真昼間からゲームに耽る女の子が居る。
長い紫の髪を無造作に伸ばし、前髪の部分だけをヘアピンで止めていた。そんな少女――スリイの日課は主にゲームである。完全に陰に生きる人間のそれだが、どうもスリイにはこの生き方が性に合っているらしい。もちろんずっと家にこもりきりなわけではなく、六花にデートにでも誘われようものならオンラインの途中だろうと即切断して準備をするほどだ。
さて、今日も今日とてスリイはとあるゲームのオンラインに潜っていた。スリイが好んでプレイしているのはFPS系のゲームで、そのオンラインで知り合った二人――以前に六花とも話していたソウトク、そしてセラと呼ばれている二人である。
『次のエリアちょっと最悪だね~。どうする?』
『アーマーが貧弱だから敵とかちあうのは勘弁したいが……移動しないとだな』
ヘッドホンを通して聞こえる二人の会話を聞きながら、スリイはマップを開いてどう動けばいいのか的確にルートを計算する。段々と縮むバトルエリア、外に居た場合体力が徐々に削られていくので結局はこのエリア内で戦わないといけない。つまり外に逃げてやり過ごすなどといったことはできないのだ。
『サンちゃんどうする?』
基本的にこの三人でやる場合各々の好きなスタイルで戦うのが主ではあるが、こういう緊迫した場面になるとよくスリイの意見が求められる。まあそれだけスリイの実力が高いというのもあるし、ソウトクとセラが絶大の信頼を置いているのもある。
「ちょっと待って」
スリイはドローンを飛ばし周囲の索敵を開始する。このゲームで使われるキャラクターにはそれぞれ特徴的な特技のようなものが存在する。スリイが今使っているキャラクターはドローンを操作することで、少し離れた距離であっても姿を晒すことなく索敵することができるのだ。
「今マークしたとこ敵居ないよ。行こう」
『了解!』
『分かった!』
一斉に駆け出し収縮するエリアから逃げるように中央を突き進む。そんな中、ひゅんと僅かだが風を切る音が聞こえた。スリイの画面には何も問題なし、横目でチラッと味方の体力ゲージを見るとソウトクの耐久が減っていた。
『この音の聞こえなさは本当やめてくれねえかな!』
『ドーム作るから回復して! 敵は……来てるよ!』
「大丈夫」
耐久を回復させるソウトクを助けるようにスリイが前に出た。もちろん前に出るということは敵からも見えるということで無数の銃弾がスリイを襲う。しかしスリイは変幻自在の動きを見せるかのように銃弾を躱していく……もしここで隣に六花が居たならば、きっとスリイの意味の分からない手の動きにドン引きしていることだろう。
もちろん躱していくとはいっても全てに当たらないわけではなく、ところどころ被弾することでスリイの耐久も減少していくが、それでもスリイは敵しか見えていない。銃弾を躱しながら狙いを付けてフルオートをぶっ放すと、そのほとんどが敵に命中し急激に耐久を減らし尽くしていく。
『あ、相変わらずすげえな……』
『敵にはしたくないね……っと、これでお終い!』
セラと回復を終えたソウトクも合流し喧嘩を売ってきた一つのチームがあっという間に壊滅した。激しい戦いを終えたとあっても別にスリイは達成感や満足感なんてものは感じていない。今の戦いはこのマッチでのチャンピオンに近づくための些細な一戦にしか過ぎない。勝って当然、そんなことを思いながらスリイは淡々と物資を回収していく。
『一度でいいからどんな風に手が動いているのか見てみたいもんだな』
『そうだよねぇ。すっごく気になる!』
「? 撃てば当たるでしょ?」
何を言っているの? そんな疑問を浮かべたスリイの言葉に一瞬の空白が生まれた。まあそれがスリイだし聞いても無駄かと、セラとソウトクの二人は気を取り直してゲームに集中することにした。それからエリアは段々と狭くなり、戦いも激しくなっていく。それでも三人は誰一人欠けることなくチャンピオンを手にした。
「お疲れ様二人とも」
『お疲れ様!』
『おつかれさんだ。最後はちとヤバかったけどな』
確かに厳しかった。けれどもこうして勝利出来たのは間違いなく三人の連携があってこそだった。普段のスリイは兄以外にさして興味はないし労いの言葉を掛けたりすることは絶対にない。しかしこうやってゲームとはいえ繋がりを得た者たちには優しくなれる。こういうのもある意味ゲームが持つ力ではないだろうか。
「二人はまだする?」
『う~ん、そうだね。後一戦やろっか』
『了解だ。その前にトイレ行ってくる』
