エロゲヒロインに転生したけど、隠しヒロインなら大丈夫だよね。 作:季高
――半妖、と呼ばれる存在がいる。
人と妖の間にあるもの。混ざりもの、人ではなく、妖でもないもの。
というのも、不凍義ミズキの父親は天剣だが、母親は妖牙なのだ。両者は自身の立場を明かさずに懇意になり、そしてお互いの立場を隠して一つになった。
娘であるミズキにすら、自身の出生の秘密を明かさずに、ミズキは天剣として成長した。
これは、ミズキルートにおいて明かされるミズキの絶対に知られてはならない秘密だ。どれくらい知られてはいけないかというと、判明した時点で不凍義ミズキを処刑せよという通達すらなく、周囲が動き出すレベルである。
アニオリ劇場版待ったなし。
両者の関係は、ルートに入った中盤以降ということもあり、非常に良好である。だとしても、反射的に目の前で天剣が半妖になったと知れば、ヒツミは得物を突きつけてしまうのだ。
後に、その行為にどれだけ後悔したとしても。
半妖の何が厄介かといえば、自身が半妖であると自覚した瞬間に始まる侵食だろう。
――つまり、暴走である。野生に帰る、とでも言うのか、妖牙には温厚な知性を持つ存在もいるのだが、半妖にはそれがない。本能のままに暴力衝動でもって周囲を傷つける、それが半妖だ。
ミズキが半妖であることを明かされずに育ったのは、必然なわけだ。
つまり、現在暴走といえばスーパードスケベ暴走クイーンヒツミちゃん(エロ)なわけだが、本来ゲームにおいて暴走とはミズキのことを指した。
ミズキのルートは、半妖としての本能にのまれることに抗うミズキと、それをサポートする周囲の物語というわけだ。
悲劇しか見えない地獄行、最後には別れが待っている――と、いうのを想像させてプレイヤーをハラハラさせつつ、最後にはハッピーエンドが待っているのだが、
そのハッピーエンドとは、半妖としての域を超えるということ。
簡単に言うと、最終的にミズキは完全に妖牙になる。代わりに半妖の暴走衝動を失い、人間でこそなくなったが、ソラくんとともに生きていけるようになるのだ。
で、これがどういうことか。
だから、彼女は半妖ではない。
暴走の危険がないことは良いことだが、人をやめてしまった少女が、俺を――ラプラスを狙っている。ヒツミちゃんに続き、ミズキまで。
ああ、これはなんというか――
――きっと、他のヒロインたちもやばいことになっているんだろうなぁ、と。
今更ながら、覚悟を決めざるを得ないのだった。
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「――泥棒猫、泥棒猫! 泥棒猫ッッ!」
「違う! おかしくなってしまったヒツミのためを思って、私は!」
天剣妖牙の主戦場、夜の山は破壊に満ちている。
空から降り注ぐ無数のスターライトに、地面は光に満ちたアイドルたちのライブ会場となり、荒れ狂う歓声の如き破壊音は、暴虐に満ちた少女の鉤爪から放たれていた。
「そんな事いって! 結局は自分のためにやったんじゃないですか! ミズキちゃんの――裏切り者!!」
「裏切ってなどいない! 私の意思は変わらない、その証拠に半妖の呪いを私は乗り越えた!」
「結果、妖牙になった? ――ならやっぱり貴方は天剣じゃないじゃないですか!」
振り下ろした錫杖が、鉤爪の圧倒的暴力で弾かれる。
吹き飛んだヒツミちゃんを追いかけるミズキが、飛んできた流星に吹き飛ばされた。――と思えば、両者は上空で殴り合っているのだ。
――こわっ。
「目を覚ましてください、ミズキちゃん! 何があったのかは知りませんが、話し合えばわかるはずです!」
「何かあったのはヒツミの服装だろ!?」
飛んでくる余波を可能性の否定で避けながら、頂上決戦痴話喧嘩を俺は眺めていた。
――お互い、言っていることは至極正しい、ミズキを気遣うヒツミも、ヒツミの紐(あれを服とは認めない)にツッコミを入れるミズキも、全うなことを言っている。
だがそれはそれとして、今のヒツミちゃんはエロに魂を売ったおっぱいの化身であるし、ミズキちゃんは天剣という歴史の中で初めて誕生した妖牙への完全覚醒者である。
どちらも普通ではなかった。
さて。
――――逃げるか。
「待ってください」
「待て」
蚊帳の外に置かれたことを確認し、早々に立ち去ろうとした俺の気配を、どうしてか両名は敏感に察知したらしい。俺は即座に両脇を固められた。
