ウタウタイの兄   作:詞(みょん)

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「久しぶりの我が家だわ。やっぱりいいわねぇ……うん、温かいわ」

 

 あの後、まるで恋人のように腕を組んで俺は母さんと一緒に家まで帰ってきた。いつものようにワンが出迎えてくれ、母さんを見て仰天するように声を上げ、それを聞いて他の姉妹までもが玄関に現れた。どうしてここに居るのかの疑問は俺と同じように感じたようだが、トウとファイブの母さん大好きっ子がまず抱き着いた。

 

「……本来はこれが普通の光景なのに違和感しか感じないな」

 

 ソファに座ってトウとフォウ、ファイブに外国での話を聞かせている母さんを見つめながら俺はそう呟いた。居ないのが当たり前……と言うと酷いかもしれないが、それくらい母さんも父さんも居ないのが普通だったからな。ま、こんな光景が目の前に広がっているということで俺も嬉しいわけだが。

 

「授業参観の為に仕事を放り出して帰ってくるなんて……ふふ、流石はお母さまといったところですね」

 

 少し離れた所で母さんを見つめる俺の横でワンがそう言った。

 

「そうだな……本当にビックリしたよ。いきなり背後に外国に居るはずの母さんが現れたらさ」

「それは確かに色んな意味でビックリしそうですね」

 

 今思えばビックリってレベルではなかった気がするけどね。今更になるが、妹たちが普通の生まれではないことは当然として、そんな妹たちのことを母さんもそうだし父さんも受け入れている。当時はまだ俺も幼くて何も思わなかったけど、よくこの子たちを何も言わずに受け入れたなと思うよ今になってさ。

 

「……ま、今更考えても仕方ないか」

 

 何をどうしたってもう妹たちは正真正銘この家の家族なのだ。それは何があっても変わらないし変えるつもりもない。俺には何も出来ないけど、もしこの光景を壊そうとする者が現れたのなら……俺はたぶん、自分に出来る範囲で全力で抵抗するだろう。

 

「何を考えてるんだ?」

 

 後ろから抱き着くようにしてゼロからそう聞かれた。スリイはすぐに部屋に戻ったが、実を言うとゼロもずっと傍に居たのだ。俺はそんな難しい顔をしていたのだろうか、とはいえ別に聞かれて困るわけでもないので俺は思っていたことを口にした。

 

「安心しろ。そんなことには絶対にならない……そのための私たちだ」

「そうですよ。お兄様は何も心配する必要はありません」

 

 背後からゼロ、前からワンに抱き着かれながらそう言われた。二人の言葉は頼もしく、絶対の安心を齎してくれるがやっぱり何も力を持たない自分が情けなく思ってしまう。しかし、力なんてものは望んだ所で手に入るモノではない。

 

「そっか……情けないけど、頼りにしてるよ本当に」

 

 たぶん、このやり取りも何度もやってるんだよな。その度に俺は自分の無力さを嘆き、そんなことは気にするなと慰められる。ないものねだりをするつもりはない。それなら俺に出来ることはやはり……俺は一旦ゼロとワンの二人に離れてもらい正面に立ってもらった。

 首を傾げる二人を腕を広げて一緒に抱きしめた。

 

「ゼロにも以前言われたけど、俺はみんなの心を守りたい。兄である俺がどこまで支えになれるか分からないけど、一先ずそれくらいは頑張らせてくれ」

 

 たとえ無力だとしても、少しでもこの子たちを守ることが出来るなら俺はそれに全力を尽くす。この腕の中にある温もりを失わないためにも、何があっても俺は……って、なんか静かだな。何か言葉を返してくれると思ったけど、ゼロもワンも何も言ってくれなくて俺は少し不安になった。もしかして変なことでも口にしたかな、そう思って離れようとしたけどそれは出来なかった。

 

「……待て、今離れるな」

「え?」

「……その、顔が真っ赤なのであまり見られたくないといいますか」

 

 ……ふむふむ、この言い方だとワンもそうだしゼロも同じ感じなのかな。それは是非とも見てみたい気がするぞ。何とか二人の顔を見ようと思うのだけど、二人は俺の胸に顔を引っ付けるようにしているのでその表情を窺うことは出来ない。無理やりに離そうとしても当然のことながら二人の力に俺が勝てるわけもなく、結局そのまま二人は俺から離れなかった。

