エロゲヒロインに転生したけど、隠しヒロインなら大丈夫だよね。   作:季高

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そのじゅうに

 ――巫剣家は古くから続く人柱の家系だ。

 巫剣が治めるこの土地には、神宝イザナミが眠っており、数十年に一度、これを鎮めるための人柱が必要になる。それは巫剣の女性でなくてはならず、巫剣チコも、その一人だ。

 

 ゲームにおいて、回想では優しい女性として描かれる巫剣チコ、娘であるヒツミちゃんにとっても、良い母親であったようだ。

 そういった思い出しかない――とも言えるが。

 

 そして、巫剣チコは生まれながらにして人柱の役割を押し付けられた存在だ。そもそも、巫剣という家自体が、“巫剣”という役割に縛られた家柄だ。

 巫剣テンホウは、生まれながらにして巫剣チコの許嫁であることを決められていた。両者は幼い頃から仲がよく、それを否定する理由は何一つなかったが、しかし二人にはそれしかなかったのだ。

 

 巫剣ヒツミが、天影ソラと幼馴染でいられたような、不凍義ミズキと幼馴染という関係を築けたような、そんな自由もなかったのだ。

 ――とはいえそれも、天影ソラの追放という形で終わりを告げるが。

 

 それよりもひどかったのが、当時の巫剣であり、それを少しでも変えようとしたのが巫剣テンホウだ。ヒツミちゃんがソラくんと一時的でも関係を築けたのも、ヒツミちゃんに当主であっても、日常という自由が許されているのも、テンホウがそうなるように動いたからである。

 ――チコとテンホウの時代、学校にも通うことができなかったというのだから、テンホウの行動は偉大だ。

 

 加えて言えば、ヒツミちゃんはそんなテンホウとチコの存在を、常に見ながら育ってきたのである。ヒツミちゃんは、チコが人柱となるその日のことを、覚えている。

 ヒラサカを通って、イザナミの元へと消えていく姿を、覚えている。

 

 その前日の夜、ヒツミはチコにすがって泣くテンホウの姿を見た。それを泣きながら抱きしめるチコの姿を見た。

 

 

 そして、それでもチコは人柱となった。

 

 

 その時から、巫剣ヒツミという少女の人生は、ある一つの事実が刻まれたのだ。

 人は、己の役割に従って生きなくてはならない。どれだけそれが望まざるものであったとしても、役割から逃げることはできないのだ、と。

 

 どれだけ人が自由であろうと、その自由は役割に従った結果の自由だ。画家を志すものが、大成せず失意のまま亡くなったとして、それはそれがその人物の役割であり、役割とは、生まれた時から決まっているのだ。

 才能、と言い替えても良い。

 

 天影ソラも、またその典型である。天剣としての才能を一切持たず、天剣補佐である社務所の人間であれば誰もが欲しがる才能をもちながら、天剣を追われ普通の学生として生活する役割を、彼は定められていた。

 

 ヒツミには当主としての才能があり、誰もがヒツミのことを次期当主として扱った。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。誰が望もうが、自分が望まなかろうが。

 

 

 巫剣ヒツミは、巫剣ヒツミにしかなれないのだ。

 

 

 そんな少女が、ラプラスの悪魔という存在を知ったらどう思うだろう。彼女の行動を傍目から見たら、どう思うだろう。

 

 ――正直、俺がゲームと同じくラプラスの悪魔であろうとするのは、俺がラプラスではないからだ。ラプラスではないのに、ラプラスとして生まれ、生きることを定められたからだ。

 これが俺の知らない誰かであれば、それこそ、ヒロインでもなんでもない少女に転生していたら、俺はそのことを困惑と歓迎でもって、受け入れるだろう。

 一度は死んだ命なのだから、もう一度のチャンスが与えられる幸運は、素直に喜ぶべきことなのだから。

 

 それでも、俺はラプラスだった。

 ラプラスとして生まれ、そしてラプラスとして生きることを決めた。俺はヒツミちゃんの思うラプラスとは違うけれど、ヒツミちゃんと思うラプラスと()()()()()()()()()と思う。

 だってそうしなければ、本来ラプラスとして生きるはずだった“彼女”に申し訳が立たない。いるはずだった“彼女”を押しのけるということは――

 

 

 彼女の存在を否定していることにほかならないのだから。

 

 

 そのことに後悔はないけれど――一応、俺は今の生活をそこそこ満喫しているけれど――それでも俺のこの生き方は、ヒツミちゃんにとっては、自分と同じだと映るはずなのだ。

 

 なによりヒツミちゃんは、自由に生きて、空を求めたラプラスを知った。隠しルートのラプラスは生きているのだ。本編では、人間性が育たず、人とは違う異質な存在の域をでなかったラプラスが、けれども人と同じように、人を愛して、自由を愛しているのだ。

 人は役割を定められて生まれてくるが、それでも、その役割の中で自由を選択する権利はある。

 

 ラプラスの悪魔は、ラプラスの悪魔ではある。だが――

 

 

 ()()()()()()()()()()()と、誰かがそれを束縛したことはないのだから。

 

 

 かくして、自分と同じ存在。自分と同じ自由を持たない少女であるラプラスに執着したヒツミちゃんは、イザナミを身に纏うことを決めた。

 そしてヒツミちゃんたちを苦しめていた巫剣の利権に群がる者たちをヒツミちゃんは追い出し――その結果、ソラくんが何ら問題なく社務所に戻ってこれるまでに、巫剣家を変えることができた。

