「……頼む。殺してくれ……っ」
スリイの目の前に居る堕天使の姿は見るに堪えなかった。傀儡たちの鋭利な刃先でめった刺しにされ、まるで子供がサッカーをするように好き勝手に弄ばれる。体のいたる所に穴が開き死んでもおかしくないのに、何かの不思議な力によってその命は繋ぎ止められていた。
「まだダメ。もう少しこの魔法の強度を調べないと」
スリイが視線を隣に居た傀儡に向ける。すると傀儡はその尖った腕を堕天使に向けて突き刺す。
「ぎゃああああああああっ!?」
既に何度叫んだか分からないのだろう、それでも痛覚が残り続けている以上痛みを感じてしまう。耐え難い苦痛が脳に伝わり、痛みでおかしくなってしまわないように叫び声が自然と出てしまうのだ。早く殺してくれ、早く楽にしてくれ、そう願う堕天使を嘲笑うようにスリイの実験は続く。
刺す、悲鳴が上がる。
刺す、悲鳴が上がる。
刺す、少しだけ悲鳴が弱くなった。
刺す、声を上げなくなった。
治療、傷を再生させる。
刺す、悲鳴が上がる。
刺す、刺す、刺す……。
本来であれば憩いの場であるこの公園、正に今だけは公開処刑場のようだった。辺り一面に血が飛び散り、不気味な傀儡たちが無数に蠢く世界……地獄としか言いようがない。
「……この強度ならある程度は耐えられるの? なら――」
そこでスリイの肩を一体の傀儡がトントンと突いた。
興味あることに執心するスリイにとって、夢中になっていた時に水を刺されるのは何よりも嫌う行為だ。もちろん兄である六花は別で、姉妹たちもある程度なら許せるのだが、それがただの傀儡となると話は変わる。
「うるさい」
振り向きざまに手に持っていた鋏で頭を串刺しにしてやろうとして、その傀儡がどうして自分の邪魔をしたのかを知る。
「……あ」
スリイの視線は傀儡の手元に固定された。傀儡が持っているのはスリイが持っていた買い物袋、それを見てようやくスリイは傀儡の意図を理解した。この傀儡はおそらく、早く帰らないとアイスがダメになってしまうと伝えたかったのだろう。その証拠に傀儡である以上人形と同じなので表情の変化はないが、心なしか困っているようにも見えるのが不思議である。
「帰ろう」
一瞬にして優先順位の格付けに変更が行われた。幸いに夜で気温が冷えていることもあり溶けてはなさそうでそれにまず安心する。
買い物袋を受け取ると、何やら傀儡がスリイに対して親指を立てるようにグッとした。何故かその仕草が気に入らずスリイは傀儡を思いっきり蹴り飛ばした。吹き飛んだ傀儡は少しグッタリと横になっていたが、すぐに何事もないように立ち上がる……しかし。
「……?」
片方の腕がもげていた。
傀儡はもげた腕を見て、そしてスリイとを交互に見る。周りの傀儡たちは我関せずではあったが、その傀儡に近づき肩を叩いて慰めているようで大した友情だ。
「……はぁ。仕方ない」
その一連のやり取りを見ていたスリイは気怠そうに溜息を吐き、瀕死状態の堕天使に近づいた。
「……うあ?」
治療されることもないので死ぬのを待つのみ、そんな堕天使にやはりスリイは容赦がなかった。自身が持っていた鋏を腕の付け根付近に合わせ、そしてチャキンと斬り落とした。
「ぐああああっ! あ?」
「うるさい」
ぐしゃっと顔を踏み潰されようやく堕天使は絶命することができた。
スリイは堕天使の斬り落とされた腕を器用に蹴り、腕のもげた傀儡の元へ。
「それを持って帰りなさい。素材にして新しい腕にしてあげる」
スリイの言葉に傀儡は大喜びだ。まるで“ご主人お優しい一生ついていきます”と言わんばかりの歓喜の舞を披露している。
