エロゲヒロインに転生したけど、隠しヒロインなら大丈夫だよね。 作:季高
――この世に地獄があるとするなら、それは間違いなくここだった。
天剣巫剣家社務所、この辺り一体を取りまとめる巫剣家を支える事務方は、ここに全て集約されている。ゲームにおいても、ここはブラック労働にとりつかれた闇の間と化しており、たまにシーンが描写されると、大抵事務を行っているモブ天剣や、専門の事務員が悲鳴を上げていたが――
この世界における社務所と、ゲームの社務所の違いは、仕事を行っているモブ天剣がいないことだろう。そして、モブ天剣の代わりに書類が置かれている。
これ、人手が減った分、減っただけの仕事がそのまま増えているということだよな。
わぁ地獄。
ブラックすぎて死んだことのある身としては、その状況に同情するがしかし、幾らなんでもここまで仕事が山積みになるということは、前世でもなかった。
いや本当これはひどい……
「おまたせしました。天影ソラ、ただいま到着しました!」
“到着”
そんな中を、俺はソラくんに連れられての入場である。ソラくんの姿は、さながら窮地に駆けつけた増援。軍隊の兵士であるかのようだ。
その様子に、二つの人影が書類の中から起き上がってくる。ガバっと、秒速5センチくらいで。
「ソラくん!!」
「待ってたわ!!」
起き上がったのは二人の女性、黒髪のおっぱいが大きい美人なお姉さん(死にかけ)と、茶髪のおっぱいが大きい美人のお姉さん(瀕死)だ。
どっちも顔はいいのに、死相が見える。やつれているのは丸わかりだ。
「すいません、直ぐに回復術式用意します」
「助かるわ、終わったらあっちの書類からお願いしていいかしら!」
「私飲み物用意するわ、あの子も来たのよね」
「はい!」
――と、そう言って茶髪の女性のほうが俺に視線を向ける。パタパタとかけていったソラくんと交差して、起き上がった女性はふらふらとこっちに寄ってくる。
ああ、そこで倒れたら書類がひどいことになりますよ。
“危険”
慌てて、よろめいた彼女を支える、そこで女性は一瞬呆けてから、ハッとしたようにこっちを見た。
「ありがとう、よく来てくれたわねラプラスちゃん」
『いえいえ』
俺はタブレットを取り出して会話する、この女性の名前は国都ヒロエ、黒髪の方は天都ユキエ。ふたりとも代々天剣に使える事務方の一族の出である。
ヒロエさんは、俺を社務所の比較的荷物が少ないソファに案内すると、紅茶を出してくれた。ついでに自分の分も用意しつつ、ユキエさんにも、ソラくんにも飲み物をわたしている。
「ええと、来てもらってそうそうに悪いのだけど、事情はソラくんから聞いているわよね」
『すごい形相で迫られました』
「ソラくん?」
「そういうのはお姉さんたちにしなさいっていつもいってるでしょ!?」
「言ってないですよね!?」
――向こうの方は楽しそうだ。
ともあれ、事情に関しては大体把握している。ここに来るまでにソラくんに聞いている。もともと社務所は人手不足と仕事が多すぎるために、日夜ブラック勤労を迫られる楽しい職場だった。
しかしそれが、最近はあちこちで妖牙が発生しており、この対処のために天剣がひっきりなしに駆り出され、手が空いていないのだという。
ここまではゲームの事情とさほど変わりはない、妖牙が最近頻繁に出没しているのは、ゲームでもそうだがとある組織の暗躍によるものだ。二日前にヒツミちゃんが一撃で叩き切った――ゲームでは死闘の末に撃退した――あの妖牙も、その組織が生み出した改造妖牙である。
だから人手が足りず、難しい立場であるソラくんが、事務方として後方支援に参加するようになるのだが、この世界では事件発生から三日目にして、完全に事務員の一人として戦力に数えられているようである。
「今から一年と少し前、ヒツミお嬢様が天剣を取りまとめるようになって以来、ソラくんへの当たりも和らいだ。結果として、こうして帰ってきて直ぐに、私達の手伝いをスムーズにしてくれてるわけだけど」
――やはり、この辺りの理由は天剣巫剣家の実権が、テンホウからヒツミちゃんへ移っていることが背景にあるようだ。
とはいえ、俺はその概要を知らないし、こんな忙しい状況で聞けるはずもないので、スルーした。
「もちろん、それでも人手は全然足りないんだけど、他に頼れる人がいるはずもないし、今回だって相当なイレギュラーよ」
ソラくんがヒロミさんの脇にやってきて、御札を一枚手渡す。回復術式キョンシー。体に溜まった疲労をポンっと消し飛ばし、ゾンビのごとく働けるようになる素敵極まりない術式だ。
額に御札を貼り付けると、ヒロミさんは構わず続ける。
「いくら貴方がヒツミお嬢様とミズキさんを隣の県にふっとばしたからって、それは単なる戦闘行為の結果に過ぎない、その責任を求めるのは非常識……それは解ってる」
――ソラくんはとてもとても怒っていたが、そもそもソラくんは俺に限らず、ヒツミにもミズキにも怒りを覚えているように思える。
