エロゲヒロインに転生したけど、隠しヒロインなら大丈夫だよね。 作:季高
白き月夜が血に染まる。
ああ口惜しやと憎悪を叫ぶ。
一度還りて地獄に逢えば、
二度は還らず地獄に叫ぶ。
されど悪鬼はびこること無かれ、天魔、滴り落ちる血を拭うもの。
月が真紅に落ちることなかれ、妖魔、人の世の混沌を担うもの。
それら互いに剣を握りて首を狩る。
それら互いに牙を研ぎ、覇を唱えんと欲す。
故に天剣。
故に妖牙。
夜の世界に、秩序の裏を駆ける者たちが、今宵もまた激突する。
はて、はて、はて。
今宵の天剣妖牙は如何に、如何に、如何に――――
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『天剣妖牙』。
かつてとある新規ブランドの一作目として発売されたそのエロゲーは、萌えと燃え――そもそも萌えはもはや死語な気もするが――を兼ね備えたハイブリッドノベルゲームとして世に送り出された。
一作目にして、荒削りながらもとことん熱い展開は、多くのファンを生み出し、特定の界隈ではこれを知らないものはオタクにあらずというほどの盛り上がりをみせた名作だ。
舞台は現代、古くは二千年も前から人々は妖怪、もしくは怪異と呼ばれるような異形の存在と戦ってきた。これら妖怪を人々は妖牙と呼び、これらを討つ退治屋を、人は天剣と呼んだ。
時代は移り変わり、怪異が空想のものとされるようになった現代では、それを知るものはそう多くない。夜の世界を舞台に、天剣は人々にその存在が明るみに出ないよう、日々尽力しているのだ。
そんな世界観で、中心人物となるのは一人の少年である。この少年、元天剣の生まれなのだが、落ちこぼれの烙印を押され今は普通の男子学生としての日々を送っている。
ちょっと内気ではあるが、優しく芯の通った少年だ。
そんな少年が、ふとしたキッカケから妖牙に襲われ、それをかつての幼馴染であった少女に助けられるところから物語は始まる。
このストーリー、王道直球ど真ん中、山あり谷ありムフフあり。青春熱血入り混じり、手に汗握って息子も握る。そんな素敵な展開が、俺は大好きだ。
具体的には、当時大学生で、一人暮らし始めたて、一国一城の主となった俺は当然エロゲに手を出した。パッケージを買ってドンと飾りたかったのである。そして見つけたのがこの『天剣妖牙』、偶然ティザーPVを見た時にピンと来て、予約までして待ち望んで、発売日当日にゲットしたのだ。
結果――
――発売から一ヶ月はバグでろくにプレイできませんでした。
それはもうすごい勢いで炎上し、あわや回収騒動かとまで行ったそれは、なんとかお出しされた修正パッチをあててプレイできるようになったところ、評価が一変。
ゲーム画面をまるごとバグで殴りつけてくるような粗削りさは、シナリオにすら言えた。というか誤字脱字がめちゃくちゃ多くて、ろくにチェックできていないのだなと解って涙が出た。
だが、そんな弱点を補って余りあるほどに、魅力的な部分は魅力的だったために、むしろバグで知名度を集めた結果、口コミで評判が広がり、当時としても破格のセールを残したのだ。
さて、なんでこんな話をするかと言えば、俺はその『天剣妖牙』の世界に転生してしまったのである。社畜オブ社畜と化した俺はおそらく過労死か何かで一生を終え、気がついたらこの世界にいた。
この世界が『天剣妖牙』であることはすぐに分かった。なにせ俺は――『天剣妖牙』の登場人物になっていたのだから。
ラプラス、という少女がいる。
美少女だ。無口系というか、そもそも言葉がしゃべれないタイプのキャラで、神秘的な銀髪のロリ系美少女である。そう、美少女である。
TS転生である。あるべきものが無い時代。なんてことだ……!
しかもやっかいな点は二つある。そもそも美少女に俺が入って何の得があるというのか。新しく生えた美少女ならいい、TS転生を夢見る男は人類の約五割という俺の卒論によれば、TS転生は決して忌避すべきことではない。
だが、原作に存在する美少女に転生するということは、美少女が一人減ってしまうということだ。なんという莫大な喪失か。しかも、これが一方的に、有無を言わせず起きてしまうわけだから、俺の罪悪感はマッハを越えて時間をも突き破る。
……正直、未だに折り合いはついていないが、しかしもうすでに長い時間を「ラプラス」として過ごした俺は、それを受け入れなくてはならない立場にある。
もしも、ラプラスが戻ってきた時のために、できる限り本来のラプラスと変わらない生き方を、彼女に恥じない道を選べればといったところだ。
そしてもう一つ――こっちは今現在進行系で俺を悩ませる大問題。
嫌だよ男とまぐわいたくない。女の子を愛でていたい!
幸いこのゲームは純愛ゲー、ユニってるコーンどももにっこりなラブラブピュアっピュアな男と女のシーソーゲームなのである。まぁやるのはギッコンバッタンではなくギシギシアンアンなんだけど。
だから主人公以外とヤっちゃうことはない。
がしかし、そもそもからして、俺は主人公とくっつきたくない。
だってヒロイン、皆いい子なんだもの! とってもとても尊いんだもの!
