しかし後半はブラックコーヒー必須。
どうしてこうなった……
『
その喫茶店は本日、いつにない盛況ぶりを見せていた。大通りに臨時のテラスが設置され、それでも不十分な状況である(無論増設許可は得ている)。その中で最も忙しくしていたのが、
「いらっしゃいませ!只今混雑しておりますので、申し訳ありませんがお待ちいただけないでしょうか?」
「2番テーブル、『灼熱の沸騰アイスパフェ』1つ!」
「えと…待ってる間に、メニューの方を…」
今日この1日限定の、メイドたちであった。
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ことの始まりは、
「食料を作るのはいいけど、町のみんなに潤いがないのよ。どこぞの偉人も言ってたでしょ、『人はパンのみに生きるにあらず』って。多少お金を払っても、食料以外の潤いがほしいんじゃないかしら」
キリエのこの相談の意図を、メイメルは正確に把握した。要するに、娯楽が不足しているのだ。建物の修復やインフラの再整備は現在急ピッチで進められているものの、やはりすべての面において行き届いているわけではない。食料や生活必需品の供給が優先されている一方で、気分転換となるものが不足しているのが現状である。
こうした不満をため込むのはよくない。そう判断したメイメルは、急ぎ
第2居住区でも様々なイベントが開催されることとなり、当然というべきか言い出しっぺのキリエがその1つの責任者となった。その際彼女が言いだしたのがこのメイド喫茶であり、店員(彼女にとっては)の1人を伝手として、天結宮の隊員だけでなく、巫女や千年獅まで借り受けたのである。
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朝、『
「さあ――私たちの
「料理長。その発言、版権的にどうかと思う」
「細かいことはいいの」
シェルティスのツッコミにも、彼女は一向に動じない。そう、これはまさしく戦争だった。催し物の開始は午前11時にもかかわらず、すでに店の前には人だかりができている。
緊張をあらわにしたスタッフの前で、店長兼イベント責任者の女性は、次々と確認を行っていく。イベントの開始・終了時間、各スタッフの配置、そして―あくまで非常時だが―マナーの悪いお客様への対応。隊員たちはもちろん、
「それじゃ、ユミィとモニカ、
「了解!」
スタッフ全員が唱和する。かくして、戦争が幕を開けた。
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「お待たせしました。ただ今テーブルまでご案内します!」
来店者への最初の対応とテーブルへの案内を担当するのは、ユミィである。彼女が着用しているのはほぼスタンダードなメイド服。ミッドナイトブルーのワンピースタイプに純白のエプロン、同じく真っ白なニーハイソックスと黒のローファーを着用し、カチューシャを
「お待たせしました、『灼熱の沸騰アイスパフェ』です!」
注文の確認と料理の運搬を担っているのは、シェルティスの部隊長モニカ・イスぺラントだ。藍色の袴を模したロングスカートに、こちらも純白のエプロン。たすきがけされた浅葱色の着物が、ポニーテールにした鮮やかな桜色の髪と絶妙なコントラストを織りなしている。そう、彼女が着ているのは巷で『和風メイド』と呼称されるものだ。本来は黒髪の唐那国系と称される人々が最もふさわしいとされているが、彼女も全く引けを取っていない。スレンダーなモデル体形に鋭利で整った面立ち、そして凛とした雰囲気が、その服装を一層魅力的なものにしていた。
「……ど、どうぞ……」
そして、巫女第4位
その春蕾が着ているのは、基本的にはユミィと同じメイド服だった。ただし、春蕾のそれはサイズが小さいだけでなく、エプロンや服そのもの、そしてカチューシャに、うるさくならない程度にフリルが配置されている。いわゆる『ゴシック』と呼ばれるそのデザインは、作業の邪魔にならないような配慮もされながら、彼女の幼く華奢な雰囲気を最大限に高めていた。
いくらコスプレしているとは言え、2人は巫女で、モニカも見目麗しい女性である。口コミやネット経由で噂は広まり、一目見ようと多くの人々が押し寄せてきた。
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接客を勤める彼女らも忙しかったが、他の部署もそれに劣らず多忙を極めていた。
シェルティスとその同僚ヴァイエル・バッハベルは、店長のキリエとともに厨房で料理を大量生産していた。シェルティスはもっぱらその腕っ節を活かして、ムームー貝などの危険な食材を無力化。ヴァイエルはきのこなどの判別と下ごしらえを行う。料理に使える薬草やキノコに関する書籍を執筆している彼には、うってつけの役職だ。そしてキリエが全体的な調理と盛りつけを行うというのが、厨房の陣容となっていた。
シェルティスの友人エリエ・レッセントは最後尾を案内している。フレンドリーでよく響く声を持つ彼女は、見事にその役割を果たしていた。そのエリエにレジの使い方を教えてもらったうえで、
そして、こうした作業の邪魔にならない場所に、2人の千年獅がいた。目的はもちろん、フロア全体を監視し、不埒な所業を行う客がいないか監視することである。春蕾がフロアで働いているレオン・ネストリウス・オーヴァは当然だが、意外だったのはホルン・ノヴァが名乗り出たことである。本人曰く、
