エフイーターが龍門裏社会のファイトクラブに潜入捜査する話   作:オリスケ

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第3話

 

 

「なんとなんとなんと! 君が噂のパンダくんだね!? 会えて光栄だよ!」

 

 

 さすがに、上手くいきすぎだと思う。

 握られた腕をブンブンと振られながら、エフイーターは内心でそう冷や汗を垂らした。

 目の前に立ち彼女の手を握るのは、身の丈二.五メートルはあろうかという大男だった。広い肩から太い胴、長い足にかけてまで隙無く鍛えられており、間近に立たれると筋肉の壁のようにしか見えない。そんなボディビルダーもかくやという精悍な肉体を、見るからに高級そうな紺色のオーダーメイドスーツに通している。

 パワフルなくせにフォーマルなスーツの上にあるのは、丸太みたいに太い首と、それに付いているに相応しい大きさと堀の深い男の顔。鬣のように伸びた赤髪を後ろに流している。シージと同じアスラン属だ。フェリーンに似た耳は、興奮を現してピコピコと揺れていた。

 男は見上げるほど高い長身をぐっと屈めて、屈強な強面に映画スターに出会った子供のようなキラキラと輝く表情を浮かべて、エフイーターに感激の握手を送っている。

 

 

「君が来て依頼、私は君のバトルにもう夢中だよ! いや私だけじゃない。美しくパワフルな君に、今や龍門中が虜だ! 数万人が是非握りたいと思っている君の手をこうして取れるなんて夢のようだよ!」

「あー、いやぁ……ははは」

 

 

 何を隠そう、この身体が震えるほどの大声を弾ませながらエフイーターと握手するこの男こそが、龍門五指に入る大金持ちにしてクラブ・サボンの総支配人『豪毅のベゼスタ』その人だ。試合三〇分前、そろそろ入場の準備をと思ったエフイーターの前に、いきなり彼が現れた。

 あのウェイ長官でさえ一月近い調整を経てやっと面会にこじつけられるようなトップの中のトップが、なぜか今エフイーターの手を握っている。

 

 

「えと……なんて呼べばいいのかな。社長? それとも会長?」

「はは、こんな目立つ体格で身分を隠す意味なんてないさ! ベゼスタで構わないよパンダくん! 親しい人はベイズとも呼ぶ、君もそう呼んで貰ってくれて構わない、いや是非呼んで欲しいものだ!」

「いやいやさすがに畏れ多すぎだって! まさかアタシなんかがベゼスタさんとお会いできるなんて、アタシも感激です!」

 

 

 驚きを抑えて、エフイーターが晴れやかに笑ってベゼスタの手を取り直す。カメラの前で演技を続けてきただけあって、このあたりの切替も慣れたものだ。

 完成度一〇〇%のエフイーターのスマイルを受けて、ベゼスタが「おぉ」と歓喜の呻き声を漏らした。

 

 

「なんてできたレディだ。いきなり押しかけてきた私にも笑顔で接してくれるとは! ファイトクラブにあるまじき礼儀正しさ、より一層美しく見える!」

「いやーそれほどでも。これから戦いなんで、今からテンション上がってるだけですよ。ベイズさんはよくこのクラブに来るんですか?」

「今日は特別さ! 何を隠そう、君の試合を見に来たんだからね!」

「アタシの?」

 

 

 聞き返すと、ベゼスタは「そうとも!」と大声で同意し、キラリと白い歯を見せて笑う。

 

 

「君が登場してから、クラブ・サボンの番組視聴率は右肩上がりだ! 観客全員が、美しく強い君の姿を切望している! これほど観客が熱狂しているのはいつぶりか分からない! 私は支配人として直々に君に感謝を伝え、そして一人のファンとして君の戦いを間近で見てみたかった!」

「え……えへへ、でっしょー? アタシの功夫は本物だからね! 喧嘩だけやってきたチンピラに負けはしないよ!」

「その啖呵もまた! 最高にイイ! 私は今、美と雄の融合の極地を君に見ている!!」

「っ……うっひぃー……」

 

