ウタウタイの兄   作:とちおとめ

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 駒王学園、それが俺の通う学園の名前だ。

 全校生徒の数はそれなりに居て、この辺りでは一番大きな高校と言ってもいいだろう。

 

「おはようさ~ん」

 

 教室に入り挨拶をすると聞いてくれた人が挨拶を返してくれる。うん、やっぱり挨拶をして返事が返ってくるのは気持ちがいいな。

 机に座って鞄を置くと、見計らったかのように一人の女子が歩いてきた。

 

「おはよう六花」

「? あぁおはよう藍華」

 

 わざわざ傍に挨拶をしに来てくれたのはクラスメイトの女子、桐生藍華という名前の三つ編み眼鏡娘だ。こんな如何にも文学少女な風貌ではあるが、別に委員長と言うわけではないし大人しい性格をしているわけでもない。どちらかと言えばぶっ飛んだ性格をしている女の子である。

 

「ねえ、今何か失礼なことを考えなかった?」

「まさか」

「……あなたのポーカーフェイスは本当に分からないわね」

 

 溜息を吐きながら俺の前の席に座った。

 さて、俺たちがお互いを名前呼びするようにクラスメイトの中では親しい仲とも言えるだろう。もちろん最初の方は全く接点がなくて話なんてしなかったけど、あることを切っ掛けに俺たちは友人になった。

 

「やっぱり女の人の扱いに慣れてると表情を取り繕うのも上手いのかしら?」

「誤解を招く言い方をするんじゃない……って言いたいけど、女性に慣れたって言うのは間違いないな」

 

 藍華の言葉にしみじみと思う。

 妹たちはそれぞれタイプが違うから当然接し方も変わってくる。たぶんだけど世に居るほとんどの女性のタイプは網羅している妹たちじゃないかな。

 

「かといって軽いわけじゃないし、だからこそワンさんたちもあなたを信頼してるのね」

「己惚れるわけじゃないけど信頼はしてもらってると思ってるよ」

 

 今藍華がワンという名前を口にしたから分かると思うのだが、全員ではないが藍華はうちの姉妹と顔見知りである。俺と藍華がこうして友人になった切っ掛けに実を言うとワンがその中心にいるのだ。

 

「懐かしいわね。偶然買い物に行ったら困った美人さんが居たんだもの。それで惣菜とかタイムセールの場所を全部教えたんだから」

「その節はありがとな。ワンも藍華には感謝していたよ」

 

 本来俺が一緒に行けば良かったのだが、ワンは一人でも地形の把握含め買い物もちゃんと出来るようにと一人で出かけたことがある。その時に出会ったのが藍華で、今彼女の口から語られたエピソードがあったわけだ。

 今はああやって俺を含め姉妹たちを家事で支えてくれているワンだが、最初は本当に何も知らなかったんだ。

 

「俺の方がビックリしたからな? 家に帰ったら話したことがない同級生が居たんだから」

「私だって驚いたわよ。どこか聞き覚えのある声がしたと思ったらあなたが帰って来たんだから」

 

 あの時は本当に驚いた。

 ちょっと悩みを抱えていたトウを外に連れ出してのデート、その帰りだったんだから。デートの終わり際に“また”堕天使を不幸な目に遭わせてしまったけど……その疲れが残った状態での藍華との邂逅だったわけで。

 

「一度作り方とか調べたら出来ちゃうんだもの。思わず料理人目指したらって言っちゃった」

「へぇ、それで?」

「料理を作る相手はあなたと妹たちだけだからそれは出来ないって」

「……そう」

「ふふ、今頬が緩んだわよ?」

 

 うるせえ、でも嬉しかったのは事実だ。

 

「ワンさんもあなたの喜んでくれる姿が何より嬉しいって言ってたし愛されてるのね~?」

「そうだなぁ。俺は幸せ者だよ本当に」

 

 口に出してみて改めてそう思える。

 心の底からの感謝を藍華も感じ取ったらしく、俺を見つめる彼女の目は優しかった。こんな風に藍華は他者を思いやって気遣える優しさを持った女の子だ。だから少し見た目は地味かもしれないけどモテる要素は多い……それでもこいつに彼氏が居ないのはまあ、色々と残念な所があるからなんだよなぁ。

