兵藤一誠にとってまだ数日しか経ってないが怒涛の日々だった。
天野夕麻と名乗り告白してきた女の子は堕天使と呼ばれる存在でありその目的は一誠の命だった。どうしてそうなったのかも分からずに殺され、次に目を覚ませば裸のリアスが目の前に居ると言うご褒美タイム。そして世界に存在する神秘の存在を知り、リアスが部長を務めるオカルト研究部が悪魔の集まりなのだと知った。
『ハーレムも夢じゃない!? おっぱいに囲まれた夢のような生活、うおおおおおおっ!!』
普通の人間ではなくなり、悪魔として生き返ったからこそ開き直って大きな目標を掲げた。そのためにはまず自分が殺されてしまった原因である“神器”と呼ばれるモノを使いこなせるようになること。リアスや朱乃、同級生の木場や後輩の小猫と関わりながらの悪魔ライフが幕を開けた。
大変なことが多くある、それを実感した矢先に一誠はこの世の不条理を知る。
「……何だよこれ……何なんだよ」
はぐれ悪魔の討伐、その目的のために向かった先に居たのは二人の美少女だった。リアスや朱乃、小猫と言った美少女に引けを取らない美しさ、それこそ普通の人間では到達することのできない美の境地……実を言うと一誠は少し見惚れていたのだ。
だが、そんな彼女たちの美しさも無残な死体が傍にあるとなれば不気味に思えてしまう。リアスが何者かと問いかけたが答えるつもりはないらしく、彼女たちはこの場から去ろうと背を向けた。朱乃が雷を放つと、特に被弾したわけではなさそうだが紫髪の少女――スリイが振り返った。
「っ!?」
心臓を鷲掴みにされるような錯覚を一誠は覚えた。ズンッと空気が重くなったような感覚、それは一誠だけでなくリアスたちも感じたのか一気に表情が強張った。
スリイが放った歪な殺気、それを受けてリアスたちは一層警戒心を強めたが一誠だけは少し違った。殺される時に感じた殺気など生温い、だからこそ恐れたのもあるがもう一つ……何かが叫んでいる。己の中の何かが逃げろと警告している。
(……何だ? あの女の子……じゃない。でもあの子から感じる何かだ)
本能的な何かがスリイではない、彼女に関わる何かから逃げろと警告をしているのだ。薄っすらと感じる恐怖、それは自身の中にある何者かと共通しているような……一誠はスリイを見つめながら漠然とそんなことを考えていた。
「ぶ、部長! 逃げましょう! よく分かんないんですけどマズい予感がするんです!」
「一誠!? ……っ」
一誠の必死な訴えにリアスも耳を傾ける。確かにスリイたちのことは気になっているが、放たれる殺気は尋常ではない。この地を預かる者として問い詰めなければならないが、自身の眷属を大切に想うリアスの愛情がこの場からの撤退を選択した。
「朱乃! 転移の準備を!!」
そう言ってリアスは後悔する。
確かに自分たちは悪魔として優れた存在だ。だがそれは自身の考えを押し通して上から目線に立っていいわけではない。無意識の根底にあった無用なプライド、それが前に出てしまい朱乃にスリイたちに対しての威嚇を指示してしまった。
(……話を聞かせてと言って手を出したのはこちら……もう、どうして私はこんなにも!)