 

 大柄なベゼスタの興奮した声はライオンの咆哮と表現する以外になく、間近で浴びるエフイーターの肌はビリビリと震えっぱなしだ。思わず呻き声を漏らしてしまう。

 ベゼスタの覇気に気圧されながらも、同時にエフイーターはこの事態に内心冷や汗を掻いていた。

 確かに大事になっている気配があった。回を重ねる毎に観客の熱狂は増し、向けられるカメラの台数が明らかに増えた。この前なんかエフイーター専用のコールまでできていたし、登場時にテーマソングが流れるようになっていた。人気者になっていっている自覚こそあったが、まさかここまでとは。「あまりのめり込みすぎるな」というドクターの忠告を今になって思い出す。

 しかし、それであっても総支配人が直々に感謝を告げにくるのは異様に思えた。エフイーターはそこに、ベゼスタのこだわりと、付け入る隙を見る。

 

 

「アタシも皆に見て貰えてすっごく嬉しいよ! クラブ・サボンは、ベゼスタさんが立ち上げたんですよね?」

「そうとも! 何を隠そう、クラブ・サボンは私が仲間達と闘志を高めるために作ったものなのさ! 若かりし頃は、気心の知れた仲間と朝日が登るまで殴り合ったものだ!」

「闘志を高める?」

 

 

 聞き返すと、ベゼスタの喜色が一層濃くなった。屯する人が人なので、こういう風に聞かれた事もないのだろう。彼はエフイーターの手を離すと、咳払い一つ、彼女に問う。

 

 

「パンダくん。君は優れたヒトの定義とは何だと思う?」

「えっと……優しさ、とか?」

「ああ、素敵な答えだがまっっっったく違う!」

 

 

 頭を振ったベゼスタは、その丸太のように太い腕を見せつけるように、フォーマルスーツに通した腕を眼前に翳し、岩のように固い拳を握り込んだ。

 

 

「強さだ! 遙か昔、天災もない広き大地に産まれて以来、命は常に狩る側のみが生き残る弱肉強食の世界に晒されていた! いま現在ヒトが生き残り、文明を築き繁栄ができているのも、あらゆる種族からなる生存競争を勝ち抜いてきたからに他ならない!」

「は、はぁ……」

 

 

 ベゼスタの自信たっぷりの大声に、思わずたじろいでしまう。アスラン属はフェリーンの近縁種でありながら、より好戦的で気高い種族と位置づけられている。そんなアスランの、これまで見た中でも最も大きく鍛え抜かれたベゼスタの語る『闘争』という言葉は、文字で聞く以上の迫力でエフイーターを圧倒してくる。

 

 

「時代は変わり、戦いの舞台は資本と知識に移った。より賢く、より強かで、より金を持つ者が強者になった――祖先代々、ベゼスタの望みは強者で在ることだった。人間のみで成り立つ食物連鎖のピラミッドの頂点に立ちたかった! この『強さ』に対する貪欲な姿勢こそが、ベゼスタ一族を成功者に引き上げたと自負している!」

 

 

 拳を胸に叩き付けると、まるでバスドラムのような響きがする。

 彼に関する情報の全ては頭に入れている。あらゆる業種に精力的に幅を伸ばし、僅か数十年で巨万の富を築き上げた。

 成功のためなら、文字通りにあらゆる手段を使ったらしい。合法非合法を問わずに、貪欲に邁進するその姿勢は、確かに強者たると言える。目の前のベゼスタもまたその血を濃く受け継いでいるらしい。

 

 

「しかし、やはり足りない。資本を動かし利益を得るのもまた強さであるが、本質ではない! 命を天秤に懸け骨と筋肉をぶつかり合わせる事でこそ得られる獣のような生きる強さが、現代社会には決定的に欠けているのだよ! だから私はこのクラブを作った! 皆が獣となり、己の野生を解放できる、強者による強者のための場所をね!」