 

「ねえ、失礼なこと考えてない?」

「分かったか?」

「……そこはさっきみたいに誤魔化しましょうよ」

 

 普段お前に揶揄われている仕返しだよ。

 そんな風に藍華と話をして時間を潰していると、校門の方で何やら賑やかな声が聞こえた。俺と藍華は揃ってそちらに視線を向ける。

 

「グレモリー先輩と姫島先輩か。相変わらず大人気ね」

「だな。ファンクラブもあるんだっけ?」

「確かね」

「ほ~ん」

 

 視線の先では二人の二大お姉さまが慕ってくる生徒たちに囲まれている。

 リアス・グレモリー先輩に姫島朱乃先輩……二人とも美人でスタイルが良い人気の先輩だ。おそらくこの学園に通っている人であの人たちを知らない奴はいないんじゃないかな。それくらいあの二人は人気者である。

 

(……悪魔ね)

 

 妹たちと過ごす中で、この世界には色んな神秘が溢れていることを知った。

 堕天使、悪魔、天使、他にも神やら何やらが生きている世界らしい。何時からこの世界はそんな人外魔境になったのか……というかそんな悪魔がこんな身近に潜んでいたのも結構な驚きだけど。

 

「どうしたの? ジッと見て」

「……いや」

 

 生徒たちの声に笑顔で答えているあの顔の裏にどんな姿を持っているのか、興味がないわけではないが自分から首を突っ込むつもりはない。別に我が身可愛さがないわけではないが、俺が望むのはあくまで戦いとかそう言ったモノに極力関わらずに妹たちと過ごす平和な世界だから。

 

「見惚れてるわけじゃないのね」

「確かにとんでもない美人だとは思うけどそこまで……かな」

 

 まあ、欲望に忠実な奴もいるようだけどさ。

 

「おい見ろよ元浜! 相変わらずエロい体してやがるぜ!」

「素晴らしいな。上から99、58、90! グレモリー先輩なんて戦闘力だ!!」

 

 ……お前ら、周りの女子の目がヤバいことになってんぞ。

 今グレモリー先輩たちを見て興奮してるこの男子は松田と元浜と言い、この学園では変態3人組と呼ばれているクラスメイトだ。

 

「相変わらずねあいつら、けれど元浜のあの能力は素晴らしいわ」

 

 キランと眼鏡が光った藍華である。

 なんでも聞くところによるとあの元浜は眼鏡を通して女子を見るとスリーサイズが分かるらしい。つまり今口にしたサイズはグレモリー先輩のスリーサイズになるわけだが……こいつらその発言が周りを敵に回すって理解してるのかな。

 

「まあスカウターの意味では私も負けてられないわ」

「張り合うんじゃねえよ」

 

 先ほど、藍華に残念な部分があると言ったがこいつも元浜と同じで眼鏡を通して男を見るとナニのサイズが分かるらしい。……この学園、このクラスは一体どうなってるんだ。

 

「安心しなさい。あなたはとても立派よ」

「うるせえってば!!」

 

 そうだよこれさえなければ藍華は良い奴なんだよ。

 ニヤニヤと眼鏡を通して見てくる藍華に耐えられなくなって視線を逸らすと、ある意味でこの学園において有名なやつが登校してきた。

 

「みんなおはよう!!」

 

 そう言って爽やかに挨拶をしてきたのは兵藤一誠だ。だが兵藤の挨拶に返事をする奴は居ない、その理由は単純明快でさっき言った変態3人組の最後の一人がこいつだからだ。松田と元浜だけでなく男子と話をする姿はそこそこ見るが、女子と話をする姿は本当に見ない。ついこの間も剣道部の着替えを覗いたとかあったしよくこいつら無事だよな。

 けど、なんか兵藤のテンションがいつもより高いな。何かあったのか?

