世間一般で認知されているストーカーとは、特定の他者に対して執拗に付き纏う人物を指す。この場合、ストーカー自身は得てして自分が悪いことをしているなどとは思っておらず、むしろ義務・使命と感じているケースも少なくない。ストーカー行為は最も代表的なつきまとう行為や、監視していると告げる行為、無言電話などがある。今回問題となった盗視も、その1つと言えるだろう。
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某日某時刻、私室にて遠隔術式を発動させている護士候補生108部隊隊長モニカ・イスぺラントを発見。術式の詳細および対象について
108部隊電算担当
〃 兵站担当ヴァイエル・バッハベル
〃 渉外担当ユミィ・エル・スフレニクトール
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「……とうとうやらかしたか」
電子メールによって送付されてきた報告書を読んだ、護士候補生教官ユメルダの第一声がそれだった。以前から、兆候はあったのだ。統制庁に向かう任務の最終試験で、既に試験官のイーシャから不謹慎交際の兆候ありとの報告は受けていた。本人たちの間で節度を保てるのなら、むしろ微笑ましいことだ。その時はそう思い放置していた。知らせた当人が、半ばからかうような口ぶりだったということも考慮しての判断だった。
危機感を覚えたのは、セラの虚像出現前後の極地での任務における、華宮からの私的な報告書を見てからである。正式な報告書とは別に送付されたそれには、既に今回の兆候が見られた。それでも、ユメルダはモニカの自制心を信じていた。彼女が慎み深い女性であることは、教官である以上良く知っていたのである。
「……だから放置していたのが、まずかったんだなあ」
報告書に目を通してから、すでに何本目になるかわからないタバコに、今また火をつける。既に灰皿は吸い殻であふれかえっていた。天井に伸びていく煙を見ながら、益体もない考えを巡らす。これは少々まずい。基本的に、巫女以外による沁力術式の濫用はご法度だ。ごく軽微なものとはいえ、モニカが術式を勝手に使用したことに変わりはない。まかり間違ってあまりよくない人種の耳に入りでもしたら、下手をすればシェルティスの進退に影響が及ぶ可能性もある。
いやいや、さすがにそこまではないだろう――ユメルダは頭を振った。どうやらニコチンで頭が変な方向に機能しているらしい。たばこを吸いすぎてしまった。椅子に座りなおしながら考えをもとにもどす。
まあ、あの部隊のメンツなら、それほど大きな火種にはなるまい。巫女見習いやその経験者が、たまに術式を用いてちょっとしたズルをするのはよくあることだ。周囲に迷惑をかけていないのであれば、いちいち取り締まるのも締め付けすぎである。報告書からも、それほど深刻ではないというニュアンスは伝わってきた。
あの巫女様はともかく、残りの2人ならばうまい落とし所を見つけられるだろう。少し変わり者だが華宮にはきちんと分別があるし、ヴァイエルもあれでなかなか冷静に物事を判断できる人間だ。あの2人が間に入るのであれば、
「なんとかなってくれよ。面倒事はたくさんだ」
そう独りごちながら、ユメルダは吸い殻を片づけ始めた。
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会議室には、重苦しい雰囲気が立ち込めていた。そこは、さながら裁判所だった。裁判長ヴァイエル、検事華宮、そして被告であるモニカ。ユミィの立ち位置はあいまいだが、さしあたっては取調官だろうか。弁護人だけがいなかった。
「ではモニカ、何か申し開きはありますか?」
「わ、私は何もしてないぞ!隊員が妙な行動に走らないように、部隊長としての責務をだな……」
そういいつつも目をそらしているあたり、罪悪感はあるようだ。実に喜ばしい。これで以前のように胸を張られたら、華宮やヴァイエルとしても大事にせざるをえない。主に精神の病的な意味で。
「……先輩」
しかしどうやら、そんな風に安堵している暇はないらしい。ユミィが、氷結鏡界もかくやというほどの視線をモニカに向けていた。いつもの愛らしい表情はどこへやら、無表情かつ昏い目で自分の元先輩巫女を見ている。
彼女がはらわたを煮えたぎらせている理由は至極簡単。モニカが盗視したとき、シェルティスと本当にいい雰囲気になっていたのだ。2人で部屋のベッドに腰掛けて、ほとんど密着した距離。あと少しで口づけに持ち込めるといったときに、ユミィが術式を感知した。彼女も巫女のはしくれ。その程度の術式を感知するなどたやすいことだった。
むしろ、シェルティスをごまかしておくことのほうがずっと難しかった。ちなみに本人は、現在華宮が言いだした用事のためにここにはいない。この尋問のことを知らないのは、言うまでもないだろう。
「……プライバシーの権利って、教わらなかったんですか?」
「ううっ……」
視線と同じ温度の言葉と口調に、思わずモニカは押し黙る。周囲が見守る中、ついに本音が漏れた。
「……たんだ」
「はい?」
「シェルティスが今どうしてるか、気になって仕方がなかったんだあああぁぁぁぁぁっ!」
あふれ出るほどの愛に、つい華宮はため息を漏らした。中央で被告人と向き合っている裁判長と顔を見合わせる。賭けてもいい。今の自分の表情は、ヴァイエルと同じなのだろう。
「……とりあえず部隊長、刃傷沙汰は勘弁だぜ?」
「ば、馬鹿っ。そんなことするわけないだろう!?」
「どーだか」
辟易とした表情の約2名に、依然モニカに冷たい視線を向けるユミィ。もはやこの場に緊迫感はない。だからこそ、華宮もヴァイエルもうまい落とし所に持ち込むことができた。
「……とりあえず今回限りは、なかったことにしてあげます。みんなも、それでいいですね?」
「おう」
「……うん」
「本当か!?」
疲れたような表情で応じるヴァイエルに、しぶしぶといった表情で引き下がるユミィ。そんな中モニカだけが目を輝かせていた。
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ユミィと共に自分の部屋へ帰りながら、モニカはこれからは自重しようと決意していた。華宮たちに指摘されてようやく気付いたが、冷静に考えるとこれはやばい。愛が重い。重すぎる。そんなことを悶々と考えているうちに、部屋の前まで来てしまった。
「それじゃ先輩、わたしはここで」
「あ、ああ」
この言葉に、モニカは思わずほっとした。後輩とこれ以上顔を合わせているのは非常に気まずかった。とりあえず明日までには、気持ちの整理もつくだろう。そう思って部屋に入ろうとした矢先、ユミィがふと言った。
「そういえば先輩」
「なんだ」
「私とシェルティス――実はあれが初めてじゃないんですよ?」
「……え?」
思わず硬直したモニカをよそに、後輩は廊下を歩き去っていく。たっぷり一分はその方向を見つめた後、
「ななな、なんだとおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
モニカの叫びが、廊下にこだました。
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モニカの視界から消えたところで、ユミィは熱くなった顔を手であおいで冷ました。もちろんあれは嘘だ。ファーストキスを台無しにしてくれた先輩への意趣返しにすぎない。自分とシェルティスは、まだキスもしていないのだ。
それでも。
「いつか、できたらいいな」
そんな言葉が、ふと口をついて出た。
ストーカー、ダメ、絶対!