現奏鏡界短編集   作:ラケルタ

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この話は、この曲を聴きながら書きました。

ガオレンジャー『響きの調べ』



護士鎮魂―メモリア・レミニセンス―

浮遊大陸(オービエ・クレア)の中心に位置する、天に届くほどの巨大な建造物。天結宮(ソフィア)と呼ばれるその塔の正面では、現在とある式典の準備が整えられていた。演説を行う壇が用意され、壮麗な装飾の施された天幕が張られている。プログラムの最終確認に動くスタッフを指揮しているのは、白皙の青年だった。スタッフに指示を飛ばし、確認を行っているところに、彼の巫女が駆け寄る。

 

「レオン」

 

春蕾(シュンレイ)、そっちはもう終わったのか?」

 

千年獅の問いに、黒髪の小柄な巫女はこくりとうなずいた。そうか、と返事を返しつつ、彼はぼんやりと会場を見渡す。その様子に、春蕾は首をかしげた。

春蕾にとって、レオンとは常に確固たる目標をもって行動する男性だった。体を動かしていなくても瞑想などの鍛錬は欠かさないし、たまの息抜きでも、ぼんやりするなどと言った受動的な時間の使い方はまずない。少なくとも、彼がこんな風にあてどなく景色を見ているというのは非常に珍しいことである。

 

「どうしたの?」

 

「いや、感慨深くてな」

 

そう言って、レオンは会場を見渡した。

 

「俺たちがこんなセレモニーに出ることになるとは、思ってもみなかった」

 

「……そうだね」

 

春蕾も同感だった。一千年もの間続いた、穢歌の庭(エデン)と氷結鏡界、幽幻種と巫女との果てなき闘い。当時はレオンたちも実感がわかなかった。

 

「メイメルが演説の内容に悩んでいたのもわかる。確かにこれは、終わりと始まりが同時に来たようなものだ」

 

腕を組んでうなずくレオンに、春蕾はおずおずと言葉をかける。

 

「……あのねレオン」

 

「どうした?」

 

わずかにほほ笑みながら、レオンは春蕾に問い返す。常に揺らがぬその物腰に、いつも彼女は支えられてきた。

しかし、否、だからこそ。

 

「私……もっと強くなる。ううん、ならなくちゃいけない」

 

それが、春蕾の決意だった。ただ支えてもらうだけではいられない。何より彼女自身、そんなことには耐えられない。穢歌の庭(エデン)で戦った焔使いの女性(ナタラーシャ)のように、自分もこの青年を追いかけていけるようになりたい。

レオンは一瞬驚いたような表情を浮かべ、ふっと笑みを浮かべた。

 

「……そうか」

 

そう言って頭を撫でてくるその手は、やはり暖かった。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

式典に向かう道を、1組の姉妹が歩いていた。遮眼帯(ブラインダー)を着用した妹に、小柄な姉が話しかける。

 

「ホルン、時間はまだ大丈夫ですね?」

 

「ええ、ゆっくり向かっても大丈夫です」

 

そんな会話をしつつ、ふとヴィオラは妹をたしなめる。

 

「そういえばホルン」

 

「何でしょう姉上」

 

「シェルティスさんを部隊に誘うのも、ほどほどにしておくべきだと思いますよ」

 

「……はい」

 

心なしかうなだれたような雰囲気の妹に、姉はなおも言葉を重ねる。

 

「彼のことを心配しているのは分かりますが、しつこいのはよくありませんからね」

 

ヴィオラとてホルンの行動の理由は分かっている。混乱が収まれば、彼もきっと調査隊に参加するだろう。その際、3年前のようなことが起こらないとは言い切れない。何かあった時に助けにならなければ。彼の巫女とのこじれ切ってしまった関係を考えれば、そう思ってしまうのも無理からぬことだろう。

変わってないな、とヴィオラは思う。良くも悪くも、ホルンは昔から人一倍責任感が強い。自分一人ででやらなければ、と思い込みがちなのだ。一人で戦おうとしていたのも、幽幻種の脅威に隊員がさらされるのを、無意識のうちに嫌っていたからかもしれない。そしてそれだけに、彼女との関係もあそこまでこじれてしまったし、ヴィオラも思い切った手段がとれなかった。当時の状況を、歯がゆい気持ちと共に振り返る。

 

ある意味で、妹はシェルティスのもしもなのかもしれない。伝え聞いたところでは、三年前、ただ幼馴染を守ることしか見えていなかった彼。ホルンもまた、あの子を助けることしか頭になかった。そして、その代償を危うく自分の命で払うところだった。だからこそ、いつまでたってもヴィオラ()ホルン()のことが心配なのだ。心配だからこそ、今もこうして説教している。

 

「やるべきことに一生懸命になれるのは、あなたのよいところです。それでも、あまり気負いすぎるのは、彼も彼女も望んでいないと思いますよ」

 

