エフイーターが龍門裏社会のファイトクラブに潜入捜査する話   作:オリスケ

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第2話

 

 

 

 

 まあ、いずれバレるだろうなとは思っていた。

 

 

 つい熱が籠もって勝ちすぎちゃって、人気を集めて、ついでに裏チャンネルとはいえテレビ放送までされているのだから、補足されない方がおかしいのだ。

 だからエフイーターは、顔を真っ赤にしたアーミヤの「もっとオペレーターとしての自覚を持ってください!」というお叱りは、元より覚悟の上だった。

 隣にいたケルシーがボソッと呟いた「知能指数の低下が見られるな、集中治療するか?」という脅しには流石に肝を冷やしたが……それもまあ、覚悟の上と言える。

 ロドスをクビになると言えば流石に泣いて謝る所だったが、数ヶ月の謹慎や給料ナシ程度なら、エフイーターは全然へっちゃらな気持ちだった。

 だからこそ、まさかこれが任務に繋がるなんて、本当に目が点になるほど驚きだった。

 

 

「いやぁ、何でもチャレンジはしておくもんだねー。まさかアタシが潜入捜査官になるなんてっ」

 

 

 司令室を出たエフイーターは、腕を組んで呑気にそんな事を呟く。

 身勝手な行動をひとしきり怒られた後で、エフイーターはクラブ・サボンへの潜入任務を告げられた。クラブ内部に入り込んでいるらしいレユニオンの薬剤師、ディープ・ドープを掴まえて、その思惑を暴けというのだ。 

 つまりは、クラブの拳闘士としてもっともっと活躍し、人気スターになれと、ロドス直々に命令が下った事になる。

 

 

「気まぐれで始めたアルバイトが人助けに繋がった。これはズバリ、アタシの日頃の行いが良い証拠と言える!」

「よく言うよ。ケルシーに聞かれたら、本当に集中治療室に連れていかれるぞ」

 

 

 ゴキゲンに両手を挙げて喜んだエフイーターの背中にかけられる冷やかしの声。

 いつの間にか後ろに立っていたドクターが、飄々と肩を竦めてエフイーターに言った。

 

 

「今度はまた大きくやらかしたな。オペレーターとしての戦いじゃ不満だったか? だったら、今度から仕事を優先的に回してしまうが」

「うひ、それは勘弁してよドクター。アタシはこれから、ファイトクラブでますます活躍しなきゃいけないんだから!」

 

 

 言って、その場で功夫の構えをして、映画俳優のようにホァっとかけ声を出してみせる。苦笑したドクターが、彼女の隣に並び立った。

 

 

「本物の実力があってこその映画スターって、前々から言ってたもんな。地下闘技場でも、流石の大人気だ」

「お、その口ぶりだと、ドクターはあんまり怒ってない感じ?」

 

 

 そう聞くと、ドクターがバイザーの下で苦笑を溢した。内緒だぞ? と前置きしてから言う。

 

 

「本当はアーミヤの隣で非難するべき立場なんだが。あんなに活き活きとした姿を見せられると、怒るに怒れない。君はいつも楽しそうだが、リングの上に立つ君はそれ以上だった」

「そりゃもう、アタシは身体を動かす事も、強い奴と戦う事も大好きだからね。あのクラブはやばいよ、血の気に餓えた腕自慢がテラのあちこちから集まってくるんだ。ロドスのオペレーターに負けないくらい鍛えてる奴も、見たことない拳法を使うやつもワラワラいるんだよ。まアタシには負けるけどね」

 

 

 褒められたものではないと自覚していても、そう語るエフイーターの語気には本気の興奮が宿る。

 身を乗り出すほど熱中し、瞳を輝かせる彼女。その理由は、彼女が戦闘ジャンキーだからだけではない。

 

 

「それに、何と言ったってテレビだよテレビ! 何台ものカメラが、アタシの戦いの一部始終を捉えてる。映像が炎国中に流れて、沢山の人が画面に映るアタシに熱中するんだ。そう考えると、最高にハイって気分になる!」

 

 

 エフイーターは、元々は映画女優だった。アクションもできる美人俳優としてデビューし、演技を評価されてたちまちメインキャストを貰えるようになった。

 幼少から鍛え抜いた功夫は、アクション映画で華々しい撮れ高を発揮し、人気は爆発した。『人気カンフー女優』として映画雑誌の表紙を飾った事もある。

 そのまま映画業界に居れば、彼女はすぐに頭角を現し、大人気女優になった事だろう。テレビでカッコイイアクションを疲労し、化粧品やファッションブランドのオファーを受け、龍門で彼女の顔を見ない日はなくなった筈だ。その運命を、テラに不幸と絶望をばら蒔く鉱石病が許さなかった。

