「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?」
団欒スペースに少女――
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事の発端は、朝食でのヴァイエルの一言だった。いつものごとく紅茶に砂糖を際限なく投入する華宮に、彼もこれまたいつものごとく身も蓋もないことを言ってしまったのである。
「紅茶に最大級の侮辱吹っかけてねーかそれ?」
ユミィもシェルティスも、モニカでさえも言い出せなかったことをあっさりと言ってのけた。一同が凍りつく中、あくまで冷静な口調で華宮が答える。
「わたしは部隊の頭脳労働担当ですから」
「じゃあケーキでも食えばいいだろ」
華宮の反論をあっさりと封殺し、ヴァイエルはブラックコーヒーを無造作にあおる。まずい。モニカとシェルティスは、いつぞや華宮が不貞腐れた状況を思い出した。確かあの時も――――
「わたしとしては、そんなものを何もなしに飲めるあなたやモニカの方が信じられないのですが……」
「そりゃアレだ」
その瞬間、ヴァイエルが意地の悪い笑みを浮かべた。とっさに2人が止めようとするも、すでに遅し。
「誰かさんが子供だからだろ」
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その後の流れは、もう簡単に想像できるだろう。ふくれた華宮が意地を張って、その結果冒頭の出来事が起こったのである。
「だから、無理すんなって言ったじゃねえか」
「だ、誰が無理なんかするもんですか!私だって、
「ま、まあまあ……誰にでもあるさ過ちのかけら一つ」
「過ちレベルなの!?」
不貞腐れながらもヴァイエルに反論する華宮を、モニカが慰める。しかし彼女も混乱しているのか、さりげなくひどいことを口走っていた。そんなモニカに突っ込みを入れながら、シェルティスは最後の救いを自分の幼馴染に求める。
「え、え―と……好みは人それぞれだと思うよ!」
「大きなお世話です!」
精一杯のフォローを行うユミィ。しかしこの場合はかえって華宮を焚きつけるだけだ。
「シェルティス、おはよー……」
「あ、おはよ……そうだ!」
まさしく渡りに船。眠たげなエリエに、シェルティスは話を振る。
「エリエも、コーヒーに砂糖入れるよね?」
「ん?んー……そだね」
そう言いつつも、エリエは褐色の液体を、何もいれずに一気に飲み干した。
「エ、エリエさん……?」
「ん、眠気覚まし」
先ほどよりはっきりした返答も、シェルティスの耳には入らない。船は船でも、泥船だった。
「もういいですっ!」
「あ、華宮!?」
憤然とした表情のまま、華宮は団欒スペースを出て行った。
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朝食時の怒りも冷めやらぬまま、華宮は自分の部屋に向かっていた。
「何ですかみんなして。ちょっと
みんな意地悪だ。特にヴァイエル、それにエリエ。あんなふうに見せつけなくてもいいじゃないか。
必ずブラックコーヒーを飲めるようになって、みんなを見返してやる――そう決意する華宮であった。
「そうは言っても、どうしましょうか……」
しかし、決意しても行動に移せるかはまた別。あの吐き気を催すような苦味は、一朝一夕で慣れるものではない。やはり、地道な努力しかないのだろうか。しかし劇的な成果でなければ、みんなを驚かすことはできない。何とか、短期間で飲めるようになる方法はないものか。
そんなことを考えながら自室に入って、いつものニュース番組のためにテレビをつけた。いつもはみんなと一緒に見るのだが、今日は一人。そこはかとない孤独感を感じつつ眺めていたところで、あるCM映像が流れてきた。
『恋人との甘~いひと時に、ビターチョコレート!』
「……これです」
何かを得心したような顔で、華宮は部屋を出て行った。
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しばらくして華宮が訪れたのは、
「さあ凪、今度こそ食べてください。この三角おにぎり!」
「……だからなんで正三角形なんだ」