後悔先に立たずとよくぞ言ったものだが、今この場において後悔というのは最も遅すぎる言葉だ。
ヒュッと何かが空気を斬る。それに反応したのは木場、彼は剣を両手に生み出して自身の前でクロスさせながらリアスの前に立った。その防御の壁に突き刺さったのはスリイが手にしていた鋏。
「……遅い」
鋏が飛んできたと思えば、その鋏を手に持つスリイが目の前に居た。まるで時間を跳躍したような早すぎる動きに木場は目を見開いて驚き、その隙を突くように鋏が腕に突き刺さる。
「っ!!!!」
握っていた剣を落してしまうほどの激痛だ……しかもそれだけじゃない。本来鋏とは閉じたり開いたりする構造をしている。スリイは腕に突き刺した鋏の刃を広げた。するとどうなるか、腕という肉に突き刺さった鋏の刃が広がっていく。嫌な音を立てて腕の肉が口を開けた。
「祐斗!!」
「させません……!」
小猫が拳を突き出す。
リアスの眷属の中で最も力のある拳がスリイに迫るが、スリイはその拳を掴んだ。渾身の一撃はいとも容易く止められ、それどころか逆にこちらの拳を握り潰すように力が込められた。スリイの指が手に食い込み、小猫はたまらず腕を離そうともがくがその強靭な力にビクともしない。
朱乃の雷、リアスの滅びの魔力が迫りようやく回避行動を取ることによってスリイは距離を離した。
「今よ!」
「はい!」
この場から撤退するための転移陣が発動する。
しかし、どこからか現れた関節人形が転移に干渉して上手く作動しない。リアスはその人形目掛けて魔力を放つと、直撃を受けた人形は跡形もなく消滅していった。リアスが受け継いだ滅びの魔力、それは触れた存在を跡形もなく消滅させる力を持っている。消えた人形を見てスリイはリアスだけを見つめた。
「――面白い。逃がさないわ」
ストラップがダメになったことへの憎悪、新しく見つけた研究対象への好奇心、その両方を歪に滲ませるスリイの表情だ。もうすぐ転移陣が発動する……そこでずっと眺めているだけだった一誠が恐怖に体を震わせた。
一誠の視線が向くのはスリイ、彼女は小さく呟いた。
「贖え――」
重くなる空気、何かが空間を這い出てくる……しかし、それは実現しなかった。
「そこまでよ、スリイ姉さま」
もう一人の女の子、フォウがスリイを背後から抱きしめ何かを呟いた。それを聞いてスリイの表情は一気に崩れ、オロオロするような不安顔となって緊張した空気は綺麗に蒸散した。リアスたちは何が起きたのか分からなかったが、転移が発動しこの場からの撤退に成功するのだった。
その場に残されたのはスリイとフォウのみ、フォウは大きく溜息を吐いた。
「全くもう、こんなところであれを呼び出したら街が壊れちゃうでしょ? 兄様の住む場所全部壊すつもりなの?」
「……違う……でもあいつらは……!」
ただ一言、兄のことを出されてしまってはスリイも刃を収めるしかない。スリイが呼び出そうとしたものは強大な力を持った存在、それこそミハイルやガブリエラを以てしても恐れさせる存在だ。怒りに我を忘れていたとはいえ、冷静に考えればやり過ぎだったとスリイは反省する。
「スリイ姉さまが反省って明日は槍が降るのかしら」
「……む。私だって反省くらいはする」
フォウの物言いに不満そうにスリイは言い返した。しかし……先ほどまで残酷な惨状を生み出したとは思えないほどの明るいやり取りだ。
全身真っ赤で血塗れ状態のフォウは言わずもがな、木場の返り血を浴びたスリイもそれなりに血がこびりつている。完全に殺人犯のような姿だ。
「ねえフォウ、あの紅髪は学園に居るのよね?」
「紅髪ってあの? 兄様の先輩になるんだしそうじゃないの?」
「そう……ふふ……フフフフフフフフフッ!!」
「兄様の迷惑になるから妙なことはしちゃだめよスリイ姉さま」
「……しないわ」
「私の目を見て言ってよ……」
そっぽを向いたスリイにフォウは肩を竦めた。
「私がしっかりしないと。ワン姉さまと私くらいだわまともなのは」
うんうんと頷くフォウにスリイは何とも言えない目を向けた。先ほどの光景を見てしまったら誰もフォウをまともだとは思わないだろう。どんなに卑劣であり残酷なことをしたとしても、何かのためという大義名分があれば己の所業を正当化するフォウだ……何を言っても無駄だと姉妹全員が認識している。フォウ自身もそんな自分に気づいてはいるが、そう簡単に元からの在り方を変えることはできない。そんな風に考える自分、他者への劣等感もあって感じる嫌悪は大きかった。しかし、劣等感があってもフォウはフォウで、フォウにしかない魅力があると六花が教えてくれた。そのこともあって、フォウの自分に対する見方は若干変化している。
「ほら、スリイ姉さま帰るよ」
「分かった」
「それでスリイは疲れてるのか」
「うん」
夜、外に出かけていたスリイとフォウが帰ってきた。帰って来て早々風呂に向かった二人だったが、長風呂するフォウと違いスリイはすぐに上がった。リビングに現れたスリイはそのまま背中から俺に抱き着きずっとこのままだ。