 鉱石病に感染したエフイーターは映画業界を追われ、職を失ってロドスに来た。依頼彼女は、ロドスの行動部隊の一員として、鍛えた功夫の腕で活躍している。

 ロドスに入社して既に三年以上。階級はオペレーターの中でも最上級のエリートだ。作戦記録には彼女の大立ち回りの記録が幾つも残っている。記憶喪失のためそれらを情報としてしか確認できない事が、ドクターにとっては残念でならなかった。

 

 

「エフイーターはいつからクラブ・サボンに? あんな場所があることを元々知ってたのか?」

「二ヶ月前くらいかなぁ。龍門市内の暴動鎮圧任務の時にスカウトされちゃったんだ。炎国生まれだから名前は知ってたけど、それまでは番組を見たこともなかったよ」

「スカウトって、お前な……怪しい人には付いていくなって習ったろ」

「炎国には『路傍の石拾いは万金の元』っていう、まあ何でもいいからとりあえずやってみなよって教えもあるんだよ? アタシはこっちの言葉の方が好きー」

 

 

 のらりくらりと詰問をかわし、反省する様子のないエフイーター。ひらりと身を翻すと、ドクターに向けてファイティングポーズを取ってみせる。

 

 

「もう次の試合の日程も決まってるからね! これから早速調整に入らないとだ」

「楽しむのは結構だが、クラブ・サボンは何でもアリのデスマッチだ。くれぐれも気を付けるんだぞ」

「大丈夫大丈夫。っていうかそれを言うなら普段の仕事の方が常に命懸けだし、敵も何でもアリだぞ」

「……確かに、それを言われるとぐぅの音も出ない」

「ひひ、余計な心配だよドクター。アタシを誰だと思ってるのさ、ロドスいちの功夫の使い手、ムービースターのエフイーター様だぞ。カメラが回っている前で格好悪い所なんて絶対に見せないよ!」

 

 

 エフイーター等格闘家に言わせれば、ルールや方に囚われない闘いにこそ見出せる武の本質と魅力があるのだという。クラブ・サボンは、そんなルールと安全管理で縛られたおりこうさんな格闘技では満足できなくなった馬鹿な力自慢が集まっているのだ。

 エフイーターにとってそれは、血湧き肉躍るこれ以上なく最高の舞台だと言えた。リングに立ち拳を交わらせる。それを沢山の人に見てもらえる。考えるだけで胸がどきどきして、待ち遠しくてたまらなくなる。

 そんな内心を隠しもしないエフイーターに、ドクターが言った。

 

 

「案外、君の天職なのかもしれないな」

「……天職ぅ?」

「思う存分戦えて、人気者になれて、テレビにも出てる……そう考えると、クラブ・サボンには君が好きだったものが全部揃っているじゃないか?」

 

 

 あくまで世間話のような感覚でそう言うドクター。

 しかし、言われたエフイーターの眉間には、きゅっと皺が寄った。

 

 

「それ本気で言ってる? 人が人を殴り殺す事もあるファイトクラブだよ?」

「もちろん、君の性分が一方的な暴力を許すなんて思わない。現に君はあのクラブで一人だって殺していない……だがクラブ・サボンは『殺せ』とは言わないんだろう? なら自制できる。正義のファイターにだってなれるかもな」

「なんか思わせぶりな物言いだね。何か言いたいことがあるの?」

 

 

 エフイーターが問うと、世間話のつもりのドクターは肩を竦めて応じる。

 

 

「ロドスは感染者が良い生活を送れる事に力を惜しまない。だからもしオペレーターがロドスとは別のもっといい居場所を見つけたならば、ロドスは社訓として、その人の退職届けを受け取らなければいけない」

「……」

「案外、君がそのままドップリのめり込んでしまうんじゃないかと心配になってな。潜入任務なんだから手加減しろとも言えないし」

 

 

 しかしエフイーターは、鉱石病に感染する前は『人気カンフー女優』として名を馳せていた。戦い、注目を集める事は、エフイーターの夢そのものだった。

 そう考えれば、クラブ・サボンの拳闘士は彼女の天職と言ってもいいだろう。戦いについて話すエフイーターの楽しげな様子がそれを物語っている。ひとたび憧れてしまえば、法を侵している非道のクラブであることなどは止める理由にもならない。