「ちょっとイリスさん!本気で凪を殺す気ですの!?」
「あの、せんぱい、よかったら私の……」
なぜかきれいな正三角形の形をしたおにぎりを黒髪の少年につきつける銀髪の少女。彼女に文句を言っている赤い髪の少女は、さりげなく少年の隣をキープしている。反対に陣取った金髪の少女は、これまたさりげなくバスケットの中のサンドイッチを勧めていた。
彼らは全員千年前からの関係者。銀髪の少女イリスがよみがえった伝説だとすれば、赤い髪の巫女エルミーティアは生ける伝説。凪と呼ばれる少年とシィと呼ばれる金髪の少女も、千年前の生き証人として非常に重要視されている。
「……これはだめですね」
そんな重要人物たちが繰り広げる修羅場を見て、華宮はため息をついた。華宮の考えた作戦はしごく単純。甘い雰囲気を発しているカップルの近くでなら、砂糖を入れずにコーヒーを飲めるかもしれないというものだった。よくそこらの三文小説にも出てくるではないか。いちゃつくカップルを見て口に砂糖をぶち込まれたような気分になるといった表現が。
しかし、このカップルはだめだ。断じて甘い雰囲気ではない。修羅場の、危険な火薬のにおいがする。仕方なく華宮はその場を後にした。
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「あれ、レオン師隊長はいらっしゃらないんですか?」
「……うん。会議中。もう少し時間かかるかも」
華宮の問いに答えたのは、黒髪の小柄な巫女であった。着物調の法衣に身を包んだ彼女、すなわち春蕾は、もとは極度の対人恐怖症だった。以前はこのように、彼女の千年獅なしで人と話すことなどあり得ない光景だったと聞いている。
そしてそんな風にレオンに心を預けているからこそ、華宮の次の対象となった。この2人なら、テレビの宣伝の言う雰囲気を出せる。そう思って来たのに、片方は不在だった。
「あ、あの……」
次の標的はどうするべきか――そう考えていた彼女に、春蕾がアドバイスした。
「……なるほど、
そう言ってうなずく華宮。断わっておくが、春蕾はあくまで善意でアドバイスしたのである。
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『はい、あ~ん』
『いや、悪いって』
「……うっぷ」
思わずそんな声を漏らしてしまうほど、向こうの雰囲気は甘ったるかった。現在華宮が見ている画面では、ユミィがシェルティスに、おそらく手作りと思われるサンドイッチを食べさせようとしている。しかも、いわゆる恋人同士がやる『あーん』というやつだ。少年の方も真剣に拒否しようと思っているわけではなく、単に照れているだけだというのは、誰の目からも明らかであろう。
まさに
「……これのおかげで監視も継続できましたしね」
そう言って華宮はコップを手に取る。中にはなみなみと注がれたブラックコーヒー。バカップルの様子を見ながら、
「いざ!」
直後、華宮はコンピュータに防水処理をしてよかったと思った。ブラックコーヒーの壁は高かったのである。
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すっかりしょげかえった華宮は、何をするでもなく廊下を歩いていた。馬鹿みたいだ。あんなに意固地になって、みんなを困らせて。これでは、本当に子供みたいではないか。
とぼとぼ歩く華宮に、声をかけてくる人物がいた。
「お~い、華宮~」
「…何ですかエリエ」
振り返ってみると、何やら思わせぶりな笑みを浮かべ、後ろ手に何かを持っていた。とりあえずそのドヤ顔が果てしなくウザい。言語的にぶった切ってやろうかと思った時、
「じゃーん!」
「何ですかこれ……ココア?」
エリエが出して見せたのはココアパウダーだった。世間では、ちょっぴりビターなオトナの味と言われている。
「いきなりブラックはきついだろうし、ちょうどわたしも飲みたかったし」
そんなことを言いながらココアパウダーの袋を押し付けてくるエリエに、華宮はため息をつく。
「仕方ないですね」
そう言いつつ、華宮の口元はわずかに緩んでいた。
ブラックコーヒー、どうしても飲めない人っていますよね?