「……わかっています」

 

心なしかふくれたような妹の表情に苦笑しながら、ヴィオラは会場へと歩んでいった。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「メイメル、早く行こうぜ!」

 

「はいはい、ちょっと待っててね」

 

天結宮(ソフィア)のアトリウムで、緑色の髪の巫女を、彼女の千年獅が急かしていた。どことなく浮足立ったようなその様子に、メイメルは思わず苦笑する。

 

「それにしても、もう2カ月も経つのねえ」

 

「まだ2カ月だろ」

 

「ずいぶんせっかちね」

 

「当然だろ」

 

そういったところで、ふと爛の顔が曇った。

 

「……あいつらの、最期の晴れ舞台なんだしさ」

 

「……そうね」

 

普段の言動はともかく、爛は第二師隊の隊長であり、千年獅の中でも一番隊員に入れ込んでいた。裏を返せば、一番彼らに対して非情になれなかったとも言える。

もちろん、大きな部隊を率いる人物としては欠点ではある。塔の隊員たちの任務には、常に死の危険が付きまとう。特に幽幻種との闘いでは、その可能性が大きく跳ね上がるのだ。師隊全体による行動でも、その中の小隊単位での行動でも、それは変わらない。いちいち隊員の死に動揺していては、務まらない役職なのだ。

 

しかし、そういう一面を知っていたからこそ、メイメルは彼女を自分の千年獅に任命した。身近にいる誰かのことを、どこまでも真剣に案じることができる性格。その誰かが困っているときに、躊躇なく手を差し伸べることのできる人となり。前任のキリエが辞した時、メイメルが千年獅子を選ぶ際に考えたこれらの条件に、爛はぴたりと当てはまった。

もちろん、欠点は多い。ときどき命令を無視するのは、その最たるものだ。それでも、爛の人となりはメイメルにとって心地よく、見ていて面白い。以前躾し直した時の悲鳴は、本当に可愛かった。

そんな正邪入り混じった考えは見せずに、メイメルは爛の頭を撫でる。

 

「だからこそ、笑って送り出してあげましょう」

 

「……うん、そうだなっ!」

 

そうして、2人は歩き出した。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

天結宮(ソフィア)の廊下を、1組の千年獅と巫女が並んで歩いていた。巫女の方は深紅の髪を黒のリボンでツーサイドアップにして、薄水色のワンピースのような法衣をまとっている。赤と青のコントラスト。ともすればけばけばしいものになりかねないが、彼女のそれは遠目にも美しく見える。

一方男の方は、全身黒ずくめという風貌だった。鋭い眼光を宿した瞳に、光を吸い込むような鳶色の長髪。長身痩躯にまとったロングコートも、携える双剣も、皆全て黒一色。唯一眉目の整った白皙の顔立ちは、闇夜に浮かぶ月のように見える。

その千年獅――ファルヴァレン・シーケンサーが、巫女――エルミーティア・遊・ラスカに本来の名で話しかけた。

 

「ようやく、と言ったところか。ミカエル」

 

「そうですわね。ヘケト・マグナ」

 

一千年以来、ようやく会えた想い人の顔を脳裏に描き、巫女の顔がほころぶ。美しいそのほほ笑みは、しかし男の次の問いに、一気に不機嫌な表情に変わった。

 

「そういえば、あいつは何をしている?」

 

「……あのポンコツダ家政婦(メイド)

 

風貌に似合わぬ悪態から、彼はおおよそのことを察した。きっとまた、あの黒髪の鈍感男はにぎやかな銀髪の少女に引きずられていったのだろう。容易に目に浮かぶ光景に、思わずらしからぬ苦笑がファルヴァレンの顔によぎった。

 

「まあ、いいだろう。これから、まだ時間はある」

 

「……そうですわね」

 

ため息をついて、エルミーティアは気分を切り替える。そう、時間はこの先いくらでもあるのだ。この自分の完璧なプランを実行すれば、彼を堕とすことなど造作もない。確かに胸部装甲では大敗を喫している。しかし、性能はこちらの方が上。ありとあらゆる戦術を駆使すれば、あのポンコツなど鎧袖一触だ。

 

「今夜こそ念願の全身メンテ!勝負下着も準備万端!やっと、やっと凪とゴールイン……」

 

「……」

 

とらぬ狸の皮算用。のどまで出かかったその言葉を、かろうじて彼は押し込めた。創造主ヨミも言っていた。こういうときは、むやみに夢を覚ますのはよくない。

弟子の晴れ姿を見るために、ファルヴァレンはエルミーティアを務めて無視して歩いた。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「うん、やっぱり似合う」

 

「そう?」

 

幼馴染の称賛に、シェルティスは思わず照れくさい気持ちになった。今着ているのは普段の黒い旧式儀礼衣ではない。真っ白な長袖の新しい儀礼衣。統制庁との会見の際にも着用したその服に、彼は再び袖を通していた。