「逃しませんよ♥」
「殺す」
――端的に言って地獄ではないだろうか。
即座に、三つ巴による戦闘が始まっていた。
俺は何とか両者の攻撃をかいくぐりつつ、足場だった地面、生えていた樹木を盾に飛び回る。俺では両者を倒す決定打がないから、お互いの意識の片隅に常に存在感を放ちつつ、同士討ちをさせるのが理想だ。
この戦闘、優位に立っているのはヒツミちゃんであった。登場補正でミズキが圧倒するかと思ったが、ミズキは完全覚醒しても弱点を克服できていない。
つまり遠距離攻撃がない、対するヒツミちゃんはオールラウンダーだが、距離を取っての戦いを得意とする。常に自分に近づけないよう弾幕を展開しながら、隙を見せれば即座に近距離で打って出る。
そのスタイルは、間違いなくやっかい極まりないものである。
対して俺は――そもそもこれ、まともに戦闘ができているのか疑問だった。例えるなら最高難易度の音ゲーでノーツが見えていない状態。例えるならアクションゲーでほぼレバガチャとしか言いようのない動きでダメージを喰らいまくっている状態。
もちろんダメージはない、そこは本来のラプラスより高い能力を有しているのだ、これでダメージまで受けていたらそもそも俺がクソ雑魚ということになってしまう。
今はきっと、同格相手に慣れていないだけなのだ。これから同格の敵との経験を積めば、そのうち勝てるようになってくるはずなのだ。
とは言え今は、自分の意志で動いている時間より、余波や直撃でふっとばされている時間のほうが長い。ヒツミちゃんとミズキの実力は相性差はあれど、拮抗しているので、俺がいてもいなくても、両者の動きは変わらないのではないかという状態だ。
「そもそも、どうしてミズキちゃんが妖牙になっているんですか! ミズキちゃんは天剣のはずでしょう! それに、私のラプラスちゃんを付け狙うなんて、どうかしてます!」
「そいつはヒツミのものじゃない! ――ふん、そいつに聞いてみたらどうだ。全ての原因はその悪魔にある。ヒツミだって、そいつのせいで人生を狂わされたのだろう!」
――ヒツミちゃんの視線がこっちを向いた。
俺は気が付かないふりをした。それで流されてくれないかなぁ、――視線は雄弁だ。「後で詳しく」。ですよねぇ。
「私がこうなったのは自分の意志です!」
「なら、私だってそうだ! 私は私の意思で己の真実を知った! それを乗り越える覚悟を決めた!」
振り上げられる鉤爪と、構えられる錫杖。
――狙われているのは俺だった。痴話喧嘩をしながら、あくまで本命はこっちということか――!
「私は、ラプラスちゃんを愛しています!!」
「ああ、私だってそうだ。愛おしいほどに――殺したくてしかたがない!」
――殺意。
なぜか、それはヒツミちゃんからもぶつけられていた。人が死なないのをいいことに、好き勝手ぶちまけたいものをぶちまけたくてしょうがないんじゃないか!?
胃の痛さ(幻痛)と、でも正直ちょっと美少女の取り合いに舞い上がりそうになる感情(幻覚)に苛まれながら、俺はぶつけられた一撃を何とか捌いて距離を取る。
先程から、時折嫌になるほど息ぴったりに二人は攻撃を叩きつけてくる。
“拒絶!”
ああふたりとも、俺のために争わないで――!
いや、ラプラスちゃんはそんなこと言わないが、しかしこの状況を前にすれば、流石に拒絶の意思を示すだろう。
「――――あはっ、かわいい」
「死んでしまえええええええ!」
こいつら無敵か!
叩きつけられた鉤爪を正面から受けつつ、飛んでくる流星にミズキを巻き込む。流石にミズキもその程度はお見通しだろうが、ここを利用するのはヒツミちゃんの仕事だ。
俺は即座にミズキに最大速度で突進しつつ、ぽーんと邪魔だったのかミズキによって弾き飛ばされ、そこにヒツミが殺到した。
激突。
「あっははははははははははは!」
「楽しいか、楽しいだろうなぁ! ヒツミィ!!」
そして、弾け飛んだ。
――なんとか、二人の戦いに割って入っていけるのを感じる。
ほとんどいいようにあしらわれているが、こういう動きができるようになってきた。人類の武器は反復行動だというのがよく分かる。
俺の戦い方――環境を破壊しながらの攻撃――も、こうやって多くの反省の上に積み重ねられてきたのだ。
しかし――
俺の視界は、そこで途切れた。
――!
