エフイーターが龍門裏社会のファイトクラブに潜入捜査する話 作:オリスケ
「レオネリウス・ベゼスタ! 抵抗はやめて大人しくしてください。ロドスが受けた通報から、あなたには複数の容疑がかけられています!」
ロドスのリーダー、アーミヤはそう宣言し、アーツの黒光を迸らせた指先をまっすぐベゼスタに翳して見せた。彼女が威嚇する間にロドスのオペレーター達が陣形を展開し、包囲網を盤石にしていく。
ベゼスタの顔に、明らかな動揺と憤怒の色が浮き上がった。
「通報だと……!? 外部にタレコミなんて馬鹿をした馬鹿はどこのどいつだ!」
「さあね、恨み相手には事欠かないだろ」
エフイーターの軽口に、ベゼスタが目を見開いた。思い至った彼は、より肉食獣めいた顔で彼女を睨み付ける。
「そうか、ディープ・ドープか。レユニオンにロドスの通信周波数を教えるとは、何と馬鹿なことを……!」
「敵の敵は味方。敵同士手を組んで立ち向かうっていうのは、映画じゃあ王道の激アツ展開でしょ?」
エフイーターが飄々と肩を竦めて見せ、ベゼスタが恨めしげに歯噛みする。今すぐにでも掴みかかろうかという剣幕の彼に、ロドスのオペレーター達が構えたボウガンが向けられる。
「下手な行動は慎むように。貴方には話を伺わなければいけません。特に……そこに閉じ込められている人達についてを」
アーツの矛先を向けたまま、アーミヤが目線で壁の向こう、身悶える五十人近い感染者達を捉える。拘束具がガシャガシャと鳴る音に、銃を構えていたジェシカがぴぇっと短い悲鳴を漏らした。
流石に多勢に無勢と悟ったか。ベゼスタは全身に張り詰めていた力を抜くと、静かに笑いはじめた。
「……はは、なるほど。彼について聞きたいと言うんだね?」
「ッ――アーミヤ、撃て!」
「だったら、直接触れ合って話を聞いてみるといい!」
ベゼスタの思惑に気付いたドクターが叫ぶも、遅かった。
瞬間、火花が散るような音が一斉に鳴り響き、感染者達を縛り付けていた拘束具が弾け飛んだ。
薬物で過剰狂化され、制御する理性すら無くした感染者達の狂気のアーツは、拘束から解き放たれた途端に爆発のように膨れ上がり、空間を隔てていた厚いガラス壁を粉々に砕け散らせた。甲高い音が轟き、むせ返るほど濃いアーツが噴出する。
黒い霧の向こうから、感染者達が奇声を上げ腕を振り乱しながら、ロドスが固める出口目がけ一斉に飛びだしてきた。
「総員、迎撃態勢!」
「重装・前衛オペレーターは前へ出ろ! 狙撃オペレーターは陣形後方に照準合わせ! いいか、一人も取り逃がすんじゃないぞ!」
ドクターが発破をかけ、ドーベルマンが各オペレーターに指示を出す。その言葉を言い終わらないうちに、感染者の第一陣とオペレーターとの接敵が始まっていた。
理性を失った感染者のアーツ鉱石で産み出された鉤爪は、重装兵の盾を木材同然のように削り取る。押し返して吹き飛ばしても瞬く間に起き上がり、猛然とした体当たりで突貫をかけてくる。
その後方からは、感染者によって産み出された遠距離系アーツが降り注ぐ。狂気によって強化された攻撃の勢いは凄まじく、暴風雨の如き勢いでオペレーター達を包み込む。
「術師はカバーへ回れ! 上空からのアーツを迎撃して負担を減らすんだ!」
「縦列が崩れたら瓦解するぞ。医療班、援護頼む!」
「先鋒隊はニアールと共に前進、敵術師の無力化を図れ!」
ものの一分足らずで、闘技場は苛烈な戦場へと変貌した。感染者達のアーツ攻撃による爆発があちこちで起こり、アーツ鉱と鋼鉄がぶつかる快音が霰のように降り注ぐ。
その猛威をかき分けて、司令塔である二人がエフイーターの元に辿り着いた。
「無事か、エフイーター!」
