ウタウタイの兄   作:とちおとめ

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 結局、兵藤の彼女騒ぎは周りが全く信じることがなくそれ以上のことはなかった。兵藤はずっと彼女は居たはずだと口にしていたが誰も取り合わない。兵藤には悪いと思うが、やっぱり俺一人だけ覚えているというのは本来あり得ないことだろう。だから俺から兵藤に話をすることはなかった。

 

「……ふぅ」

 

 時は流れ放課後、何の繋がりか分からないが兵藤は突如教室に現れた木場に連れて行かれた。今までに見たことがない組み合わせに女子は悲鳴を上げ、男子は物珍しそうにしていた。そんな中、俺も荷物を纏めて帰る準備をしていたその時、普段話したことがなかった二人に絡まれることになった。

 

「おい“神里”!! 先週にお前を迎えに来た巨乳美人は誰なんだ!?」

「お前普段静かだから目立たないと思ってたのにあんな可愛い子の知り合いがいんのかよ!」

 

 ……めんどくさい。

 松田と元浜にこんなことで絡まれるとは思っていなかった。まあ確かにファイブとのやり取りは多くの人が目撃したことだけど、それをこんな風に聞かなくてもいいんじゃないか?

 

「別にいいだろ。帰るぞ俺は」

 

 荷物を持って立ち上がった俺の肩を元浜が掴む。こいつ、たぶん俺が何か教えないと手を離すつもりはなさそうだな。別に妹だからと伝えればそれで終わり、だけどこいつらにファイブのことはおろか他の妹たちのことについて何一つ答えたくなかった。

 

「……?」

 

 思わず舌打ちしたくなったその時、鞄に吊らされている関節人形の目が光った気がしたが……そこで俺とこいつらの間に割って入る存在が居た。

 

「は~いそこまで。そうやって他人の関係に土足で踏み込むのはやめた方がいいんじゃないかしら」

「き、桐生……」

 

 藍華は俺の肩を掴んでいた元浜の腕を離し、二人をキッと睨むように見つめる。眼鏡の奥から覗く眼光に少しばかり怖気づいたのか二人は一歩下がった。

 

「な、なんだよ桐生。お前そいつのこと気になんのかよ」

 

 そんな中学生が言いそうな言葉に藍華は肩を竦めて溜息を吐いた。困った子供を見るような目で二人に対して口を開いた。

 

「そうね、少なくともあなたたちよりは“色んな意味”でいい男だとは思っているわ。でも彼には守るべき大切な存在が既に居るんだもの、残念だけど間に入る余地はないわね」

 

 そこで藍華は一歩を前に踏み込む。

 

「今日はもう帰りなさい。色んな意味で雑魚の二人」

 

 色んな意味で雑魚、普通の人なら首を傾げるこの言葉だが、藍華が言うと少し別の意味が込められている。それを二人は理解したのか、脇目も振らず走り去っていってしまった。

 

「ふぅ、悪は敗れたり」

 

 突如の乱入だったがありがたかった。藍華に礼を言おうと思ったのだが、何故か藍華はあははと目を泳がせながらこちらに振り向く。

 

「……えっとね、そのう……ごめんね六花。色んな意味で良い男って言葉、六花の六花がご立派っていうのも伝わったかも?」

「……は?」

 

 藍華の言葉を聞いて周りを見れば、女子は顔を赤らめて口元を抑えてるし、男子はどこか眩しいモノを見るような目で俺を見ている……あぁなるほど。

 俺は黙って鞄を肩に掛けてそのまま教室を出るのだった。

 

「待ちなさいって六花。悪かったわよ」

「別に怒ったりはしてないけどさ」

 

 怒ってはない、恥ずかしかっただけだ。

 校舎を出て藍華と一緒に下校する。思えばこうして藍華と二人で帰るのも珍しくはない。男と女が二人で一緒に帰ったりすると色々と噂されたりするものだが、藍華が元々持っている評判と俺たちの接し方が合わさって変な勘繰りをされることもあまりない。

 

「巨乳美人って言うとファイブさん?」

「正解。校門で待ってたからびっくりしたよ」

 

 藍華がうちで面識のある妹はワン、トウ、フォウ、ファイブの4人だ。ゼロは日中は寝てるしスリイも似たようなものだから顔を合わせることはほぼない。俺にとっては可愛い妹だけど、その特異性故に他の人への接し方はどうかと心配になることもある。藍華の場合は特に何事もなくコミュニケーションは取れているみたいなので安心している。

 

「それだけ大好きなのね。可愛い妹が居ていいじゃない」

「そうだな。俺には勿体ないくらいだよ」

 

 藍華と会話をしながら道を曲がると、目の前に一匹の黒猫が現れた。俺と藍華をジッと見つめながら微動だにしない。

 

「あら、可愛い猫ね。毛並みも綺麗だし飼い猫かしら?」

「どうだろうな」

 

