だが……まさかすぐにそのことを知ることになるとはこの時の俺は知るはずもなかったのだ。
さて、時間は流れて昼休みになった。今日も今日とて藍華は当然として、兵藤やアーシアさん、更にゼノヴィアさんが加わった。
「それで兵藤、お前が朝に言ってたハーレムの師匠って何だよ」
「お、やっぱ気になるのかそれ」
「誰でも気になると思うけど……」
こうして兵藤に聞いたわけだけど、何となく予想が付くのはどうしたことだろうか。俺が外に出ない間、騒ぎを起こして申し訳ないとゼロとトウの二人が謝罪に行ったが……たぶんその時なんだろうなぁ。
「知ってると思うけど妹さんが二人来たんだよ。その時に『うちの六花は凄いぞ。姉妹全員で相手をしても負けるのは私たちだ』ってな」
「……ふ~ん」
「あ、あわわ……」
その語り口調間違いなくゼロだ……学校から帰ってきた時に面白そうに笑ってたのはこれが原因だったのか。俺が居ないときに……いやいや、居る時にも話されたくない話題ではあるが。兵藤はともかくとして、ゼノヴィアさんは興味深そうにしているが反対にアーシアさんは恥ずかしそうに顔を赤くしている。藍華にいたっては当然じゃないと言わんばかりの顔で頷いていた……なんでやねん。
「んでその後にトウさんが……うん、こっちまで恥ずかしくなる惚気というか……事細かにこういうことをしているんだよって教えてくれて」
「……何してんだよ」
「部長たちも興味津々に話を聞いててさ。あぁ……黙々とお菓子を食べてた小猫ちゃんが癒しだったなぁ本当に」
一番恥ずかしいのは俺なんですけどね。
「そういう話を聞いて神里って凄いやつなんだなって思ったんだよ。俺もハーレム王になるとか言ったけどさ、既にそれを実現してる神里は尊敬に値するぜ。だから俺は師匠って呼んだんだ」
「そっか……そっかぁ……」
静かに頭を伏せた俺、そんな俺の頭をよしよしと撫でる藍華……あはは、いつにもまして藍華の気遣いに泣きたくなるぜ。おっと、こうやって手が止まっていると弁当を食べる時間がなくなりそうだ。せっかくワンが作ってくれたんだしちゃんと食べないと。
もぐもぐと食事を進めていると、何やらピリピリと肌に纏わりつく何かを感じた。藍華は気にして無さそうだが、兵藤たちの変化は火を見るよりも明らかで、彼らはハッとするように校門の方へ視線を向けた。
「な……あいつは!!」
「……どうして」
「っ!」
食べかけの弁当を置いて三人は走って教室を出て行ってしまった。一体何事かと校門に視線を向けると人影が一つ見えた。結構距離があるため鮮明には見えないが、髪の色からしてたぶん外国人だろうか。ジッと見ていると兵藤たちがその人影に接近し、少しやり取りをしたところで件の外国人は踵を返して居なくなってしまった。
「知り合いなのかしら」
「あの様子だとそうなんだろうな。良い知り合いかどうかは分からないけど」
兵藤たちの様子、そして何やら言い合っていたような雰囲気から友好的な知り合いではなさそうだ。悪魔になった兵藤たちの知り合いとなるとおそらく裏の世界に生きる存在……彼が居なくなった瞬間肌に纏わりつく何かが消えたことで、その疑念は確信へと変わった。出来ることなら関わり合いになりたくないと願う。主に妹たちが暴走しないのと俺の胃のために。
さて、思えばそろそろ授業参観がこの学校でも行われる。俺にとって両親は外国に居るから来ないことは分かっているし、友人たちの親御さんが来るからと言っても別に大した行事ではない。けれど、どうしてか分からないが今年は何かが起きるのではないかと、小さな胸騒ぎを感じるのだった。
六花が学校に行っている間、家には当然のことながら妹たちが残っている。相変わらずゼロやスリイは部屋に閉じこもっているが、残りの妹たちはそうではない。直近で六花が倒れるという異常事態があったせいか、何か六花の身に起こってはいないかとソワソワするのも仕方のない事だ。特にワンの心配する様子は顕著だが、スリイが持たせたアルミサエルを通して何も伝わってこないということは六花の身に何も起きていないことの証明でもある。
もちろんワン以外の妹たちも六花のことは心配だが、ワンのそれは行き過ぎじゃないかと苦笑してまうほどにはワンはソワソワしていた。
「もうワン姉ちゃん、貧乏ゆすりが酷いことになってるよ?」
ついにトウからの指摘が入った。ワンは済まないと謝罪をしたが……やっぱり不安な気持ちを抑えることは出来ないらしい。だからこそ、今姉妹で遊んでいたゲームに負けるという展開になるわけだ。
「集中できていないとはいえ負けは負けだ。さて、罰ゲームは何だ?」
「そうだねぇ」
「……う~ん」
何か勝負をするなら負けた者には罰ゲームを、それはある意味で神里家における決まり事でもあった。大体の遊びではワンが勝利するため罰ゲームとは無縁だったが、こうして負けてしまった以上ワンは潔く負けを認めるしかない。
何かいい罰ゲームはないか、そこでパッと閃いたのかファイブがこう口を開くのだった。
「罰ゲームとは言っても酷いことは嫌ですし、一日私たちが指定した服装で過ごすというのはどうでしょうか。もちろん常識の範囲内で」