今現在、シェルティスはユミィの事実上の千年獅と目されている。すでに錬護士にも届く腕前に、穢歌の庭(エデン)を消滅させた功績。さらに当の巫女本人とは幼馴染の間柄で、ただならぬ仲にあるとのうわさもある。いまだ重要とはいえ、以前ほど巫女が求められていない現在、このまま正式な千年獅になるのではないかという見方もある。なにはともあれ、巫女とともに式典に臨む以上、正装は必要である。ユミィの法衣も、見た目はいつもと同じだが、今日は式典用の糊のきいたものだった。

 

「シェルティス」

 

「何?」

 

「……ううん。なんだか不思議な気持ちだなって」

 

そう言って、ユミィはシェルティスの全身を見渡した。あの黒い服が一番似合うシェルティスだが、この白い長袖の服もなかなかのものだ。いつもよりずっと凛々しく見える。

 

「こういうの、もっと先だと思ってたのに」

 

「そう、だね」

 

そう言いつつ、2人は歩いてきた道のりを思い返す。間違っても簡単なものではなかった。一度は転がり落ちたし、その後も何度も回り道を続けてきた。

なのに、不思議と後悔はない。確かに回り道はあった。それでも、無駄なんかじゃない。長いその道のりの中で、たくさんの人々に出会えた。いろいろな思い出が得られた。絶対に忘れられない、大切なもの。そのすべてがあるからこそ、今の自分たちがあるのだと、胸を張って言える。

 

「シェルティス……ううん、シェルティス・マグナ・イール」

 

「何?」

 

急に改まった口調で名前を呼ばれ、彼は思わず背筋をただす。ユミィの表情は、浮遊大陸を支えてきた巫女のものだった。

 

「私を……ユミィ・エル・スフレニクトールを、千年眠らず守ると誓いますか?」

 

それは、千年獅の任命式で使う言葉。巫女が、自分の最も信頼する人物を選ぶ詔。もちろん、彼の返事は決まっていた。

 

「もちろん」

 

それは、厳粛な誓い。自分のすべてで巫女を支えるための宣誓。誓いを終えた2人の耳に、ノックの音が入ってきた。シェルティスの師が、弟子の晴れ姿を見に来たのだろう。もう一度顔を見合わせて、2人はドアに向かって行った。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

そして、式典は始まった。多くの人物の名前が刻まれた石碑の前で、皇姫サラが粛々と慰霊の言葉を述べていく。シェルティスら天結宮(ソフィア)に属するすべての人々が、そこに集まっていた。凪・一咲・ジ―ルやイリス、千年前氷結鏡界に囚われた人々も、厳粛にその光景を見ている。各居住区や統制庁にも、中継がつながっていた。

この式典は、鎮魂のためのものだった。浮遊大陸(オービエ・クレア)の命運をかけた、あの最終決戦。大陸を守りきり、穢歌の庭(エデン)は消滅し、民間人の犠牲者もゼロにすることができた。想定された結果の中では、まず最上級のものだろう。

 

しかしそれは、死者がいなかったということではない。あの日、護士・巫女見習いを問わず、全ての戦う力を持った人間が、死力を尽くして戦っていた。四方から襲い来る幽幻種。その侵攻によって引き起こされた様々な2次災害。激戦の中で命を散らした者の数は、決して少なくなかった。

彼らのために、慰霊式を挙行しよう――誰かが言ったその案に、反対する者などいなかった。誰もが、死んでいった隊員たちを、このままにしておけなかったのである。

 

「あなたたちのことを忘れません。あなた逹があの日戦ってくれたからこそ、浮遊大陸(オービエ・クレア)は、ここに住む人々は生き延びることができたのです」

 

天結宮(ソフィア)の頂点に立つ皇姫サラは、真っ先にその案に賛同した人々の一人だった。ウェディングドレスのような法衣をまとった彼女は、今英霊たちの慰霊碑の前で、原稿を手にすることもなく、静かに演説を行っている。

 

「あなたたちの生き様を忘れません。あなた逹があの日命を賭したからこそ、今この日が来たのです」

 

原稿など、必要なかった。未来を守るために戦場へ赴いた隊員たち。絶望的な闘いと理解して、それでも歩んでいった勇士たち。彼らにかけるべき言葉は何か。心からあふれ出す言の葉を、紗砂はただひたすら紡いでいく。

 

「最後に、これだけは言わせてください――」

 

あふれる感情を抑えるかのように、一瞬彼女は言葉を切る。

 

「――おかえりなさい」

 

隊員たちの魂の帰還を、天に結ばれた塔が静かに見守っていた。

 




英霊たちの魂に、敬礼。

……スランプに陥っている現在、それでも彼らを見習って頑張っていきたいと思います。
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