 藍華も気になるのか俺と一緒に兵藤に視線を向ける。兵藤は松田と元浜に近づき、心底嬉しそうに口を開いた。

 

「実は俺、彼女が出来たんだよ!!」

 

 その発言に男女問わず驚愕の視線が向けられた。

 

「……嘘でしょ」

 

 藍華すらも思わず眼鏡がズレる衝撃である。その彼女発言はただの虚言であると思われたが、どうやらその彼女とツーショットの写真があったらしく、兵藤に嬉しそうに抱き着く女の子の写真を見て松田と元浜が血涙を流していた。

 

「時におかしなこともあるものね」

「まあな。ただ兵藤は見た目イケメンだし変態な部分直せばモテそうなんだけど」

「ねえ六花。死んでも治らないって言葉知ってる?」

「……辛辣っすね」

 

 そんなこんなでいつものように始まった学園での日常だが、特に何事もなく時間が過ぎて行った。

 休憩時間に職員室に用があったその帰り、目の前から歩いてくるのはグレモリー先輩と姫島先輩だ。二人は仲良さそうに喋りながら歩いている。周りの生徒が道を開けているその様はまるでモーセの奇跡のよう、ある意味でこれもこの学園の名物みたいなものか。

 

「祐斗の怪我が大したことなくて良かったわ」

「そうですわね。しかしあれは一体何だったのでしょうか」

 

 ちょうど横を通り過ぎる時の会話だ。

 俺にとってその会話が意味するモノは分からなかったが、俺は思わず問いかけてしまった。グレモリー先輩にではなく姫島先輩に対して。

 

「ファイブ?」

「……はい?」

 

 目をパチクリとさせて俺を見つめる姫島先輩……しくじった。どうして姫島先輩に問いかけたのか分からないが、まるでそこにファイブが居るような錯覚を感じてしまった。そんなはずないのに……昨日スリイとすることして寝たから疲れが溜まっていたのかもしれない。

 

「すみません。姫島先輩の声が知り合いに似ていたものでつい」

「あら、そうでしたか。何か粗相をしてしまったのではと思ってしまいましたわ」

「申し訳ありませんでした。以後気を付けます」

「ふふ、お気になさらないでください。それにしても、間違えてしまうくらい声が似ていると言うのは珍しいですわね?」

「あはは、そうですね。本当にそっくりでした」

 

 良かった、姫島先輩がこうして笑ってくれる人で。

 

「すみません引き留めてしまって。それじゃあ俺はこれで」

「はい。また機会があればお話ししましょう。リアス? 行きましょうか」

 

 去って行く二人の背中を見送って俺も教室へと戻るのだが、その最中で学園一のモテ男とも言われている木場祐斗を見たのだが……。

 

「木場君大丈夫?」

「喧嘩でもしたの?」

「大丈夫だよ。昨日ちょっとあってね」

 

 女子に囲まれているのはいつも通り、だが顔に絆創膏を貼っていた。珍しいなモテ男、あいつが喧嘩とかするような奴じゃないのは知っている。だから何かあったのだろうけど、木場とは合同授業の時に話をする程度だからわざわざ聞きに行く必要もないか。

 

「……帰り、何か買って帰るか」

 

 学校だと言うのにファイブのことを思い浮かべたからか、何か妹たちの喜びそうなものを買って帰りたい気分になった。昨日はスリイがアイスを買ってくれたし、俺は近所で美味しいと評判のイチゴ大福を人数分買うことにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねえ、何で私が付いてこないといけないの?」

「ええ? スリイちゃんずっと家に籠りっきりだと不健康だよ」

「ちゃんと出歩いてるからいい」

「夜でしょ? ちゃんと太陽の光を浴びないと!」

 

 トウの言葉にスリイは心底めんどくさそうな表情だ。スリイはある意味でヒキニート一歩手前、基本何か実験かパソコンで遊ぶのが日常であり、日中はほぼ外に出ることはない。六花とのデートは例外だがそれだけだ。

 

「家も家で騒がしいでしょ?」

「……確かに」

 

 スリイは頷いた。

 今朝、フォウとファイブが大きな喧嘩をしてそれをワンが止めたのだが……いまだに少しバチバチした空気を出している。主にファイブが煽ってフォウが噛みついているだけなのだが、その煽るモノがフォウの一番気にしている小さな胸だから仕方ない。フォウにとって胸のことで揶揄われるのは宣戦布告に近く、しかも相手が姉妹一の巨乳を持った末っ子ともなれば最早開戦待ったなしなのだ。