一日コスプレをして過ごす、ファイブの提案に満場一致で決まった。となるとどんな服装になるか、過激なものでもいいが六花以外にあまり肌を晒したくないと考えるのは姉妹の共通点。そこでファイブが取り出したのはどうしてそんなものを持っているのかと言いたくなるモノ、シスター服だった。
「ふふ、神に仕えるシスターですが実は愛する者との秘め事にドハマり……なんてシチュエーションも昂るかなと思いまして用意していたんです」
「なるほど……」
「ワン姉さま? 何真剣に考えてるの?」
とはいえ、ファイブの発想にそれ採用と心の奥底で呟いたのは全員だった。ワンは流れるように着替えを終わらせ、シスター服に身を包んで再びリビングに現れた。
普段の服装とは違うその様子、しかしどこか様になるワンの姿に妹たちはおぉ~と拍手をする。
「胸の辺りがブカブカだけど悪くはないか」
「合わせたのはわたくしですからね。ワンお姉さまではそうなって当然ですわ」
「……(ピキッ)」
相手がフォウではないのでファイブに煽るつもりは一切ない、しかしこういう部分に気を回せないのも末っ子所以とも言える。ワンも思わず手が出そうになったがそれを理解しているため、すぐに怒鳴り散らすであろうフォウとは違い怒りを瞬時に収めた。
「あ、そう言えば買い出しにもいかないといけないんだった。もしかして恰好は――」
「当然着替えちゃダメだよ! 今日はずっとそれで過ごしてね!」
「……分かった」
それから妹たちに見送られながらワンは買い物をするために家を出た。シスター服を着ているというだけで注目を浴びるが、何よりワンの美貌もあって本当に似合っているのだから見惚れてしまう。あれは誰だと注目されるが、それがワンだと気づかれると商店街の人たちも『あ、ワンちゃんが話してくれる妹の無茶振りか』と温かい笑みに変わった。
どうしてこんなことになったのかを持ち前のコミュニケーション能力で説明しながら、ワンは買い物を終わらせて帰路に就く。
「……………」
そんな中、ワンはある一つの気配を感じ取っていた。家から出た時は感じなかったが、こうして帰路に就く少し前から感じていた視線と気配……これは悪魔だと、ワンは明確に答えを出した。悪魔でありそこそこの力を持っていると評価したが、ワンの力に比べれば雑魚と言っても差し支えない。家まで付いて来られても面倒だと、ワンはその気配を完全に脳裏に刻み込む。どこまで行っても追いつけるように、決して逃がさず確実に滅すると決めて。
そう決めたワンだったが、道の突き当りを曲がって人の目が少なくなったその時、ワンはその悪魔に話しかけられた。
「やあ、ちょっといいかな。美しいシスターさん」
話しかけて来た悪魔は顔立ちが整った男だった。しかし、その笑みの裏側から感じる邪悪さをワンは見抜いていた。男は徐々に近づいてくる……そして、何かを目配せさせた瞬間影から何かが飛び出して来た。ワンが着るシスター服に似た服装の女だったが、その女の腕は全く音を立てずに肩から斬り落とされた。
「……え?」
悲鳴を上げる間もなく、次いで脇腹を大きく抉るように蹴り飛ばされた。男はビックリしたように目を丸くしたが、鋭く睨むようにワンを見て……そこで男はおかしいと考える。どうして見つめているはずの景色が段々真ん中を裂くように広がっていくのかと――男の意識はそこで潰えた。
脳天から腰まで綺麗に両断したのは突如として現れた戦輪だ。両断され息絶えた男の体は存在する力を失ったのか消滅した。戦輪に付いた血を心底汚いと言わんばかりに見つめたワン、特に何の感慨もなさそうにその場を後にするのだった。もう彼女の脳裏にあったのはただ一つ、今日もまた美味しい夕食を愛する兄にご馳走しないと、ただそれだけだった。
「さて、今日もこれで終わりかな」
「えぇ。いい成果でしょう」
日本とは違うどこかの国の奥地で男女がそんな言葉を交わしていた。男女ともに美しい容姿をしている二人、そんな中女性がスマホを見て口を開く。
「あなた、本当に私だけ戻っていいの? あなたも六花に会いたいでしょうに」
「はは、私はまだすることがあるからね。どちらも帰るのが無理なら母親の君が帰るべきだろう。というか気づいているかい? そろそろ六花に会わないと君も限界だろう?」
「……違いないわね。それじゃああなた、私はそろそろ行くわ」
「あぁ気を付けて。アコールが傍に居るから万が一はないだろうから心配しないでくれ」
傍に控えていたアコールと呼ばれた女性に夫を頼むと言い女性はその場から離れた。ある程度離れた所で女性はスマホを操作して一つの写真を画面に映す。
「六花、お母さん帰るから待っててね」
映っていたのは女性に抱かれる幼い六花、そして周りにいるこれまた幼い少女たち。普段忙しくてあまり帰れない、親としてどうかと思うがようやくひと段落したので面と向かって顔を見ることが出来る。女性にとって夫もそうだし少女たちも愛しているが、自分のお腹を痛めて生んだ六花に向ける愛情は生半可なものではない。生んだ時からずっと、女性は六花のことを考えなかった日はないのだから。
「ふふ、帰ったらどんな話をしようかしら。楽しみね、待っててちょうだい」
――可愛い可愛い私の子、今お母さんが会いに行くからね――
おや、この人は一体……。