 そんな事を思うドクターの腕に、ぽすっとエフイーターの拳が当てられた。

 振り返ると、むっつりと不機嫌になったエフイーターの顔が近くにある。

 

 

「オイ。普段のアンタはおちゃらけてつまんないジョークを吐くけどさ。今の冗談はさすがに笑えないぞ」

 

 

 ドスを聞かせた暗い声で咎める。彼女の目つきは鋭く、しかし眉尻は寂しげに下がっている。

 

 

「まるで『居たくなければ出て行っていい』みたいに聞こえるじゃんか……他の奴ならともかく、ドクターにそんな風に言われるのはけっこーショックだぞ」

 

 

 腕に当てた拳をぐりぐり押し込みながら、エフイーターが言う。ぷぅと頬を膨らませてむくれる様子は、実年齢よりもずっと幼く、彼女の性根の子供っぽい所を見せてくれているような気がした。

 機嫌を損ねてしまった事を痛感し、ドクターはエフイーターの肩に手を置き、詫びの気持ちを籠めて軽く叩いた。

 

 

「すまん。今のは俺の物言いが悪かった」

「要約すると、アタシが出て行っちゃうと寂しいから、あんまりのめり込み過ぎるなよっていう忠告と捉えてオーケー?」

「ああ、まさにそれが言いたかった」

「じゃあそういう風に覚えておくぞ。まったく、素直に気持ちを言葉にしてくれれば、もっとかわいげがあるのにさ」

「ううん、俺なりに指揮者としての威厳を持とうと頑張ってるんだが」

「その努力が回りくどい辛辣な言い回しの事を指しているなら、今すぐやめるべきだね。心配ないって、お前は普段通りにやってる方がいい。みんな今のドクターが好きだし、みんなが求めるドクターらしさは、身体と魂が覚えているはずさ」

 

 

 すぐに元通りの軽い口調に戻ったエフイーターは、腕に押し当てていた拳でドクターの胸を小突いた。ひらりとドクターから距離を取ると、打って変わった軽やかな足取りでロドスの廊下を歩く。

 その言葉と仕草を受けて、ドクターが前から感じていた予感を口にした。

 

 

「なあエフイーター。前々から気になっていたんだが、ひょっとして君は、記憶を失う前の俺と面識があるんじゃないのか?」

 

 

 軽やかな靴音を鳴らしていたスニーカーがぴたりと止まり、振り返った彼女の目がドクターの視線と交じる。

 

 

「んー? まあ、そりゃロドスにいる時間はそれなりに長いしね? エリートオペレーターなら、大なり小なり昔のドクターを知ってると思うよ」

「それは知ってるよ。だが昔の俺は、人に聞くと怖いと言われる事が多くてな。執務室に籠もって異様な精度の作戦遂行を為す、王か悪魔かみたいな存在だったらしい」

 

 

 ただの鉱石病の研究者のはずの『ドクター』がロドス最高幹部の一角を為す理由。彼が指揮した戦闘に勝利以外の文字はなく、彼はまるで戦場を碁盤のように俯瞰しているかの如き性格さで、その指揮は、ボードで勝利を為すために人員という名の駒を配置するようだったという。

 自分にそんな超越者めいた能力があったなんて考えにくいが、それはともかく。真偽のほどはどうあれ、それが昔の自分を知るオペレーターの認識だ。エフイーターの態度は、そんなかつての自分のイメージとは相違があるように感じられる。

 

 

「今のロドスの情勢を鑑みても、俺は早く自分の記憶を取り戻したい。何がきっかけになるか分からないし、得られる情報は得ておきたいんだ」

「別に普通だよー。ロドスの指揮官とそのオペレーター。それ以外の関係なんてナイナイ」

 

 

 笑って手を振るエフイーター。その様子は明らかにはぐらかそうとしていた。ドクターは更に食い下がる。

 

 

「それなら、何で過去の話になると曖昧にはぐらかすんだ。何かあると白状しているようなものだぞ」

「なあドクター。その過去が曖昧にはぐらかしておきたいものかもしれないとは、思わないわけ?」

 

 

 問い返され、ドクターは返答に窮する。

 エフイーターとの間にあった、曖昧にしておきたい事。掘り返すとマズい事。それらから想記されるイメージが、ドクターの脳裏に走馬燈の如く駆け巡る。

 一気にフリーズした彼を見て、エフイーターが楽しげに唇の端を吊り上げた。

 