当たり前といえば当たり前だが、あの二人が俺を狙うのは私情によるものが大きいからだ。この二日、事務方として天剣に復帰したソラくんは、二人の行動を客観視してしまえるから、思うところがあるのだろう。
それはそれとして、アレは怖かった。
「お願い、私達に力を貸してほしいの! いつもみたいに賽銭箱を置いていっても、今日は何も言わないから!」
『そもそも直接依頼するのなら、賽銭箱は必要ないのではないでしょうか』
――いつもなら賽銭箱の中にちょっとした呪詛の籠もったお礼の手紙が混じっているのだが、今日はそれすら言っていられない状況のようだ。
生まれて初めて天剣の方から頼られたわけだが、そんな時に限って、俺としてはこの依頼、そもそも受けない理由がないのであった。
『今回に関してはお代はいりません。私も少し気になるところがあるので、渡りに船です』
「ほんとう!? すごく助かるわ!」
そうやって、俺の手を取るキョンシーヒロエさん。死にそうな顔で、瞳だけは活力に満ちているガンギマリ具合は、とても怖い。
俺は少しだけ後ろに引いた。
“許諾”
手が使えないので思念で返す。
こうなったからには任せなさい、俺はラプラスの悪魔なのであるからして、ヒツミちゃんとミズキ以外にはそうそう負けない自信があるのだ。
ところで――
「――――ああああ! どうしてあいつらはいつもいつも、装備を壊して返してくるのよ! これ一つ修繕するのにいくら掛かるのかしらないの!?」
「ユキエさん! こっちの書類一切分類されてないんですが、どれをどうわければいいんですか!?」
「そっちの下着は私たちが着替える時に放り捨てた奴、そっちの書類はそもそもどれも処理する価値ないからキにしないで! どうして経費で温泉旅行が出来るとおもってるのよこのスカポンタン!」
「待ってください下着のことは聞いてません!」
――戦場がそこにはあった。
そろそろアレに加わらなくて大丈夫だろうか、俺は引きつった笑い――を浮かべたつもりで――タブレットをかざした。
『大丈夫ですか、アレ』
「大丈夫じゃないわ、ちなみに今の私の下着の色は黄色よ」
『とても返答しにくい情報を付け加えないでください』
まず黄色ってなんだろう。
黄色……?
『とにかく、一つ提案があります』
「なにかしら」
『白狐の社との情報交換は、今日はまだではないですか? 妖牙退治のついでに、そちらへの連絡を私が担いたいのですが』
「…………」
――ヒロエさんは沈黙した。
数秒、何かを考えているのだろうか。
「とっても助か」
返答は、凄まじくシンプルなものだった。
いや、違う。
直後。
――ヒロエさんはそのまま机に倒れて動かなくなった。
「ひ、ヒロエ――――!」
悲痛なユキエさんの叫びが響く。ああ、ヒロポン術式ではもう足りないくらいに疲れてしまっていたのを、まざまざと見せつけられることになるのだった。
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「――ラプラス先輩、行っちゃいましたね。一人で良かったんですか?」
「出せる人材がいないってのはあるけどね、あの子はポンコツだけどびっくりするくらいしっかりしてるから」
「矛盾しているような……?」
「大人だってミスをするのよー」
――ラプラスが白狐の社に向かってすぐ、ソラとユキエが話をしながら書類の処理を続ける。両者の処理速度はほとんど変わらない、これはソラが優秀であるということであって、ユキエが優秀ではないという意味ではない。
むしろ、ソラが優秀過ぎるのだ、彼の事務処理速度は天才のそれというべきだろう。
「これとこれ、優先度低いので明日に回しましょう」
「じゃあこっちをお願い」
「うわ、これ最重要じゃないですか、いいんですか? 僕に任せちゃって」
「いいのよ、――もう、君に文句を言う奴はここに残ってないしね」
そうやって語るユキエの顔は、どこか郷愁と、それから爽やかさが混ざり合っていた。色々と鬱憤が溜まっていたのだろう。
――ソラが天剣から追放される時、一番に惜しんでくれたのは社務所の人間だ。彼女たちにとって、ソラの天剣復帰は助っ人としての実力以外にも、思うことが山ほどある。
「ほんと、ヒツミお嬢様がイザナミを持ち出して実権をにぎってから、いろんなことが変わったわ」
「……やっぱり、そうだったんですね」
――ソラは、ユキエの言葉にうなずく。
そもそも、いくら天剣が超絶ブラック環境だったとしても、ここまで人が少ないということは早々ないのだ。これは天剣巫剣家の中で、大きな変化があった証明である。
変化――つまり、
「ヒツミお嬢様は、実権を握ってすぐに、ソラくんを追い出した連中、それから巫剣家の実務に協力的じゃない連中を追い出したわ、物理的に」
改革だ。
天剣巫剣家は千年続く天剣の大家である。巫剣家が治めるこの土地は、神宝イザナミを抱えることもあって、非常に重要な土地だ。そして、そんな伝統と重要の詰まったこの土地には、簡単に言うと寄生する人間が大量に居た。
利権がどうの、というやつだ。
ソラを追い出したのも、この派閥である。