来た、と思う。
「――これは!?」
同時に、ミズキもまた驚きの声を上げる。
――幻覚だ。長時間の戦闘で、ついに効果が発揮されたのだろう。今回は特に何もみせず、ただ純粋に視界を奪うために使ってきたということか。
しかし、同時に効果が作用するってことは、完全覚醒したミズキのスペックは、今の自分に並ぶということか。そりゃあ、接近戦では分が悪すぎる。
「――――カゲロウ。ミズキちゃんも聞いたことがあるのでは? 私のお母様が得意とした術式。私のもう一つの切り札なんです」
「カゲロウ……チコ様のモノか!」
巫剣チコ。ヒツミちゃんの母親で――今は亡き先代の人柱。彼女もまた天剣であり、戦いの際にはこの術式を使い、夫であるテンホウを助けた、とかなんとか。
――使用までに一定時間は要するものの、一度効いてしまえば抜け出す術は今の所ない。
いや、一つだけ思い当たるところはあるが、アレはそもそも使用しては行けないので使えない。
ともかく、こうして体験して解る。
ヒツミちゃんをどうにかするには、そもそも直接対決で倒すだけの能力も必要だが――この術式の攻略も必須だ。視界がないのでは、俺ではそもそも戦いようがないのである。
「く……ヒツミ、こんなものまで! テンホウ殿がどう思うか――!」
「くす♥
「……っ!」
――ふと、違和感。
今の会話、テンホウに何かあったという既知の情報を再確認するような代物だが、どこか含みがあった。――ヒツミとミズキ、両者の関係は敵対関係にあるが、
簡単に言うと、この状態であっても戦闘が禁止されている昼ならば、普通に会話は成立し、お互いに交流は可能だろうということ。
だが、今の一点に限っては、どこかお互いの間に壁があるような――そんな違和感だった。
「さぁ――」
そして、そこに違和感を感じている間に、
「メインディッシュのお時間ですよ――ラプラスちゃん♥」
ヒツミちゃんの声が、俺の間近に迫っていた。
――まずい、と思う間もない。
「どうしようかなぁ、まずはお洋服を脱がせようかな。それからだきまくらにして――」
逃げるか、はたまたがむしゃらに抵抗するか。どちらにせよ――
「私もお洋服、脱いじゃおっかな。きゃ、ミズキちゃんにも恥ずかしいところ、見せちゃいますね♥」
ヒツミちゃんは、すぐそこまで迫っている。
「んふふ、だ、か、ら――見せつけちゃいましょう?」
俺はたまらずジリ……と、後ずさった。
――――そして、壁を背に感じた。最初からあったのか、ヒツミちゃんが用意したのか。
どちらにせよここが、ターニングポイントだ。そう、覚悟を決めて――――直後。
「――そうだな、ここが本番だ、ヒツミ」
凛とした声が、
それは、間違いない。
“何故!”
「――――ミズキちゃん、どうして庇うんですか?」
そう、ヒツミちゃんお言う通り。
不凍義ミズキは、俺を庇うようにして立っていた。
「当たり前だ。ヒツミ、お前のその心底恥ずかしい痴情にこいつを巻き込めば、こいつは社会的に死ぬ、そうだろう?」
「あはっ――だから、何だって言うんですか?」
……社会的って部分がなければ、すごく緊迫した場面なんだけどなぁ。
「だから――」
そして、気配を感じた。
――なるほど、ミズキはこれを感じているのだろう。視界を奪われてもなお、ミズキは問題なく動けるのだ。達人特有の、気配を察知して動けるがために。
「こいつを殺させない。こいつを殺すのは、私の役目なんだからな」
――ああ、その姿に、彼女の雄姿を直接見ることができないがために、俺は幻覚(ノットヒツミちゃん)を見た。
そして、こう思ってしまったのだ。
――野菜の星の……王子様。
もしも言葉が話せば、おもわず口に出してしまっていただろう。
俺は、ラプラスとしての自分に、心底感謝するのだった。