現奏鏡界短編集   作:ラケルタ

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いろいろあって2カ月も間が空いてしまいました。申し訳ありません。
そして、待っていてくださった読者のみなさん、ありがとうございます。



調理教本―ヴァイエル・ブックス―

天結宮(ソフィア)の護士候補生ヴァイエル・バッハベルは、料理本の著者としても知られる人物である。同じ部隊の同僚たちはむしろそちらが本業と考えている節があるし、本人にとってもそうなのかもしれない。『二羽の白鳥(アルビレオ)』の店長キリエもその著書を使っているあたり、彼の料理に関する知識の深さを実感する。少なくとも料理の知識において、この部隊にヴァイエルに匹敵する人間はいないであろう。

 

「そのお前が、私たちに料理の相談だって!?」

 

「ああ」

 

言い切るヴァイエルに、思わず全員が――華宮(カグラ)でさえも、驚愕を禁じえなかった。あのヴァイエルが、あのヴァイエルが自分の料理に関して自分たちに相談しているのである。華宮とモニカ、シェルティスはまず料理なんて無理。ユミィだって巫女の修業を始めてからは料理をしておらず、腕は錆び付ききっている。そろいもそろってせいぜいレトルトのパックを温めることができる程度。みんな巫女の修行や掛け持ちの仕事、護士としての訓練で忙しく、料理などしている暇がなかったのだ。

そんな自分たちに料理の相談を持ちかけるなんて――

 

「血迷ったのかヴァイエル!?」

 

「味覚障害でも患ったんですか!?」

 

「そんなに疲れてたの!?」

 

「わたしたちの料理を作るの、そんなに大変だったんだ……!」

 

「……おい」

 

無礼千万なことを言う面々に、思わずヴァイエルの言葉にも険がこもる。頭を振って気分を切り替え、彼は全員を見渡した。まあ無理もないだろう。手前味噌だが、料理ではこの部隊のだれにも負けやしない。もっともヴァイエルに言わせれば、目の前にいる奴らの腕が低すぎるのだが。

 

「落ち着けおまえら。オレは健康だ。心身ともにな」

 

「そ、そうか……よかった」

 

「兵站担当に何かあったら、僕たち飢え死にだからね」

 

「やっぱり補給は、重要だもんね!」

 

「……まあたしかに、あなたは健康と料理だけが取り柄ですし」

 

「おいそこ、さりげなく悪口言うな」

 

失礼なことを口走った華宮にツッコミを入れながら、こんな風に役職が決まった経緯をふとヴァイエルは思い出していた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

穢歌の庭(エデン)の消滅に伴い、最も立場の変化を受けたのが、天結宮(ソフィア)の絶対階級こと巫女および千年獅である。氷結鏡界の維持が不要になったため、昔ほど巫女が必要とされるわけではない。しかし、巫女は一千年にわたって民衆の心のよりどころとなっており、現在もそれは続いている。民衆が、これからの未来の指針として巫女を求めているのだ。

そして、これからの巫女の護衛の在り方として、部隊単位での護衛が候補に挙がった。これはより複数の人間で周囲を警戒できるという利点がある半面、真大陸の開拓に回せる人員が少なくなるといった欠点も抱えている。とりあえずテストケースとして白羽の矢が立ったのが、正式な千年獅のいないユミィだった。彼女の事実上の千年獅となっていたシェルティスを正式に千年獅としつつ、彼の所属しているモニカの部隊と合同で護衛にあたるという、いわば折衷案的な形式としたのである。

 

シェルティスはすでに錬護士にも届く腕前に、穢歌の庭(エデン)を消滅させた功績も持っている。さらに当のユミィ本人とは幼馴染で、心許せる間柄。階級こそ護士候補生だが、千年獅となる条件はとっくに満たしている。テストケースという例外的な扱いに加え、彼の部隊の面々と共に護衛にあたるなら、さほど波風は立たないというのが上層部の判断だった。部隊には親しい人物として、シェルティスだけでなくモニカがいたことも、その決定を後押しした。

