基本的に俺の休日の過ごし方としては家に居ることが多い。友達と遊びに出かけることもあるがその頻度はそこまで多くはなく、ほとんどを妹の相手をすることに費やしている。本当に時々のことになるが、この間のトウみたいに不安定になることもあるため、出来る限り傍に居たいと思っているのだ。
「さあフォウちゃんやるよ!」
「分かったわ。……今日は失敗しない!」
台所でトウとフォウがクッキー作りにチャレンジ中だ。ワンに次いで料理の出来るトウはこうしてお菓子作りなどをすることが多く、フォウもトウに教えてもらうことがあるためこのような光景も珍しくない。外に視線を向ければ花壇に水やりをしているファイブも見えた。
「ゼロとスリイは相変わらずおねんねか」
基本惰眠を貪るのが日常と化している二人だからなぁ……また夕方くらいに目を覚ますのだろう。リビングでのんびりとファイブの鼻歌、後ろではお菓子作りをしている賑やかなやり取りをBGMにしつつ時間を潰しているとワンが声を掛けてきた。
「兄様、もしよろしければなんですが……」
おずおずと声を掛けてきたワンは買い物袋を持っている。それを見て俺はワンが何かを言う間もなく頷いて立ち上がるのだった。
「よし、買い物行くか」
「あ……はい!」
ゼロに次ぐ姉としてあまり我儘は言わず、休日くらいは休んでほしいと言う気持ちがあるのかお出かけの誘いも我慢していることを知っている。だからこそ、少しでもワンがこんな仕草を見せたら俺から誘うことを心掛けているのだ。
「じゃあワンと買い物行ってくる」
「は~いいってらっしゃい!」
「いってらっしゃい兄様に姉様!」
「あぁ、行ってくるよ」
ワンと一緒に外に出るとそこそこ温かな日差しに目を細める。大体ここでトウであったりファイブならすぐに腕を抱いてくるんだろうけど、ワンはそんなことはしない。まあ、その視線は俺の手元を見ているけど。
「手繋ごうか」
驚くように目を見張るも、ワンは照れくさそうにしながらもしっかりと手を繋いできた。
「兄様はよく気づいてくれますね。私の気持ちに」
「いや意外と分かりやすいと思うけど」
「え? そうですか?」
ワンはどちらかと言えば顔に出るタイプだと思ってる。本人からしたら無意識なんだろうけど、さっきの俺の手を見つめているとことか凄く分かりやすかったし。
「……そうですか」
「それに」
「??」
「こうして俺から言わないとワンはあまり甘えてくれないし」
そう言って笑いかけると顔を伏せてしまった。しかし繋がれていた手の力は更に強くなった。そのままワンと手を繋いで街へと向かい、切れかけていた日用品などを買って商店街へ。
俺もこうしてワンと買い物に来ることが少なくないせいか、普段買い物する時に知り合ってであろうワンの知り合いとも顔馴染みになっている。
「おや、いらっしゃいワンちゃん。今日はいいお肉が入ってるよ」
「本当ですか? 是非見せてください」
「お~いワンちゃん。こっちにも新鮮な魚が入っとるけみてみぃ!」
「凄いピチピチですね。でも……どうしましょうか」
「ワンちゃん美人じゃけんオマケしたらい。安くするで?」
こうして見てみると、小柄な女の子が商店街の人に気に入られている光景でとても微笑ましい。ワンもそうだが他のみんなも超常的な力を保有し、尚且つ使い魔のような存在も使役している。だからこそ彼女たちは1人であってもこの街程度なら壊すことくらい容易だろう。そんな強すぎる力を持った女の子が、こうして多くの人に慕われているのは俺としても自分のことのように嬉しく感じる。
次はこれを買え、その次はこっちをと普通に買うより大分安く買えたせいか結構な量だ。ワンも途中からは流石に商店街の人たちの太っ腹な対応に困っていたが、そんな困惑を押し切るほどの心遣いに結局根負けしていた。
「毎回こうなんですよね。心遣いは有難いですけど、どこか悪い気にもなってしまって」
「……まあ確かにそれは思ったけど、断るに断れないなあれくらい慕われたら」
「そうですね。本当にみなさん良い方々です」
さて、後は帰るだけだが今日は珍しくもう少し2人で居たいとワンが言ってきた。俺はそれを断るつもりはなく了承した。
「じゃあ毎度おなじみの公園に行きますか」
「あそこですね。分かりました」
いつもいつもあの公園が出てくるけど、帰り道だから丁度いいんだ。そんな中、俺はワンと歩く途中で見覚えのある男子を見つけた。
「……兵藤?」
そう、視線の先に居たのは兵藤だった。彼は黒髪の女の子と腕を組んで歩いていた。恥ずかしいのかガチガチの兵藤と違い、女の子は押せ押せな勢いで兵藤に視線を向けている。なんだ、本当に付き合ってたのか。
「兄様?」
「おう悪い。今行く」