 

 それは、自由を手に入れたといえるのだろう。

 天影ソラが、社務所の一族が。

 もちろん、不凍義ミズキの件だってそうだ。彼女がいくら妖牙に完全覚醒し、半妖という危険な存在でなくなったとしても、それを天剣が受け入れるかは別問題だ。本来なら、天剣を追われ、穏当に行っても妖牙――白狐の社に所属することとなるだろう。

 

 下手をすれば、完全覚醒を疑われて処刑という流れすらあり得た。

 

 それを、しかし巫剣の人間は一切気にした様子はなく、ミズキが完全覚醒したことを流していた。それはどうだろう、ミズキちゃんが受け入れられているという証左であり、これもまたヒツミちゃんが手に入れた自由の一つだった。

 

 しかし。

 

 ああ、だとしても――

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 力を手にし、権力を手中に収めたヒツミちゃんは、結果として自分の役割を果たしているに過ぎない。ヒツミちゃんの自由とは、つまり。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。

 

 ゲームであれば、それはソラくんによってもたらされた。彼が巫剣を、そして天剣そのものを変革する礎となり、ヒツミちゃんのルートでは、やがてヒツミちゃんに自由を与えた。

 彼女を解き放ったのだ。

 

 しかし、この世界ではそうは行かない。ゲームよりも更に自由を失ったヒツミちゃんは、ソラくんでも手の届かないところへと行ってしまう。

 物理的に時間が足りないのだ。ヒツミちゃんが自由を全て奪い取られるその時に、もしも最短でソラくんが強くなったとしても、()()()を鎮めることはできないのだから。

 

 では、俺は――ラプラスはどうだ?

 

 今、ヒツミちゃんはラプラスに執着している。そのことは、ヒツミちゃんの自由で持って行われていることではないのか?

 ()()()()()()()()()。ヒツミちゃんの執着は本物だ、しかしそれを突き動かしているのはイザナミの影響だ。もしもイザナミの影響がなければ、ヒツミちゃんはもっと普通に、俺と仲良くなってくれたはずなのだ。

 

 そして、これもまたヒツミちゃんが言う通りなのだろう。

 彼女は言った、「ラプラスには幸せになってもらう」。そのための行動が、これなのだ。イザナミによって、歪んでしまってはいるけれど。

 

 だから、ああ、つまり――

 

 

 御剣ヒツミは、自分の自由と引き換えに、周囲の自由を解放しようとしている。

 

 

 そして解放した後――

 

 

 自由を奪われた自分は、役割の中に消えようとしているのだ。

 

 

 

 <>

 

 

 

 ――意識が引き戻される。

 いや、そもそも引き戻される……とは?

 そもそも俺はさっきまで何をしていたのだっけ。周囲は真っ暗、何も見えない。いや、ほんのりとそこが地下の世界であることは解る。地面は固く、壁はごつごつとしていて刺々しい。

 

 ああそうだ、思い出した。

 

 ここはヒラサカの中だ。俺はここに用があってやってきたのだ。

 神宝イザナミが眠っていた黄泉への道。巫剣が管理する神の土地とも言うべき神聖で――しかし神聖とは程遠い闇と腐敗に満ちた世界。

 

 死者の国とは、かくも寂しいものなのか。

 

 ――ここに来ると、神というものが単なる存在でしかないと俺は感じる。元の世界には神の存在を肌で感じられることはなかったから、その神秘性を保っていられた。けれども、この世界には神がいる。神が理不尽を強いてくる。

 そんな世界で、果たして神がどれほど特別に思えるだろう。

 

 少なくとも、俺にとって神宝イザナミも、神宝ムラクモも、そしてこの地に眠る神と呼ぶべき存在も、どれもが等しくただのモノにしか見えなかった。

 

 俺が欲しいのは、もっと暖かくて優しいもの、思いやりに満ちたものだ。威厳があっても良い、威圧し、従えても良い。だが、そこに意思の理屈を添えて欲しい。

 嫌いなら嫌いと言っても良い。好きなら好きをためらわなくても良い。

 だから俺は――

 

 ――この、暖かくて柔らかいものが……うん?

 

 思考にノイズ。そもそも嫌いとか好きとか何の話だ。関係あるようで、なにか変な哲学をこねくり回しているような意味の無さを感じる。

 というか、もっと別の所に原因があるような……

 

 うーむと考えながら、俺はそっと立ち上がろうとした。いつまでも横になっているわけには行かないからだ。

 

 

 触れたそれは、柔らかかった。

 

 

 ……うん? いやいや、このヒラサカにそんなものあるはずは――――

 下を見た。

 

「ん、ぅ――」

 

 人が居た。

 

 触っていたのは、胸だった。

 

 

 ヒツミちゃんのはちきれんばかりの母性を、俺は掴んでいた。

 

 

 ――――

 

「あ、ラプラスちゃん――」

 

 そして起きた。

 まずい、と思う暇もなく、ヒツミちゃんはぐいっと俺を引き寄せる。あっ、これはやばい――――

 

 

「――――私達、二人っきりですね♥」

 

 

 ――――――――ッッッッッッッ!!

 

 声にならない悲鳴が、ヒラサカの中に響き渡った。

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