それに伴い、部隊におけるそれぞれの役割を明確化すべく、役職を決めることとなった。ユミィは巫女としての影響力を踏まえ、渉外担当。モニカは部隊長として、報告書の作成・提出、およびユミィの補佐。華宮は電算担当として、任務や予算などのデータ整理。シェルティスはユミィの千年獅としての役割はもちろん、庶務担当という名の使い走りとなった。無論、本人に使い走りという側面は知らされていない。

そして最も簡単に決定したのが、ヴァイエルの兵站担当だった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「……しかし、それならどういった相談なんです?」

 

「今度、新しい料理本を出そうと思ってな」

 

華宮の問いに、ヴァイエルが回想の海から思考を引き上げる。

ヴァイエルの説明によれば、今度新しい料理の研究書を出すらしい。しかも今回は食材の解説書ではなく、料理のレシピを紹介する本とのことだ。これまでの薬草やキノコなど単一の品を扱う本は、食材の特徴は分かっても具体的な調理例が分からないといった不満があった。それに応え、1つのテーマに沿った料理のレシピブックを作ることにしたそうな。そして、その単一のテーマというのが、

 

「香辛料、か」

 

モニカの呟きに、ヴァイエルは頷いた。

 

「俺自身研究を始めてから気づいたんだが、香辛料は本当に奥が深いんだ。」

 

一口に香辛料といっても、その種類は膨大なものだ。誰もが連想する辛子やコショウなどから、ニンニクや生姜、広義ならタマネギも含まれる。とりあえず研究を始めたもののあまりにテーマが広かったため、それだけでは料理の献立も散漫なものになりかねない危険性があった。

 

「というわけで、今回は唐那国系の料理に絞ってみた」

 

「唐那国系っていうと、あの火力が命的なやつだね」

 

「…それだけじゃないが、そういうのもある。今回試食してほしいのも、その1つなんだ」

 

「試食?」

 

ヴァイエル以外の面々の声が重なる。本人いわく、本に掲載する献立を作るにあたって、どれくらいの辛さかということを明確に示したいらしい。今日相談を持ちかけた面々は、平たく言えばそのための実験台とのことだった。

 

「…まあ、いいでしょう」

 

とりあえず全員頷いた。なんだかんだ言ってヴァイエルの性格は信頼できる。いかに試作品とはいえ、人にゲテモノを食べさせるようなことはしないだろう。

そんなある種楽観的な見方を彼らは抱いていた――この時は、まだ。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「な、な、な……」

 

「何ですかこれはぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

数十分後。出来上がった料理を前に、華宮(カグラ)たち一同は驚愕と恐怖を禁じえなかった。並んでいるのは麻婆豆腐(マーボードゥ―フ―)。唐那国系料理としては、ごく一般的なもので、家庭の食卓にもしばしば並んでいる。そのはずなのだが……。

 

「なんでこんな赤黒いのさ!?」

 

シェルティスが絶叫と共に指さしたのは、《激辛》に区分された麻婆豆腐だった。普通思い浮かべるものと違って、明らかに黒味が強い。唐辛子の赤に混じったその様子は、さながら血の池地獄だった。

 

「よく勘違いされてるんだが、これが本当の麻婆豆腐なんだ」

 

本場の麻婆豆腐では、唐辛子だけでなく豆板醤や花椒なる香辛料も使用する。花椒は黒い実で、仕上げに粉状にしたものを大量にかけるため、必然的に見た目が黒くなるとのことだ。

 

「それにしたって、これは辛すぎないかな…?」

 

「俺が教わった人物は、このさらに上を見せてきた」

 

「嘘!?」

 

思わず絶句したユミィを横目に、ふとシェルティスは嫌な予感に駆られて尋ねる。

 

「…ヴァイエル。もしかしてその人、コトミネって名前だったりしない?」

 

「よくわかったな」

 

「やっぱりかぁあっ!」

 

「知っているのかシェルティス!?」

 