いい加減に帰らないとアイスが危ない、そう思って足を動かそうとした時真紅の転移陣が現れた。まだそこから何かが現れたわけではないが、流れ出る魔力の奔流で何人かは分かる。
(……数は4人、大したことはない)
その身に秘める力も大したことはない、それどころか全くの脅威にならないとスリイは結論付けた。魔法陣の光が一際輝き、スリイが予測したように4人の人物が現れた。
「これは一体……あなたは何者かしら?」
真紅の髪を持った女性がスリイに問いかける。だがスリイにはそれに答えるつもりは一切ない。理由は簡単、アイスの方が大事だからだ。
現れた一向に背を向けたまま歩き出すスリイを見て、女性が唯一の男子に指示を出す。すると男子はその手に剣を持って攻撃してきたが……それを受け止めたのは傀儡だった。そして、傀儡の紫の目がぐにゃりと歪み――爆ぜた。
大きな轟音を齎した爆発は男子を呑み込み、比較的離れていた女性たちも悲鳴を上げる。スリイはそれに対して最後まで振り向くことなくその場を後にするのだった。
「帰ってきたな」
横になっていたゼロがそう呟くと玄関が開く音が聞こえた。暫く待っているとスリイが買い物袋を持って現れた。
「おかえり」
「ただいま」
表情の変化は非常に分かりにくいけど、たぶん今笑った気がする。
いつの間にかゼロは起き上がっていて俺から離れていた。どうやら本当に妹たちにはあの姿は見られたくないらしい。
「アイス買ってきた。兄さん、一緒に食べよ?」
「ありがとな。いただくよ」
そう言って渡されるのはイチゴ味のアイス、良く分かっていらっしゃる。
「ゼロ姉さんはマンゴー味」
「もらう」
そこはお礼を言おうぜ、って言ってもゼロは意地でも礼は言わないんだろうな。スリイも特に気にした様子がない、他の妹たちのは明日食べてもらうと言って冷凍庫にしまった。
「そう言えば兄さん」
「う~ん?」
「兄さんと同じ制服を着た人を見たよ」
「へぇ~? 買い物の途中で?」
「帰りに見た」
そうだったのか、でもこの様子だと何かマズいことになったとかではなさそうかな。ゼロも特に何も言わないしきっと大丈夫……だと思う。
「紅い髪の胸の大きな人」
「ふ~ん」
あれ、一人だけ頭に浮かぶ人がいるぞ。
オカルト部とかいう良く分からない部活の部長をやっていて学園の二大お姉さまって言われてる人だ。名前はリアス・グレモリー、話したことはないけどうちの学園じゃ一番有名と言っても過言じゃないからな。
「あれ、人間じゃないよたぶん。おそらくだけど、悪魔」
「……マジで?」
「うん」
本当にスリイが見たのがグレモリー先輩だとしたら……えぇ、うちの学園ってどうなってるんだ。接点がないから話すことはないから一安心だけど、これから彼女を見る目が少しだけ変わりそうで不安だな。まあ普通通りにしていれば問題はないか。
「何かあれば言え。私が処理する」
「私でもいい。何なら今から行って――」
「やめようね二人とも。学園の先輩なんだから」
やるって言葉が妹たちだと完全に殺るになるから心臓に悪い。
それから3人で世間話を交えつつアイスを食べ終えた。ゼロが先にもう寝るからと部屋に向かったが、スリイは俺の傍から離れない。
「……ごめん兄さん。私」
「そんな予感はしてた。部屋に行こうか」
「うん!」
元気に返事をしたスリイを連れて自室に戻り……そして数時間後。
「すぅ……すぅ……」
一糸纏わぬ姿でスリイが俺の腕を抱いて眠っていた。決して離さない、そう言わんばかりにガッシリと腕を抱いて眠りに就いている。
「……眠ったか」
気持ちよさそうに眠るスリイの頭を撫でる。
くすぐったいのか頭を揺らすも起きることはなかった。一度こうやって眠るとゼロとワンを除いて他の妹たちはすぐに目を覚ますことはない。それだけ熟睡しているということなんだろう。