「間に合ってよかったです。通報は素晴らしい機転でした!」
「ドクター! アーミヤ! ――って、なんでお前らが来るんだよ、指揮者が前線に出てきてどうするんだ!?」
「全員取り込み中なんだよ、見りゃ分かるだろ。脱出するぞ、立てるか?」
「アタシは平気だ。それより奴の確保を!」
差し出されたドクターの手を断り、エフイーターが睨み付ける。
視線の先ではベゼスタが逃亡を始めていた。非常口だろう、闘技場の壁に空いた穴に向けて一目散に逃亡している。
その鬣のような頭髪の数センチ隣を、アーミヤのアーツが奔った。振り返ったベゼスタに向け、アーミヤがアーツの迸る指先を翳す。
「止まりなさい。あなたには、聞かなければいけない事が沢山あります」
「残念ながら、君達のような新興企業に裂く時間はないよ。面会はアポイントを取ってからにしてもらおう!」
そう言い、ベゼスタがポケットから取り出した装置を起動させた。同時にアーミヤが放出したアーツが彼の肩を撃つも、動き出した機能は止められない。
天井で大爆発が起こった。巨大な照明が落ち、ガラスの砕け金具がひしゃげる耳障りな音がする。天板が崩れ、巨大な瓦礫が次々と降り注いできた。
「さらばだエフイーターくん! いずれ起こる闘争の世界で、君に会える日を楽しみにしているよ!」
「待ちやがれ、強さを謳っておいてなんだよその逃げ足は! 逃げるなクソオヤジ!」
打って変わって脱兎のような逃亡に、エフイーターが怒りを露わに走り出す。
その背中を追って、ドクターも走り出した。警戒を強めていたアーミヤが、一歩出遅れて取り残される。
「待て、エフイーター!」
「ドクター、追ってはダメです!」
「総員、頭上警戒ーーーー!」
ドーベルマンが大声を張り上げ、次の瞬間、天井から降り注いだ巨大な瓦礫が戦場を埋め尽くした。
ベゼスタを追うエフイーターの目の前にも瓦礫が落ちてくる。ぎょっと目を見開いた彼女が下敷きになる間一髪の所で、ドクターが背中を掴んで引き寄せる。
崩落は三十秒ほどで終わった。もうもうと舞い散る砂埃の中、エフイーターはばくばくと跳ねる心臓を抑え、肩に手を置いたドクターを見上げる。
「あ、ありがと、ドクター」
「……礼を言うのは、無事にコトが済んでからだ」
ドクターが静かに言う。
二人の周囲は瓦礫で三六〇度囲まれていた。人が通れるような隙間さえない。
崩落した瓦礫の壁はコンクリートの破片や鉄骨が剥き出しになっており、到底登れるものではなかった。登れるとすればそれは――恐れを知らない狂人だけ。
呻き声を上げながら、瓦礫を登って感染者が姿を現した。彼等はあちこち角ばった斜面を転がり落ちると、折れた骨や出血を意にも介さずに立ち上がってくる。
餓えた獣のような眼光を向けられて、エフイーターがドクターの前に立った。
痛む首をゴキゴキと鳴らし、砕けて血の滲む拳をぎゅっと握り込む。
「……アタシの後ろから出るなよ。何があってもお前は守る」
「無茶だ」
ドクターが言い、思わずエフイーターが苦笑する。
無茶だ? そんなの言われるまでもなく分かってる。分かっているからこそ『何があっても』と言ったんだ。
ドクターはロドスの希望だ。何があっても――例え刺し違えてでも、守り抜く価値がある。
そうやって、命を捨てるまで考慮したのに。
ドクターは、あろうことかスタスタと彼女の前に歩み出て、感染者の前に棒立ちになった。
「な……に、してんだ馬鹿!?」
「一人では無茶だと、俺はそう言ったんだ」
バイザーの下で頬を緩め、ドクターが笑う。
エフイーターが驚愕から立ち直る時間を、薬物漬けにされて狂気に落ちた感染者は待ってはくれない。張り裂けるような絶叫を上げて、感染者が襲いかかる。アーツによって産み出された大柄のナイフほどの鉱石を手首から生やし、振りかぶる。