ま、あんな奴でもクラスメイトだからな。色々と問題を抱えている男ではあるけど、そんなあいつを好きになった子が居るなら大切にしてほしいと思ってる。とはいっても、あの女の子が兵藤の本性というか変態な部分を知っているかどうかは分からないけど。
「ふぅ。疲れましたね」
「そうだな。よっこらせっと」
休日にしては人が居ないけどこう静かなのも悪くない。
ワンとのんびりしていると、ふとワンが黙り込んだ。そして辺りを見回して何かをした。
「人払いの魔法のようなものです。これでここ一帯には人は来ません」
「ほ~」
特に変化がないようにも見えるけど……まあ俺に分からないのは当然か。
「少し外の空気を吸わせるのも悪くはないなと思いまして。おいで、ガブリエラ」
ワンが手を翳すと魔法陣が現れ、そこから現れたのは黒い影。その影は徐々に形を成し、そしてその姿を目の前に見せた。
「……ドラゴンにしては小型? でも迫力あるよなやっぱり」
スリイやフォウのドラゴンと比べると小さいものの、その身に秘める力は圧倒的なモノだと知っている。それこそ俺のようなただの人間は一瞬で殺されてしまうくらいだ。
黒のドラゴン、ガブリエラの瞳が俺を捉える。
初めて見た時は怖くて震えたけど、ちゃんと意思疎通が出来るのを知ってからは怖くなくなったんだよな。厳ついドラゴンの顔、だが……ある意味で聞こえてくるその声にも俺は恐れを抱けなくなったわけなんだが。
『久しぶりじゃない六花。元気そうで嬉しい限りだわ』
……そうなのだ。
このドラゴン、野太い声のオカマ口調なのである。いやぁ初めて聞いた時は思わず聞き返したよね。誰もドラゴンが言葉を話すとは言えオカマ口調とは思わんだろうに。
「久しぶりだな。相変わらずそうで安心したよ」
『相変わらずって何よ。アンタがアタシをどんな目で見てるか気になるわね?』
「カッコいいドラゴンって思ってるけど?」
『カッコいいじゃなくて美しいと言いなさい。そっちの方が嬉しいわ』
そう言ってフンと顔を背けたガブリエラに思わず苦笑してしまう。
「兄様、少しお手洗いに行ってきます。ガブリエラ、万が一はないだろうけど兄様を守っていてくれ」
「おう、いってらっしゃい」
『この結界をすり抜けるほどの手練れが居るかしら。まあ安心していってらっしゃいな』
近くのトイレに向かうワンの背中を見送り、俺はその場に寝転がった。
「あぁ~。偶にはこうやって日向ぼっこするのも悪くないな」
『アンタそれ背中汚れるわよ? ちょっと起き上がりなさい』
「? 分かった」
ガブリエラにそう言われ起き上がった。ガブリエラは体勢を低くするようにその場に座り込み、視線を俺に向けて口を開く。
『背もたれになってあげるから感謝しなさい。汚れるよりはいいでしょう?』
「……そっか。ありがとう」
なら近くのベンチに座ろう、っていうのは野暮な言葉か。
ガブリエラの体を背中にして座る。ひんやりとした竜の鱗の感触を感じて程よい気持ちよさだ。
「それにしても何度見ても驚きだよな。こうしてドラゴンと話が出来るなんて」
『何よ。ミハイルとも話は出来るでしょう?』
「それはそうだけどさ。ミハイルの場合はなんと言うか……大変なんだよ」
『そうね。あの子はとにかく甘えるばかりだしアタシのように理知的でもないもの。クソガキよクソガキ』
「そこまでは思わないけどさ。でもあれはあれで子供っぽくて可愛いじゃん」
『どこがよ。喋ったらキンキンする声でうるさいったらないわ』
歯に衣着せぬ物言いだがこれがガブリエラだからなぁ。けど意外と俺を含め妹たちのことを見てくれるドラゴンでもあって、とても優しい性分というのは分かるんだ。頑なに認めようとはしないけどね。
『アタシとしてはアンタの心配をしてるけどねぇ。あの小娘たちの相手は大変でしょうに』
「もう慣れたよ。それに昔と違って本当の意味で愛してる。だから問題はないかな」
『そう……それならいいわ。食って寝てヤることしか考えてない女が多いもの。アタシはいつアンタが音を上げるか心配していたんだから』
食って寝てヤるしか考えてないはひどいな……でも、案外分からないでもないのが微妙なところだ。視線の先でワンがこちらに戻ってくるのが見えた。蹲るガブリエラを背もたれにしている俺を見てワンは少し驚いたがすぐに微笑んだ。
『いい笑顔をするじゃない小娘が。あれもあなたのおかげなのかしら?』
「俺だけじゃないよ。俺たち家族はみんなで支え合っているようなものだから」
『……そう。何よ。アンタもいい顔で笑うじゃない』
そうか、それは嬉しい限りだよ。
「……なあガブリエラ」
『う~ん?』
「最近思うんだよ。もしみんなと会ってなかったらどうだったのかなって」
『……ふ~ん』
たぶん傍に妹たちが居ないだけで普通の人と変わりはしなかっただろう。でも、こんな幸せな日々を過ごしてしまっては到底手放したくないと思ってしまう。まあ、そんなもしもを考えても仕方ないことだがふとした時に考えてしまうのだ。
