アイドルマスターの世界には、当然のことながら芸能事務所が多数存在する。
その中でも、765プロと961プロの不仲は有名な話だ。
側から見れば不思議な話だ。
コネクションも資金力も何もかも、961プロの方が圧倒的に上なのに、ちょっかいをかけているのはいつも961プロなのだから。
そんな不思議は両プロダクションの社長同士の因縁を考えると不思議ではなくなるのだが、そこにはもう一つ不思議なことがあった。

これは、そんな不思議に迫る物語。

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黒井「765プロの倒し方」

 俺は新進気鋭のアイドル事務所の社長をしている。現在女性アイドル業界は三つの事務所が均衡を保っている。資金力があり、コネクションも広い961プロダクション。個性豊かなアイドルが多数在籍し、在籍数だけで言えば他の追随を許さない346プロダクション。そして、所属アイドルわずか13名でありながら、この二つの事務所と肩を並べる765プロダクションだ。

 さて、この三つの中でまず最初に倒すべきはどこだろう。こんなこと、誰が見ても一目瞭然だろう。もちろん765プロだ。

 961プロ、346プロと違い765プロは少数精鋭…と言えば聞こえはいいが、その実、資金力やコネクションの部分では中小企業と変わらない。職員も秋月律子がプロデュース業を兼任しているのを除けば、プロデューサー一人、事務員一人というお粗末な有様だ。そしてどういうわけか、961プロの黒井社長は765プロを毛嫌いしていて、妨害工作など頻繁にしているらしい。これを利用しない手はない。

 

「ほぉ、君と一緒に765プロを…」

「えぇ、きっと黒井社長の望む結果になると思いますよ」

 

 黒井社長と交渉の場を設けることができた。このチャンスを逃す俺ではない。

 

「うーむ…しかし業務提携というのはなぁ…」

 

 しかし、黒井社長の態度は煮えきらない。なるほど、確かにこちらはできたばかりの事務所だ。765プロ打倒はあくまでも黒井社長個人の考え。961プロ側からするとメリットは少ないのかもしれない。仕方ない、もう少し押してみるか…

 

「実は既に765プロを倒す準備はできています」

「…ほぉ、準備とはどういうことだ?」

 

 よし、食いついたな。

 

「君たち、入ってこい」

「はい!」

 

 俺がそういうと、十三人の新人アイドルたちが部屋の中に入ってきた。

 

「この娘たちが、765プロを完膚なきまでに叩き潰します!」

「ほぉ、言ってはなんだが、その娘たち…似ているな…」

「はははは、社長ご冗談を、似ているのではありません。全員765プロのアイドルの上位互換です」

 

 正統派、天才、歌姫、清純派、僕っ子、野生児、ミステリアス系、元気印、セクシー、セレブ、理論派、そして双子にいたるまで、俺は765のアイドルたちの上位互換を集めてきた。

 

「わかった、そこまで言うならこうしよう。来月のライブで765プロの連中と当たる機会があったが、それを君たちに譲ろうじゃないか」

 

 よし、またとないチャンスだ。同じ舞台に上げてしまえば嫌でも違いが明らかになる。こうなれば、勝ったも同然だ。

 

「ありがとうございます!必ず勝利してみせます!」

 

 そう言って俺は頭を下げて部屋を出た。まずは765だ。そして黒井、お前のこともいつか引きずり下ろしてやる!首を洗って待っていろ!

 

一ヶ月後

 

「黒井社長、お疲れ様です」

「うむ」

「本日は次の仕事で最後でございます」

「次?何の仕事だ?記憶にないぞ?」

「以前社長に直談判に来た者の事務所と765プロとのライブの日です」

「あぁ…あれか…あったなそんなことも…わかった、車を回せ」

「はい」

 

 そんな会話をしながら私は運転手に連絡し、車を手配する。黒井社長は傍若無人な印象をもつ人間も多いが、765プロさえ関わらなければ常識のある人間なのだ。

 

「しかし、驚きました。あの様な者にチャンスを与えるなんて…本当に765プロに勝てるのでしょうか?」

「はぁ?勝てる?誰が?誰にだ?」

「いえ、以前の新しいアイドル事務所が…」

「勝てるわけがないだろう」

 

 自らチャンスを与えておきながら、バッサリと切り捨てる。

 

「今から行くのはアイツの絶望を見届けるためだ…この黒井に歯向かうのなら野心はもう少し隠しておくべきだった」

「あぁ…」

 

 なるほど、あの男は765プロを倒すと言いながら、その実ゆくゆくは961プロまで歯牙にかけようとしていたのは秘書の私でも見ればわかった。だからこそ、チャンスを与えたのは打倒765プロが実現するからかとも思ったのだが…

 

「お前もまだまだだな、アイツは765プロには絶対に勝てない。見誤っているからだ」

「何をですか?」

「何…か、ふん、そこまで言うなら付いてこい。ライブを見ればわかる」

 

 そう言われ、黒井社長と共に車を降りる。会場では既にライブが始まっているようだ。扉を開けた瞬間、我々を襲うような歓声が聞こえてきた。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!」