 ただ、俺たちはもう少しここがどこかを考えておくべきだったのかもしれない。どんな話をしていたのかはともかくとして、あくまでここはリビングで他の妹たちや久しぶりに帰ってきた母さんも居るということだ。

 

「あらあら……静かにしているからどうしたのかと思ったら」

 

 微笑ましそうにこちらを見つめる母さんと、ゼロとワンだけズルいと言わんばかりに不満たらたらの表情を向けてくる妹たちがこちらをジッと見ていた。これはこの後甘えさせろってせがまれるんだろうなと、俺がそう思ったように二人から体を離した俺は三人に抱き着かれることになるのだった。

 

「六花とみんなが仲良しなのはいいことね。さてと、今日は私もお料理に参加させてちょうだいなワンちゃん」

「あ、はい! 是非お願いします!」

 

 おっと、これは久しぶりに母さんの料理を食べれるのか。しばらく振りだし、いつになく夕飯が楽しみになってきた。もちろんワンの料理はいつでも楽しみにしてるし美味しいのは当たり前のことだけど、やはり母さんの料理を恋しく思っていたのも間違ってはいないのだから。

 

「ほら兄ちゃん、今度は私たちもかまってよ!」

「そうですわ! 二人だけズルいです!!」

「こら二人とも! あまり兄様を困らせないの!!」

「いいよ。それよりもフォウもおいで!」

「あ……兄様好き!!」

 

 それじゃあご飯の用意が出来るまで、甘えん坊な三人の妹の相手をするとしますか。

 しばらく三人とじゃれ合った後に出来上がった夕飯は大変美味しかった。母さんもしばらくこちらに滞在する予定らしいので、数日は今日みたいに賑やかな食事になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 六花の母であるアリーシュが帰ってきた初日の夕飯時は大変盛り上がりを見せた。話も尽きることはなく、ワンでさえも見習うことが多かった料理の数々は六花を含め妹たちに好評だった。夕飯の時間が終わり、六花が風呂に入っているのと同時刻――神里家のベランダには外の景色を眺めるアリーシュと、そして長女であるゼロの姿があった。

 

「それにしても本当に驚いたよ。まさか帰ってくるとは思っていなかったから」

「ふふ、ゼロちゃんにもサプライズになったみたいで良かったわ。本当なら夫も帰ってきたいはずなのにね。それに関しては申し訳なさがあるわ」

 

 今この場に居ない夫を想いアリーシュは切なそうに顔を伏せる。とは言っても、そんな申し訳なさも吹き飛ぶくらいに久しぶりに六花やゼロたちに会ったことで喜びの方が大きくはあるのだが。

 それからしばらく笑顔で世間話をするが、アリーシュが表情を引き締めてこう口にした。

 

「やっぱりまだ六花を狙うクズは居るようね。私たちはともかく、あの子はただ今を普通に生きているだけなのに」

 

 たとえ本人にその自覚はなくとも、六花に宿る何かしらの力は異形を引き寄せてしまう。それは単純な力でも、見えない超能力のようなものでもない。ただ何かを引き寄せてしまう、としか言いようがないものだ。

 

「そんなクズを掃除するのが私たちだ。万が一“君”に暴れられたら困るからな」

「……………」

 

 ゼロはアリーシュを母とは呼ばず君と言った。それに対してアリーシュは特に何も思うことはない、それが普通だと受け入れている様子だった。ゼロは決してアリーシュを母と認めていないわけではない。六花の母としてもそうだし、自分たちを受け入れてくれた心の広い女性として慕っているのも確かだ……だがそれでも、完全にアリーシュを受け入れることが出来ないでいた。

 

「ゼロちゃんはいつまでも私を警戒しているのね」

「それに関してはすまないとしか言えない。恩知らずとも、この家から出て行けと言われても仕方ないだろう。それでも私は君への警戒を解くことは出来ないんだ」

「ふふ、いいのよ。それは寧ろ当然のこと、この世に絶対なんてあり得ない。あってはならないことだけど、私の身に何かが起こらないとも限らないのだから」

 