以前にフォウがスリイと喧嘩した時に“冷徹無表情女”とか言ってたけど、このあどけない寝顔を見るとそんなことが言えるはずもない。スリイの寝顔を見ていると段々と眠くなってきた。
「おやすみ、スリイ」
そして俺もすぐに眠りに就いた。
それが夢だと気づいたのはすぐだった。
スリイの隣で眠ったはずなのに、今俺は森の中を走っているからだ。木々が存在するだけで出口は見えず、ただ闇雲に俺は走っていた。
「くそ! まだ追ってくるのか……まだ走れるか⁈」
「大丈夫だ! でもこのままじゃいずれ追い付かれる!」
誰だ? 俺は一体誰の手を引いて走っている? 分からないことだらけの中、俺はそれでもずっと走り続ける。何故かは分からない、ただ手を引いているこの子だけは助けたいと思った。
でも、それは出来なかった。
「っ……」
不意に倒れ込む。
何故、どうして、答えは簡単だった。左膝に一本の弓矢が突き刺さっていたんだ。
「……毒か」
矢先に塗られていた毒が体を侵す。夢だというのに、その感覚はどうしてか鮮明だった。倒れ伏した俺に女性は近づき、矢を抜こうとするが出来なかった。
「俺はここまでだ……逃げろ」
口が動く、けど違和感はなかった。俺の言葉に女性は嫌だと首を振る。
「何を言ってるんだ……二人で逃げるんだ! この先に行けばきっと大丈夫だ!」
女性は俺の体を抱えようとするが、全く体に力の入らない男を支えるほどの体力は残っていなかった。くそ、くそと汚い言葉を発しながらも決して俺を置いていこうとはしなかった。
「ふざけるな……ふざけるな! なんで、どうしてこうなる!? どうしてこの世界はこんなにも!!」
その言葉の真意は分からない、ただ世界そのものに対して途方もない憎悪を感じさせるのは確かだ。そうこうしているうちに集団の近づく音が聞こえる。夢の中の俺は最後の力を振り絞るように声を荒げた。
「走れよ! 生きて……生きてくれよ……こんな世界でも俺は……君に生きてほしいんだ。だから頼む……生きろ薄紅!!」
「っ!!」
たぶん夢の中の俺にとってこの女性、薄紅というのか。彼女の存在はとても大切なモノなんだろう、だからこそこうやって動けなくなっても彼女の身を案じている。
薄紅……どことなくゼロに似ている気がする。ゼロの目の色もこの女性と同じ薄紅色だ。
「……君はひどい男だ。私が君からの頼みを断れないことを分かっているくせに。紫紺だってそうだ……あいつも自分の好き勝手なことばかり言って死んで」
立ち上がれない俺の頬を撫でる薄紅と呼ばれた女性、その顔は涙でグシャグシャだった。
「本当にひどい。こんな希望も何もない世界を君は生きろと言うんだから」
そう言って俺たちの距離は0になった。
そこまで追手は来ているというのに……けれども、この時間はいつまでも続くような永さだった。
「なあ。もし生まれ変わることがあったら、私たちはまた会える?」
「……そうだな。それこそ神のみぞ知るってやつだろ。でも、会えるんじゃないかな? お互いが会いたいって思うのなら」
「そうか……神なんぞに祈るのは癪だけど、君に会いたいという願いくらいは神に祈ってやる」
薄紅は背を向け、走って行った。俺は彼女に置いていかれた形になるけど、心は穏やかでこうして良かったのだと満足している。おかしな話だ……これはただの夢のはずなのに。
「愛してるよ――」
「……はは、俺もだ――」
そこで、この夢は終わりを告げた。
「っ……はぁ! はぁ!」
唐突に目を覚まして俺は周りを見渡す。
何か夢を見ていたような気がする。あまり気持ちの良いモノではなくて、何か胸の内がざわざわするようなそんな夢を。