猛獣の牙のような残忍な魔手が、ドクターの頭骨を打ち砕く。
その運命を否定するかのように、ドクターの姿が搔き消えた。
消えたように見えたのは、その動きが余りに早すぎ、彼から繰り出される動きとは到底思えなかったから。
ドクターは腰を落としてサルカズの刃をかわすと、流れるような動きで腕を掴み取り、カウンターの打撃を見舞ったのだ。顔面に繰り出された拳は、感染者の全力疾走をそのまま威力に上乗せし、感染者の顎を痛烈に打ち抜き、弾き飛ばす。
「な……」
感染者でさえたじろぐ、ドクターの鮮やかな身体捌き。
それに最も驚いたのは、後方でその一部始終を目撃したエフイーターだった。驚愕に目をまん丸に見開き、口を大きく開けっぴろげて絶句する。
信じられない。しかしそれは、ドクターが見せた動きそのものに、ではない。
なぜなら、今まさに彼が見せつけたその技は、その型、動きは。
飽きるほど繰り返し練習し、自分の身体に刻み込まれたものと同じものだから。
「……思い出したよ。いや、違うな。光景や経験が蘇った訳じゃない。この場合は、身体が覚えていたと言うべきか」
油断なく構えを維持しながら、ドクターが言う。
かつての全ての記憶を失った筈の男が、エフイーターを見て、その驚きに丸くなった瞳をまっすぐ見つめて、微笑む。
「どうして教えてくれなかったんだ? 君と俺は、共に戦う以上の関係じゃないか」
「……」
「俺は、君に戦い方を教わったんだ」
次いで襲いかかってきた感染者の腕を掴み、力の流れを用いた合気道で投げ飛ばす。感染者は自分が何をされているのかも分からないまま宙を飛び、瓦礫の壁に激突する。
その動きは不器用ではある。重心は危うく、身体の芯もぶれがちだ。
だが、まるで身体に染み着いたマニュアルをなぞるような生真面目な型は、エフイーターが知る……二人だけが知っている内緒の訓練の光景の、再上映のようで。
「……ははっ」
思わず、笑みが漏れる。
エフイーターは思い切り跳躍すると、ドクターの脇から飛びかかってきた感染者に蹴りを突き刺して吹き飛ばした。感染者を瓦礫の崩落に巻き込ませながら、彼の隣に軽やかに降り立つ。
「思い出しただってぇ? なんだよなんだよ、この土壇場で嬉しいサプライズしてくれるじゃんか! ピンチで能力が覚醒なんて映画みたいじゃんか!」
「少しやりすぎか? 君が主役の映画なら、守られるヒロイン役に徹した方がよかったかな」
「いんや? 今はワトソンもボンドガールも戦って暴れる時代さ!」
ぐしっと鼻を擦った彼女もまた、ドクターと瓜二つな構えを取り、背中合わせに。二人揃って掌を突き出し、指をちょいちょいと曲げて挑発する。
二人目がけて、感染者達が一斉に躍りかかる。腕を振り乱し襲いかかる狂人達を、拳で打ち、蹴りで払い、合気で受け流す。
「ははっ、ジャッキー主演のラッシュアワーみたいだ! 賑やかでクライマックスっぽくて楽しいな、ドクター!」
「そ、そうか! 楽しむ余裕があるなら手伝ってくれるかぁぁぁ危ねえ!」
「分かってるって――ばっ!」
ドクターがしゃがみ、その頭上を掠めるように正面蹴り。感染者の胸を強打し吹き飛ばす。
エフイーターの顔には少年のような笑みが輝き、楽しげな汗を迸らせている。
笑いが止まらない。功夫は呼吸が大事だというのに、それも危うくなってしまうくらい、楽しくってしょうがない。
冗談めかして、ドクターと共演する企画を立てたりした。ただ夢見るだけで、きっとすっごく楽しいだろうと心躍ったものだ。
それがどうだ。こうして背中合わせに敵に立ち向かう昂揚は、自分の想像を遙かに超えて最高だ。