 しゃがみ込んで手招きすると黒猫は真っ直ぐにこちらに向かって来た。指先と俺の顔を交互に見ながらある程度時間が過ぎ、警戒が解けたのか頭を手に擦りつけて来た。

 

「可愛いなぁ」

「そうね。よく猫の動画をネットで見るけど気持ちが分かる気がするわ」

 

 抱き抱えても暴れないし人懐っこい猫なのかもしれないな。けど……この学校の近くは家が多いし誰かの飼い猫の線は濃厚か。捨て猫でこんなに毛並みの整った子はまずいないとは思うけど。

 暫く抱き続けていると黒猫が何かに反応した。視線をキョロキョロと動かして見つめた先にあったのはお馴染みの関節人形だ。目がピカッと光り、体がバッと動き出した。見つめていた黒猫は毛が逆立ったようにビックリして俺の手元から飛び降りた。

 

「おっと……まあこれにはビックリするよなぁ」

 

 関節人形を手に取っても動きが止まない。

 

「何それ……気持ち悪いわね」

「スリイ……妹がくれたお守りだよ」

「へ、へぇ……」

 

 引いたその表情に俺は仕方ないと思う。だって俺も気持ち悪いって思ってるし、というかフォウも言ってたけどこのデザインはお世辞にも趣味が良いとは言えないからな。

 この関節人形があまりにも気持ち悪かったのか黒猫は走り去っていってしまった。少しだけ勿体ないなと思いつつも、気を取り直して足を動かすのだが……俺はそこで3人の女性を見た。

 

「それでどういたしますか?」

「近い内にあの子が来るからそこからよ」

「りょうかいで~す」

 

 背の高い女、ちっこい女……そして――。

 

「……っ」

 

 思わずリアクションを取りそうになったが何とか抑える。3人のうちの1人は俺が土曜日に見かけた黒髪の女、兵藤に引っ付いていた女の子だ。彼女たちは俺たちの存在など最初からなかったかのようにそのまま歩いて行ってしまった。黒髪の女が一瞬こちらを見た気がしたが、特にアクションもなかったため気にする必要はないだろう。

 

「それじゃあ六花、またね」

「おう。また明日」

 

 藍華と別れて改めて帰路を歩く。

 先ほど見た黒髪の女、あの子は確かに存在していた。俺の見間違いでなければあの時兵藤と一緒に居た女の子のはずだ。でも……兵藤の様子からあの子に関する全ての情報が消えてしまっている現状。本当に一体どうなってるんだ?

 こんな風に心配していた俺だったが、ビックリするほどにあの女の子に関する謎はそのまま空気に流れるように風化していった。それから彼女に出会うことはなく、彼女と兵藤の関係がどうなったかも気づいた頃には気にならなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 とある夜のこと、スリイとフォウが外に居た。

 彼女たちの目の前に居るのは傷だらけの悪魔――正確にははぐれ悪魔と呼ばれる存在だ。元々主が居た悪魔だったが、主殺しという禁忌を犯し悪魔の住まう冥界から指名手配された存在のことをそう呼ぶ。

 

「貴様ら……一体何者だ」

 

 はぐれ悪魔、かつてバイザーと呼ばれた女がそう問う。

 さて、どうしてこんな現状になってしまったのか。それはバイザーにとっては不運が重なってしまった結果でしかない。いつものように夜に出歩こうとしたスリイに心配だからと付いて来たフォウだったのだが、何か妙な気配をフォウが感じたのだ。

 

『スリイ姉さま、あっちから変な気配がするよ』

 

 スリイはさして興味がなかったが、フォウが行くのならと気怠そうに付いて来た。そしてその場にこのバイザーが居たというわけだ。

 バイザーからすれば少し覚えのない異質な魔力をその身に宿す人間ではあったが、上質な食い物に違いはない。少しの問答の後、襲い掛かったがフォウに返り討ちにあった……ただそれだけのことだ。

 

「……あなた、随分と酷いことをしたみたいね」

 

 バイザーはここでおそらく一般人を食ったのか血と肉が散乱している。フォウはそれを見て不愉快そうに眉を顰めた。

 

「それが……貴様に何の関係がある……ぐああああっ!」

 

 バイザーがそう口にした瞬間、フォウが腕を引き千切った。言葉にするのも憚られるような音が聞こえ、鮮血が噴水のように溢れ出る。のたうち回るバイザーの体を抑えながら、フォウは悲しそうに表情を歪ませて言葉を続ける。

 

「私だってこんなことはしたくない、でもこんな酷いことは許されないわ。何の罪もない人を傷つけるなんて私は許すことはできない!」

 

 そして残された反対側の腕を引き千切る。

 

「あああああああああああっ!!」

 

 バイザーの絶叫が辺りに木霊する。

 

「ねえ私の顔を見て、悲しそうでしょう? 悲しいよ、こんな酷いことをあなたにしないといけないのだもの。でもね、これは無残に食われた人たちの報いなの」

 

 異形と化している下半身を引き千切る。

 腕と違い何倍もの太さのある肉体だ。腕を引き千切ったのとは比べ物にならないほどの血が噴き出した。さしずめ真っ赤な噴水のように周りに赤色が広がっていく。

 