 

「胸くらい気にしなくてもいいのに」

「スリイちゃんそれフォウちゃんの前で絶対に言っちゃダメだよ?」

 

 いつか言いそうだなと、トウは気怠そうに頷くスリイを見て思った。

 そのまま気ままに散歩をする二人が訪れたのは毎度おなじみの公園である。二人の目の前で小さな子供が遊んでいた。

 

「子供って可愛いよね。そうは思わない?」

「……別に」

 

トウの言葉に興味なさげに呟いたスリイはそのままベンチに座った。もう動く気がなさそうな様子にトウが苦笑していると、あっと子供の声が響いた。

 

「……あ」

 

 トウが視線を向けると、子供が持っていた風船が手から離れてしまい木に引っ掛かっていた。空に飛んでしまわなかっただけマシだが、どうあっても子供だけでは取ることが出来ない高さである。風船を見つめる子どもの目は段々潤んでいき、このままだと泣いてしまうのは必然だった。

 目の前で小さな子供が泣きそうになっている、それをトウは見逃すことができない。

 

「お姉ちゃんに任せて」

「ふぇ?」

 

 子供にそう言ってトウはジャンプをした。

 普通の人間ではないトウだからこそ実現できる常識外れのジャンプ、木に引っ掛かっていた風船を器用に外して子供に差し出した。

 

「……凄い。お姉ちゃん凄い!!」

「えへへ、どういたしまして」

 

 笑顔で受け取った子供にトウも満面の笑みを浮かべた。

 子供はトウに大きく手を振って走っていく。行き先はどうやらアイスクリームの移動販売をしている車だ。店員と一緒にお金の計算をしているその姿は微笑ましく、思わずちゃんと買い物が出来るようにと祈ってしまうほど。

 

「トウ姉さんは子供が好きだよね。どうして?」

「……そう言われると困るけど、どうしてだろう」

 

 自分でも良く分からない、小さな子供を見ると何故か守ってあげなくちゃという気持ちになる。時々、子供の集団を見ると自分の中の何かが悲鳴を上げる幻聴を聞くこともあるが、それでもトウにとって小さな子供は守らなくてはならない大切な存在だという認識がある。

 

「スリイちゃんだって兄ちゃんの子供を産んだりしたら分かんないよ?」

「……なるほど。想像出来ないけど……それは幸せな光景かもしれない」

「うんうん! 好きな人の子供を産むって本当に幸せだと思うよ!」

 

 いつかそんな日が来てほしい、トウはそれを願い続けている。

 

「……あ」

 

 そんな幸せな妄想を頭の中で繰り広げていた時、スリイが小さく声を上げた。一体どうしたのかとスリイが見つめる先にトウも目を向けると、そこに居たのはさっきの子供とガラの悪い男。子供の持っていたアイスクリームが地面に落ちて、男のスーツにベッタリとアイスが付いていた。

 おそらく余所見でもしていたのだろうか、それでぶつかってしまったのかもしれない。

 

 子供が謝る、だが男は怒りに身を任せて子供を強く蹴り飛ばした。子供の持っていた風船は再び手から離れそのまま空へと消えて行く。子供はお腹を抑えながら咳をしてとても苦しそうだ。だが男は更に子供の頭に足を乗せて地面に押さえ付けた。

 

「……………」

 

 一連の光景を見てもスリイの心に響くモノはなかった。

 だが、スリイはそこで横を見る。

 

「……………」

 

 無言で立ち上がったトウは幽鬼のようにその場へと向かっていった。スリイはこれから起こる惨状を思い浮かべ……特に何もしなかった。

 やはり興味がない、だからこそ動くつもりもなければそれに割く気遣いもない。

 

「……太陽の光が暑いなぁ」

 

 空を見上げてのんびりとそう呟くのだった。




ちょくちょくトラウマを刺激するスタイル

流石にあんな胸糞な描写はしないですけど。

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