”借りを作りすぎてしまった。今のうちに1つでも返しておかなければ、一生かかっても返せそうにないのでな”
とのことらしい。
ともあれ、懸念されたセクハラなどの行為は発生しなかった。なにしろ1人は大剣を、もう1人は機関銃を携えているのだ。2人を見てなお、接客に携わる少女たちに不埒な所業を行う勇気は、来店者たちにはなかったのであろう。
かくして、喧噪の時間はあっという間に過ぎて行った。
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「あー疲れた!」
「お疲れさま」
イベント終了後、手近な椅子に座り込んだユミィに、シェルティスは冷たいハーブティーを渡した。昼間の大混雑が嘘だったかのように、黄昏色に染まった『
「シェルティスもお疲れ様。厨房の方大変だったでしょ?」
「まあ……ね」
大勢の客が来ることは事前に予想されていたが、それでもこれほど来るのは予想外だった。キリエがあらかじめ多めに食材を用意しておいたため、途中で料理が出せなくなるといった事態だけは避けられた。それでも次から次へと押し寄せてくる注文との戦いは、熾烈を極めたのである。イベント終了後、ヴァイエルは疲労困憊の様相で2階に上がっていき、普段は悠然としている店長さえ、疲れたような表情を見せていた。
「でも物騒な食材を何とかするのは慣れてるし。ユミィは初めてだっただろ、接客なんて」
「まあ、そうだけど」
危険な食材を黙らせるのはシェルティスの担当というのが、当時から暗黙の了解となっていた。キリエもシェルティスを逸材と評しており、それゆえ彼が
一方ユミィをはじめとした接客担当は、接客業にかかわったことは全くなかった。本来この喫茶店は比較的小さい建物で、テラスを増設したとしても大規模なものにはならない。普段なら混雑時でもウェイトレスはエリエ1人で間に合うのだが、今回の接客担当は全員経験がなかったため、担当の間で明確に役割を分けることで、混乱を抑えたのである。
そうしてやるべき仕事が絞られたとはいえ、彼女らにかかる負担は大きかった。次から次へと来る客を迅速にさばかねばならないのだ。数日前から接客用語などを暗記し練習していたものの、一度でも失敗して客の流れを止めたらそこから一気に状況が悪化するというプレッシャーは、接客未経験の彼女たちにとって相当な負担となったに違いない。
「でも楽しかった。次は厨房もやってみたいなあ」
「いやそれはその……ユミィってそそっかしいところがあるし……」
「あー!そんな言い方ないでしょ!?」
頬を膨らませてこちらを睨む少女に微笑ましい気持ちになりつつ、その服装に目を向け、次の瞬間にはまた心臓が跳ねる。
「何?」
「いや、そういうのも似合ってるなって」
そう言いつつ、シェルティスはこっそりユミィのメイド服を観察した(決して邪な気持ちで見ているわけではない、絶対にだ)。他人にコスプレさせるという趣味の是非はともかく、メイメルの目は確かなようだ。豊満な胸部に押し上げられたエプロンが、優美な曲線を描いている。袖などの長さもぴったりで、こうして椅子に座ってさえいれば本物のメイドと思う人物も少なくないだろう。
何よりシェルティスの目を引いたのは、
「うん、ほんとに似合ってる。特に髪なんかいつもよりずっと綺麗に見えるし」
「そ、そう……?ありがと」
「ねえ、シェルティス」
「何?」
ふいにユミィが、微笑みながら声をかけてくる。
「料理はともかく、巫女を引退したらここで働きたいなと思ってるの」
「それはまたどうして?」
「ここがシェルティスの居場所だから、かな」
そう言ってユミィは店を見渡す。夕暮れのやわらかな日だまりに満たされ、時計の針の音だけが静かに規則正しく響く店内。自分たちを羽毛布団のように包み込むような雰囲気が、そこにはあった。
「こんな心地いいところがシェルティスの居場所なら、一緒に私たち2人の居場所にしていきたいの。それで、そのままずっと……」
そこまで言って、不意にユミィは顔を真っ赤にした。一拍遅れて言葉の意味を理解し、シェルティスの顔も熱くなる。妙に照れくさい気持ちになりながら、
「そうだね……そういうのも、良いかもね」
思わずそんな言葉が口をついて出る。2人きりの静かな時間は、こうしてゆっくりと過ぎて行った。
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「いいぞシェルティス。男を見せろ。ゴールはもうすぐそこだ」
そんな2人を店の外から覗きながら、レオンはつぶやいた。
「う、うううっ……」
「モニカ、元気を出してください。しょうがないじゃないですか、とっくに勝ち逃げされてるんですから」
悔し泣きするモニカをフォローする華宮。しかし、かえって傷口をえぐり広げているというのは、きっと気のせいではないだろう。春蕾とユトも、興味深々といった表情で見つめている。特に春蕾は、わずかに願望の混じった視線を、レオンにちらちらと向けていた。
「わー、シェル兄たち、らぶらぶ~」
「……熱々」
そんな中で、エリエが騒ぎ出す。
「あ、目が合った!なんかいい雰囲気で見つめ合ってる!」
「そこだ、行け!」
そんな光景を横目に、この場で唯一の常識人たるホルンはひっそりとため息をついた。
「まあ、平和と言えば平和なのだろうが……」
「そうねえ」
ホルンのぼやきに、キリエはおっとりと相槌を打つ。確かに、穏やかな日暮であった。
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次は、ちょっとシリアスかも?