しかし、なんだかんだ言ったものの、俺はヒロインではあるが、メインヒロインではない。というか、サブヒロインですらない、
メインヒロインとのルートをクリアして解放されるグランドルート。そしてそのグランドルートをクリアした後に開放されるのが俺……というか「ラプラス」との隠しルートなのである。
このルート、非常に特殊な構成をしており、メインルートからは絶対に到達することのできないIFルートとなっている。だから、そうそう俺が主人公とラブをどうこうする間柄にはならないわけだ。
ホッと一安心。
事ここに至るまで、色々と悩んだ。身の振り方だとか、もっと事態に介入するべきではないのか、とか。回避できる不幸は回避するべきではないのか、とか。
中には実行に移したものもある。本編開始に向けて準備していることもある。ラプラスのレベリングなどは最もたるものだろう。グランドルートではこの『天剣妖牙』最強の敵を討伐しなくてはならない。本編では余りある幸運の末に勝ち取った勝利だ。そもそもグランドルートに入れるかすらも解らず、入ったところで勝てるかもわからない。だからこそ、「ラプラス」は強くなくてはいけないのだ。
そうやって自分を高めながら、俺はその時を待った。
そう、本編開始の時を。
――ここでぶっちゃけよう。俺はこの時をずっと待ちわびていた。『天剣妖牙』は俺の人生の中でも最も大きい楔の一つ。その世界に転生し、間近であの熱い物語を体験できるなら、俺はもう満足だ。
偶然手に入れられた人生、全てこの本編を堪能するために使ってもいいのではないか。
そう考えて、俺はこれまで頑張ってきた。それが、今。
俺の目の前で、結実しようとしていた――――
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――夜の路地裏で、俺は姿を全力で隠しながら、
だからこうして、俺はひっそりと潜伏し、状況を観察することができる。
そう、ゲームの名場面を間近で堪能できるのだ!
残念ながら映像化がされていない『天剣妖牙』は、昔ながらの紙芝居ノベルゲー、エフェクトもそこまで凝ったものではなく、情景は文章と想像に任せるほかはない。
だから、生で見ることのできるゲーム本編は、それはもう俺を最高潮へと至らせるには十分だった。
ゲームのオープニング、といってもここに至るまで色々と日常シーンが挟まるわけだが、その目的地として、主人公は夜に妖牙に襲われることとなる。
正確には襲われていた少女を助け、逃げるのだ。
この少女はヒロインの一人で、主人公の同級生、妖牙の事を何も知らない一般人だ。
主人公は元天剣、つまり妖牙の事をよく知っている。そうなると、説明のために主人公に質問を投げかける役割が必要で、このヒロインを通して、プレイヤーは『天剣妖牙』の世界を知っていくことになるのだ。
そうして二人でこの路地裏に逃げ込んでくるのだが、ここで問題発生、本来ならば行き止まりではないはずの路地裏が、色々あって封鎖されてしまっているのである。
結果袋小路に飛び込むことになる二人、しかしそこに割って入る物が居た。
このゲームのメインヒロインにして主人公の幼馴染。
メインヒロインという立場ながら、色々と美味しい立ち位置故に人気投票ではヒロイン勢でトップの位置にいる名実ともに一番人気の中核とも言えるヒロインと、ここで再会するのだ。
再会、といってもメインヒロインちゃんと主人公くんは同じ学校に通っているので、決して顔を合わせないわけではないのだけど。
まぁ、夜の世界での再会。という意味では間違っていない。
かくして始まる妖牙との戦い、しかしこの妖牙、やたら強い。これにはもちろん理由があるのだが、メインヒロインちゃんはそれはもう苦戦する。後ろには守らなくてはならない人もいるのだから、当然だ。
だが、そこに待ったをかけるのは主人公。助けた一般人ちゃんの機転をヒントに、メインヒロインちゃんを助け、最後には二人で同時に攻撃を叩き込んで敵を撃破。
熱い逆転勝利である。
序盤においては特に人気のあるシーンで、俺もこのシーンは大好きだ。主人公の葛藤、メインヒロインちゃんの頑張り、そして決着のカタルシス。
どれをとっても完璧と言う他無い。あえていうならパーフェクトだ。
俺はずっと、このシーンを生で見ることを待ちわびていた。
それがようやく、今この瞬間、目の前で見ることができる。
ああ本当にながかった。ラプラスとして、彼女がしてきたことをなんとかかんとかこなしつつ、色々と考えて原作の過去にも多少の手を加え、黒幕を倒せるようにしながらこの瞬間を待った。
それが、今――――
――足音がした。
――来た!
興奮とともに、俺は主人公くんたちがやってくるのを待つ。
今頃彼らは必死に妖牙から逃げているところだろう。そのチェイスもまた白熱するのだが、やはり本番はメインヒロインちゃんが現れてからだ。
というか、一応主人公なのだから、あのくらいのチェイスは乗り越えてもらわないと困る。というかまぁ、ここまでくれば乗り越えたようなものなのだけど。
さて、ここで俺が気がつくべきだったことは一つ。
さながら延期に延期を重ねたエロゲの発売日が明日に迫った夜のベッド。
不安と期待が綯い交ぜになったあの感覚を思い出していた。
だから、気が付かなかった。
妖牙に追われているのが、主人公くん一人だったということに。
――――あれ?