 アリーシュ自身に問題があるわけではない……ゼロが感じている警戒を抱かせるのはアリーシュが隠し持っている武具にある。

 鎌のような形をした武器で“悲しみの棘”と呼ばれる武具だ。それはこの世界に存在する神器と似たようなものではあるが、実際には神器ではない。一言で言うならば、呪われた武具とも言える。

 

「どうしてそう思ったのかは分からない。だけど、その武器に関して嫌な予感と共に妙なビジョンが浮かんだのも確かだ。以前に話したことがあるだろう?」

「人間を殺し尽くし、その果てに同胞を殺し尽くし……そして自らをも殺したゴブリンの記憶のことね」

「あぁ」

 

 ゼロは以前このことをアリーシュに話したことがあったのだ。そして今口にしたビジョンはアリーシュも見ていた。悲しみの棘、禍々しい形状をした鎌をその手に取った瞬間脳裏に流れ込んで来たのだから。

 

「この鎌に宿る呪いは所有者の欲望を際限なく増幅させるもの。それを理解した時、私はこれを手放そうと思った。けど、どんな手を使ってもこれは私の手に戻ってくる……呪われた武具とはよく言ったものだわ」

「おそらく、そいつが君の手から離れるのは君が死んだ時だろうな」

 

 でしょうねと、アリーシュは笑った。アリーシュが死んで所有者が消えた時、また必然的に新しい所有者が生まれる。この武器に刻まれている運命はおそらく、そうやって繰り返されてきたのだろう。

 

「もし君がその鎌に飲み込まれ、我を失ったなら私が殺そうと考えていた。たとえ六花に恨まれようとも、居場所を無くしたとしても、私は誰よりも六花の方が大切だから」

 

 今は少し違う考えだけどと、ゼロは付け加える。アリーシュとしてもそのゼロの考えを否定するつもりはなかった。何よりも愛おしい息子を含めた家族に危険を及ぼすならば、たとえ自分であっても殺してくれと願うだろうから。

 

「……………」

 

 実を言えばゼロも見ていない、アリーシュだけが知っているこの鎌の記憶がある。自らを殺したゴブリンの手から離れた鎌は次なる所有者に拾われた――アリーシュにとって他人とは思えないほど自分に似通った魂を持ったエルフの女性、アリオーシュという名の女性の記憶だ。

 

「……ふふ、今はどうでもいいことね」

「何か言ったか?」

「いいえ、何でもないわ」

 

 たとえ自分に似ているとは言っても、ましてやその人本人と言われてもアリーシュは頷いてしまう自信があった。しかし、今生きている世界は紛れもなくこの場所……ここには愛する家族が居て、間違いなく自分は幸せだと断言できる。だからこそ、今は訪れることのない不幸なことを考えても仕方がないのだ。

 

「ゼロちゃん。言葉だけでは信用に足らないでしょう。でも私は大丈夫……六花が居て、夫が居て、そしてあなたたちがいるこの幸せを手放すことは絶対にしない。鎌の意思が何、呪いが何だというのかしら。どこまでも行っても私は私、それは絶対に変わることなんてない」

 

 たとえ何があっても自分自身を見失うことはない、そんな決意とも言える宣言にゼロはそうかと表情を和らげた。何度も言うが、別にゼロはアリーシュを嫌っているわけではない。何が起こるか分からない以上警戒するに越したことはないだけだ。しかし、今のアリーシュの言葉を聞いてゼロの中に確かな確信が出来た――この決意はおそらく、何人も跳ね除けることは出来ないのだろうと。

 

「あら、ようやく笑ってくれたわね」

「安心したんだ。君はやっぱり六花の母親なんだって」

 

 今日はもう話すことはないとゼロは踵を返した。ただ……アリーシュは若干不満そうに唇を尖らせた。

 

「でもいい加減私のこともお母さんって言ってほしいわね……嫌われているわけじゃないのよね?」

「当り前だ。むしろ好ましいとさえ思ってるよ」

「それならどうして?」

「……………」

 