聞いた話だとはぐれ悪魔と呼ばれる存在が居て、それとひと悶着ありその後も取るに足らないが更に騒ぎがあったと、それでお疲れのご様子らしい。
『兄さんは聞かない方がいいかも。ちょっと……ね』
厄介ごとの匂いを感じたのでその言葉をありがたく受け取らせてもらった。
さて、スリイとフォウのことは一先ず置いておいて。今は珍しくゼロの姿もリビングにあった。フォウを除く姉妹全員が今この場に居るわけだが、俺たちは全員向かい合って座っている。
「さて、次は私の番だ」
ゼロが手に持ったサイコロを投げた。
そう、どうしてこうなったのかは分からないが、ファイブが持ち出して来たボードゲームで遊んでいた。ゼロは最初そんなガキ臭い遊びが出来るかと言っていたものの今はもうご覧の通りだ。
「6だな……お、喜べ六花。私と結婚だ」
『っ!?』
「おぉ、ってなると資産が共有になるのか?」
「そういうことだ。夫婦になるんだから」
……おかしいな、笑顔のゼロとは別に空気が冷たいんだが。
「兄様とゼロが結婚? は?」
「兄ちゃんと結婚するのは私のはずなのに……」
「寝取るマスとかはないのでしょうか」
物騒な空気を醸し出しつつゲームは進行していく。ゼロは器用に離婚マスを回避していき資金を増やし、他の妹たちも春は訪れないが桁外れの資金を量産していく。
「お、三人目の子供だ」
「……そうだね」
資金の多さを競うはずなのにいつの間にか金では買えない幸せ自慢になっていく。瞳孔が開いたかのようにゼロを凝視するワンは怖いし、結婚できないって泣きそうになっているトウとファイブを慰めないといけないし……あれ、ボードゲームってこんなに気を遣うゲームだっけ。
「ほれ……5」
俺の振って出た目は5、トントンと駒を動かして付いた先の文字は……離婚。
「……あ」
「っ!!!!!」
「やったあああああ!!」
「流石お兄様ですわ!!」
離婚して流石って言われるこの気持ちは何なんだろう。呆然とするゼロに申し訳ない気持ちになりながらも夫婦関係は解消された。そして、ワンの振った目によって俺とワンが結婚することに。
「兄様、末永くよろしくお願いします!」
「おう……じゃあ振るぞ」
振った目は3、進んだ先はイベントの発生だった――意見の相違により離婚。
「……………」
「短い結婚生活だったな。まあこういうこともあるさ」
「ワン姉ちゃん元気出して!」
「お兄様の番に回っての離婚、きっと一方通行の愛だったんですね」
ファイブ、もう変なこと言わないでくれ……ワンが泣いちゃってるから。気を取り直してサイコロを振ると、今度は俺とファイブが結婚することに。
「これが本来の世界線です」
ファイブがサイコロを振る――離婚。
「そうだな。これが本来の世界線だな」
「流石だねファイブちゃん。すぐにフラグ回収するんだもん」
「なんでですかあああああああ!!」
結局その後、トウと結婚することになり資金は潤沢に子供は五人産んでゲームは終了した。トウが腕を組んで笑顔になっているところに、風呂から帰ってきたフォウがリビングの惨状を目の当たりにして一言呟いた。
「一体何があったの?」
そのフォウの問いかけに唇を尖らせたファイブが答えるのだった。
「とんだクソゲーですわ」
「何が!?」
結局、何とも言えない空気の中ボードゲームは終了した。
その後、俺の部屋にはスリイが居た。スリイが持っていたのは前に俺が当てた犬のストラップだ。焼け焦げて見る影もないけど、あれからずっと持っていてくれたことに嬉しさが募る。
「ごめん兄さん。ダメにしちゃった」
「謝る必要はないよ。また今度代わりの買いに行こうか」
「うん」
なるほど、ずっと帰って来てから浮かない顔をしていたのはこれが理由だったのか。俺の言葉を聞いて安心したのかスリイはベッドに座る俺の横に腰を下ろした。そして持ってきていたパソコンを開いてゲームを起動する。
「ここでやるの?」
「ダメ?」
「いいよ別に。……にしてもなんか暗いゲームだな」
スリイが操作しながらゲームが進行していくが、ストーリーがやけに重たい。スリイは表情を変えることなく黙々と手を動かす。
「ねえ兄さん……この主人公はどんな気持ちなんだろう」
ドラゴンに跨り、魔獣と化した妹と戦うステージだ。さっきの魔獣になった妹の顔は中々心に来るものがあったけど、いくらゲームとは言え自分のことのように考えたくはないな。
「きっと辛いんじゃないか?」
「……だろうね。でも殺さなくちゃいけない」
戦いが終わり、妹の亡骸を抱く兄の姿……めっちゃ救いのないエンディングじゃん。
「奇跡を信じた先にあったのが更なる絶望、中々考えさせられるゲーム」
「……俺はもっと明るいゲームがいいな」
「じゃあ兄さん一緒にこれやろ?」
「なにこれ」
「壺に入ったおっさんを操作して上層を目指すゲーム」
「……面白いの?」
「分からない。物は試しってことで」
「へぇ」
この後物凄くイライラした。
別にDD側のキャラたちは嫌いではなく寧ろ好きです。
嫌いなのは名前は忘れてしまったんですがシスターばっか集めてグへへしてるやつくらいです。