 

 大勢の人間の喜びに満ちた声だ。この仕事をしている人間はこの声が聞きたくてやっていると言っても過言ではない。しかし、そんな声に混じって、悲痛な叫びが一つだけ聞こえてきた。

 

「な、なぜだ!?なぜなんだ!」

 

 以前社長に直談判しに来た男だ。そう言われて気がついた。ステージを見ると765のアイドルの独壇場だった。

 

「どうして!?どうして勝てない!?」

 

 確かにそれは不思議だった。彼はいけ好かない人物ではあったが、彼が連れてきたアイドルたちは確かに765プロのアイドルたちの上位互換と言えるだけの力はあったはずだ。

 

「同じように思っているとしたら、貴様もまだまだだな」

 

 私の心を見透かしたように黒井社長が話しをする。

 

「やつは見誤ったのだよ。三流プロダクションのアイドルの魅力をな」

「アイドルの魅力?」

「あぁ、アイツが上位互換だと言って連れて来たアイドルを見ればわかる。どいつもこいつも解釈違いのナンセンスだ」

 

 そう前置きをして、黒井社長は続ける。

 

「それじゃ、行ってくるね!」

「まずは星井美希。やつはそもそも『天才』とは何かが全くわかっていない」

 

「センスがいいだとか、最初からある程度できるやつのことを言うのではない。それだけの人間なら誰もここまで惹かれはしない。常に考えている。どうすれば盛り上がるのか、どうすればより美しく見えるのか、それを無意識でできるから星井美希は『天才』なのだよ」

「『じゃあね』なんて言〜わないで〜♪『またね』って言って〜♪」

「やつが星井美希に当てがったのは、学校に一人いるかいないか程度のカリスマだろう。舐めるなよ、千年に一人?万年に一人?『星井美希』は一億年待ったところで現れはしない」

 

「では、行きましょう!…聴いてください、『arcadia』」

「如月千早は歌が上手いだけではない。そんなもの、やつの魅力の一部分にしかすぎん」

「翔べ!海よりも激しく!山よりも高々く!」

「彼女は決して天才ではない。苛烈なまでのストイックさで積み上げてきた美しい努力の跡が見えないのがやつの敗因よ」

 

「で、出来る限りのことはしますぅ!」

「萩原雪歩の言葉を真に受けている人間など、彼女のファンにはいやしない。口ではダメだ無理だと言うけれど、その実諦めたことなどないのだ」

「Kosmos,Cosmos♪跳び出していく♪」

「そもそも男性恐怖症を治すために普通はアイドルになろうなどと思わない。そんなことができる時点で彼女は『強い』人間だ」

 

「みんな…ボクについてきて!」

「これが言えるのが菊地真の強みだ。誰よりも乙女で王子様扱いを嫌っているにも関わらず、ファンのためにそう振る舞える。少しゆすればボロが出るそんじょそこらの王子様キャラとはわけが違う」

「もっと♪高めて果てなく、心の奥まで♪」

「そもそも中性的と言うのは容姿において老若男女に好かれる最強の容姿だ。どこぞのボンクラにはわからんだろうがな」

 

「自分達なら、なんくるないさー!」

「我那覇響の武器は動物と話せることでも、小柄な体型から繰り出されるダイナミックなダンスでもない。決して折れない不屈のメンタルだ」

「Thrillのない愛なんて♪興味あるわけないじゃない♪」

「自ら『完璧』『なんくるない』と口にして、自分で自分の心を奮い立たせている。それができる大人がどれほどいる?彼女は自分だけでなく、他人にまで勇気を与えられるアイドルの鑑だよ」

 

「この舞台…必ずやり遂げてみせます」

「四条貴音がミステリアスなのは、キャラクターでも性格でもない。やつの最もわからないところは『底』だ。いつだって、彼女は実力の底を見せていない。末恐ろしいことだ…」

「もっしも♪ピサの斜塔が、真っ直ぐ建ってたな〜ら♪」

「…ほら、見ろ『ビジョナリー』ですら歌いこなすだろう…」

 

「一生懸命頑張ります!」

「元気印ぃ?その程度の認識しかできないのは高槻やよいに対する侮辱だ。確かに彼女は貧しい環境にも負けずに前向きだった。しかし、今はどうだ?トップアイドルとなった今、それでも彼女の家庭は貧しいのだろうか?いいや、裕福になっているはずだ。一般的な家庭よりもずっと」

「キラメキラリ♪ずっとチュッと♪」

「けれど彼女は驕らない。人間は成功するとどこかで驕りが出る。私や高木ですらそうだった。けれど成功に驕らずに未だ前を向いて歩いている。だからこそ、人は彼女を天使と呼ぶのだ」

 

「はりきっていきましょう〜!」

「三流プロダクションでセクシーと言えば確かに三浦あずさになる。しかし、あのポンコツにはそうなった経緯が全く見えていない。ステージを一度でも見ればわかる。彼女は最年長として、他のアイドルに足りないところを常にカバーしている」