ソウトクがトイレのため離籍したのでそれまで待つことに。そんな時だった――壁を通して大きな声がスリイの部屋まで僅かに響いた。
『なんだこのクソゲーは!! なんで最後に音ゲーを持ってくる!? ていうか画面を見て判断してるのに画面が見えなくなるってどういうことなんだ!?』
「……ゼロ姉さん」
ゼロの怒りを孕んだ声がここまで聞こえて来た。珍しく朝から起きて暇をしていたゼロにとあるゲームを渡したのだが……見事にスリイの思った通りの反応だった。ゼロに貸したゲームは以前に六花と一緒にプレイしたゲームで、アクションゲーム主体なのだが最後の最後に何故か音ゲーが始まるという良く分からないゲームである。
『どうしたの?』
「……姉さんがゲームをやって荒れてる。ほら、例の最後に音ゲーが入るやつ」
『……あぁ。気持ちは分かるようん』
どうやらセラも知っていて尚且つプレイしたことがあるような反応だ。セラはスリイと同じように雑多にゲームをプレイしている。今プレイしているFPS系であったりアクションだったりもそうだし、乙女ゲームもギャルゲーも鬱ゲーも網羅しているのでもはやオタクと言ってもいい。
『ロク君はやったの?』
「一緒にやったけど、赤ちゃん大量発生のエンディングでギブアップしてた」
『サンちゃん結構鬼だね……』
「ちゃんと謝ったもん……」
あの時の六花の様子には本当に申し訳なさしかなかった。特に物語に関して感情移入をすることがないスリイは何も感じることはなかったが、どうやら普通の人にはかなり精神に来るゲームだったらしい。
「でもその後にギャルゲーを勧めておいたから元気は取り戻してくれたと思うの。私はまだプレイしてなかったけど、パッケージには可愛い女の子が映ってたから」
『へぇ』
少しでも気分を回復させてほしいとギャルゲーを六花に勧めていた。ただ感想を聞いた時に何とも言えない表情を最初にしたのは何だったんだろう。結局ちょうど夕飯と重なったのでその話はそこで終わったのだが……今になってスリイは少し気になったのだ。
『ちなみにどんなゲームを?』
「主人公が文芸部に所属する……感じなのかな? タイトルにそう入ってたから間違いないはず」
そう、確か……何とか文芸部って名前だった気がする。可愛い女の子が四人描かれていたはずだ。ヘッドホンを通して聞こえていたセラの声が何故だか途切れたのをスリイは訝しむ。そしてしばらくしてセラが一言。
『サンちゃん……あなたは本当に鬼だよ断言する』
「……どうして?」
それからスリイは六花に勧めたゲームがどんなものなのか事細かに教えてもらい、六花が学校から帰ってきたら誠意を込めて謝ろうと心に決めるスリイだった。
『なんだこの空気……通夜みたいじゃね?』
『……まあ色々あったんだよ。ささ、気を取り直していこ!』
「……ごめん……ごめんね兄さん!」
『??』
「……? スリイ?」
授業中、先生の話を聞いていると何故かスリイの声が聞こえた気がする。もしかして俺はそんなに妹たたちのことを恋しく思っているのかと苦笑したが、確かにそれも間違いではないなと納得した。
「……今日は早く帰るか」
偶にはこんな日も……いや、偶にはではないか。妹たちは家族、だが家族であると同時にこれからずっと傍に居ると誓った子たちでもある。それは恋人として? それとも……好きとか愛していると口にしたことは何度もあるけど、明確にどんな存在なのかは言ってなかったっけ。まあ俺もそうだしみんな家族であることに満足しているんだけどね。
そうして時間は過ぎて放課後になり、今日は珍しく一人で帰ることに。その帰り道に俺はまたあの綺麗な黒猫を見つけた。
「お、お前は……っていうかもしかして」
その時、ふと昔のことを思い出した。母さんと二人で出掛けていた時、怪我をした黒猫を見つけたんだ。俺は何もできなかったけど、母さんが黒猫を少し抱いていたら傷は治っていて……よくよく考えたらあれって結構妙だよな。
「……ふむ」
まあでも、もしかしたら母さんも不思議な力を持っていたり? ……いやまさかな。あり得ないことを考えて笑っていると、足元に黒猫が近づいてきていた。スリスリと体を擦りつけているその様子はとても可愛らしい……なるほど、猫が好きっていう人の気持ちが理解できてしまうなこれは。
鞄に付けている三体のアルミサエルがプルプルと震えだしたが、静かにするように頭を撫でると大人しくなった。俺は屈んで黒猫の優しく撫で、抱き上げてみるとやっぱり黒猫は抵抗しなかった。