心の底から、気持ちが漲る。何でもできる気さえする……まあもちろんそれは、完全に気のせいな訳なのだが。
「オイドクター、腕が下がってるぞ! もっと気張れ、まだまだ敵がいるんだぞ!」
「ぜぇ、ぜぇ……デスクワークばかりの男に無茶言うな! だいたい俺が君に教わったのは簡単な護身術だろう、記憶喪失前の俺だってこんな戦いは想定してない筈だ!」
「それはまあそうだけど。護身術程度なのが分かってたら、何で意気揚々と飛びだしてきたのさ」
「何でって――君の前で格好付けたかったからに決まってるだろ、そのぐらい察してくれ!」
「なっ!? ……お、おま、おままおおお前なあ!? ホントにズルだぞお前のそういうところっ!」
ぼしゅっと顔を赤く染めながら、エフイーターが鮮やかな回し蹴りで、とびかかってきた二体をまとめて吹き飛ばす。
功夫の腕こそ確かなものだったが、さすがに今回は相手が悪い。片や負傷し、片やブランクのあるほぼ素人。更に相手たる感染者はどれだけ打撃を加えようとも立ち上がり、その戦意は全く落ちる事がない。
四体の感染者が狂気の双眸で二人を睨め付け、同時に凶刃を向けた。
「っこれは、さすがに……!」
「下がれドクター! お前は、アタシが守る!」
咄嗟にエフイーターがドクターを庇い、矢面に立つ。
ぎゅっと目を瞑って、強靭に抉られる痛みを覚悟した、その瞬間。
「秘技・反重力!」
エフイーターと感染者の間に割り込む。凜とした声。
エフイーターの周囲から重力が切り払われた。小さな小石が浮き上がり、感染者達の足が地面を失い宙を漕ぐ。困惑し空中でばたつく感染者に、藍色のアーツが激突し、弾き飛ばす。
見上げた先にいたのは、燦然と輝く杖の上に立ち、ツインテールにした豊かな茶髪をたなびかせる可憐な少女。
「アンジェリーナ!」
「お待たせエフイーター! ご所望の品の配達だよ!」
「サンキュー! っはは、ほんっとに出来過ぎなくらい最高のタイミングだ!」
重力を操るアーツ使いのトランスポーター、アンジェリーナは、重さを軽減させて杖の後ろに括り付けていたものをエフイーターに向けて放り投げた。
身の丈ほどもありそうな巨大な影が二つ。その正体は鋼鉄でできた巨大な拳。エフイーターのために誂えられた特注の戦闘具だ。
エフイーターは飛び上がり、鉄甲を装着。腕の動きと連動された拳が締まり、ガシャン、と心地いい音を奏でる。その音が、エフイーターに高揚と笑顔をもたらす。
エフイーターは空中で腕をぐりんと回すと、振りかぶった巨大な鉄拳で、反重力に狼狽える感染者を薙ぎ払った。
「イーーーーーーヤァ!」
ガウンッ! と空気の抉れる音。トラックと正面衝突するような衝撃を受けて、感染者が瓦礫の壁に埋没し、巨大なクレーターを作る。
「うんうん、やっぱりロドスのエフイーター様は、この鉄甲あってこそだ!」
エフイーターは、両手を胸の前で合わせる。腕に接続された鉄鋼も連動して、がっしゃああんと浪漫あふれる快音を響かせる。
「もう心配いらないぞ、ドクター! 鉄甲を付けたアタシは無敵だ。このウダウダ長ったらしかったスパイ映画も、ど派手なアクションで幕引きの時間さ!」
唸りを上げる感染者の群れを前にして、彼女は豪快に、爽快に、カメラの有る無しなど何も関係ない、最高に眩しい笑顔を向けた。
「さあ、どこからでもかかってこい! ここからは、エンドロールまでノンストップのヒーロータイムだ!」
燦然とした笑顔と共に、エフイーターが駆る正義の鉄槌が、感染者達を弾き飛ばす。
最後の一人が鎮圧されるまでの間、誰よりも深く傷を追いながら、誰より楽しげに暴れ続けた彼女の勇姿は、誰もカメラを持っていなかった事が悔やまれる程に格好良く、誰の目に見ても明らかな程に、ヒーローだった。