 

「おやおやぁ? バイザー越しでも分かるくらい顔が赤いぞぉ? ドクターったら、一体どんな想像してるのかなぁ?」

「……もしかして、俺は君と……?」

 

 

 火照った顔を自覚しつつ、恐る恐る聞く。

 前屈みになってバイザーの中の顔を伺っていたエフイーターが、ぱちくりと目を丸くした後、耐えかねたように吹き出した。

 

 

「っぷ、あっははは! 何考えてるのさ、ドクターのエッチ」

「む、ぐぅ……」

「まあ、さすがにそういう関係じゃあなかったけれど。これでドクターも、人の過去にズカズカ踏み込む危なさは分かったかな?」

 

 

 照れと困惑で震えるドクターの背中をバシバシ叩いてひとしきり茶化した後で、エフイーターが言う。

 

 

「実際、そんなに大した話じゃないさ。ドクターに教えないのは、単なるアタシのこだわり。教えるほどの事じゃないし、せっかくだから自分で思い出して、辿り着いて欲しいってわけ。そしてその記憶は、今から始まる任務には全くもって関係ない」

「……確かに君の言う通りだ。今大事なのは、君が無事に任務を終えることだな」

 

 

 歩いているうちにトレーニングルームに辿り着いた。エフイーターが気合いを表現するようにぐるぐると腕を回す。

 

 

「アタシは早速トレーニングに入るけど。ドクターはどうする、せっかくだから見ていく?」

「そうしたいのは山々だが、仕事が山積みだ――だが、試合はテレビでチェックしておくよ」

「そうしてくれると嬉しいよ。身内に見てくれるなら、アタシの功夫もますます冴え渡るってもんだ!」

 

 

 任務はクラブ・サボンに潜むレユニオンの幹部、ディープ・ドープの確保と、彼の企みの阻止。人を探すにせよ情報を集めるにせよ、クラブ内部を探索するために、拳闘志として人気を集めるのは最短の攻略法だ。

 

 

「クラブ・サボンは『豪毅のベゼスタ』が一元管理しているらしい。レユニオンの思惑にクラブ本体が関わっているなら、必ずベゼスタまで話が通っているはずだ。叶うなら彼との接触を目指してくれ」

「ベゼスタって、総資産何兆って財閥のトップなんでしょ? 時給換算ン千万って人が、わざわざ地下格闘技場に時間を割くなんて思えないけどね」

 

 

 既に重要人物の顔と名前は頭に叩き込んでいる。スパイ任務なんて始めてだが、段取りと要領は、ケルシーとドクターの主導で専用の作戦資料を作ってもらっている。やるべき事は明白だ。

 

 

「当然だが、くれぐれもバレないようにな。何でもアリの非合法ファイトクラブでスパイだと発覚すれば、何が行われるか分かったものじゃない」

「少しはエリートオペレーター様を信用しろってのー。ボロなんて出さないよ、その自信があるから秘密に入会してた訳だし」

「分かっているよ。俺なりの心配と受け取ってくれ」

「お? 嬉しいこと言うねー。よーし、ドクターの応援も貰ったし、いっちょ張り切ってやっちゃうかー!」

「それじゃあな。応援しているぞ、エフイーター。ひとりのファンとして、君の活躍を楽しみにしている」

 

 

 そんな挨拶を交わして、ドクターと別れる。

 トレーニングルームに入ったエフイーターは、訓練用のラフな格好に着替えて日課のメニューをこなしていく。

 潜入任務だスパイだとか細かい事は考えなくていい。とにかく戦って、勝って、人気者になればいいのだ。自分にとってそんなのは、目玉焼きを焼くみたいに慣れ親しんだ簡単な事だ。

 バレたら大変な事になる。たぶん生きては帰って来れないだろう。だがしかし、そんなのは日頃の任務でも日常茶飯事だ。

 孤立無援? 救援の見込みはない? 大丈夫、それも心配いらない。

 だってドクターから直々に「ファンとして応援している」なんて言われたんだから。心はウキウキして、無限に力が湧いてくる。

 

 

 大丈夫。アタシは最強無敵のエフイーター様だ。きっと、何だかんだ良いようになって、適当にいい方向に転がっていくはずだ。

 だいたい、何でも上手くいく。

 そんな風に弾むような前向きの思考を沸き立たせて、エフイーターは数日後に控える、死すら有り得る戦いの舞台への調整を進めるのだった。

 

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