どうやら他の面々は知らないようだ。無理もない。モニカが護士候補生となった際にはすでに引退していただろうし、巫女・巫女見習いとしてはユミィも一緒で畑違い。ヴァイエルはそもそも興味なかっただろうし、華宮(カグラ)も…

 

「いえ、そういえば聞いたことがあります。黒鍵なる投擲武器を多用する錬護士。極度に辛い食品を好み、引退するまでかのイシュタル様にも第1位の座を譲らなかったとか……」

 

「そんなすごい人なんだ!」

 

訂正。どうやら知っていたようだ。よく考えると、人間観察が彼女の趣味。天結宮(ソフィア)に入った時、現在在籍する人物はもちろん、過去のめぼしい人物の記録を調べ上げていたとしても不思議ではない。

 

「一通りの知識は習得してきた。さあ…食せ」

 

「落ち着けヴァイエル!キャラが違うぞ!?」

 

そんなことを言っても、目の前の現実(麻婆豆腐)は変わらない。ましてや一口も手を付けずに廃棄するなど、目の前の料理人(ヴァイエル)が許しはしないだろう。

となれば。

 

「さあシェルティス。千年獅たる勇気の見せ所ですよ?」

 

「信じてるぞシェルティス。お前ならきっとやってくれる」

 

「2人ともひどいや!」

 

信頼していた部隊長および電算担当は、すでに敵前逃亡。孤立無援のこの状況、なんとかして逃れるすべはないものか――

 

「シェルティス……」

 

うるんだ瞳で、上目遣いでこちらを見てくる自分の巫女を見て、シェルティスは覚悟を決めた。彼女の前でだけは、逃げなどという醜態は見せられない。決意と共に麻婆豆腐をレンゲですくう。純白の蓮華を染め上げるどす黒い赤色。恐怖をこらえ、シェルティスはそれを口に含んだ。何も感じられなかった一瞬。そんなに辛くないのか、と意図せずガードを緩めてしまった次の瞬間――

 

想像を絶する辛味に、シェルティスの意識はむなしく吹き飛ばされた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

結局その一口で、シェルティスはノックダウンしてしまった。現在ユミィに膝枕で看護してもらえているのは、せめてもの幸せなのだろうか。

 

「…とりあえず、激辛はなしだな」

 

「当たり前です!」

 

断末魔すら上げず痙攣とともに倒れ伏したシェルティスを思い出し、華宮(カグラ)は叫ぶ。あれはない。いくらなんでもない。もはや一種の兵器だ。そこらの幽幻種も逃げ出しかねない。

 

「とりあえず辛口は俺が食っとくから、中辛と甘口は頼む」

 

「そんなあ!?」

 

気まずそうに辛口の麻婆豆腐を抱えて出ていくあたり、本人も反省しているのだろう。しかしまだ2つ残っている。そんなに辛くないのでは、などという期待はもはや許されない。

 

「…ユミィ」

 

「すみません先輩。シェルティスの看病しないといけないので」

 

「わかった。…というわけだ華宮(カグラ)

 

安堵を隠そうともしない薄情な後輩を尻目に、モニカは最後の希望に向き直る。

 

「甘口ですよ?」

 

「構わん。とにかく食べきるぞ」

 

そんなこんなで、2人は麻婆豆腐に挑んだ。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

後日、「香辛料料理集――唐那国系編」は、無事出版された。この書籍の辛さの目安は分かりやすく、レパートリーも含めて評判は上々となった。

以下、その表記である。

 

「甘口:甘党以外はちゃんと食える。辛いもの好きには物足りない」

 

「中辛:なかなか辛い。甘く見るなよ」

 

「辛口:これぞ本場の辛さ。本物の辛党にはおすすめだ」

 

「激辛:千年獅さえも気絶した。食いきったやつは勇者になれる」

 

なお、出版の約1か月前、一心不乱に口を濯ぐ女性護士候補生2名と、巫女の膝枕を堪能する千年獅1名が見られたのは、完全なる余談である。

 




これからも、出来る限り投稿していきたいと思います。


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