 

 

 最後に大きく両手を広げて、ベゼスタはそう話を締めくくった。

 彼の脳内はさながら大観衆が見つめるステージで大演説をし、彼の理念に感銘を受けて盛大な拍手を送っている所なのだろう。その場にいるエフイーターが、彼の想像に応えて拍手を送ってやると、うんうんと感慨深げに頷いてみせる。

 

 

「さすが、成功してる人は言うことが違うね! アタシみたいな戦いしか知らないバカにとっちゃ、ここは天国みたいな場所だよ。それにテレビに出て人気者になれるなんて! アタシ、このクラブが本当に好きだ!」

 

 

 二割くらいの本気を籠めてエフイーターが言う。実際、エフイーターの対戦相手に拳でしか語れない奴は結構いるし、防具もナシの本気の戦いに人々は熱狂している。そして強さこそルールであるここは、感染者も拒絶しない。

 もしロドスがなかったら、ここで戦う日々を暮らしていたかも――そんな事をふと考えてしまう位の場所ではある。そんな内心が伝わったのだろうか。ベゼスタが強面を目一杯に明るくして笑う。

 

 

「こちらこそ、君のような素晴らしい人材が輝ける場所になれて光栄だよ! 思う存分戦い、強くなってくれたまえ!」

「ベゼスタさん。アンタさえ良かったら、今度時間を作ってもっとお話を聞かせてくれないかな? アタシまだ新参だからさ、このクラブの事とか色々教えて欲しいかも」

「なんて魅力的な提案をするんだね君は! ぜひ頼む、いや待ってくれそれならばいっそ特番にするか! 私が直々にインタビュアーになって、君について掘り下げてみるんだ。テレビで流す君のPVも撮りたい!」

「あはは。い、いいですねそれ! あんま掘り下げられると困るけど……」

 

 

 凄まじい勢いに終始気圧されっぱなしだが、エフイーターは内心ガッツポーズを作った。

 オペレーター仲間が聞いたら開いた口が塞がらないくらいの大活躍だ。まさか、こんなすぐにクラブのトップとの約束を取り付けられるなんて!

 クラブ・サボンと龍門は、非常に繊細なバランスで成り立っている。表だって取り締まる理由がないから黙認されている、という状態だ。例えば取り扱う金は足が付かない紙幣のみだし、クラブ内部での死亡は全て事故として処理されている。

 そんな場所で、テロ組織のレユニオンが自由に動ける訳がない。標的であるディープ・ドープは、必ずベゼスタが管理するどこかに隠れ潜んでいるはず。ゴールへのショートカットをゲットしたも同然だった。

 

 

(にひひ、エフイーター様大活躍じゃんか。これはパパッと仕事を終わらせて、ドクターに沢山褒めて貰えそうだな~)

 

 

 内心しめしめと思っていると、遠くでゴングの鳴る甲高い音がした。同時に、出番が近い事を示す壁のランプがチカチカと明滅する。

 視線をランプに向けていると、ドゴォ! と音がなるほどの勢いで背中を叩かれた。

 

 

「んっぎゃう!?」

「出番のようだなパンダくん! 今日は君の無敗十連勝をかけた大一番だろう、健闘を祈っているよ!」

「っだだぁ……! あ、ありがとベゼスタさん! 応援よろしくね!」

 

 

 じんじんする背中を擦りながら、エフイーターはベゼスタに手を振り、戦いの舞台に向けて足早に駆けていく。

 

 

(強面で暴力クラブの支配人っていうからめちゃ警戒してたけど……なんか、拍子抜けするくらい良い人だったな)

 

 

 任務が順調に進んでいる事で安心し、自分でも無意識に足取り軽やかに進むエフイーター。

 タンクトップ型のユニフォームに身を包んだ背中が見えなくなるまでの間、ベゼスタの鋭い眼光がじっと見つめていた事に、彼女は終ぞ気付くことはなかった。

 

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