「兄さん、大丈夫?」
既に起きていたのか、スリイが心配そうに俺を見つめていた。相変わらず素っ裸で目のやり場に困るけど、今は彼女のそんな気遣いがありがたかった。
「あぁ大丈夫――」
その瞬間、バンと部屋のドアが開いた。
「兄ちゃんおっはよ~~~!!」
元気な掛け声を上げて姉妹一の元気娘であるトウがジャンピングダイブを仕掛けて来た。
「ぐほっ!?」
短い青い髪が特徴の頭がそのまま俺の腹部へ強襲炸裂、まだ朝飯を食ってないのに何かが逆流しかけた。
「う~ん朝は兄ちゃんの匂いを嗅ぐところから始まるんだよねぇ」
クンクンと匂いを嗅ぎながらスリスリと胸元に頬を擦り付ける。腹部の痛みが若干引いてきたところで俺はようやく起き上がった。トウは相変わらず俺に抱き着いたままだが、傍に居た全裸のスリイの存在に気づく。
「スリイちゃんどうして裸……あ、そういうこと。いいなぁ」
羨ましそうに見つめてくるトウにスリイはドヤ顔をして胸を張る。
「ふっ」
「むっ」
君たち、変なところで張り合わないでくれ。さてと、トウが来たのならこれからご飯ってことかな。それなら早く降りないと。そう思って立ち上がった俺にスリイが抱き着いて来た。
「昨日は凄かった。ねえ兄さん?」
問いかけは俺に対してだが、スリイの視線はトウに向いている。ふふんと鼻を鳴らすスリイの姿に、トウは対抗心を燃やしたのか空いている俺の腕を取った。
「ふ~んだ! 別にいいもんね。スリイちゃんより私の方が兄ちゃんを満足させる自信があるし!」
「……は?」
スリイのドヤ顔が崩れた。スッと空気を斬る音がする。いつの間にかスリイが取り出し突き出した鋏をトウが素手で掴んでいた……俺を挟んで喧嘩をするんじゃない。
スパーンと二人の頭を叩く。俺の力程度じゃ痛くも痒くもないだろうけど、一旦にらみ合いを止めて二人は頭を抑えながら俺を見つめた。
「姉妹で喧嘩はするなって。仲良くしろ」
「……でもスリイちゃんが」
「トウ姉さんが……」
「分かったな?」
「……はい」
「……うん」
俺も兄として姉妹の喧嘩の仲裁くらいはできる……ただ、ゼロとワンの喧嘩だけは次元が違い過ぎて避難する羽目になるけどな……あれは喧嘩じゃなくて戦争だし。
「トウお姉さま? お兄様を呼びに行ったのでは――」
……あぁ。
額に手を置いて溜息を吐きたい気分だった。長い金髪を揺らして現れたのは末っ子のファイブ、彼女は引っ付いている俺たち三人を順に見つめ、何を思ったのか正面から俺に抱き着いた。
「うふふ♪ 何となく理解しました。お兄様はわたくしの大きな胸が一番大好きですよね?」
もう勘弁してくれ……。結局三人に抱き着かれ動けなくなった俺はフォウが現れたことで漸く解放された。これから学校に行かないといけないってのに朝からひどく疲れた気分、珍しくゼロが姉妹の目の前で元気付けてくれたくらいだ。
「全く、トウ姉様もスリイ姉様もファイブも仕方ないんだから。少しは兄様の苦労を――」
「貧乳お姉さまの言うことは届きませんわ~」
「あ? 今なんつった?」
「貧乳お姉さまと」
「表出ろやぶっ殺すぞ牛女ああああああああああっ!!」
後はワンに任せよう。
「それじゃあ行ってくるよ」
「いってらっしゃいませ」
笑顔のワンに見送られて家を出た。さて、今日も1日頑張るぞ!
「こわ~いお姉さまが暴力を振るってきますぅ」
「気持ち悪い声出してんじゃねえよクソがあああああああ!!」
パリン!!
『……あ』
「お前たち、覚悟はいいな?」
木場君は生きています安心してください。
というか自分無印の15巻までしか読んでないんですよね。
近い内に買おうと思います。