「側にいると約束をしたあなたは♪嘘つきだね♪」

「それでいて、こんな風に主役になることもできる。実力が本物でなければできない芸当だ。単なる下品なグラドル上がりの女では決して真似できん」

 

「み〜んな、伊織ちゃんに夢中になっちゃいそうね♪」

「水瀬伊織に関してはそもそもセレブキャラだなどと思ったことから見当違いだ。やつの本質は兄や父親への劣等感から這い上がってくる執念にも似た努力の天才だ」

「やっぱ私が一番!今輝いているみたい♪」

「それに気付かないのも無理はない。彼女が徹底的にひた隠しにしているのだからな。彼女は兄や父親のことを天才だとでも思っているのだろうが、こんなことができている時点で彼女も紛れもなく天才だ」

 

「みんな!レッスン通りにね!」

「秋月律子に比べれば、やつが用意したアイドルなどただ眼鏡をかけていることくらいしか共通点が見当たらない。彼女の分析はいつだって正確だ。唯一正確に分析できていないのは自分自身くらいのものだろう。過小評価もいいところだ」

「恋を夢見るお姫様は〜♪」

「それですら、周りが嫌でも理解させてくれる。秋月律子が必要なのだと、意識せずとも周りに認められている。765の屋台骨は間違いなく秋月律子によって支えられている」

 

「んっふっふ〜♪亜美にドドンと任せてちょ♪」

「兄ちゃ〜ん、はっじまるよ〜」

「双子の弱点は双子であることだ。過去にも様々な双子タレントが世に出たが、彼らはいつもセットで扱われる。1+1が2にしかならない」

「ミラクルスタートスター♪」

「スタートスター♪」

「「ハッピーになるの絶対♪」」

「しかし、奴らは双子でも別々に活動をした。そうすることで、一人一人の実力を高めたのだ!『二人でなければならない』関係ではない、『二人ならばより一層輝ける』ように、お互いが高め合えるライバルになったのだ!」

 

「そもそもキャラだけで言うのならば、上位互換になるようなアイドルなんぞ何人もいる。なのに何故、やつらは依然トップに立っているのだろうとどうして思わない?」

 

 考えてみれば不思議なことだ。けれど、業界に入ったころには既に売れっ子だった彼女たちしか見たことのない私や彼にすれば、考えたこともなかったのだ。

 

「根本の地力が違うんだよ」

 

 腐ってもあの憎き高木が見つけてきたやつらだからな。と続ける社長は苦虫を潰したような顔をしていた…けれど、どうにもそれだけではないような気もした。

 

「ほら、最後だ。これだけは見ておけ」

 

 そんなことを考えていると終盤に差し掛かったライブステージを見るように促される。

 見るとそこには疲れ果てて最早立ててすらいない新人アイドルたちの姿があった。なるほど、常に十三人しかいない彼女たちとは根底の体力から違ったと言うわけか。

 

「どこを見ている。見るべきはそっちではない、あれだ」

 

 そう指摘されて目線を動かすとそこには誰もが知るあのアイドルがいた。

 

「今日のライブも思いっきり楽しみましょう!」

「こればかりはあの四流社長を褒めてやろう。天海春香は『王道』だ。『だからこそ、勝負を挑むべきではない』と気付かなかったことを除けば満点の答えだ」

「乙女よ♪大志を抱け♪」

「『王道』というのは逃げも隠れもしていない。歌で、ダンスで、ビジュアルで、趣味で、特技で、キャラクターで、何で挑んでも勝てやしない。だからこそ『王道』なのだ」

 

「そんな化け物にあいつは『普通』の少女を当てがった。そんな残酷な真似、私にはとてもできないな」

 

 ずっと不思議だった。どうして黒井社長は765プロになど構うのだろうと。どうしてさっさと潰してしまわないのだろうと。わかっていなかった。潰さないと潰されるのだということを。潰したくてもそう簡単には潰せないのだということを。

 

「ふん、しかし少しくらいは爪痕でも残すかと思ったがな…これではやつらの調子を上げただけではないか」

 

 言葉の上では相手を調子付かせたことを悔しんでいるはずなのに、どうしてだろう。黒井社長は嬉しそうに微笑んでいた。まるで、『それでこそライバルだ』とでも言うように。

 

「帰るぞ」

「最後まで見られないのですか?」

「見る必要がない。どうせ三流プロダクションの圧勝だ…それよりも」

「?」

「玲音と詩花に連絡しておけ、決戦は来週だと」

「来週ですか!?いくらなんでも早すぎます!」

「それは向こうとて同じこと、それにあの二人ならできる」

「しかし、いくらなんでも二人では…」

「誰が二人だけだと言った?」

「え?」

 

 黒井社長はそういうと、おもむろに携帯電話を取り出し、電話をかけた。

 

「おぉ、齋藤か、いやなに返せなどとは言わん。しかし、あの三人に一日だけ付き合ってもらうぞ?」

 

 一週間後、後に伝説となるライブが幕を開ける…

 

終わり



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