「結果として事務仕事は増えたけどね。……でも、それでも精々倍に増えたくらいだから、あいつらがどれだけサボってたのかが解って頭痛いわ……」
「あはは……」
社務所の専門事務員は二人なのに対し、利権を貪っていた連中は十では足りない数いたのだ。これで仕事をしていたというのだから、面の皮が厚いとユキエは愚痴る。
「――そうやって、今は大変だけど、ヒツミお嬢様が当主となったことで、いろんなことがいい方向に傾いてる。でも……」
「……やっぱり、イザナミですか」
「うん。……お嬢様は大丈夫って言うけど――」
神宝イザナミ。
あれは、呪いの神宝だ。ヒツミは適応したといった。実際、適応してからここまで彼女の体に異変はない、毎日ヒロエとユキエがチェックはしているから、それは絶対だ。
だが――
「……僕も、危険だと思います」
ソラは肯定した。
あれが、神の呪いがそんなもので終わるものだろうか――と。
「……ラプラスちゃんは、それを解ってるのかしら」
「今のヒツミの執着の対象はラプラスです。昨日もミズキとともにラプラスと交戦したそうですし……」
「執着されているからこそ、一番解る……か。そうだといいのだけどね」
そうやって話に区切りをつけて、そう言えばとユキエは思い出す。
「それにしても、ようやくラプラスちゃんも白狐の社に顔を出す気になったのね」
「……? どういうことですか?」
「ああ、ソラくんは知らないわよね、今、白狐の社は――」
白狐の社。
巫剣の土地にあって、穏健派の妖牙たちが居を構える森のことだ。
彼ら穏健派と巫剣家は古くから繋がりがあり、今回ラプラスが行ったように、時折両者の間で情報交換が行われることがある。
しかし、そんな白狐の社は、今――
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――――思考が停止している。
いや、いやいや、いやいやいやいやいや、ちょっとまってまって! 何事か、目の前の光景が理解できない。いや、理解したくない。できなくはないけどしたくない。
俺は、とある目的からこの社に訪れたわけだが、しかしおかしなが起きている。
いや、おかしいのは俺なのか?
白狐の社、妖牙にも悪いやつといいヤツがいるわけだけど――ミズキの母親はいい妖牙だ――そのうちの、善玉が集まる社、全国各地にある霊地と呼ばれる場所で、ようするに妖牙たちにとって最適な生活環境である。
これを守るために、巫剣と白狐の社は協力関係にあり、今回俺がやってきたのは、その意思を確認するため、だったのだが。
――ゲームに置いて、荘厳の一言で言い切れないほどに神秘的な静謐に満ちていたその社は、しかし。
今、至るところに俺――ラプラスの置物が設置されていた。
いやいやいや。
その置物は、さながらご神体のごとく祀られて、足元にはお供えのためか、花だのなんだのが置かれている。というか、妖牙たちがすごい勢いで拝んでいる――――
……まて、そんな状況に本物が現れるって、とてもまずいことではないか?
気がついた時には遅かった。俺の周囲に、数十もの妖牙たちがひれ伏していた。
“何事!!”
思念で叫ぶ、ああ、混乱が彼らに伝わらない。向こうは完全にこちらを礼拝していて、思念だけで意思が伝わってくれる状況ではない。
かといってタブレットは彼らにはそもそも理解してもらえない!!
“窮地!”
“救助!”
“要請!”
必死に単語を重ねて叫ぶが、けれどもこの場にはソラくんもいないし、ヒツミちゃんとミズキは俺が吹き飛ばしてしまった。
どうしようもない状況で――しかし、
「静まレ! 静まレ!」
そこに、声がした。
ああ、彼女は――――
――現れたのは、金髪のあどけなさが残る少女だった。
ゆったりとした白装束は、神官という言葉を思わせる、どこか厳かで、それでいてこの場に限りなくふさわしいと思わせる力のあるものだ。
ラプラスより少し背が高い程度、小柄で、可愛らしいがその顔は真面目さがにじみ出ている。
――この場で出てくることから察しが付くだろうが、彼女はこのゲーム四人のヒロインが一人。
白狐の社にて育った――
「お騒がせいたしましタ。突然の御無礼を失礼いたしまス」
“心配”
“無用”
驚いただけだと返す。
――独特なイントネーションは、彼女の特殊な育ちに由来する。彼女は、人ではないとされている。であるがゆえに、白狐の社で育ったのだ。
人ではなく、妖牙に育てられた少女。
「改めましテ、
――クロちゃんは、そして。
「ああ、ラプラス様――今宵も我ら妖牙の一族が、平穏の元過ごせたこと、感謝致します」
そこだけは、一切淀みのないイントネーションで。
ゲームではどれだけ治そうと思っても直せなかったイントネーションが、しかしこの言葉だけは一切何ら問題なく。
俺を崇拝するものとして、紡がれていた。
その様子に、天を仰いで俺は思う。
――周囲には無数のラプラス人形。そしてそれに礼賛する妖牙たち。
そうか。今度はそう来たか――――
もはや諦めの境地に達した俺は、ただそう、ぽつりと思うのだった。