 アリーシュの問いかけにゼロは空を見上げた。実を言えば、何故アリーシュのことを母と呼ばないのか、その本当の意味は理解していない。ただ心が拒絶しているのだ……何故だか分からない。母という存在そのものに対してゼロは良い感情を持っていない。

 

「良く分からないんだ。ただ、私の中に眠っている記憶がおそらく……母親という存在を遠ざけているのかもしれない」

「……そう」

 

 記憶、そんな抽象的なものだがアリーシュはそれ以上聞くことはしなかった。何か力になれないか、そう思案するアリーシュを横目で見たゼロは小さく溜息を吐き、そして振り返らずに足を進めた――最後にこんな言葉を残して。

 

「……まあでも」

「え?」

「努力は……変か。別に呼ぶくらいならタダだしね」

「ゼロちゃん?」

「おやすみ……母さん」

「っ!?」

 

 少しだけ肌寒い夜に、大きな一歩は確かにあった。

 

 

 

 

 冥界にて、魔王であるサーゼクス・ルシファーは頭を悩ませていた。

 

「リアスは何も答えてくれないし、関わってほしくはないのは分かるが……魔王という立場上無視するわけにもいかないんだけどね」

 

 サーゼクスの悩みの種は六花とその家族のことだ。詳しいことは分からないが、使い魔を通してコカビエルが倒された後のことはバッチリと記録出来ている。本当に彼らがこちらの敵にならないのか、それが分からない以上放っておくことが出来ないのだ。

 

「サーゼクス……私はリアスの意見に賛成です。確かに危険な気もしますが、リアスがあそこまで神里六花を庇うのです。何かがあるのは間違いないですが、あの子の必死な想いに応えるのも大切なことでしょう」

 

 グレイフィアの言葉にサーゼクスは分かっていると頷く。

 

「そうだね……。けれど私たちが何もしなくても、おそらくそれ以外の勢力が必ず接触を図るはずだ。神里君やそのご家族の意思に関係なく必ずね」

「……………」

 

 サーゼクスの本心としては守りたいのだ。妹であるリアスとも仲良くしているようだし、眷属の子たちともそうだ。だからこそ友好的な関係を結ぶことが出来ればとサーゼクスは考えていた。

 

「近い内に授業参観もある。その時にコンタクトを取ってみるよ。少し話をするくらいなら神里君も応じてくれるだろうし」

「大丈夫ですか?」

「彼に接触することで世界が滅びる……とかなら私も近づきはしないがね。それでも話が出来るのならそれに越したことはないさ」

「……………」

 

 決して悪意はない、それが分かっているだけにグレイフィアも止めづらい。どうか何事もなく……そうグレイフィアは祈るのだった。

 

 

 

 

 

 

悲しみの棘

 

 

この世界は不条理で溢れている。

どうすれば息子を、夫を、家族を守れる?

あぁそうか。この身と一つになれば守れるではないか。

 

息子の部屋に向かうと、新しく出来た娘たちと遊び疲れたのかぐっすりと眠っていた。

この愛らしい息子を、悪意が決して触れられないように私の中へ――

あと少しでその綺麗な首筋に私の歯が当たるその時、息子は小さく母さんと私を呼んだ。

 

私は正気に戻った。何をしようとしたのか自らを恐れる。しかし、その理由は分かっていた。

息子と一つになる? それで守れる? おかしな話だ。息子が笑い、健やかに生きている世界こそが私の求める世界だ。

 

膨れ上がる欲望、諍い難いこの衝動は私の身を焦がす。

しかし、私は屈するわけにはいかない。たとえいくつもの記憶が私を蝕もうとも、私は私だ。この世界に生きる人間であり、家族を愛するだけの母なのだ。

 

目の前で眠る愛おしい我が子、この子の未来を守ることこそが私の――。

もしもこの鎌の呪いに意思があるのだとしたら、お前は私が生きている間にたっぷりと後悔するといい。

お前を手に取った所有者はこういう女だと! 幾人もの生を狂わせたその呪いを、愛で跳ね除ける女なのだと!

 

母は強し、理解出来るかは分からないが覚えておくといいわ。




アークナイツの戦友いっぱいになりました。
重ねてありがとうございます!
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