「分かってちょうだい。これは罰なの、あなたの罪に対する罰」

「……ぐっ……っ!」

 

 いくら悪魔であろうと血が失われれば命の危険に陥る。血とはその肉体を動かす燃料のようなもの、それがなくなれば死は免れない……まあ、フォウにバイザーを生かすつもりは一切ないのだが。

 フォウは視線を下に向ける。そこは引き千切られた下半身の付け根部分、内臓のようなものがうねうねと動いている不気味な光景だ。フォウはそこに左手を突っ込み、内臓を引っ張り出すように力を込める。

 

「っ!!!!!!!!!!」

 

 バイザーからすれば痛みを超えた理解のしようがない感覚だろう。腕を落され、下半身を落され、痛みで脳が麻痺しているような状態に追い打ちを掛けるようにこの残酷な仕打ちだ。僅かに痛みを感じるがそれだけで、体の中にある大切なモノが徐々に抜き取られていくような変な感覚を感じている。

 

「あなたはどれだけの人を食べたの? この中に一体どれだけの罪を抱えているの? 許されない、許されちゃいけない。分かってくれるよね? あなたはとても酷いことをしたのよ」

 

 失われていく意識の中でバイザーが最後に見たモノは、自分の目を刳り貫くように指を突っ込んでくるフォウの姿だった。

 

「……フォウ、もういい?」

「うん。悪は去ったわ」

 

 全身を血塗れにしながらフォウはスリイに振り返った。

 無関心を貫くスリイではあったが、今の光景を見て思うのは一体酷いのはどちらなんだと言う言葉だ。まあ飛び出た内臓その他をアルミサエルを使って回収したスリイがフォウに何かを言う資格はない。原型でかろうじてその死体がバイザーであると認識できる肉の塊を背にその場を去ろうとしたその時、スリイにとって見覚えのある赤色の転移陣が出現した。

 

「……あの時の」

「?」

 

 二人の視線の先で転移陣の光が収まり、5人の姿が現れた。

 

「……これは……っ! あなたはあの時の!」

 

 1人を除く4人の視線がスリイを捉えた。濃密になる敵意と警戒、それを受けてもスリイは相変わらず興味はなさそうだ。

 

「ぶ、部長……なんすかこの匂いは……それにあれは」

 

 ツンツン頭の男子、兵藤一誠の指さす先にあるのはバイザーの死体。それは部長と呼ばれた女性、リアス・グレモリーですらも目を背けてしまうほどの光景だった。

 しかし、目を背けてばかりもいられない。リアスはスリイのことのみ警戒していたが、傍に居る血塗れのフォウを見てこの惨状の原因を理解する。

 

「あなたね、そのはぐれ悪魔を殺したのは」

「そうよ。酷いことをしたのだもの、私は殺された人たちの無念を晴らしただけ」

 

 何も間違ったことは言っていない、そんな表情のフォウにリアスは更に警戒を強くする。リアスたちからすれば未知の力を持った存在故に警戒するのは当然のことだ。しかも、この駒王町はリアスが魔王から直々に管理を任されている土地でもある。

 

「話を聞かせてもらえるかしら? あなたたちは何者で、一体何をしたのかを」

 

 リアスの問いに最初に動いたのはスリイだった。動いたとは言っても彼女たちに目を向けず、ただこの場から帰るために足を動かしたのだ。スリイの思惑とは少々違うが、フォウもフォウで少しリアスたちに対して思うことがあった。

 

(兄様と同じ学校の人よね、それならあまり問題事を起こしたら兄様に迷惑が掛かるかも。それは避けないといけないわ)

 

 スリイに続くようにフォウもこの場から去ろうとする。

 リアスは傍に居た女性、雷の魔法を扱うことのできる姫島朱乃に目線で指示を出す。朱乃はその指示に従い、動きを阻害する程度の雷を二人に放った。

 

「……まあそうなるよね」

「……………」

 

 苦笑したフォウは必要最低限の動きで雷を躱し、スリイもその攻撃を躱した。だが、その雷の攻撃が少しばかり不規則な動きをしてしまった。別にスリイやフォウの体を傷つけることはなかったが……ブツッと何かが地面に落ちた。

 

「……?」

 

 それはスリイの持ち歩く鋏に付けられていたストラップ、かつて六花とデートに行った時に景品で取ったものでそのままくれたものだった。愛らしい顔をしていた犬のストラップだが、雷の力で焦げてしまい見る影もない。

 足が止まったスリイをフォウが訝しむ中、スリイは小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

「――殺す」

 

 




※安心してください、死にません。


話は変わりますが、DOD3のストーリーは人を選ぶ話とは思うのですが、個人的に是非BGMを聞いてほしいなと思っています。

どのボス戦も素晴らしいのですが、特にお勧めするのはトウが使役するエグリゴリとラファエルの時に流れる曲です。めっちゃかっこいいので。

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