「あの花は奇跡を起こしてくれた。当時は大変だったけど、今は本当に感謝してる。俺と妹たちを会わせてくれた奇跡にさ」
ずっと枯れないままのあの花、あの花は本当に俺に奇跡を――。
そこまで考えた時、ガブリエラが俺の思考を切るように話しかけて来た。
『ねえ六花。アンタは今小娘たちと会えたことを奇跡奇跡って言ってるけどそれは違うわよ?』
「え?」
『奇跡なんかじゃない、会うべくして会った。必然よ必然』
それはどういうこと、そんな俺の疑問にガブリエラは答えてくれた。
『奇跡というのはね、“起こらないからこそ奇跡”と呼ぶの。だからアンタと小娘たちが出会ったのは奇跡なんかじゃなくて必然なのよ』
「……そいつは」
『そもそもそんなに大切に思うのなら、小娘たちとの出会いを奇跡なんていう抽象的な言葉で片付けるのはやめなさい。いいこと? アンタと小娘たちが出会ったのは奇跡じゃない、ひ・つ・ぜ・ん・な・の!』
「お、おう……」
まるで言い聞かせるように顔を近づけて言わないでほしい、ないとは思うけど食われるかもしれないと思って怖くなるから。
「ただいま戻りました兄様。ガブリエラもすまないな」
「おかえり」
『たっぷり出してきたかしら?』
言い方よ言い方。
とりあえずそろそろ帰ろうという話になり、ガブリエラは再び消えることになる。純粋な疑問だけどどこに消えるんだろうか、使い魔が生きる亜空間みたいなもんでもあるのかな。
『それじゃあね六花。精々小娘たちと幸せに暮らすことね』
「あぁ。また話しようぜ」
『それくらいならお安い御用だわ。ワン、ないとは思うけどまたくだらない用で呼び出したら承知しないわよ』
「くだらない用?」
『国から国へのお使いだったり? 気持ち悪い腹黒偽善気質の我儘に付き合わせられたり、蟹が食いたいからって海に行かせられたりね』
「……何の話だ?」
『例えよ! 竜種をそんなくだらない用に付き合わせるなってこと! それじゃあね!!』
そんな言葉を最後にガブリエラは消えた。
最後の言葉がどういったものかは分からないが……何だ、蟹が食いたいからってどういうこと? 思わずワンと目を合わせて今の言葉について考えるが答えは出ない。結局何のことか分からないまま、俺とワンは揃って家に帰るのだった。
「ありがとうございました兄様。今日は助かりました」
「いや俺も楽しかったからな。また遠慮なく誘ってくれ」
「……ふふ、分かりました。またその時はお願いしますね」
荷物を持ちながらリビングに入ると、トンと胸に何かが飛び込んでくる感触。
「おかえりなさいお兄様!」
「おっと……いきなりだなファイブ」
これはたぶん待機してたなきっと。えへへと笑みを浮かべながら胸元にスリスリと頬をくっ付けてくる姿にやっぱり末っ子だなと頬が緩む。
「兄様、もらいます」
「悪いな」
持っていた買い物袋をワンに預け、ファイブにくっ付かれたままソファに座る。
「兄様、クッキー食べてみて!」
「フォウちゃん頑張ったんだよ」
「おぉ、美味そうだな。どれどれ」
いろんな形もあるし、チョコを混ぜたのもあるっぽい。トウとフォウが作ってくれたクッキー、贔屓目は入るかもしれないが店で買う物よりも遥かに美味しかった。
「はい兄様、あ~ん」
口元に持ってきたクッキー、それは横から掻っ攫うようにファイブが食べる。
「とっても美味しいわフォウお姉さま」
「……この子は本当に!!」
けど、美味しいって言われて嬉しいのか頬は緩んでるけどな。
嬉しいけど怒りたい、そんな矛盾を抱えて悩むフォウに苦笑しながら、俺は何故かさっき街で見た兵藤と女の子を思い浮かべる。
「兵藤……上手くやれたかな」
「兵藤?」
「クラスメイトの奴でな。女の子とデートしてたんだ。あいつガチガチに緊張してたっぽいからどうなったかなって」
同じクラスメイトだし絡みはなくて上手くいってほしいとは思う。けど、あんなに兵藤にアピールするくらいならよっぽど好きなんだろうなあの子。それなら心配はするだけ無駄かもしれないな。
「兄ちゃん、こっちも食べてみて!」
「おう」
トウからクッキーをもらいながらさっきのガブリエラの言葉を思い返す。
起こらないからこそ奇跡、だから出会ったのは必然……か。奇跡という言葉を信じる人にとっては身も蓋もない言葉かもしれないけど考えさせられる言葉ではあった。
「みんな、ありがとうな」
「え?」
「兄様?」
「??」
キョトンとする3人が可愛くて思わず苦笑が零れる。
そうだな、大切にしていこう。この出会いを……これからもずっと。
「……夕麻ちゃん? 今なんて」
「聞こえなかった? 死んでって言ったの」
本格的に絡むときはエクスカリバー編ですねおそらくは。