そして、疑問に思った直後。
「――なんでこんな時に限って工事なんかしてるんだよ!」
叫ぶ主人公くんの後ろに、妖牙が迫っている。
危ない、危ない、危ない。流石に割って入るべきか? いや、メインヒロインちゃんは必ず来てくれるはずだ。っていうか一般人ちゃんどうしたの!?
混乱するなか、後ずさる主人公くんと、それに迫る妖牙。
絶体絶命の中――――
「な――」
「……へ?」
思わず声が漏れてしまった。小声だから、きっと聞こえては居ないとおもうけれど、しかし。なぜか妖牙は一撃で死んだ。
そんなことありえるはずはないのに。
いや、あり得た。ありえてしまった。
原作とは違う光景。一般人ちゃんがいないくらいなら、まぁ理解できる。けれど、一撃で妖牙が死ぬはずはない。この妖牙、特別性なのだから。
しかし――
「なに、が――」
周囲を見渡す主人公くん。
そんな彼に――
「あは、お久しぶりですね――ソラくん♥」
少女が、ゆっくりと舞い降りた。
「ヒツ、ミ――――?」
『天剣妖牙』の主人公、
清楚が服を着て歩いているような、黒髪ポニテの可愛らしい少女。ちょっと胸がユニバースしていること以外はごくごく普通の彼女だが、今は。
そのユニバースがビッグバンしていた。ゲームにおける彼女の衣装は巫女服ベースのかっこよさと可愛らしさを併せ持った楚々としたもの。
だが、今の彼女は巫女服を魔改造してから悪魔に売り払い、転生の後に買い戻したような代物だ。
胸も、お尻も、脇も、おへそも、背中も、どこかしらがどこかの角度から見れば覗けてしまうようなスケベが人に擬態する能力を得たかの如き衣装。
浮かべる笑みも、柔らかいものではなく、獲物を捕食する肉食動物の舌なめずりだ。
そこに、俺の知っているヒツミちゃんはいなかった。
というか、これは――この衣装は知らないが、彼女がつけている冠には覚えがある。あれは、今の彼女は――
「それと――」
そして。
おかしくなってしまったドスケベ巫女は、その視線を。
「――――会いたかったですよ、
――隠れているはずの、俺に対して、向けていた。
「なっ――ラプラス……ラプラス先輩!?」
そして、主人公くんも、俺に気がついて、視線を向けた。
暗影から、俺は姿を顕にする。直後、ヒツミちゃんの頬が、喜悦に歪んだ。
これは、そうだ――間違いない。
巫剣ヒツミは、『天剣妖牙』のメインヒロインは今――――
「私、貴女にあいたくて、あいたくてあいたくてあいたくてあいたくてあいたくてあいたくてあいたくてあいたくてあいたくてあいたくてあいたくてあいたくてあいたくてあいたくてあいたくてあいたくてあいたくてあいたくてあいたくてあいたくてあいたくてあいたくてあいたくてあいたくてあいたくてあいたくてあいたくてあいたくてあいたくてあいたくてあいたくてあいたくてあいたくてあいたくてあいたくてあいたくてあいたくてあいたくてあいたくてあいたくてあいたくてあいたくて」
――
「こんな姿に、なっちゃったんですよぉ♥」
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――世界は、俺の知らない形へ変化していた。
メインヒロイン、巫剣ヒツミは闇落ちし、本来ならば一人では倒せないはずの妖牙を一撃で屠ってみせた。それはゲームでの闇落ちの意味を知っている俺からすれば、どうしてこうなったとしか言いようのない代物で。
そして、どうしてそうなったのか、
ああ、もしコレが、ヒツミちゃんだけではなかったとしたら。
「――――ふ、ふふふ。待っていろ、ラプラス。お前は、お前だけは、私が……
――俺の知らないどこかで、少女が殺意と執着でもって闇へと叫ぶ。
「ああ、ラプラス様――今宵も我ら妖牙の一族が、平穏の元過ごせたこと、感謝致します」
――俺の知らないどこかで、少女が崇拝と思慕でもって祈りを捧げる。
「ラプラスお姉さま、ラプラスお姉さま、今日もお姉さまはエッチだよぉ、うふふ。うふふふふふふ――」
――俺の知らないどこかで、少女が性欲と恋慕でもって己の体を押し付ける。
彼女たちは、この世界、ゲーム『天剣妖牙』のヒロインで、世界を救うために戦わなくてはならない者たちのはずで。
しかし、
だが、しかし。
今、この世界は普通ではなかった。
少女たちは、主人公ではなく、俺に対して執着を抱く。
やっかいなことに、それは恋愛感情だけではない。彼女たちの執着は、つまるところ――
ラプラスという存在そのものが、彼女たちにとっての全てになっていたのだ。