「人懐っこいなぁ……飼い猫なのかなやっぱり」
この毛並みの綺麗さは間違いなく手入れがされている。だからこそ飼い猫だと思うんだけど、首輪とか分かりやすいモノは何も付けてない。抱き上げた黒猫は真っ直ぐに俺を見つめていて……うん、やっぱりこの子はあの時の猫かもしれない。
「なあ、もしかして昔に会ったことある?」
猫に言葉が通じるわけがないだろう。けれど黒猫は俺の言葉を待っていたように鳴いた。何度も何度も、そうだよと言っているように鳴いていた。
「……何を言ってるのか分からないのは仕方ないけど、そう思っておくことにするか」
俺もさっきこの子がやっていたように頬をスリスリすると、同じように頬をスリスリとしてきた。猫って可愛いね……心が癒されるようだ。
「にゃっ!」
「おっと」
そこで黒猫は俺の手から飛び降りた。どうやら帰るみたいだな。黒猫は一度俺を見て鳴いた後、物凄い速さで走って行った。
名残惜しさはあるけど、大体この道を歩く時に見かけるのでまた出会えるはずだ。何時になるかは分からないけど、また会えることを信じ俺は改めて家までの道を歩き始めた――その時だった。
「六花」
「……え?」
背中から名前を呼ばれた。ドクンと跳ねる心臓、それは決してあり得ないからこそのビックリである。今の声は聞き覚えがある……いや、そんなものではない。だってこの声は俺の……。俺の困惑を他所に足音が段々と近づいてきて、信じられないという気持ちになりながら俺は振り返った。
「やっぱり六花だったわね。久しぶりだわ」
「か、母さん……?」
振り向いた先に居た女性は間違いなく、正真正銘俺の母さんだった。突然のことに少し思考停止してしまったが、ぎゅっと抱きしめられたことで強制的に意識を引き戻されるかのよう。
「あぁ六花……私の息子。愛しい愛しい私の子」
どうして母さんがここに居るんだろうか、確か父さんやアコールさんと一緒に外国に居るはずじゃないのか?
「母さんどうしてここに?」
「あら、お母さんが居たらいけないの?」
「そうじゃないって……ビックリするでしょ普通」
「ふふ、分かってるわ。そろそろ授業参観でしょ? 母親としてちゃんと出席しないとって思ってね!」
……あぁそういう。母さんならあり得そう、そう思ってしまうくらいに納得した。というか母さんいい加減離れてくれないかな。相手が母親とはいえやっぱりこういうのは恥ずかしいんだ。
「あ……もう六花ったら」
そんな悲しそうな顔をしないでくれって……。
改めて離れながら母さんを見てみた。170cmくらいの俺とそう変わらない身長の母さんは女性にしては長身の方だと思う。肩に掛かる程度の黒髪に整った顔立ち、外国人特有の綺麗な顔とも言える。そうそう、俺の父さんは日本人だが母さんは外国人になるのだ。
神里アリーシュ、それが母さんの名前になる。
「コホン、電話はしてたけどこうして会えて良かった。元気そうで安心したよ母さん」
「……六花!!」
ガバっと抱き着かれた。
母さんは見た目クールというか、スレンダーで色白……父さんが言うにはエルフのコスプレが似合う人らしい。いやコスプレって……詳しく聞くと夫婦間の知ってはならないことを知りそうになるので怖くて聞けないけど。
そんな母さんではあるけど……まあ見てもらったら分かるよね。こんな感じにとにかく俺を愛してくれている。母親に愛されるというのは息子として嬉しいけど、たまに度が行き過ぎているんじゃないかって感じることが多々あるのだ。
「母さん、周りの目があるから離れようよ」
「気にする必要はないでしょう? 久しぶりの親子の抱擁なんだもの」
「……何を言っても無駄だなこれは」
「うふふ~。六花ったら少し背が伸びたかしら。それにかっこよくなっちゃって。これはゼロちゃんたちと情報交換しないと!」
「……もう何も言うまい」
みなさん、これがうちの母親です。
「……それにしても、やっぱりこの街って色んな気配があるのね」
「母さん?」
「“悲しみの棘”を使うことがなければいいけど――」
「かあさ~ん」
「なあに?」
「……帰ろうよ」
「えぇ分かったわ」
お母さん出せました。
普通のお母さんですみません。
さて、話は少し変わるのですがみなさんはアークナイツというスマホゲームをやっておられますでしょうか。
始めて半年経ったばかりですが、もし戦友枠空いておりましたら登録飛ばしてくれると嬉しがります。
よろしくお願いします!
追記、いっぱいになりましたありがとうございました!
それでは次回またお会いしましょう!